アイドルですがピュアな恋をしています。~お付き合い始めました~

雪 いつき

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今日はバレンタインデー2

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 隼音しゅんから“近くにいたら裏から来て~”と連絡があり、仕事帰りのだいは店の裏口のベルを鳴らした。
 すると中から、長身の見た事のない男性が顔を出した。あまりに整った顔立ちと迫力に気圧され、大は一瞬言葉に詰まる。

「……あ、すみません。花楓かえでさんは」
「ああ、君が大君か。初めまして、店長の鷹尾たかおです」
「あ、店長さんでしたか。初めまして、大と言います。隼音が大変お世話になっています」

 深々と頭を下げる大に、鷹尾は目を瞬かせた。

「君のところはみんな礼儀正しいな?」
「うちは、リーダーが厳しいので」
「なるほど。一度会ってみたいものだな」
「はい、まあ……、機会があれば」

 曖昧に答える大に、相当厳しいリーダーなのだろうと察した。きっとここに連れて来れば、大や隼音は子供のようになってしまう。そんな、バツの悪そうな顔をしていた。
 そんなリーダーならますます会ってみたい。今度、隼音に頼んでみようか。

 そこでふと鷹尾は思い出した顔をして、大の手にポンと箱を乗せた。

「これは、君にだ」
「え?」
「ビターチョコ。いつも花楓が間接的に世話になっているからね」
「いいんですか? ありがとうございます。隼音の方がお二人にお世話になってるのに、俺、なんもなくてすみません」
「気にするな。しかし、君が礼儀正しいのは性格なのか」

 花楓からも、“大君もいい子”と聞いていた。人気アイドルにしては珍しい面子が揃ったものだ。花楓が彼にもチョコを作ろうとしていた気持ちが分かる。

 隼音が変に嫉妬するのも面倒だと鷹尾が作る事にしたのだが、チョコを見つめ静かに嬉しそうにしている顔を見ると、作って良かったなと思う。ついつい口調も柔らかくなった。

「わざわざ来て貰って悪かったね。隼音君に預けようとしたんだが、花楓も君の顔を見たがっていたから」
「いえ、俺も久しぶりに話したかったですし。あと、店長さんにもご挨拶したかったので」
「俺に?」
「隼音がお世話になっていますし、花楓さんのことも、その……」

 言葉を濁す大の言わんとする事を察し、ふっ、と笑った。

「彼の事は、ちゃんと認めているよ。今のところはね。俺は花楓が大事だけどね、花楓が決めた相手で、それで花楓が幸せなら、細かい事はどうでもいいんだ」
「細かい事、ですか……」

 男同士である事、アイドルである事、それらを細かいと言い切った。
 だが彼はリスクを甘く見ているのではなく、本当に花楓が大切なのだ。大はそう感じた。
 花楓が心を寄せる相手なら、と。
 そして、隼音はその相手として認められている。それは隼音にとって最高の評価ではないだろうか。

 ――さすが、大人の男……。

 顔だけでなく、中身も格好良い。自分もこんなふうに年を重ねられたら……、と思ったのだが。

「まあ、花楓に迷惑を掛けたり泣かせるなら、即出禁にするけどな?」

 良い笑顔でさらりと言われ、やはり隼音の話で聞いた通りの人だ、と苦笑した。

 花楓の休憩室の扉を少し開けたところで、鷹尾はピタリと動きを止める。



「あれは本心でしたけど、もし間違った答えを返していたら、こうして花楓さんとお付き合い出来ていなかったんですよね」

 漏れ聞こえてきたのは、どうやら恋人になった日の話らしい。
 花楓は長いこと隼音への気持ちが分からず返事を先伸ばしにしていたのだが、最後は隼音が花楓の心を溶かす言葉を返して晴れて恋人同士になれたらしい。

 すると花楓は、スッと視線を反らした。

「今思えば」
「?、はい」
「今思えば、だよ?」
「はい」
「……隼音君が大人っぽい顔したり触ってくれたりする度に、ドキドキしてて、……もっと触って欲しいなと思ったりして、…………実は、ずっと前から恋愛としての好きだったのかな? と、思っていたりします……」

 そのまま沈黙が落ちる。
 長い、長い、沈黙。

「……花楓さん」
「……はい」
「きっと世界一鈍感な花楓さんも、可愛くて好きですよ」
「ううっ、ごめん……」
「大丈夫です。いつフラれるかと毎日ハラハラしていたのも今では良い思い出です」
「うっ、ごめんねーー!!」

 ぎゅうっと隼音を抱き締める。
 コントか? と思いながらも、にやけている隼音に、これが狙いだったのかと大は溜め息をついた。

「ほお……?」

 隣で鷹尾が静かに呟く。鷹尾にも隼音の意図が分かってしまったらしい。
 “困ってる花楓さん可愛い”とばかりにまた何かを囁く隼音に、鷹尾の額に青筋が浮かんだ。

「店長さん。俺の主観ですが、二人とも遠慮せずに話せるようになったのはいい事だと思います。今までがじれった過ぎましたから」

 今にも掴み掛かりそうな鷹尾を小声で制止する。
 あの二人には何度“早くくっつけ”と言いたかった事か。あまりにピュアな初恋にじれったくなっていた頃より、今の方が見ていてスッキリする。

「……そうだな」

 落ち着いてくれた鷹尾にホッとした、のだが。

「花楓。大君が来てくれたぞ」

 良い雰囲気のところで扉を開き、わざと花楓の意識を隼音から大に向けさせた。

 ――この人、小さな娘を持つ父親だ……。

 大は一瞬で理解した。

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