9 / 39
俳優、橘直柾
しおりを挟む今回は二時間ドラマの収録だった。
観覧者用に用意されたパンフレットを見ると、ざっくりとあらすじが書かれていた。真面目で仕事人間なヒロインが、隣に越して来た男性と恋に落ちるストーリーだ。
騒音やゴミ出し、その他諸々で衝突しながらも親交を深めていくらしい。
「騒音やゴミトラブルって、親交深まらなくないですか?」
「身も蓋もねぇな」
周りに聞こえないようにそっと声を掛けると、隆晴はクッと笑った。
「前住んでたところでは、下の階のお爺さん同士が毎日のように喧嘩してたので」
「まあ、それも生き甲斐かもしれねぇしな。男女なら何かドラマが起こることもあるんだろ」
「そういうものでしょうか」
「そういうもんだよ」
釈然としない顔をする優斗の頭をポンと撫でる。
優斗は恋愛方面に関しての知識や経験がまるでない。だからこそ守らなくてはと思ってきたのだが……まさか、自分が迫る側になるとは。
いや、だからこそ、堂々と他を牽制して優斗を守れるというもの。結果オーライだろう。隆晴は頷き、パンフレットに視線を落とす優斗を横目で見つめた。
直柾の役はヒロインの働く企業の副社長で、海外支社から戻ってきたばかり。社長である父親の命令で、社会勉強として身分を隠してヒロインの住むマンションに滞在する事になった。
表向きは穏やかで人当たりが良いが、ヒロインと二人きりになると自信家で俺様な態度を取るという。
だが、自信を失くした時にはいつもそばにいて、欲しい言葉をくれる。
――欲しい言葉って、直柾さんみたいだな……。
そんな事を思っているうちに撮影開始時間になった。
姿を見せた直柾は前髪を上げ、ネイビーのタキシードに身を包んでいた。
「かっこいい……」
優斗がポツリと呟く。普段のゆるふわの直柾と、今の正装とのギャップは凄い。
まだ撮影は始まっていない為、周囲の女性が黄色い声を上げる。直柾はもう役に入っているのか、彼女たちに男らしい色気のある笑みで応えた。
優斗の方は見なかった。役に入っているから当然だ。それが少し寂しくもあり、直柾の演技を実際に見られた事が嬉しくもあり、複雑な気分だった。
だが、今は直柾の仕事姿をただ目に焼き付けようと、優斗は真っ直ぐにその姿を見つめた。
大広間へと続く廊下で、女子社員に地味だと馬鹿にされたヒロインが懇親会に参加するシーンだ。
直柾の役の男性がヒロインに深紅のドレスを贈り、一流のヘアメイクを付けて完璧に仕上げたという場面から始まる。
ヒロイン役の女優は華やかさと可愛らしさがあり、綺麗な人だな、と優斗は感嘆の溜め息を零した。
「変じゃない?」
「それ訊くの何度目だ?」
「だってこんな格好、慣れないから……」
体のラインが出るドレスに、高めのヒール。アップスタイルの髪も華やかなメイクも慣れないのだと彼女は視線を伏せる。
「一流のやつらが完璧に仕上げたんだ。自分が一番綺麗、って顔してろよ」
「私なんかに、出来るかな……、……っ」
直柾の手が彼女の腰を強引に抱き寄せる。
「お前は、この俺が認めた女だ。もっと堂々としていろ」
「っ……ばか。なんでエラそうなのよ」
「ふ、調子出てきたな?」
ニヤリと意地悪に笑うと、優斗の隣に座る女性が口元を押さえ直柾の演技に悶えた。
だが、優斗はパチパチと目を瞬かせる。直柾さん? と首を傾げた。
こんな役は映像で何度か見た事はあるが、実際に見るとまあ違うもので。目の前の人物が直柾と同一人物だとは思えなかった。
どちらかと言うと隆晴に近い。
格好良い、けれど、直柾ではない。
ふと、以前優斗が“俺なんか”と言った時を思い出した。あの時に、直柾がくれた言葉。
『俺の大好きな優くんを、俺なんかって言うと悲しいな』
『優くんは素敵な人だよって、優くん自身にも知って貰いたいんだ』
――……やっぱり、いつもの直柾さんの方がいいな……。
穏やかで、優しくて、ちょっと可愛い。そんな彼が一番好きだと思っている事に、気付いてしまった。
130
あなたにおすすめの小説
モテる兄貴を持つと……(三人称改訂版)
夏目碧央
BL
兄、海斗(かいと)と同じ高校に入学した城崎岳斗(きのさきやまと)は、兄がモテるがゆえに様々な苦難に遭う。だが、カッコよくて優しい兄を実は自慢に思っている。兄は弟が大好きで、少々過保護気味。
ある日、岳斗は両親の血液型と自分の血液型がおかしい事に気づく。海斗は「覚えてないのか?」と驚いた様子。岳斗は何を忘れているのか?一体どんな秘密が?
ある日、人気俳優の弟になりました。
雪 いつき
BL
母の再婚を期に、立花優斗は人気若手俳優、橘直柾の弟になった。顔良し性格良し真面目で穏やかで王子様のような人。そんな評判だったはずが……。
「俺の命は、君のものだよ」
初顔合わせの日、兄になる人はそう言って綺麗に笑った。とんでもない人が兄になってしまった……と思ったら、何故か大学の先輩も優斗を可愛いと言い出して……?
平凡に生きたい19歳大学生と、24歳人気若手俳優、21歳文武両道大学生の三角関係のお話。
平凡な僕が優しい彼氏と別れる方法
あと
BL
「よし!別れよう!」
元遊び人の現爽やか風受けには激重執着男×ちょっとネガティブな鈍感天然アホの子
昔チャラかった癖に手を出してくれない攻めに憤った受けが、もしかしたら他に好きな人がいる!?と思い込み、別れようとする……?みたいな話です。
攻めの女性関係匂わせや攻めフェラがあり、苦手な人はブラウザバックで。
……これはメンヘラなのではないか?という説もあります。
pixivでも投稿しています。
攻め:九條隼人
受け:田辺光希
友人:石川優希
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグ整理します。ご了承ください。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
刺されて始まる恋もある
神山おが屑
BL
ストーカーに困るイケメン大学生城田雪人に恋人のフリを頼まれた大学生黒川月兎、そんな雪人とデートの振りして食事に行っていたらストーカーに刺されて病院送り罪悪感からか毎日お見舞いに来る雪人、罪悪感からか毎日大学でも心配してくる雪人、罪悪感からかやたら世話をしてくる雪人、まるで本当の恋人のような距離感に戸惑う月兎そんなふたりの刺されて始まる恋の話。
平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。
しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。
基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。
一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。
それでも宜しければどうぞ。
【完結】別れ……ますよね?
325号室の住人
BL
☆全3話、完結済
僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。
ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。
俺の体に無数の噛み跡。何度も言うが俺はαだからな?!いくら噛んでも、番にはなれないんだぜ?!
汀
BL
背も小さくて、オメガのようにフェロモンを振りまいてしまうアルファの睟。そんな特異体質のせいで、馬鹿なアルファに体を噛まれまくるある日、クラス委員の落合が………!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる