ある日、人気俳優の弟になりました。2

雪 いつき

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兄弟

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 その翌日、直柾なおまさは高級緑茶を手土産に優斗ゆうとの元を訪れた。あの後、社長に呼び出され食事をした店で見つけたらしい。
 社長から“恋人にか?”とからかわれ、はい、と答えたという。

「えっ、それ、大丈夫なんです?」
「冗談を言い合うのはいつものことだからね。本当のことを言っても信じないよ」

 直柾は何でもない事のように笑う。
 そうですか、とホッと胸を撫で下ろして、優斗は気付いた。本当の事、ではない。一応まだ恋人ではないのだ。

「最初のお茶は俺が淹れてもいい?」
「あ、はい。すみません、お願いします」

 高級茶を片手に微笑む直柾があまりに似合っていて、優斗はコクリと頷いた。
 雅な茶筒と王子様。ギャップがありそうで馴染んでいる。高級なものが似合うからなぁ、とキッチンに立つ直柾を見つめる。 

 ――……誤魔化された。

 優斗が“まだ候補です”と訂正する前に話題を反らされた。
 最近、直柾といると反応が鈍くなってしまう。気を抜き過ぎかもしれない。優斗はそっと溜め息をついた。

 そもそも毎回貰ってばかりで申し訳ないと思いつつも……、直柾は優斗に何かを与える事を心底楽しんでいるように見えた。

 餌付け、とまた脳裏に浮かぶ。ウーンと唸った。
 優斗には返せるものが何もない。経済的にも経験上も、直柾の喜ぶものを返せる力がない。

 数年前に直柾を助けた事への恩返しなら、もう充分過ぎるほどに貰っているのだ。だから、この余剰分へのお礼を……。
 ……やはり、直柾のしたい事をして貰う事しか思いつかない……。
 今はおとなしく餌付けされる事が礼になるのだろうか……。


「どうしたの?」
「……、すみません、ちょっとぼーっとしてました」
「彼のこと?」
「え?」
「違うみたいだね」

 キョトンとする優斗に、直柾はにっこりと笑う。本当に隆晴りゅうせいへの対抗心を隠さなくなったものだ。

 渡された湯呑みからふわりと漂う、香ばしくて甘い香り。口に含めば心地よい渋味と甘味が広がる。
 ホッと息を吐き、もうひと口。

「とっても美味しいです」
「ふふ、良かった」

 直柾はそっと目を細める。大事そうに緑茶を飲む優斗を、心から嬉しそうに見つめた。

「何か心配事かな?」
「え、っと……、兄さんの欲しいものって何だろう、と考えてました」
「欲しいもの? 優くんだよ」

 サラッと言われ、グッと言葉に詰まる。

「俺のことを考えてくれて、こうして美味しいって食べてくれることが、嬉しいよ」

 優斗の髪を撫で、頬を撫でる。あまりにも甘い瞳で見つめてくるものだから、そのまま身動きが取れず目も反らせなくなってしまった。

 輪郭を撫で、頬を包み込む手のひら。
 愛しげに撫で、目元にそっと暖かなものが触れた。

「……ごめん。顔にしちゃった」
「……い、いえ……」

 あまりにも自然で、反応出来なかった。

「嫌じゃない?」
「嫌と思ったことはないですよ」
「本当に、嫌じゃない?」
「嫌じゃないです、けど、これ以上は駄目です」

 今度は頬にキスをしようとする直柾を押し返す。
 そういえば今までも散々唇にキスしようとしてきた。直柾の気持ちを知った今、今日まで我慢出来た事を褒めた方が良いのだろうかと思ってしまう。

 直柾は優斗の手の甲にキスをして、優しく頭を撫でた。

「優くん。お返しなんて考えなくていいよ?」
「バレてました……?」
「優くんは優しいからね。俺が好きで持って来てるものだから、受け取ってくれることが一番のお返しだよ」

 そっと目を細める。直柾は本当に完璧な王子様で、いつでも優しくて……そんな人に溺愛されると、時々どうしようもなく不安になる。
 視線を伏せ、繋がれた手を優斗からもそっと握った。

「兄さんはいつも俺のことを優しいって言ってくれますけど……、優しくなくても、好きでいてくれますか……?」

 優斗の言葉に、直柾は目を瞬かせた。

「優くん、悪い子になるの? めっ、て叱れるのはちょっと嬉しいけど」
「嬉しい、とは」

 眉を下げる直柾の顔と言葉が合っていない。不安はどこへやら、優斗は真顔になった。

「優くんはいい子だけど、悪い子になっても好きだよ? でも、非行には走って欲しくないから」

 非行。と言うほど子供ではなく。普通に犯罪と呼ぶ年齢ですけど。いや、そもそも優しくないイコール何故非行に。優斗は混乱した。

「優しくなくても、優くんは優しいから。だからもっと怒ったり、わがままを言って困らせて欲しいな」

 優斗の目を見つめ、柔らかく微笑む。

「……いつまで、一緒にいてくれますか?」
「生まれ変わってもずっと一緒だよ?」
「…………ありがとうございます」

 言う筈のなかった弱音までぼろぼろと零れてしまう。抱き寄せられて、その暖かさに甘えてしまう。

「俺、まだ兄さんって呼んでていいんでしょうか」
「どうして?」
「その……恋人候補にもなったわけですし」
「そうだね。出来れば、どちらでも呼んで欲しいな」

 子供にするように、優しく髪を撫でる。そしてチュッと小さなキスが髪に落ちた。

「だって、君の兄は世界中で俺だけでしょう?」

 柔らかな木漏れ日色の瞳が、優斗を見つめる。暖かな色。暖かな体温が、好きだと思った。

「そうですね」

 すり……と胸元へと擦り寄る。
 こんな優しい人に、まだ何も返せていない。でももう少しだけ、甘えてもいいだろうか。

 もう少し、後少しで、答えを出すから……。

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