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Day.2-3

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 目を覚ました暖人はるとは、驚きのあまりラスを突き飛ばした。
 顔いっぱいに疑問符を浮かべ寝ぼけている暖人に、ラスはつい出来心で。

「ハルト君って、夜はとても大胆なんですね」
「!?」
「最高でしたよ」

 甘さをたっぷりと含めた声で囁く。すると暖人はびくりと跳ね、涙目になってしまった。


「え? あっ、すみません、冗談が過ぎました」

 慌てて布団を剥ぎ、お互い着てますよ、と主張する。

「添い寝しただけで、何もなかったですよ」
「……何も」
「なかったです」

 ベッドの上で正座をするラスに、ようやく思考が回り始めた暖人はじわじわと不機嫌な顔になる。

「ラスさんが言うと冗談に聞こえません」
「すみません、今回は本気で反省してます」

 まさか本当に信じてしまうとは思わなかった。寝ぼけていたとしてもすぐに、変な冗談やめてください、と怒られるものだとばかり。
 頭を下げるラスに、暖人はそっと視線を伏せた。

「……俺も、寝ぼけて勘違いして……すみませんでした。ラスさんはそんなことしないって、分かってるんです……」

 しゅん、と肩を落とす。

「俺が寝ぼけてラスさんを引っ張り込んだのかなって……。ウィルさんに知られたら、ラスさんが騎士として生きていけなくなっちゃうって思って……」
「えっ、そっちですか?」
「はい」
「え……、んんっ……、……ハルト君は本当にいい子ですね」

 あまりにいい子で涙が出てしまう。こんないかにも合意ではない状況で、保身ではなく相手の心配をするとは。いい子いい子、と頭を撫でる。

「いい子じゃないです。ウィルさんを悲しませるとか怒らせるとか、嫌われるとかも思ったのに……最初に考えたのが、ウィルさんに失礼なことだったんです」
「失礼な事?」
「だってウィルさん、……本気で、やりますよね」
「あー……、……やりますね。騎士としては生かされても、男として生きていけなくされそうです」
「っ……」

 同じ男として想像した暖人は、ひゅっと息を呑んだ。
 信頼出来る右腕を処分する事はないだろうが、暖人の恋人として、ラスの男としての命を断つだろう。暖人に合意なく行為に及べば、だが。

「まあそんな事は起きないですけどね」
「そうですよねっ」

 暖人はグッと拳を握った。
 想像して顔を青くしている辺り、やっぱり男の子なんだな、とラスはしみじみと思う。


「それにしてもハルト君って、寝ぼけて団長をベッドに引っ張り込んだりするんですね」
「えっ、しないですよ!?」
「あれ? そんなに慌てるって事は」
「違いますっ、もししたとしても、ウィルさんは寝てる俺に何かするなんてないですっ」
「そうなんですか? あの団長が?」
「しません」

 きっぱりと言い切る暖人に、ラスは目を丸くする。だが、すぐに納得した。

「確かに、寝てるハルト君を起こすのは可哀想ですもんね……」
「え、そんなしみじみと……」
「俺も団長の立場なら、寝込みを襲うより、ハルト君の天使みたいな寝顔を見続ける方を選択します」
「……見続けてたんですか?」
「いえ、殆ど見れませんでしたよ? ハルト君が離れちゃヤダ、って可愛く抱きついて離してくれなかったので」
「!?」
「寝てる時のハルト君は、子猫みたいですね」
「!」

 見てたのは冗談じゃなかった、と暖人は顔を赤くする。よくよく考えてみれば、目が覚めた時にラスの背に腕を回していた気もする。
 それに、擦り寄ってしまうのはもはや癖のようなものだ。あの三人にもよくスリスリしている。

(改めて思うと……恥ずかしい……)

 もう子供ではない男が。そう思っても、意識してやめると何があったのかと不安にさせそうだ。
 ウンウン悩み、余所ではしない、と決めた。


 慌てたり悩んだりする暖人を、ラスは微笑ましく見つめる。その視線に気付き、暖人はハッとして顔を上げ、すぐに視線を伏せた。

「あの……、魘されてたことは、ウィルさんたちには内緒でお願いします」
「勿論です。俺とハルト君だけの秘密ですね」

 また意味深な言い方を、とつい笑ってしまった。
 それもこれも、全て励まそうとしてくれているからだと分かる。添い寝などと言い出したのも、ここには怖いものはないと、安心させようとしてくれた。

「……ラスさん。……ありがとうございます」

 ふわりと笑う暖人に、ラスも目を細める。

「いえ、俺としても役得でしたから」

 柔らかな黒髪をさらりと撫で、そっと耳に掛けた。そして頬を掠めるように撫でてするりと手を離す。


「さて、と。美味しいものでも食べに行きましょうか」
「美味しいもの」
「期間限定クレープが出てましたよ」
「行きますっ」

 暖人はパッと目を輝かせ、いそいそとベッドから下りる。
 そしてクローゼットを開けた暖人は、ラスが見ている前でも気にせず着替え始めた。

「……クレープに負けたなぁ」

 もしや存在も忘れられているのでは。
 いや、もしかしたら、ベッドの方からは見えないと思っているのかもしれない。ベッドにはカーテンもあり、広い部屋で、相当距離があるから。
 ……昼間には、透けて見えるのだが。


 今すぐ背後から抱き締めて驚かせたい気持ちをグッと堪え、見てませんよ、と言わんばかりに大の字でベッドに倒れ込んだのだった。





 クレープを食べ終え、早めの夕食へと向かう。
 ラスがマリアに伝えた時は、暖人に変な物を食べさせないように……ではなく、変なところに連れ込まないようにと忠告された。相変わらずこちらに関する信頼はないと肩を竦めたものだ。

 夕食は、暖人と相談して大衆食堂を選んだ。そして屋敷では食べられない濃いめのソースのパスタと、手掴みで食べる肉類やポテトを注文する。

「漫画でよく見る肉っ……」

 両方に骨が突き出た肉に、暖人はいたく感動した。それを手掴みにしてかぶりつく、何という快感。

「んんっ、美味しいっ」

 しっかりした赤身と程良い脂身。形成肉でもハムでもない。それなのに歯で引きちぎれるくらいの適度な固さだ。
 太めのウィンナーもナイフで切らずに、周りの人がしているようにフォークで刺してそのままかぶりつく。こちらは肉汁が溢れて、はふはふしながら食べた。

「ハルト君は本当に美味しそうに食べますね」
「本当に美味しいので」

 あれ、この会話昨日もしたな、と思う。だが美味しいものは美味しいのだ。


「ハルト君を見てると、こっちまで幸せな気持ちになります」

 愛しげに目を細められ、暖人は目を瞬かせる。

「あ、そうでした。今までお付き合いした人とは、こういうところも来れなかったんですよね」
「それもありますけど、ハルト君なら堅苦しい店でも美味しそうに食べるんだろうなと」
「多分、そうですね。美味しいものは美味しいので」
「そんなハルト君と、毎日こうして一緒に食事が出来たらいいのに」

(……それは、毎日味噌汁を作ってくれ、という伝説の……)

「あの……」
「そうだ。仕事終わりにたまにお邪魔出来るように、団長に頼み込んでみますね」
「えっ、あ、そうですね。俺からもお願いしてみます」

 勘違いだった。暖人は恥ずかしさを隠すように肉にかぶりついた。
 そんな誰も彼もが求婚してくるはずがないのに、自意識過剰になりすぎだ、と己に言い聞かせる。

 ラスとしては、この顔見たさに結婚も良いなと思ったのだが、すぐに考えを改めた。やはり今のままの立ち位置が気に入っているのだから。

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