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 歌手と思われるセイレーンやハーピーが空からステージに舞い降り、観客は舞い降りた人たちの名前を読んだり叫びだしたり、大盛り上がりだった。
 
「これは期待できるんじゃない?」
 
 俺は魔力の歌によって、中毒症状をきたしている人たちだったりしたら嫌だなぁと思った。
 
「みんな来てくれてありがとうー! 精いっぱい歌っちゃうねー!」
 
 セイレーンはきゃぴきゃぴした声をしたグループだった。
 
「私の歌で虜にするわよ! 聞きなさい!」
 
 ハーピーはセクシー系なグループだった。
 
「どっちが好み?」
 
「歌を聞いてみない事にはわからないな」
 
「そう」
 
 ナミは口をとがらせていた。なんだ? あの最初の挨拶だけでもう声質の好みが出来たのか? さすがに俺はそこまで歌に対して耳は肥えてない。
 
 程なくして、歌が始まった。同時に・・・。
 
 俺たちは魔力を遮断して歌唱力だけで判断していた。結果、別々の歌が両方から聞こえてくるというひどい状況に出くわした。それぞれの歌に注力し、歌に対して評価しようにも音程が違う歌を聞いているだけで、歌唱力はどちらも同じくらいだった。
 
 そして、自分たちにとっては、あまり高評価に繋がるようなものでなかった。
 
「別のステージに行きましょうか」
 
「ああ」
 
 別ステージに移動し、歌を聞いても、自分たちにはあまり響いてこなかった。歌唱力、というよりも音色での勝負に近く、どちらがいい音色を奏でているか、という感じだった。時折詩的なのが歌っているわけでもなく、ただ「気持ちよくなれ」だったり「高らかに心地よく」とか、歌詞があってないようなものだった。
 
 街中でのストリートライブはそもそもそういった言葉すらなく「ら~らら~」とか「るーるる~」みたいなものばかりだった。
 
 なので、もしかしたらちゃんと歌を歌えているのは少ないかもしれない。歌を上達させるよりも、魔力をいかに乗せて相手を虜にするのか、が重要なのだろうと感じた。
 
「帰りましょうか」
 
「ああ」
 
 俺たちはこの広場に長くとどまるより、今日は帰ることを選んだ。そんな中で平場の一番大きいステージで歌が始まった。その歌は、まさしく歌だったのだが、相手の歌とかぶさり合っていて聞くに耐えれない不快さだった。
 
「これはきついわね」
 
「歌の判断がつき辛いな」
 
 一応、歌の最後まで聞くことはできたのだが、判別がつき辛く、片方ずつ聞ければよかったのにとナミと二人で思った。歌合戦の将来は、僅差でセイレーン側の方が勝利したというのがわかったが、ナミと俺は首を傾げる結果だった。
 
「歌に対して、歌で相殺し、相殺しきれなかった方が歌として流れるから、優劣がつくんじゃないか?」
 
 俺は優劣のつけ方について、言葉に出していた。
 
「魔力も載せているのだから、うまくやれそうよね」
 
 ナミも俺の考えに同意して、のっかってきた。俺たちは合唱してるわけじゃないのだから、歌の勝負にもなるし良い歌だけじゃなく魔力の扱いや強さのものさしにもなるという話をしながら帰路についた。
 
 俺はこの時、この会話が耳のいいセイレーンとハーピーたちに聞かれていた事を知らないでいた。
 
 翌日、ナミと今度は人魚の歌を聞いてみて、歌唱力を確認して悪くなかったらこの都市にもう少しとどまってみようという話になった。出かける準備をし、屋台で買い食いをしながら人魚族がいるエリアに向かっていたところ、俺たちは今まで不快だった音が減っている事に気づいた。
 
「ナミ、防音フィールド張っていたりする?」
 
「特にしてないわ、室内だけよ」
 
 あたりを見渡し、セイレーンやハーピーを見ると確かに歌っているように見えた。ただ口パクのような感じであり、歌っているわけじゃないように見えた。
 そんな中で、声が聞こえるセイレーンがいて、その人からは歌が聞こえた。歌といっても俺たちにとっては、「ら~らら~」的なものだった。
 
「ま、まさか・・・」
 
「音と音をぶつけて、無音にしてるわね」
 
 歌として聞こえる人にだけ周りは耳を傾けて、拍手や魔核などを送っていた。街中を歩いていると至る所に同じような状況が出来ていて、来た時と大分風変りしつつあった。場所によっては、歌さえ聞こえず、話し声や人の行きかう音のみで、静かな歌のバトルが起きていた。
 
「ねぇ、ノイズキャンセリングし合うって、相当な技術だと思うのだけど、どう思う?」
 
「相手の歌を聞かせまいとさせる技術はすごいな」
 
 そして、人魚たちがいる場所に着き、そこでも音と音のバトルが繰り広げられていた。そして、聴きたかった人魚の歌も聞こえない状態だった。もしかしたら、場所を変えればと思って移動してみたが歌は聞こえることはなかった。
 
「もう帰るか」
 
「そうね」
 
 宿泊所に戻る道中で、周りがやけに静かになっている事に気づいた。あまりにも音がなく、疑問に思ってナミに話しかけた。
 
「――?」
 
「――!」
 
 俺とナミは顔を見合わせ、あらゆる音がかき消されている事に気づいた。ナミは卵型の武具に念話をしたのか、防音フィールドを張った。
 
「ねぇ、ちょっと全く音が聞こえなくなってるんだけど」
 
「ああ、まさかここまで―」
 
「あ、見つけた! あれ? 音が聞こえる・・・?」
 
 セイレーンの女性が、俺たちの前に現れ話しかけてきた。
 
「誰だお前?」
 
「私は、セイレーン歌姫ナンバー五位のセイレア・ヴィヨン! ふふん」
 
「それで何の用だ?」
 
「えっ」
 
「ん?」
 
 歌姫ナンバー五位はトップに近くてすごいのだろうが、ナミと俺は歌唱力というところで評価してるため、あまりすごいとは思えなかった。
 
「え、えと・・・昨日、歌合戦であなた達が優劣について語っていたじゃない、あれでみんな変わってしまったのよ。どうにかしてよー!」
 
 どうにか・・・どうにかって?
 
 あたりを見るといつの間にか人だかりが出来て、防音フィールド外は静かそうに見えたが何やら声を荒げても音が出ないので、何か睨まれている状態になっていた。
 
「私たちが原因ってことかしら?」
 
「そうだよー! どうにかしてよー!」
 
「どうにか、って・・・?」
 
「このままじゃ、都市全体が静かになって、変になっちゃうよ。ううっ」

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