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旦那と無理やり結婚させられ、トラブル体質に愛想を尽かす
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「ん……ん……。」
「おお!意識が戻ったぞ。ナースコールを……押して……と。」
ピー!
「どうなされました?」
「聖子の意識が戻りました。」
しばらくするとパタパタと廊下を歩く音が聞こえたかと思うと、若い男性医師と中年の看護師長が個室の扉をたたき、入ってきたのだ。
「奇跡としか、言いようがありません。あの高さから落ちて、無傷だとは……。」
「先生、ありがとうございます。意識さえ戻れば、連れて帰れますね?」
「そうですね、念のためもう一度検査をして、異常がなければ、そのまま退院出来ますよ。」
「ああ、よかった。」
まゆ香は、本当に新しい肉体をもらえたことに感動していたのだ。
「ピアノ……。」
「え?どうした?聖子!もう大丈夫だ。」
「ここはどこ?私は誰ですか?」
「!!!!」
おめでたいムードの病室がいっぺんに凍り付く。
「先生!どういうことですか?」
「いや、たまに記憶障害を起こされる患者さんもまま見受けられますが、今は混乱されておられるでしょうが、落ち着かれたら、元の記憶を取り戻されることもあります。」
「そんな……、生きてくれさえ……と何度も神に祈った結果が記憶喪失だなんて……。」
「ピアノ弾きたい……。」
両親と医師、看護師が顔を見合わせる。
病院の外来棟1Fロビーには、グランドピアノがあるが、たまに自動演奏がなるぐらいで、ふだん、ほとんど使われていない。
以前、有名なピアニストが寄贈して、退院したものだったのだ。それをまゆ香、もとい聖子が弾くことになった。聖子は確かに幼少のころ、ピアノの練習をしたことがあったのだが、小学校までで、それからは一度もピアノに触ったことがなかったのである。
あんな音が出るもの……、もし下手なら大恥をかく……。心配そうに見守る両親。それでも久しぶりに目を覚ました娘がピアノを弾きたいと言えば、無理してでも病院に掛け合うことに。病院側は多額の寄付をしている両親の願いを聞き届け、特別にピアノの鍵を開けた。
聖子は、大きく深呼吸を一つして、前世音大受験以来の課題曲を弾き始めた。いつもは喧騒としているロビーが、「ただ今より真昼間聖子さんがピアノ演奏されます。」病院側が気を利かしてアナウンスしてくれたのだ。
静まり返ったロビーで聖子のピアノの音が響く。
両親はいつの間に、娘がこんなに上手にピアノを奏でることができたものか?と首をひねる。
患者さんの中には、感動して涙を流している者までいる。心に響くピアノの音色。それは一度この世を去ったものでしか表せない魂を揺さぶる音色だったのです。
死んでしまった前世を振り返りながら、音大受験失敗、他の大学を受験、合格、新入生の時のサークルの勧誘、合コンの誘い、成人式、卒業式、就職、行かず後家のオールドミスがいた、お茶当番、掃除当番の順番で揉めたっけ。そして帰郷、結婚、旦那の浮気と借金問題、交通事故……1曲弾き終わるごとに、それら嫌なことすべてを忘れさせてくれる。
聖子はピアノを弾くことが楽しくなり、次々と演奏を重ねていく。いつの間にか小さなお婆さんが聖子のピアノの傍へ駆け寄ってきたので、「ふるさと」「夕焼け小焼け」など誰もが口ずさめる曲を弾いたのだ。
演奏が終わった後、万雷の拍手をもらう。体は何処も痛くなく、ピアノが弾けて喜ぶが、真昼間の両親には記憶喪失ということになり、申し訳なく思う。大事な娘さんのカラダに入ってしまい、もう二度と娘の聖子さんに会えずじまいなのだから。
でも真昼間の両親は、そんなことより娘が生き返ってくれたことだけで感無量であったのだ。
記憶はなくなってしまっても、プロ顔負けのピアノ演奏に、これから娘のためならどんな援助も惜しまないつもりでいる。
聖子は無事、退院したのだが、学校では新たな火種が待ち受けていたのだ。「肉体ブティック」のマダムは自殺したと言っていたのだが、実は殺されかけていたことが判明する。遺書はなく、自殺にしては、不自然で靴も履いたままだったので、真昼間の両親が聖子の日記を調べ、虐めが発覚したのである。
聖子の通っていた学校は、私立の真紅の薔薇学園、理事長が真紅の薔薇の花が大好きで、真紅の薔薇のように気高い淑女養成学校であったのだ。
そこで虐めでの殺人未遂事件が起こったとなれば、前代未聞の大スキャンダルである。真昼間の両親は、日記に実名が書かれてあった女子生徒数人を相手取り、民事と刑事の訴訟を起こしていたのだ。
結果として、聖子が生き返ったものの、罪は裁かれなければならない。虐めをしていた女子生徒の保護者から、なんとか訴えを取り下げてほしいと懇願されるも、真昼間側は、優秀な弁護団を結成し、頑として応じないのである。
聖子は虐めていた女子生徒に対して、反撃してやろうと手ぐすねを引いていたのだが、相手はもう借りてきた猫同然で、反応が薄いどころか、退学寸前の事態になっていて、
「聖子ちゃん、あれはちょっとした冗談なの、それなのに聖子ちゃんが落ちてしまったから、もう親からたっぷりお説教されるわ。学校は退学処分になりそうな状態で、本当、困ってるの。どうか許してください。私たち、お友達でしょ?これからも仲良くしたいの、お願いします。」
「あなた達をお友達だなんて、一度も思ったことがございませんわ。それにあんなひどいことをしておきながら、冗談で済ませる神経がおかしいわ。死ねって言ったのどこの誰だったかしらね。」
聖子は「キチガイ病院で診てもらえ」という言葉を言いそうになり、飲みこんだ。少年法とキチガイで犯罪が免責事由になることを恐れたからである。精神年齢25歳の聖子は、その分、加害者の同級生の女子高生より大人なのである。
だてに前世で法学部を卒業していないっつうの。
「だから冗談だって、言ったでしょ?このくたばり損ないが!」
「私は関係ないわよ、芳江が勝手に突き落としたんだから、それをこっちまで巻き添え食らっていい迷惑なのよ。」
「なんですって!里美が、自殺に見せかけて、突き落としちゃえば?って言ったんでしょうが!私だけのせいにしないでくれる?」
「二人とも、やめなよみっともない。だいたいあなたたち二人が計画して、行動に移すからよ。いくら聖子が金持ちの娘でウザイからって、何も殺すことないでしょ。」
「「何、言ってんのよ!聖子がウザイと言い出したのは、友里恵が最初なんだからね。」」
いじめっ子の女子生徒たちは、こぞってぎゃーぎゃー喧嘩している。
このやり取りをすべてICレコーダーに録音して、帰宅後、渡す。
それにしても真昼間の家って、だだっ広い。父の職業は会社経営って聞いたけど、あの真昼間グループと関係あるのかしらね。
真昼間財閥と呼ばれるところがあることは知っている。前世、就活で煮え湯を飲まされたところで、この真昼間グループには入社できずに、よその会社に就職して失敗したのだ。もし、真昼間グループに入社できていれば、帰郷せず、今頃までたぶん東京暮らししていただろう、そうすれば、あんな旦那と出会うこともなく結婚話も流れていたと思う。
あの時、妊娠した赤ちゃんもすぐ死ななくても良かったのかもしれない。そう思うと辛い。
学校の屋上から飛び降り自殺したのではなく、突き落とされたことがわかったことは、大変ショックなことだったけど、別に聖子が悪いわけではない。単なる肉体を借りた?買っただけなので、これからは聖子の記憶は全くないので、前世の記憶だけを頼りに、生きていく決意をする。
そういえば、肉体ブティックの店長?は、真昼間さんの家は金持ちだから、留学ぐらいさせてもらえるとか言っていたような記憶がある。
傷害と殺人未遂事件のカタがついたら、海外留学させてもらえないかしらね。今度、お父様に言ってみよう。
父が帰宅してから、音楽留学に行きたい話をすると、コンクールに出てみないかと逆に話を持ち掛けられたのだ。
あの病院ロビーでのピアノの演奏は大変評判がよく、あの病院で定期的に演奏会を開きたいという話も来たのだ。
ん、まぁいいけど。それより、コンクールって、何よ?あの病院は真昼間グループの病院だったので、同じ系列だから話が早い。
え?お父様、ウチと真昼間財閥は、どういう関係?ご親戚?
「ああ、聖子は、記憶を失くしてしまったからね。ウチが真昼間財閥の総元締め?の家だよ。ウチのご先祖様がお殿さまから拝領された名前が真昼間なんだよ。変わった名前だから、他にはいないと思う。」
なんと!聖子は真昼間コンチェルンの一人娘としての肉体を買ってしまったのだ。そら、怒るわな。だから裁判起こしたのか?一人娘が自殺に見せかけて、学校の屋上から突き落とされでもしたら、怒って当然の話だわ。
妙に納得するも、あの肉体ブティックの店長、誰の肉体を勧めてきたのか?と思うと怖くなる。だって、真昼間の入社試験を落ちたことを言っていないのに、因縁の真昼間を勧めてこられたものだから。
もし、まゆ香がこの肉体を選ばなかったら、財閥は一人娘を失い、跡目争いが大変なことになるだろう。
だから、ある意味人助けをしたのかもしれない。社会というものは、人間同志が助け合って成り立っているのかもしれない。
というわけで、コンクールにエントリーすることになったのである。師事している先生は、今はいないけど、財閥の力でコンクールぐらいエントリーできるものらしい。
第一、真昼間病院の患者さんの中で、あのピアノ演奏は素晴らしいと高評価をくれたのがコンクール関係者だったらしく、その患者さんが強く勧めてくれたらしいわ。
もし、コンクールで入賞できたら、ウィーンの音楽大学へタダで留学できるらしい。その後の就職先もウィーンフィルが面倒を見てくれるみたいで、世界デビューも夢物語ではない。
真昼間いじめ事件は、勝訴のうちに終わる。刑事では、虐めた女子生徒は女子少年院へ送られることになり、民事では一人当たり5500万円の慰謝料を勝ち取り、保護者は家を売却して支払いに充てる。
そして、いよいよコンクール。
いつもより若干緊張する聖子。
前世、音大入試は、緊張を和らげるため、お茶をがぶ飲みした結果、お腹の調子が悪くなったのだ。だから、今度は水気を取らないように気を付けるが、どうもトイレが近いような気がする。
手のひらに人という字を書いて、3回飲むと緊張しないと言われ、何度も飲むが緊張は消えない。
いよいよ、聖子の出番。袖で前の人の演奏を聴いていると、頭の上のほうから、空耳かもしれないが、「まゆ香!」と呼ばれる声がしたような気が……?それは、まぎれもなく前の旦那の声のような気がしたのである。
「げ!」
その声に背中を押されるように、舞台へ出る。もう緊張は消えた。ステージはスポットライトだけ、グランドピアノと聖子にだけ向けられる。
ひとつ大きく深呼吸して、ピアノの前に座る。
曲目は、前世音大入試で落ちた課題曲、決していい選曲とは思えない曲を一心不乱に弾き始める。
まるで、聖子さん、まゆ香さんが乗り移ったかのような幻想的な音色を繰り広げる。
一度、死の淵を漂った人間だけが奏でられる音色、それはなぜか懐かしい人に会いたくなる調べ、心を打つ演奏に観客も審査員も魅了されたまま演奏が終わる。
万雷の拍手の中、お辞儀をして袖に入ろうとしたら、アンコールがかかったのである。コンクールにアンコールは不要のはずが、拍手は鳴りやまない。
中には、スタンディングオーベーションをする人まで出てくる。主催者側が急遽、もう一曲と催促するが……。もう精も根も尽き果てている聖子、うつろなまま袖に入ったところで、また「まゆ香!」の声が聞こえる。
その声から逃れるように、再びステージへ上がる聖子。ウィーンだから、とヨハン・シュトラウスを選曲しようか、やっぱりピアノの王道ショパンにしようか考える。
弾き始めた曲は、なぜか「里の秋」前世、亡くなった母が好きでよく歌っていた曲だ。なぜかピアノの前に座ると自然と指が動き、奏でていた。
ふと気づけば、会場全体が歌声に包まれている。みんな観客全員が声をそろえて、歌っている。そして中には、涙を流している観客もいる。ハンカチを目に当てながら、誰か懐かしい人を思い浮かべるように。
感動のままコンクールは終わる。結果は当然、真昼間聖子が文句なしの1等賞になり、ウィーンへの留学が決まる。
真昼間の両親との別れを惜しみながら、成田へ。
途中、前世の故郷へ立ち寄ると、駅前商店街にあったはずの「春栄堂」の看板がなくなっている。
近所の人に聞くと、次男坊が若い嫁さんを殴って死なせた咎で刑務所に入り、信用を失った春栄堂は倒産したらしい。との話を聞く。
そうか。前の旦那は懲役を食らったのか。これで少しはまゆ香とお腹の赤ちゃんも浮かばれるかもしれない?
「おお!意識が戻ったぞ。ナースコールを……押して……と。」
ピー!
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しばらくするとパタパタと廊下を歩く音が聞こえたかと思うと、若い男性医師と中年の看護師長が個室の扉をたたき、入ってきたのだ。
「奇跡としか、言いようがありません。あの高さから落ちて、無傷だとは……。」
「先生、ありがとうございます。意識さえ戻れば、連れて帰れますね?」
「そうですね、念のためもう一度検査をして、異常がなければ、そのまま退院出来ますよ。」
「ああ、よかった。」
まゆ香は、本当に新しい肉体をもらえたことに感動していたのだ。
「ピアノ……。」
「え?どうした?聖子!もう大丈夫だ。」
「ここはどこ?私は誰ですか?」
「!!!!」
おめでたいムードの病室がいっぺんに凍り付く。
「先生!どういうことですか?」
「いや、たまに記憶障害を起こされる患者さんもまま見受けられますが、今は混乱されておられるでしょうが、落ち着かれたら、元の記憶を取り戻されることもあります。」
「そんな……、生きてくれさえ……と何度も神に祈った結果が記憶喪失だなんて……。」
「ピアノ弾きたい……。」
両親と医師、看護師が顔を見合わせる。
病院の外来棟1Fロビーには、グランドピアノがあるが、たまに自動演奏がなるぐらいで、ふだん、ほとんど使われていない。
以前、有名なピアニストが寄贈して、退院したものだったのだ。それをまゆ香、もとい聖子が弾くことになった。聖子は確かに幼少のころ、ピアノの練習をしたことがあったのだが、小学校までで、それからは一度もピアノに触ったことがなかったのである。
あんな音が出るもの……、もし下手なら大恥をかく……。心配そうに見守る両親。それでも久しぶりに目を覚ました娘がピアノを弾きたいと言えば、無理してでも病院に掛け合うことに。病院側は多額の寄付をしている両親の願いを聞き届け、特別にピアノの鍵を開けた。
聖子は、大きく深呼吸を一つして、前世音大受験以来の課題曲を弾き始めた。いつもは喧騒としているロビーが、「ただ今より真昼間聖子さんがピアノ演奏されます。」病院側が気を利かしてアナウンスしてくれたのだ。
静まり返ったロビーで聖子のピアノの音が響く。
両親はいつの間に、娘がこんなに上手にピアノを奏でることができたものか?と首をひねる。
患者さんの中には、感動して涙を流している者までいる。心に響くピアノの音色。それは一度この世を去ったものでしか表せない魂を揺さぶる音色だったのです。
死んでしまった前世を振り返りながら、音大受験失敗、他の大学を受験、合格、新入生の時のサークルの勧誘、合コンの誘い、成人式、卒業式、就職、行かず後家のオールドミスがいた、お茶当番、掃除当番の順番で揉めたっけ。そして帰郷、結婚、旦那の浮気と借金問題、交通事故……1曲弾き終わるごとに、それら嫌なことすべてを忘れさせてくれる。
聖子はピアノを弾くことが楽しくなり、次々と演奏を重ねていく。いつの間にか小さなお婆さんが聖子のピアノの傍へ駆け寄ってきたので、「ふるさと」「夕焼け小焼け」など誰もが口ずさめる曲を弾いたのだ。
演奏が終わった後、万雷の拍手をもらう。体は何処も痛くなく、ピアノが弾けて喜ぶが、真昼間の両親には記憶喪失ということになり、申し訳なく思う。大事な娘さんのカラダに入ってしまい、もう二度と娘の聖子さんに会えずじまいなのだから。
でも真昼間の両親は、そんなことより娘が生き返ってくれたことだけで感無量であったのだ。
記憶はなくなってしまっても、プロ顔負けのピアノ演奏に、これから娘のためならどんな援助も惜しまないつもりでいる。
聖子は無事、退院したのだが、学校では新たな火種が待ち受けていたのだ。「肉体ブティック」のマダムは自殺したと言っていたのだが、実は殺されかけていたことが判明する。遺書はなく、自殺にしては、不自然で靴も履いたままだったので、真昼間の両親が聖子の日記を調べ、虐めが発覚したのである。
聖子の通っていた学校は、私立の真紅の薔薇学園、理事長が真紅の薔薇の花が大好きで、真紅の薔薇のように気高い淑女養成学校であったのだ。
そこで虐めでの殺人未遂事件が起こったとなれば、前代未聞の大スキャンダルである。真昼間の両親は、日記に実名が書かれてあった女子生徒数人を相手取り、民事と刑事の訴訟を起こしていたのだ。
結果として、聖子が生き返ったものの、罪は裁かれなければならない。虐めをしていた女子生徒の保護者から、なんとか訴えを取り下げてほしいと懇願されるも、真昼間側は、優秀な弁護団を結成し、頑として応じないのである。
聖子は虐めていた女子生徒に対して、反撃してやろうと手ぐすねを引いていたのだが、相手はもう借りてきた猫同然で、反応が薄いどころか、退学寸前の事態になっていて、
「聖子ちゃん、あれはちょっとした冗談なの、それなのに聖子ちゃんが落ちてしまったから、もう親からたっぷりお説教されるわ。学校は退学処分になりそうな状態で、本当、困ってるの。どうか許してください。私たち、お友達でしょ?これからも仲良くしたいの、お願いします。」
「あなた達をお友達だなんて、一度も思ったことがございませんわ。それにあんなひどいことをしておきながら、冗談で済ませる神経がおかしいわ。死ねって言ったのどこの誰だったかしらね。」
聖子は「キチガイ病院で診てもらえ」という言葉を言いそうになり、飲みこんだ。少年法とキチガイで犯罪が免責事由になることを恐れたからである。精神年齢25歳の聖子は、その分、加害者の同級生の女子高生より大人なのである。
だてに前世で法学部を卒業していないっつうの。
「だから冗談だって、言ったでしょ?このくたばり損ないが!」
「私は関係ないわよ、芳江が勝手に突き落としたんだから、それをこっちまで巻き添え食らっていい迷惑なのよ。」
「なんですって!里美が、自殺に見せかけて、突き落としちゃえば?って言ったんでしょうが!私だけのせいにしないでくれる?」
「二人とも、やめなよみっともない。だいたいあなたたち二人が計画して、行動に移すからよ。いくら聖子が金持ちの娘でウザイからって、何も殺すことないでしょ。」
「「何、言ってんのよ!聖子がウザイと言い出したのは、友里恵が最初なんだからね。」」
いじめっ子の女子生徒たちは、こぞってぎゃーぎゃー喧嘩している。
このやり取りをすべてICレコーダーに録音して、帰宅後、渡す。
それにしても真昼間の家って、だだっ広い。父の職業は会社経営って聞いたけど、あの真昼間グループと関係あるのかしらね。
真昼間財閥と呼ばれるところがあることは知っている。前世、就活で煮え湯を飲まされたところで、この真昼間グループには入社できずに、よその会社に就職して失敗したのだ。もし、真昼間グループに入社できていれば、帰郷せず、今頃までたぶん東京暮らししていただろう、そうすれば、あんな旦那と出会うこともなく結婚話も流れていたと思う。
あの時、妊娠した赤ちゃんもすぐ死ななくても良かったのかもしれない。そう思うと辛い。
学校の屋上から飛び降り自殺したのではなく、突き落とされたことがわかったことは、大変ショックなことだったけど、別に聖子が悪いわけではない。単なる肉体を借りた?買っただけなので、これからは聖子の記憶は全くないので、前世の記憶だけを頼りに、生きていく決意をする。
そういえば、肉体ブティックの店長?は、真昼間さんの家は金持ちだから、留学ぐらいさせてもらえるとか言っていたような記憶がある。
傷害と殺人未遂事件のカタがついたら、海外留学させてもらえないかしらね。今度、お父様に言ってみよう。
父が帰宅してから、音楽留学に行きたい話をすると、コンクールに出てみないかと逆に話を持ち掛けられたのだ。
あの病院ロビーでのピアノの演奏は大変評判がよく、あの病院で定期的に演奏会を開きたいという話も来たのだ。
ん、まぁいいけど。それより、コンクールって、何よ?あの病院は真昼間グループの病院だったので、同じ系列だから話が早い。
え?お父様、ウチと真昼間財閥は、どういう関係?ご親戚?
「ああ、聖子は、記憶を失くしてしまったからね。ウチが真昼間財閥の総元締め?の家だよ。ウチのご先祖様がお殿さまから拝領された名前が真昼間なんだよ。変わった名前だから、他にはいないと思う。」
なんと!聖子は真昼間コンチェルンの一人娘としての肉体を買ってしまったのだ。そら、怒るわな。だから裁判起こしたのか?一人娘が自殺に見せかけて、学校の屋上から突き落とされでもしたら、怒って当然の話だわ。
妙に納得するも、あの肉体ブティックの店長、誰の肉体を勧めてきたのか?と思うと怖くなる。だって、真昼間の入社試験を落ちたことを言っていないのに、因縁の真昼間を勧めてこられたものだから。
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だから、ある意味人助けをしたのかもしれない。社会というものは、人間同志が助け合って成り立っているのかもしれない。
というわけで、コンクールにエントリーすることになったのである。師事している先生は、今はいないけど、財閥の力でコンクールぐらいエントリーできるものらしい。
第一、真昼間病院の患者さんの中で、あのピアノ演奏は素晴らしいと高評価をくれたのがコンクール関係者だったらしく、その患者さんが強く勧めてくれたらしいわ。
もし、コンクールで入賞できたら、ウィーンの音楽大学へタダで留学できるらしい。その後の就職先もウィーンフィルが面倒を見てくれるみたいで、世界デビューも夢物語ではない。
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そして、いよいよコンクール。
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「げ!」
その声に背中を押されるように、舞台へ出る。もう緊張は消えた。ステージはスポットライトだけ、グランドピアノと聖子にだけ向けられる。
ひとつ大きく深呼吸して、ピアノの前に座る。
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まるで、聖子さん、まゆ香さんが乗り移ったかのような幻想的な音色を繰り広げる。
一度、死の淵を漂った人間だけが奏でられる音色、それはなぜか懐かしい人に会いたくなる調べ、心を打つ演奏に観客も審査員も魅了されたまま演奏が終わる。
万雷の拍手の中、お辞儀をして袖に入ろうとしたら、アンコールがかかったのである。コンクールにアンコールは不要のはずが、拍手は鳴りやまない。
中には、スタンディングオーベーションをする人まで出てくる。主催者側が急遽、もう一曲と催促するが……。もう精も根も尽き果てている聖子、うつろなまま袖に入ったところで、また「まゆ香!」の声が聞こえる。
その声から逃れるように、再びステージへ上がる聖子。ウィーンだから、とヨハン・シュトラウスを選曲しようか、やっぱりピアノの王道ショパンにしようか考える。
弾き始めた曲は、なぜか「里の秋」前世、亡くなった母が好きでよく歌っていた曲だ。なぜかピアノの前に座ると自然と指が動き、奏でていた。
ふと気づけば、会場全体が歌声に包まれている。みんな観客全員が声をそろえて、歌っている。そして中には、涙を流している観客もいる。ハンカチを目に当てながら、誰か懐かしい人を思い浮かべるように。
感動のままコンクールは終わる。結果は当然、真昼間聖子が文句なしの1等賞になり、ウィーンへの留学が決まる。
真昼間の両親との別れを惜しみながら、成田へ。
途中、前世の故郷へ立ち寄ると、駅前商店街にあったはずの「春栄堂」の看板がなくなっている。
近所の人に聞くと、次男坊が若い嫁さんを殴って死なせた咎で刑務所に入り、信用を失った春栄堂は倒産したらしい。との話を聞く。
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全てを失い、絶望の淵をさまよう彼に手を差し伸べたのは、一人の不遇なヒーラー、アリシアだった。彼女もまた、治癒の力が弱いと誰からも相手にされず、教会からも冒険者仲間からも居場所を奪われ、孤独に耐えてきた。だからこそ、彼女だけはゼロスの瞳の奥に宿る、静かで、しかし折れない闘志の光を見抜いていたのだ。
「私と、パーティを組んでくれませんか?」
これは、社会の評価軸から外れた二人が出会い、互いの傷を癒しながらどん底から這い上がり、やがて世界を驚かせる伝説となるまでの物語。見捨てられた最強の荷物持ちによる、静かで、しかし痛快な逆襲劇が今、幕を開ける!
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