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 卒業式シーズンが近づいたある日のこと、父に辞令がおりた。

 ベルサイユに8年もいたのだから、そろそろ娘も卒業しますので、と父から国王陛下に暇乞いをしたのだ。

 アントワネット大使から、暇乞いをされたものだから、国王陛下は渋々認め、

 「もし、我が国に来たいと思ったら、いつでも来てくれ。その方には、特別に爵位を進ぜよう。サンドラと同じ公爵だ。領地もあるから、気楽に来てくれたまえ。」

 破格の待遇に、アントワネット大使は驚くが、一度、領地を見に行くと、気候温暖で、肥沃な土地が広がっている田園風景がそこにあったのです。

 これは、案外、サンドラの領地よりもいいかもしれない。クリスティーヌの婚約が破談になったから、婿を取り、ここをクリスティーヌに継がせてもいいだろう。 

 そして、息子にサンドラの領地を譲った後は、このベルサイユの領地で隠居暮らしも悪くはなかろう。

 美しい妻と娘に囲まれ、穏やかに暮らす。夢のような話にうっとりとしていると、次の赴任先が決まる。赴任先は、ベルサイユの領地からほど近い隣国のチェインバルーンという国である。

 引っ越し準備に追われるクリスティーヌ、ここではいろいろなことがあったわね、と感慨にふける。この地に行く前にフランツ様と出会い、婚約して、お義母様がベルサイユ国出身だから、陛下に引導を渡すため訪れると、勝手に過去へ行く魔法が発動して慌てたけど、藤堂加奈子さんはじめとする出会いがあったわ。そして、フランツの浮気発覚、婚約解消。悲しいことや悔しいこともあったけど、自分でざまぁで来たのだから、本望である。

 次の国では、どんな楽しいことが待っているのかしら。希望に胸を膨らませるクリスティーヌ。

 学園の卒業式だけ済ませ、その後、すぐに出発する。卒業生たちは、ベルサイユのばらが出国することに別れを惜しみ、涙してくれた。

 「いつかまた、会える時が来たら、会えるわ。」

 笑顔で手を振り、出国した。

 隣国チェインバルーン国での入国審査を終え、サンドラに戻ろうかとも思ったが、チャールズ様の結婚式がまだなようだったので、ベルサイユ国の領土に引き返すことにしたのである。もちろん、領土の公爵邸と大使館は、異空間通路でつながっている。

 そして、ベルサイユ領土とサンドラ領土、サンドラ王都とも異空間でつなげる。

 サンドラには、元の婚約者フランツ様もいるかもしれないので、なんとなく顔を会わせたくなかったのである。フランツ様の大切なものを奪った張本人がクリスティーヌとは気づいていないようであったが、フランツの友人からは、「神罰が当たったのだ」と聞いたわ。

 フランツの友人は、それが何を意味しているかまでは言わなかった。せめてものフランツに対する思いやりだったのだろう。クリスティーヌは、こういう男性を好きになれば、良かったのかもしれないが、その人にはすでに婚約者様がいらっしゃったわ。お幸せに。

 そして、お兄様とミレイユ様の結婚式の日取りが決まる。確か前々世の記憶では、クリスティーヌが卒業式を迎える頃、既にご結婚されていて、新婚間もない兄にエスコートしてもらったような気がする。

 結婚式には、出席しなければならない。でもそうなれば、フランツ様と嫌でも顔を合わせることになる。だから、ベルサイユ領土に引っ込んでいるのである。

 卑怯かもしれないが、こうして逃げている。だが、お兄様とミレイユ様の結婚式がまた延期される。

 お兄様に何か不都合があるのか?と探りを入れてみると、ダルカン侯爵が何かをひた隠しにしていることが原因で、結婚式が延期しているという。

 そして、ついに!ダルカン侯爵家から破談を申し込んできた。もちろん破談違約金を倍額にしてだ。

 クリスティーヌは、たぶんあれが原因だと察しは付いたが、黙っている。いくら廃嫡したからと言って、あの事がある以上、黙って嫁がせることはできない。とダルカン様は判断されたのだろう。ミレイユ様は泣きはらした目で、「ごめんなさい。」と言い続けている。

 それからダルカン公爵様は、サンドラ国王に対し、爵位と領地を返上し、自害為された。お義母様、お義姉様も、同様に後を追われたのである。真相を知っているのは、クリスティーヌだけ、でも決して言わないと心に決める。

 チェインバルーン国では、「ベルサイユのばら」と呼ばれる美しい娘が来たとの噂でもちきりになっている。

 入国審査をした兵士が大げさに言いふらしているのだ。まるで、恋する乙女のような口ぶり。

 「あんな、別嬪、見たことがない。今でもあの麗しいお姿が瞼の裏に貼りついて離れない。」

 ちょうど年頃の王子様がいるチェインバルーン国では、一目でいいから、と娘に会いたくて大使館の周りをうろつくがなかなか会えないでいる。

 業を煮やした王子様は、アントワネット大使に今度、お城でパーティをするからと無理やり「招待状」を渡すのである。

 「娘は、こういうパーティを嫌いますので、行かないと思います。」

 「それでは、娘が直接、断わりに来たならば、出席せずともよい。」

 そうすれば、絶対、美しい娘の顔を拝めるというもの。ワクワクして、娘が返事を持ってくる日を待ち望んでいる。

 クリスティーヌは、行く気満々である。だって、フランツ様に会う心配がないのなら、気晴らしに行ってみようかしらね。もし、その王子様がまた変態変質者だったら、またちょん切れば済むだけの話ですもの。もう、あの頃のクリスティーヌではない、二度も阿部定をして、妙に自信がついたのである。

 なぜか、ウキウキしている娘にかける言葉はない。

 サンドラ王都には、何も言わず、ただ普通に着替えて、髪をセットしていく。それだけでも十分すぎるほど美しいのである。美人は自分の美しさを理解しているから、決して、似合わない格好はしない。どうすれば、より自分が美しくなれるかを熟知しているものだ。

 そして、パーティ当日まで断りに現れない娘のことをやきもきしすぎて、もう怒りに変わっている王子様は、

 「なんて生意気な娘だ。断りに来ないで、欠席するとは。どうしてくれようか!」

 「もし、娘がパーティに来たら、どうしますか?」

 「そんなもの、来るわけなかろう。もし来たら、罵言罵倒をして、追い返してやるさ。」

 側近は、呆れた顔をして、王子を見る。

 そして、パーティが開場される。

 入り口のところで、招待状を渡し、国名、爵位、名前などが読み上げられる。

 「サンドラ国、公爵令嬢クリスティーヌ・アントワネット様、ご来場!」

 一斉にクリスティーヌに視線が向けられる。

 「あの方が、ベルサイユのばらよ。さすがにお美しいわ。」

 会場のあちらこちらから、ため息が漏れる。

 王子様は、手にしていたグラスを落とされても気づかないぐらい、クリスティーヌにくぎ付けになっている。

 「さ、殿下。罵言罵倒して、追い返してください。」

 側近が、意地悪く言っても聞こえていないようだ。

 王子様は、クリスティーヌの傍に行き、跪き

 「なんと美しい姫、どうか私と1曲踊ってくださいませ。」

 そして、王子様はクリスティーヌの手を取り、ホールの中央に進み出る。

 それに合わせて、演奏が始まる。

 「本日は、お招きありがとうございます。」

 「来てくれて、本当に嬉しいよ。」

 「今日は、大使館から来たのかい?」

 「いいえ、サンドラの領地からですわ。こちらの入国審査が済み、すぐ引き返しておりましたもので。」

 「ああ、それで返事ができなかったのか?」

 「ええ、領地から、父の身の回りをするため、今日チェインバルーンに参りましたら、招待状を頂いていたことを知り、慌てて普段着で参りましたのよ。お見苦しい姿で申し訳ございません。」

 「いや、十分に美しい。」

 一曲が終わり、飲み物を取りに行かれる。クリスティーヌは風に当たりたいからとバルコニーへ向かう。

 「殿下、罵言罵倒して追い返されるのではありませんでしたか?」

 「そんなことしてしまったら、あんな美人と二度と会えなくなってしまうではないか?その責任が取れるのか?」

 王子様は、側近を小突く。

 そして、飲み物を両手に持ち、クリスティーヌがいるバルコニーへ向かう。

 クリスティーヌの周りには、もうチェインバルーンの貴族の息子が群がっていた。

 「しまった。こうなることが予測できたのに、ベルサイユのばらから目を離してしまった。」悔しがる王子様、何とか巻き返しをしようにも、一歩も近づけない。

 「どうすればいい?何か手立てはないか?」

 さっき、小突いたばかりの側近に相談している王子様。

 「今夜のところは、諦めてください。ただ。姫様が帰られる頃を見計らい、大使館に花束とチョコレートを贈られてはいかがでしょうか?バラの花束がいいでしょう。」

 「わかった。すぐ手配してくれ。」

 王子様はクリスティーヌの姿を見て、いっぺんに恋に落ちられました。それからは寝ても覚めてもクリスティーヌ嬢のことが頭から離れず、大使館へ何度も足を運ばれます。

 クリスティーヌはと言うと、あの王子様のことは可もなく不可もなく、と言ったところ。

 あのパーティでは、真意の魔法を発動しっぱなしだったけど、これと言った成果は得られず、ただ、物珍しがられて群がっている男たちばかりに、うんざりしたというだけ。
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