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王都にある王立学園の卒業記念祝賀パーティでのこと、この日もいつも通り婚約者にエスコートしていただいたのに、到着後、学園長のご挨拶や来賓の皆様のご挨拶が終わった後、皆でざわざわと歓談タイムになった頃を見計らって、
「公爵令嬢スカーレット・ブラームス、貴様との婚約は今をもって破棄することとする。」
高らかに宣言されるのは、王太子殿下のスティーヴン・ウィリス様がおっしゃいます。
「それでは、わたくしはこれにて。」
「お、おい!理由は聞かないのか?」
「は?婚約破棄なさりたいのですよね?どうぞ、御勝手に。」
「いやいや、普通、聞くだろう?」
「言いたいのですか?では、手短にどうぞ。」
「実はだな、……」
「手短にと申し上げたはずでございますが、もうよろしいでしょう。わたくしとは、そもそも政略で婚約しただけでございますれば、スティーヴンさまのご事情など、知ったことではございませんわ。それでは、御機嫌よう。」
茫然と立ち尽くすスティーヴン。
何も言えなかった。ただ、喪失感だけ虚無感だけが残る。
スティーヴンは、本当はスカーレットのことを愛していたのである。だけど、それを口にできない甲斐性なしだっただけ、ただそれだけで婚約破棄してしまった愚か者なのだ。自分では、愛の言葉を囁けないものだから、婚約破棄すると言えば、スカーレットが泣いて縋ってくると思っていたのである。
それが、どうぞご勝手に。と言われてしまっては、立つ瀬がない。
あぁ、どうしようかなぁ。こんなこと陛下(父上)に言えない。自分から破棄を言い出したことなど、破棄されたことにしようか?そうすると違約金の問題が出てくる。
どうしたものかと、頭を痛めてもいい結論は出ず、結果、陛下から大目玉を食らうことになる。
「なぜ、愛している婚約者に破棄などと申すのだ?長年にわたって、お妃教育をこなしてきたスカーレットの気持ちを考えなかったのだ?スカーレットを傷つけるのが目的なら、スティーヴンお前を廃嫡しなければならない。スカーレット嬢以外に、王太子妃など務まるものはいないのでな。」
かといって、お妃教育は一朝一夕でできるものではない。長い時間をかけて、政治経済、外国語、教養マナーを覚えていくのである。
公爵邸に戻ったスカーレットは、この怒りと悲しみを誰にぶつけていいかわからず、自室に戻って泣きじゃくったのである。
翌朝になって、食事のテーブルにもつかないので、心配した家族は、スカーレットの部屋の扉をノックするも返答がなく、開けてみたら、もぬけの殻であったのだ。
まさか!自殺?誘拐は考えられない!
公爵邸は王都の中でも王城に近く、騎士を雇い、独自の自衛処置をとっている。夜間の人の出入りのチェックも厳しく、スカーレットが誰かに連れ去られる可能性は極めて低い。
とすれば、自殺するため家を出たのか?婚約破棄などという辱めを受けては、生きていけないだろう。
ブラームス公爵は、すぐさま王城へ連絡を取り、スカーレット捜索隊が編成されることになったのである。
スティーヴンはスカーレットが自分のことをどう思っているか知りたくて、一芝居打ったことが結果として、スカーレットを自殺に追いやるなどということは考えもしなかったことで、短慮を後悔するのである。
国王陛下からは、「もしもスカーレットが生きて見つからない時は、スティーヴンを廃嫡どころか、国外追放にする。生きて見つかったとしても、廃嫡だ。」と怒りまくっている。
その頃、スカーレットは行く宛てのない身を持て余している。昨夜、護衛の騎士たちに睡眠剤入りの酒を飲ませたのだ。だから、誰にも気づかれずに公爵邸を出たのである。ただ、愛馬とともに。厩舎へ愛馬にお別れを言いに行ったら、何かを察してくれて、自分も行くと聞かなかったので、愛馬を連れ、家を出たのだ。
国境まで来てみたけれど、これからどうすべきかもわからない。突発的に家出してしまったから、死のうと思って、家出したわけではないが、こうなれば残す道は、「死」しかないような気がしてきたのである。
護衛の騎士に呑ませた睡眠剤の残りは、まだある。これを全部飲み干せば楽に死ねるのだろうか?
考えているうちに国境を越えてしまっていたのである。前方にさびれた教会があったので、そこで愛馬を休ませてもらおうと思った。愛馬に水と馬草をやり、教会の扉を押してはいる。誰もいない。
礼拝者用の椅子に腰かけ、しばらく休んでいると後ろから急に声をかけられ、ビックリすると、この教会の司祭様であったのだ。
スカーレットは、自分は、ウィリス王国から来たこと、国では公爵令嬢の娘で卒業式の翌日、ウィリスの王太子殿下との結婚式の予定であったのに、その前日、王太子から急に婚約破棄されてしまったことを告げ、またもや泣き崩れるのである。
司祭様はスカーレットの背中を優しく撫でながら、
「神が試練を与えたのです。神は乗り越えられる試練しかお与えになられません。ですから死のうなんて、思ってはダメですよ。わかりましたね?」
スカーレットはその日、教会で泊めてもらえることになったのである。何も寄進できるものがなかったので、公爵邸から持ってきた宝石を一粒、差し出して帰ろうとしたら、
「せっかくなので、水晶玉判定をしていきませんか?スカーレット嬢の適性などがわかります。今後、どちらかの国に行かれてもご自分の適性がわかっていたほうが何かと便利でしょう。」
言われてみれば、その通りである。突発的に家出したものの自分に何ができるか知らない。スティーヴンの妃教育でさんざん扱かれたが、自分の適性など考えたこともない。それに公爵令嬢だったから、身の回りのことを含めて何もかも、侍女など使用人にやってもらっていたのだ。
スカーレットは進んで、水晶玉に手をかざしてみると、!!!水晶玉はキラキラと光り出し、綺麗ね。と思っていたら、急に強烈な金色の光を発し続けたのである。
「え?わたくしの特性は、なんでございましょうか?」
「特性も何も、スカーレット様は、聖女様にございますよ。」
「ええ?それって、修道女が特性ということでございますか?」
そうか、ここで神様に一生を捧げるのか……。もう、公爵家にも戻れないのかもしれない。
それを思うと、つくづく家出を後悔する。優しかったお父様にもお母様にも、もう会えなくなるのかもしれない。
でも、お仕えする教会は、何もこの隣国での教会でなくてもいいのかもしれない。ウィリス国へもう一度だけ、戻って、両親にお別れの挨拶だけでもしたいと願う。愛馬に跨り、ぼんやりと考えていたら、自分の身体の周りに小さな金色の粒が集まってくる。これは何?光の粒子?
気が付けば、我が公爵邸の厩舎に舞い戻っていたのである。
取り急ぎ、両親に家出したことの詫びと隣国のさびれた教会で聖女認定されたことを早口で伝える。
「なに!スカーレットが聖女様になったというのか!」
家出のことは特に咎められず、聖女話で盛り上がる。
「神は乗り越えられる試練しか与えられない。だから、わたくしはそれを乗り越えて聖女になって戻ってまいりましたが、これから神様に一生を捧げるつもりでいます。ですから、もうわたくしのことは、いないものと思って諦めてくださいませ。いままで育ててきてくださった御恩を、このような形でしか返すことができない親不孝をどうかお許しくださいませ。」
「何を言っているんだ。スカーレット、たとえ聖女様になろうとも我が娘に変わりはない。なにか、困りごとがあれば、いつでも帰っておいで。」
「はい。お父様、それでは再び戻りますわね。あちらの教会でご心配されているかもしれませんので。」
「待って、その前に国王陛下に、報告しないと。今日は、泊まって行ってくれるだろ?スカーレットの捜索隊が結成されて、あちらこちらを捜索しているのだ。無事だと知らせなければ。」
教会に後ろ髪をひかれつつも、懐かしい我が家で一泊して、翌朝早くに隣国の教会へ転移魔法を使い、戻る。
「おお!聖女様がお戻りになられたぞ!神は、我々をお見捨てになられなかった。」
「ありがたや、ありがたや。」
なぜか司祭様のほかに立派な衣装を着た、誰かと誰かが一緒にいらっしゃる。誰?
スカーレットがきょとんとしていると、自己紹介をしてくださり、一人は教皇様でもう一人の方がこの国ストラックの王太子殿下で、名前はニコラス・ストラック様と言われる方でしたが、めっちゃブサメン、まさか婚約ってことないよね?こんな、寂れた誰も祈りに来ないような教会に来る意味は、それしかないと思う。
なんとなく嫌な予感がして、また、スカーレットは転移魔法で公爵邸の自室に戻ったのである。スカーレットが消える瞬間、誰かが叫んでいるのを確かに聞いた。
「だからまだ王子様が……早いと……。」
ブサメンに根性がいい男などいるはずがない!ブサイクであるだけに根性がねじくり曲がっているのだ。付け焼刃でどんなに取り繕っても、本性はお見通しよ。スティーヴンはブサメンではない、ただヘタレなだけである。
もう二度と家出しないわ。あんなブサメンと結婚させられるぐらいなら、どこか寂れた領地の教会にでも引っ込んでいたほうが安全だから。
スカーレットが帰国したとの知らせは、公爵家を通じて王家に知らされたが、再度のスティーヴンとの婚約はままならない。
かといって、聖女様とは、結婚したい。どこの国でも、聖女様と結婚できれば王位継承権は確かなものになる。それにスカーレットは、妃教育を修了している身である。こんな聖女様、世界中どこを探したって、見つからない。
ウィリス国では、第2王子のレオナルド殿下との縁談を持ってきたが、当然、蹴ったのである。
まだ、婚約破棄の違約金も支払ってもらっていないとのことを理由にした。お金にルーズな家との婚約はあり得ない。
結局、スカーレットは領地に引っ込むことにしたのである。聖女として、覚えなければならないことは山ほどあるが、聖女になったからと言って、気に入らない男との婚姻を強要されるのは、たまったもんじゃない。
スカーレットが領地に戻ってから、隣国ストラックから正式にニコラス王太子殿下と婚約させてほしいと縁談が来たが、無視。あんなブサイクと逆立ちしたって、ごめんだわ。絵姿は、かなり修正したもので、スカーレットが「ブサイク」を連発していると、父が「そう悪くもないと思うのだが?」と言ってきたので、
「何、言っているのよ。超ブサイクな男よ。馬面に豚鼻、鼻の穴が丸見えなのよ!」
「それは、ちょっと……生まれてくる子供がかわいそうだな。」
「だから、教会でのお仕事をほったらかしにして、速攻、戻ってきたのよ。」
「わかった、わかった。断っておくよ。」
しばらくは、領地に戻ってゆっくりとしようと思っていたのに、結構来客が多い。めんどくさいから領地の執事に任せて、自分は領内に祝福を授けに行くことにしたのである。
スカーレットが道行けば、領民が「聖女様!」と近寄ってきては、あれやこれやとお世話を焼いてくれる。仕方がないから、祝福を与えるのとどこか怪我をしていれば、治癒魔法で治す。
その噂を聞きつけてか、他の領地の領民までが我が領地に押しかけ、っ聖女様の治療を受けたいと申し出られて、困っているのだ。中には、伝染病らしき患者もいて、ウチの領地で流行しても困る。
なかなかスカーレットに安住の地はない。
どこへ行っても注目の的。やっぱり、あの時死ねばよかったのかしら?悩むスカーレット。
「神は乗り越えられる試練しか、お与えになりませんよ。」
振り返ると、あの寂れた教会の司祭様がいらっしゃった。
「どうして、こちらへ?」
「探しましたよ。ウィリス国の公爵令嬢スカーレットという名前だけを頼りに。」
司祭様はかなり、お疲れのご様子だったので、回復魔法をかけて差し上げます。
そして、公爵邸へお連れして、いろいろ接待をしていたら、
「私の最初の赴任先で、若き国王陛下が聖女様の行方を捜していらっしゃいます。ここへも、じきに辿り着かれるでしょうが、いかがなされますか?」
「ストラック王国のニコラス殿下でしたか?あの後、我が家に正式に縁談を持ってこられましたが、父が断っています。聖女であれば、誰でもというのは、わたくし自身、納得がいきません。我が国でも第2王子殿下との縁談が来ましたが、やはり同じ理由でお断りいたしております。」
「もしも、ここへ押しかけてきたら断るということでいいですね?」
「はい、しばらく聖女の身分を隠して旅に出ます。」
とっさにスカーレットは、口から出まかせを言う。
「それなら、私がお供をいたしましょう。」
「え?でもそれでは、ストラック王国の教会はどうされるのですか?」
「あはは。あの後、ニコラス殿下の逆鱗に触れ、クビになりましたよ。」
「逆鱗!? もしかして、わたくしのせい?」
「あはは。関係ありませんよ。ニコラス様はその程度の方だったのです。だから、縁談をお断りになられて正解でしたよ。」
「わかりました。で、司祭様は、どちらへ向かわれるおつもりでございますか?もしも同じ方向なら、ご同行いたしましょう。」
「公爵令嬢スカーレット・ブラームス、貴様との婚約は今をもって破棄することとする。」
高らかに宣言されるのは、王太子殿下のスティーヴン・ウィリス様がおっしゃいます。
「それでは、わたくしはこれにて。」
「お、おい!理由は聞かないのか?」
「は?婚約破棄なさりたいのですよね?どうぞ、御勝手に。」
「いやいや、普通、聞くだろう?」
「言いたいのですか?では、手短にどうぞ。」
「実はだな、……」
「手短にと申し上げたはずでございますが、もうよろしいでしょう。わたくしとは、そもそも政略で婚約しただけでございますれば、スティーヴンさまのご事情など、知ったことではございませんわ。それでは、御機嫌よう。」
茫然と立ち尽くすスティーヴン。
何も言えなかった。ただ、喪失感だけ虚無感だけが残る。
スティーヴンは、本当はスカーレットのことを愛していたのである。だけど、それを口にできない甲斐性なしだっただけ、ただそれだけで婚約破棄してしまった愚か者なのだ。自分では、愛の言葉を囁けないものだから、婚約破棄すると言えば、スカーレットが泣いて縋ってくると思っていたのである。
それが、どうぞご勝手に。と言われてしまっては、立つ瀬がない。
あぁ、どうしようかなぁ。こんなこと陛下(父上)に言えない。自分から破棄を言い出したことなど、破棄されたことにしようか?そうすると違約金の問題が出てくる。
どうしたものかと、頭を痛めてもいい結論は出ず、結果、陛下から大目玉を食らうことになる。
「なぜ、愛している婚約者に破棄などと申すのだ?長年にわたって、お妃教育をこなしてきたスカーレットの気持ちを考えなかったのだ?スカーレットを傷つけるのが目的なら、スティーヴンお前を廃嫡しなければならない。スカーレット嬢以外に、王太子妃など務まるものはいないのでな。」
かといって、お妃教育は一朝一夕でできるものではない。長い時間をかけて、政治経済、外国語、教養マナーを覚えていくのである。
公爵邸に戻ったスカーレットは、この怒りと悲しみを誰にぶつけていいかわからず、自室に戻って泣きじゃくったのである。
翌朝になって、食事のテーブルにもつかないので、心配した家族は、スカーレットの部屋の扉をノックするも返答がなく、開けてみたら、もぬけの殻であったのだ。
まさか!自殺?誘拐は考えられない!
公爵邸は王都の中でも王城に近く、騎士を雇い、独自の自衛処置をとっている。夜間の人の出入りのチェックも厳しく、スカーレットが誰かに連れ去られる可能性は極めて低い。
とすれば、自殺するため家を出たのか?婚約破棄などという辱めを受けては、生きていけないだろう。
ブラームス公爵は、すぐさま王城へ連絡を取り、スカーレット捜索隊が編成されることになったのである。
スティーヴンはスカーレットが自分のことをどう思っているか知りたくて、一芝居打ったことが結果として、スカーレットを自殺に追いやるなどということは考えもしなかったことで、短慮を後悔するのである。
国王陛下からは、「もしもスカーレットが生きて見つからない時は、スティーヴンを廃嫡どころか、国外追放にする。生きて見つかったとしても、廃嫡だ。」と怒りまくっている。
その頃、スカーレットは行く宛てのない身を持て余している。昨夜、護衛の騎士たちに睡眠剤入りの酒を飲ませたのだ。だから、誰にも気づかれずに公爵邸を出たのである。ただ、愛馬とともに。厩舎へ愛馬にお別れを言いに行ったら、何かを察してくれて、自分も行くと聞かなかったので、愛馬を連れ、家を出たのだ。
国境まで来てみたけれど、これからどうすべきかもわからない。突発的に家出してしまったから、死のうと思って、家出したわけではないが、こうなれば残す道は、「死」しかないような気がしてきたのである。
護衛の騎士に呑ませた睡眠剤の残りは、まだある。これを全部飲み干せば楽に死ねるのだろうか?
考えているうちに国境を越えてしまっていたのである。前方にさびれた教会があったので、そこで愛馬を休ませてもらおうと思った。愛馬に水と馬草をやり、教会の扉を押してはいる。誰もいない。
礼拝者用の椅子に腰かけ、しばらく休んでいると後ろから急に声をかけられ、ビックリすると、この教会の司祭様であったのだ。
スカーレットは、自分は、ウィリス王国から来たこと、国では公爵令嬢の娘で卒業式の翌日、ウィリスの王太子殿下との結婚式の予定であったのに、その前日、王太子から急に婚約破棄されてしまったことを告げ、またもや泣き崩れるのである。
司祭様はスカーレットの背中を優しく撫でながら、
「神が試練を与えたのです。神は乗り越えられる試練しかお与えになられません。ですから死のうなんて、思ってはダメですよ。わかりましたね?」
スカーレットはその日、教会で泊めてもらえることになったのである。何も寄進できるものがなかったので、公爵邸から持ってきた宝石を一粒、差し出して帰ろうとしたら、
「せっかくなので、水晶玉判定をしていきませんか?スカーレット嬢の適性などがわかります。今後、どちらかの国に行かれてもご自分の適性がわかっていたほうが何かと便利でしょう。」
言われてみれば、その通りである。突発的に家出したものの自分に何ができるか知らない。スティーヴンの妃教育でさんざん扱かれたが、自分の適性など考えたこともない。それに公爵令嬢だったから、身の回りのことを含めて何もかも、侍女など使用人にやってもらっていたのだ。
スカーレットは進んで、水晶玉に手をかざしてみると、!!!水晶玉はキラキラと光り出し、綺麗ね。と思っていたら、急に強烈な金色の光を発し続けたのである。
「え?わたくしの特性は、なんでございましょうか?」
「特性も何も、スカーレット様は、聖女様にございますよ。」
「ええ?それって、修道女が特性ということでございますか?」
そうか、ここで神様に一生を捧げるのか……。もう、公爵家にも戻れないのかもしれない。
それを思うと、つくづく家出を後悔する。優しかったお父様にもお母様にも、もう会えなくなるのかもしれない。
でも、お仕えする教会は、何もこの隣国での教会でなくてもいいのかもしれない。ウィリス国へもう一度だけ、戻って、両親にお別れの挨拶だけでもしたいと願う。愛馬に跨り、ぼんやりと考えていたら、自分の身体の周りに小さな金色の粒が集まってくる。これは何?光の粒子?
気が付けば、我が公爵邸の厩舎に舞い戻っていたのである。
取り急ぎ、両親に家出したことの詫びと隣国のさびれた教会で聖女認定されたことを早口で伝える。
「なに!スカーレットが聖女様になったというのか!」
家出のことは特に咎められず、聖女話で盛り上がる。
「神は乗り越えられる試練しか与えられない。だから、わたくしはそれを乗り越えて聖女になって戻ってまいりましたが、これから神様に一生を捧げるつもりでいます。ですから、もうわたくしのことは、いないものと思って諦めてくださいませ。いままで育ててきてくださった御恩を、このような形でしか返すことができない親不孝をどうかお許しくださいませ。」
「何を言っているんだ。スカーレット、たとえ聖女様になろうとも我が娘に変わりはない。なにか、困りごとがあれば、いつでも帰っておいで。」
「はい。お父様、それでは再び戻りますわね。あちらの教会でご心配されているかもしれませんので。」
「待って、その前に国王陛下に、報告しないと。今日は、泊まって行ってくれるだろ?スカーレットの捜索隊が結成されて、あちらこちらを捜索しているのだ。無事だと知らせなければ。」
教会に後ろ髪をひかれつつも、懐かしい我が家で一泊して、翌朝早くに隣国の教会へ転移魔法を使い、戻る。
「おお!聖女様がお戻りになられたぞ!神は、我々をお見捨てになられなかった。」
「ありがたや、ありがたや。」
なぜか司祭様のほかに立派な衣装を着た、誰かと誰かが一緒にいらっしゃる。誰?
スカーレットがきょとんとしていると、自己紹介をしてくださり、一人は教皇様でもう一人の方がこの国ストラックの王太子殿下で、名前はニコラス・ストラック様と言われる方でしたが、めっちゃブサメン、まさか婚約ってことないよね?こんな、寂れた誰も祈りに来ないような教会に来る意味は、それしかないと思う。
なんとなく嫌な予感がして、また、スカーレットは転移魔法で公爵邸の自室に戻ったのである。スカーレットが消える瞬間、誰かが叫んでいるのを確かに聞いた。
「だからまだ王子様が……早いと……。」
ブサメンに根性がいい男などいるはずがない!ブサイクであるだけに根性がねじくり曲がっているのだ。付け焼刃でどんなに取り繕っても、本性はお見通しよ。スティーヴンはブサメンではない、ただヘタレなだけである。
もう二度と家出しないわ。あんなブサメンと結婚させられるぐらいなら、どこか寂れた領地の教会にでも引っ込んでいたほうが安全だから。
スカーレットが帰国したとの知らせは、公爵家を通じて王家に知らされたが、再度のスティーヴンとの婚約はままならない。
かといって、聖女様とは、結婚したい。どこの国でも、聖女様と結婚できれば王位継承権は確かなものになる。それにスカーレットは、妃教育を修了している身である。こんな聖女様、世界中どこを探したって、見つからない。
ウィリス国では、第2王子のレオナルド殿下との縁談を持ってきたが、当然、蹴ったのである。
まだ、婚約破棄の違約金も支払ってもらっていないとのことを理由にした。お金にルーズな家との婚約はあり得ない。
結局、スカーレットは領地に引っ込むことにしたのである。聖女として、覚えなければならないことは山ほどあるが、聖女になったからと言って、気に入らない男との婚姻を強要されるのは、たまったもんじゃない。
スカーレットが領地に戻ってから、隣国ストラックから正式にニコラス王太子殿下と婚約させてほしいと縁談が来たが、無視。あんなブサイクと逆立ちしたって、ごめんだわ。絵姿は、かなり修正したもので、スカーレットが「ブサイク」を連発していると、父が「そう悪くもないと思うのだが?」と言ってきたので、
「何、言っているのよ。超ブサイクな男よ。馬面に豚鼻、鼻の穴が丸見えなのよ!」
「それは、ちょっと……生まれてくる子供がかわいそうだな。」
「だから、教会でのお仕事をほったらかしにして、速攻、戻ってきたのよ。」
「わかった、わかった。断っておくよ。」
しばらくは、領地に戻ってゆっくりとしようと思っていたのに、結構来客が多い。めんどくさいから領地の執事に任せて、自分は領内に祝福を授けに行くことにしたのである。
スカーレットが道行けば、領民が「聖女様!」と近寄ってきては、あれやこれやとお世話を焼いてくれる。仕方がないから、祝福を与えるのとどこか怪我をしていれば、治癒魔法で治す。
その噂を聞きつけてか、他の領地の領民までが我が領地に押しかけ、っ聖女様の治療を受けたいと申し出られて、困っているのだ。中には、伝染病らしき患者もいて、ウチの領地で流行しても困る。
なかなかスカーレットに安住の地はない。
どこへ行っても注目の的。やっぱり、あの時死ねばよかったのかしら?悩むスカーレット。
「神は乗り越えられる試練しか、お与えになりませんよ。」
振り返ると、あの寂れた教会の司祭様がいらっしゃった。
「どうして、こちらへ?」
「探しましたよ。ウィリス国の公爵令嬢スカーレットという名前だけを頼りに。」
司祭様はかなり、お疲れのご様子だったので、回復魔法をかけて差し上げます。
そして、公爵邸へお連れして、いろいろ接待をしていたら、
「私の最初の赴任先で、若き国王陛下が聖女様の行方を捜していらっしゃいます。ここへも、じきに辿り着かれるでしょうが、いかがなされますか?」
「ストラック王国のニコラス殿下でしたか?あの後、我が家に正式に縁談を持ってこられましたが、父が断っています。聖女であれば、誰でもというのは、わたくし自身、納得がいきません。我が国でも第2王子殿下との縁談が来ましたが、やはり同じ理由でお断りいたしております。」
「もしも、ここへ押しかけてきたら断るということでいいですね?」
「はい、しばらく聖女の身分を隠して旅に出ます。」
とっさにスカーレットは、口から出まかせを言う。
「それなら、私がお供をいたしましょう。」
「え?でもそれでは、ストラック王国の教会はどうされるのですか?」
「あはは。あの後、ニコラス殿下の逆鱗に触れ、クビになりましたよ。」
「逆鱗!? もしかして、わたくしのせい?」
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