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 気が付くと、これまた見たこともない部屋に寝かされていて、見知らぬ男性が顔を覗き込んでいる。

「檸檬、大丈夫か?蔵の中で倒れているからビックリしたよ」

 聞いたこともない言葉だけど、なぜか理解できる。

「どなたですか?」

 ヴェロニカが聞いた途端に、先ほどまでの穏やかな空気が一変する。

「だから言ったではないか!たかが木登りをしたぐらいで、何も蔵に閉じ込めることはないだろうって!」

 先ほど、ヴェロニカに話しかけてきた男性は目を吊り上げて、傍にいた女性に声を荒げている。

「だって、宇治屋の跡取り娘が木登りをしただなんて、世間様に知れたら恰好が悪いなんてものではないでしょう?お嫁の貰い手がなくなってしまうわ」

「檸檬は、この家の跡取り娘だから、嫁にはやらない。このまま檸檬の記憶が戻らなければ、美幸とは離縁する。それぐらい大事な娘だってことは、美幸にだってわかっていたはずではないか?」

 その女性は、一層オロオロして、ヴェロニカに詰め寄る。

「どうせ檸檬ちゃんは、もう正気を取り戻しているのでしょ?意地悪しないで、ママと呼んでみて」

「あなた、どなたですか?」

 その女性はみるみるうちに悲しそうな顔をして、目を伏せてしまう。だって、本当に知らない人なのだもの。

 それからは、白いコートを着たオジサン、オネーサンが代わる代わるやってきて、ヴェロニカの眼を触ったり、頭を触ったりとして、皆一様に首をひねり

「詳しい検査は、大学病院で診てもらう方がいいでしょう」

 言い残して、帰っていく。

 ヴェロニカは、自分は聖女様でリンダーソン公爵の一人娘であるということを黙っている。言えば、きっと誰かを悲しませるようなことになるとわかっているから。

 日に日に体の不調は治っていくが、この世界での記憶はハナからない。そのうち思い出すこともあるかもしれないと気長に待つことにしているが、周りはそうはさせてくれないようだ。

 それにしても、最初に見つかった?蔵というところは、妙に懐かしい感じがする。きっと、元いた世界と通じるようなところがあったはずなのだが、どうにも思い出せない。

 ヴェロニカが寝かされている部屋は辛うじて公爵邸の部屋と近いものがあるが、その他の部屋はというと、木と草と紙でできているような家?部屋?で、それをみると、ここは異世界へ来てしまったと実感せざるを得ない。

 いずれにせよ両手両足が揃っているが、もう手枷をハメさせられている心配がなくなったことは安堵している。

 だから光魔法も転移魔法も問題なく使えるはずだが、この世界の他の場所を知らないから転移もできないでいる。

 そして今日は、大学病院での診察がある日。

 馬車ではなく変わった形をした鉄の塊のような乗り物に乗っていくことになった。着いた病院は、王城よりも立派な建物で高くそびえている。

 ここでは、みんなが白いコートを着て、忙しそうに動き回っている姿が目立ち、床は大理石なのか、少し光っているように見える。

 ヴェロニカは椅子に車が付いているようなものに座らされて、後ろを押してもらって進んでいる。

 ベッドに寝かされたまま、洞窟のようなところに入っていく。

「ピー、ピー」

 洞窟の中では、何やら音が聞こえてくる。

 それはしぃてぃと呼ばれるもので、ヴェロニカの記憶を取り戻すきっかけになるために、頭の中を映すという検査だったみたいだ。

 検査が終わると一様に、「お疲れさまでした」と言われるが、別に疲れていない。むしろ自分の足で歩きたいのに、歩かせてもらえず不満が募る。

 確かにヴェロニカが立ち上がると、まだふらふらとしているが、問題なく歩ける自信はある。

 それをここの家の人たちは、大層に考え、また頭を打ってはいけないから、となかなか独り歩きを許してくれない。

 大丈夫だって、子供じゃないんだから。とはいうものの今のヴェロニカの姿はどう見ても子供にしか見えない。

 魂は大人だけど、それをどうやっても説明できない。今いる世界は、ヴェロニカが生きた世界と違い、ずいぶん文明が発達しているように思えるがあまりにも見た目が落ちる。というか、見たこともない人種のようだったので、そのように感じるのかもしれない。

 というヴェロニカも、今やその平べったい顔をしている一人なのだが、一応、檸檬と呼ばれる女の子は、色白で、目がぱっちりしている美少女と呼ばれる部類に入っているらしいが、ヴェロニカの時と比べると数段落ちるようなきがしてならない。

 髪の毛も真っ黒なストレートヘアでサラサラしているが、ヴェロニカのようなプラチナゴールドの輝きはない。それでも鏡を見るとうっすらだが、頭のてっぺん近くに輪っかのような印が浮かんでいることから、これが俗にいうキューティクルだということがわかる。

 それに最近は、テレビという板を見せてもらえるようになった。板の中では、音楽が聞こえ中にまるで生きた人間がいるかのような動きが観られる。不思議だが、この板はそういうものだということで、理解した。
 檸檬の家は大変、歴史のある家だということがわかる。それに住んでいる場所は、その昔かつてこの国を統治していたエンペラーが住まわれていたところで、街中至る所に当時の権勢を忍ばせる立派な建物、というべきか文化財が数多くある。

 ヴェロニカは、いっこうに檸檬としての記憶はない。思い出せないと言った方が正しいかもしれない。でも檸檬を構成しているカラダは、確かに檸檬のもののようで、ヴェロニカが今まで受けていたキズは見当たらない。

 ヴェロニカは、お妃教育で、何度も鞭で打たれながら、様々なレッスンをこなしてきて、それでカラダ中には、無数の傷がついていたが、体罰の痕はすべてドレスを着た時に隠れる一ばかりであったため、表ざたになることはなかったのだ。

 それに学園に入ってからというもの聖女様でアントニーの婚約者という立場から、他の上位貴族令嬢、嫉妬され疎んじられ、様々な嫌がらせを受けてきた身。

 あのリリアーヌをイジメてきた犯人も、きっとヴェロニカに対して嫌がらせをしていた人物と同一だろうと思う。だからこそ、リリアーヌいじめ犯人をヴェロニカに仕立て上げ、当の犯人は何食わぬ顔で幸せになったかと思うと、無性に腹が立つ。

 その冤罪と真犯人がわからないまま、ヴェロニカは断罪されて命を落としてしまったのだから、もはや打つ手立てはない。

 ある時は、工程を歩いているヴェロニカに向かって、ブロンズ像を落とされたことがあったが、たまたま騎士団長の息子がヴェロニカを庇って、カラダでブロンズ像を受け止めてくれたことがあったが、その騎士団長の息子は背中に一生消えることがない傷を負ったという話を聞いたことがあったのだ。

 ヴェロニカはお見舞いに行きたかったが、婚約者のいる令嬢は、他の男性と口を利くこともかなわず、家門を通して騎士団長へお礼するにとどまったのだ。

 それもこれもアントニーが一目惚れさえしなかったら、母を失うことも他の令嬢から余計な嫉妬を買うこともなかったはず、恨んでも恨み切れないのに、最後はアントニーの手により両手足を切断され、断頭台に送り込まれてしまったのだ。

 だから今世は少なくとも、アントニーがいない分だけ、まだマシだと思う。

 今度こそ幸せになると決意を新たに今日も檸檬の記憶を取り戻すべくテレビを観て、現代に溶け込む努力を怠らないでいる。

 そしてついに……、ヴェロニカの記憶と檸檬の記憶の融合するときがくる。ヴェロニカが母の実家の風景に既視感を感じることができ、それをきっかけにヴェロニカの脳内に、次から次へと檸檬の記憶がなだれ込んできたのだ。

 時はちょうど夏休みの終わり、記憶喪失のおかげで、檸檬は夏休みの宿題をせずに学校に行くことになってしまったが、担任の先生も学校も誰もとがめだてしなかったことは言うまでもないこと。
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