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現世:新たなる旅立ち

55.良縁の食券売り場

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 ナターシャとペガサスは、結婚の許しを貰いにナターシャの実家に挨拶に行く。

 ナターシャ父は、心底困り果てている表情を浮かべながら、

「実は、陛下よりのご差配がありオスカル殿との婚約が白紙撤回されたのだ。まあ、あの御仁は女狂いが過ぎたのを陛下が見かねて、ナターシャに有利な取り計らいをしてくださったのであるが、それはまあ、結構なことだと喜んでいるものの……」

「まあ!オスカル様と婚約が無くなったのでございますね。嬉しいですわ」

「いや、待て。まだ、話の続きがあってな……、白紙撤回はしてもらえたのだが、その次の日からオスカル殿が毎日のように、もう一度婚約を結びたいと仰せになって」

「えっ!?嫌よ」

「それで毎日、断り続けているというところだ。それにしても、今日はいったい何の用があって……!」

 ナターシャ父は、後ろに控えていた護衛の方に目を遣り、驚く。

「お父様、紹介するわ。今度、わたくし、結婚したいと思って……その、ペガサス様と言われる神様なのだけど、わたくし達結婚してもいいわよね?」

「あ……ああ。それにしてもイケメンで、びっくりしたよ。どこで婿殿を捕まえたのだ?」

「アイリーン様のお店よ。アイリーン様も神様で、今度、国王陛下とご結婚されるので、合同結婚式になると思うわ」

「えっ!?陛下と合同で……、そのような栄誉にあずかってもいいのだろうか?」

「驚くのは、まだ早いわよ。なんとお空の上の神界で、親族のみを招待して、そこでも結婚式が行われるのよ。それも神界の神様立会いの下で、結婚するのだから、緊張するけど、晴れがましい気分になるわ」

「それも陛下とご一緒なのか?」

「たぶんね」

「これは、大変だ!親戚、全部に自慢できるし、あ……、どのあたりの親族まで参加が認められるのだ?」

「この前、ご結婚された隣国のご令嬢の場合は、ご両親だけだと伺っているけど、その後、王都のタウンハウスでも盛大に披露宴を行って、神界の神様がみんな来てくださったって話は聞いたわ」

「ふむふむ。神界で挙式、その後、大聖堂で挙式、その後、お城と我が家で披露宴という流れか?」

「たぶんね。詳しいことは女神さまに聞いてみなければわからないけど、その心づもりだけはしといて損はないと思う」

「おま、お前ドレスなどはどうするのだ?今から誂えても、結婚式に間に合うのか?」

「お義父上、その儀はご心配なく、神界で専門職がおりますので、あちらで誂えさせていただきます」

「おお!婿殿、儂を義父と呼んでくれるのか!ありがたや、ありがたや」

「というわけだから、後のことはよろしくね。特にオスカルのことは、この家に入れてはダメよ。結婚式が済むまで、知らないふりをしておいて、今までさんざんわたくしのことをバカにしてきて、今更再婚約なんて、するはずがないって言うのわからないのかしらね」

「まったくだ」



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 それからというもの、結婚式に向けての準備のため、仕事が終わってから、社宅に戻る前に、前世で女神さまと陛下が新婚時代を過ごした部屋?で、度々打ち合わせを行うことになったのだ。その際、必ず、女神さまの手料理がふるまわれ、ナターシャはアイリーン様のお夜食が楽しみになってしまうほど、美味しい。

「それにしても、素敵なお部屋ですね」

「うふ。ここは、陛下がご結婚前に住んでいらしたところなの」

「ひょっとして、女神様は、この部屋を参考にして、社宅をこしらえられたのでしょうか?」

「うん。まあ、それもあるけど……」

 前世の社宅を参考にしたとは言えないので、適当にごまかすことにする。



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 その頃、スーザンは、焦りに焦っている。レストランの仕事では、良縁の食券売り場と呼ばれるほど、次から次へと食券売り場に座った令嬢が神様と結婚していくというのに、スーザンは誰一人として、ナンパされたこともない。

 一度だけ、ナターシャの元婚約者だった男性から口説かれたことはあるけど、その一度だけで、店にいる神様からお声がかからないのである。

 公爵令嬢同士で幼いときから、ナターシャの存在をよく知っていた。スーザンにも婚約者はいるが、このレストランに勤めていることを知りながら、全然、会いに来てくれないのだ。

 彼はヘルマン・ブッセ侯爵令息、近衛騎士だから、常に王族の傍にくっついていることが仕事、でも陛下は度々、このお店にいらしているというのに、彼が陛下の護衛をして、この店に来たことは一度もない。

 ひょっとしたら、浮気されているのかもしれないけど、彼に関しては、オスカル様の様に噂になったことなど、一度もない。

 このままでは、行き遅れになってしまうかもしれない。だから、焦っている。賄い夜ご飯の時もアイリーン様の横に、ナターシャが座り結婚式の段取りの会話で楽しそうにしている姿を見ると、辛くなる。

 社宅に戻ろうと階段を上がっていると、オパール様から声をかけていただいた。

「スーザン嬢、どうした?最近、元気がないようだが大丈夫か?」

「もう自分が情けなくて嘆いてばかりいます」

 後から考えると、どうして、この時オパール様に愚痴ってしまったのか、わからない。

「それは、結婚のことを言っているのか?ナターシャ嬢に先を越されたと心配しているのか?」

「ええ……」

「そんなこと、気にすることではない。それぞれ、結婚というものは縁がすべてだから、縁という言葉はわかりにくいかもしれないが、要はタイミングということだから、スーザン嬢のタイミングがまだだと言っているのに過ぎないということだ」

 あまりの優しい言葉に、つい涙がこぼれてしまう。それを見たオパール様は、急に焦り出して、ハンカチを差し出してくださる。

「ありがとう存じます。婚約者からも相手にされない女の話を聞いてくださり、感謝します。これは洗ってお返ししますわ」

「あ、いいよ。そのままで」

 あまりにも顔色が悪いので、スーザンを部屋の前まで送っていくことにしたら、そこに誰かが来た気配がしたので、いったん身を隠すため、スーザンの部屋の中まで入ってしまった。

 気まずい空気が流れる中、すぐ出て行こうとしたオパールをスーザンが引き留める。

「わたくしは、そんなに魅力がございませんか?」

「そんなことはありません。スーザン嬢は、とても美しい。それにチャーミングで魅力的ですよ」

「それなら……」

 スーザンは、オパールを部屋の奥へ引き入れようとする。

 オパールは、これは据え膳かも?と思う。前々世に一度、人間の令嬢を抱いた記憶がよみがえってくる。また、あの甘美なひと時を得られるのでは?との期待に心を弾ませながらも、慎重にスーザン嬢に顔を近づける。

 結局、肌を重ねるまでに至ったわけだが、抱いてから初めて、スーザン嬢のことを前々世の恋人だったことに気づき、これは運命の出会いだと感激する。

 スーザンは、初めてをオパール様に捧げたことを少しも後悔をしていない。

 むしろ喜んで捧げた感があり、オパール様に抱かれて、夢見心地なのだ。

 結婚の約束もしていない男女が肌を重ねるなど、この世界の道徳観では、あってはならないことをしたのに、不思議と罪悪感はない。むしろ、なるべくしてなった関係と思いさえする。

 オパールは、スーザンを抱いてから前々世の記憶を鮮明に思い出すようになった。それでもう一人の令嬢、つまりサファイアの恋人の令嬢が、ペガサスと婚約したナターシャであることに思い至るのだが、このことは一生、胸に秘め、決して口外しないつもりでいる。

 スーザンとオパールは、職場内での恋愛を秘匿することにした。サファイアやペガサスの様にすぐ結婚せず、しばらくは職場恋愛を楽しむことを優先したのだ。なぜかと言えば、ナターシャの様に破綻した婚約関係ではなく、いまなお婚約継続中の婚約者がいるスーザンの立場を配慮したわけだが、スーザンの婚約者は、調べてみると、とんでもない事実が明るみに出ることとなった。

 ヘルマン・ブッセには、他人に言えない恋愛をしていたからで、その恋人は男性であったことがわかる。

 ヘルマンには、幼いときより家同士の関係で可愛いスーザンと婚約していたのであるが、近衛騎士に入団した時、思いがけずに後ろを犯されてしまい、以来、その恋人と関係を続けている。

 表向きは、スーザンと結婚し、子を生すつもりでいるが、その恋人との関係を切る気はない。結婚と恋愛は違うのだと割り切っているつもり。

 その恋人は、ヘルマンの上官に当たり、もちろん既婚者である。他人目(ひとめ)を忍んで、こっそりと密会を続ける男二人。

 だが、ある日、ブッセの出世を妬んだ同僚から、公の場で二人の関係を暴露されてしまう。そのことから、上官は地方へ飛ばされ、ブッセは、近衛騎士団から追い出されてしまったのだ。それで、今更、スーザンのところへ会いにも行けず、さりとてこのタイミングで婚約破棄をしたら、疑われるのはヘルマン自身になるから、婚約破棄もできない。

 そうこうしている間に国王陛下がご結婚されることになり、希望者はだれでも、同日に結婚式を一緒に挙げることができるという「おふれ」が出てしまう。

 なんと国王陛下のお妃さまは、女神様だという。だから、一緒に結婚式を挙げたいと名乗り出たものは、神界に連れて行ってもらえるらしい。

 死んでも行けるかどうか、わからない神界へ行けるのなら、とカップルの申し込みが殺到しているとか……?

 ヘルマンはこのどさくさに紛れて、スーザンにこの日、結婚しようと申し出るも、あっさり断られてしまう。

 国王陛下がご結婚式を挙げられるその日、スーザンも神様と結婚するという。

「ウソだろ?なんで、俺と婚約しているのに、神様と結婚だなんて……、そこまでして、俺の気を惹きたいのか?」

「ヘルマン様は、わたくしなんかよりも、男性の方がよろしいのではございませんか?では、先を急ぎますので、これにて、永遠にごきげんよう」

「嘘だ。嘘だ。誰だ、スーザンに本当のことを言った奴は……」

 婚約者を疎かにしてきた男のツケが、こんな形で払わされる。
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