前世記憶持ちの悪役令嬢は聖女様呼ばわりされることが嫌で嫌で仕方がない～乙女ゲームのヒロインにゲームクリアしてもらうために奮闘する

新しい出会い

74.出産

　いよいよ卒業式当日、妊娠３６週目。１０か月目に入ったので、もういつ陣痛が来てもおかしくない。だから欠席しようと思っていたのに、最初で最後の卒業式にエスコートさせてほしいと、アルフレッド様がから申し込まれ、シャルマン様が承諾され、出席が決まったのだ。

　ここのところ、ブルオードでもオルブライトでも、アルフレッド様の人気はうなぎのぼりで、オルブライトから、未来の婿殿候補の顔を一目でもいいから拝みたいという令嬢がブルオード国の卒業式に参列する模様。

　シャルマンも自分の嫁と弟が一時期、子作りのために夜を共にしていたことから、これが最後の逢瀬であると条件を呑ませたうえでのエスコートに承諾したのだ。

　けじめをつけさせるためにも、お互い思いを引きずることになってはならない。

　男と女の違いからか、ジャクリーンは、まったく引きずっているようには、見えない。シャルマンの前でだけ、演技をしているのかと思っていたが、たまたま二人が一緒にいるところを見たら、ジャクリーンは、鳥肌を立てて、嫌そうな顔をしていたのだから、心底イヤだったに違いない。

　シャルマンがいつもジャクリーンと楽しみを優先していたために、ジャクリーンに辛い思いをさせてしまったと後悔している。これからは、真面目にやるから勘弁してほしいと思っていて、それからはそのように接しているつもりだ。

　いよいよ卒業記念祝賀パーティが開かれる。

　ジャクリーンには、アルフレッドが。キャサリン王女にはエルモアがパートナーとして、エスコートしている、エドモンド殿下には、エリーゼ嬢を、とそれぞれ幸せそうに腕を組み、会場入りしている。

　ジャクリーンは、こんな姿でドレスを着るなど夢にも思っていなかった。少々恥ずかしいけど、アルフレッド様が誇らしげに胸をお張りになるので、ジャクリーンも気負わず堂々として入場したのだ。

　卒業パーティは何事も起こらず、このまま無事終了するのかと思っていたら、急にお腹が痛くなってきたのだ。

　「うう……。お腹が痛い。生まれる……。エルモア！助けて……！」

　「俺、産科は経験ないのだけどさ。」

　キャサリン王女がギュウっとエルモアにしがみつく。

　卒業パーティの会場に便利道として使っているクリニックを出し、ストレッチャーに乗せて、中に運び入れることになる。

　「痛い。痛い。」

　比較的、冷静なのは、元医者のエルモアだけ、アルフレッドはオロオロ、学園関係者もオロオロ、卒業生も父兄もオロオロしている。

　「キャッシー！すまないが熱湯を沸かしてもらえないだろうか？」

　「アルフレッド！シャルマン殿に連絡を！それから綺麗なさらしを用意してください。」

　アルフレッドは、秘密の便利道を通り、女子寮の中からマンションを通り、兄の執務室へ出向き、義姉が産気づいたことを伝える。

　カントリーハウスのメイドは、すでに出産準備を調えていたらしく皆、落ち着いた様子で女子寮の部屋からエルモアのクリニックへと入っていく。

　着脱式のドレスは、腰のあたりからスカート部分を外される。

　手術室兼分娩室に運び込まれることになったジャクリーンの手を握りながら、シャルマンは、そのまま分娩室の中に入らずに表で待とうとしていると、エルモアから一喝される。

　「世の中の女性は自分の命と引き換えにして、子供を産もうとしているものですよ。男だけ作ることに協力して、後は知らんぷりだなど許されるべきものではございません。ここで、しっかり出産に立ち会いなさい。」

　「へ？」

　エルモアの言っていることはニッポンでは、当たり前のことだが、この異世界では、常識外れも甚だしいこと。

　それでもエルモアは言葉をつなげると、観念したかのようにシャルマンもアルフレッドも項垂れ分娩室へ入っていこうとする。この段階で、アルフレッドも分娩室に入ったことで、子作りに協力したもの認定なのだが、本人もシャルマンもそのことに気づいていない。

　エルモアはもう驚きを通り越して唖然としているのだが、「まさか……。」という思いの方が強く気が動転しているからだろうと思い込むように努めたのだ。

　一方キャサリン王女は、将来の夫が出産に協力的だとわかり、機嫌がいい。

　女性の立場からすれば、これほど嬉しい言葉はない。

　命がけで赤ちゃんを産んでも、当然のことのように扱われるだけ。運悪く命を落としても子供さえ無事に生まれれば、妻や乳母の代わりなどいくらでもいるという考え方で、この世界の妊婦はまだまだ使い捨て感覚だったのだ。

　学園の女性理事は感動して、エルモアの一言一句をメモする人まで現れる。

　レバトリー家の侍女も概ね好意的に受け止め、エルモアが家から独立するときは、侍女に志願するとまでいう侍女が増えた。

　ジャクリーンは、無事、元気な男の子を産み、レバトリー家の嫡男としての運命を歩み始めるのでした。

　今まで、双子を産むのではないかと、恐れていたけど、案ずるより産むがやすしとは、このことだなと思う。