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「わかったから、もう、王城へ戻ろう」
「いやよ。わたくしは、まだここで休みたいのです。結婚してから、アナタの妻としても、王太子妃としても、ずっと突っ走ってきたから、領地の空気を吸って癒されたいのよ」
「今まで一度だって、そんな我が儘言ったことはなかったではないか!」
「だからこそなのよ。この2年間、アナタの夜伽の相手をずっと務めてきたでしょ。王都を離れる前に国王ご夫妻から、カラダをなおすように、とお言葉を頂いたわ。カラダだけではなく、心までボロボロになってしまったのよ。だから、お願いよ。もうしばらくの間、ここにいさせて」
「わかった。必ず、王都へ戻ってくると約束するなら、しばらくの間、クロイセンでゆっくりするがいい。だが、その間に、俺が側妃を娶ることになるかもしれないぞ。それでもいいなら、ここでしばらくの間、療養するがいい」
「ありがとうございます。王国のためですもの、殿下がどなたを側室になさろうとも、殿下の御心のままに」
「では、もう帰る。見送りはいらない」
やっとかえってくれるのか、と安どのため息を吐いていたら、急に振り返って、玄関のところで
「そこの子供、ロアンヌのことをよしなに頼む」
驚いたことに、ホワイトに託すだなんて……、ロアンヌは内心ヒヤヒヤしながらも、玄関先で、リチャードを見送る。これが、今生の別れとなるとは、その時は思ってもみなかったこと。
-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
行きは、馬車を遣わず、馬を乗り継いで来たので、帰りは、ふらふらの状態で、こんなに疲れているのなら、クロイセンで宿を乞えばよかったと、後悔している。
いくらロアンヌでも、リチャードが頼めば、領主の館にでも、ホテルでも、あるいは公爵邸の一室でも、宿を提供してくれたはず。
それでも、リチャードは妙に意地を張って泊めてとは、言えずにいた。自分だけなら、まだしも学園の頃から自分についてきてくれているクリストファー・アーガイルも一緒だったので、今日ぐらい泊めてももらっても、ロアンヌに夜伽などさせないつもりだったのに、まったく自分は信用がないと、情けない気持ちでいっぱいになる。
考えてみれば、親友ロバートの婚約者ロアンヌを奪い、元からいたクリスティーヌ婚約者を断罪し国外に売り飛ばされるきっかけを作ってしまった。
それどころかクリスティーヌの家門にクーデターの疑いをかけ、一族郎党を皆殺しにしてしまう。
親友ロバートの遺体が見つからなかったことで、ロバートと同じような体型で、同じ髪色、同じ瞳の色を持つ若い男性を片っ端から捕まえては、殺すという非道な行いをしてきたことも事実である。
あの時は、どうかしていた。ロアンヌの心の底には、まだロバートがいると知って、それで嫉妬していたのだ。
幼いときに婚約して、ずっと許婚の立場にあったのだから、死んだからと言って、そう簡単に忘れてしまうような女には、魅力がない。ロアンヌは情が深い女だからこそ、惚れたのではなかったか?
そんなことさえも忘れてしまうぐらいロアンヌは家族同然、いや家族そのものの存在となっている。
そんなことをつらつら思い考えながら、馬で歩く。急いで帰らなければならないのだが、どうも足取りは重い、馬なので手綱を握る手が重いと言った方が正確かもしれない。なぜなら、城に帰ってもロアンヌがいないからで、リチャードは、ロアンヌにああ言ったものの、側室など娶る気はない。
「グエッ!」
突然、左わき腹に強烈な痛みが走り、思わず口からついて出た声に、横を並走ていたクリストファーが思わず、馬から飛び降り、駆け寄って絶句してしまう。
「殿下!……、グハッ!」
薄れ行く意識の中で、農民の女がそれぞれ手に得物を持ち、
「トミーの分、トミーこれで敵は討ったわよ……」
「アレックスの分、アレックス愛しているわ……」
「ケビンの分、安らかに眠ってください……」
そういえば、ここは亡きイソフラボン公爵家が管理していた土地。なんで、こんなところを迂闊にも通ってしまったのだろう……。
リチャード殿下とクリストファー・アーガイルがなくなったという一報は、事件からよそ1週間後に知らされることになる。
リチャードとクリストファーの首は、ルビコン川の河原に晒されていて、それは野盗の仕業によるものと断定された。
それがきっかけとなり、国王陛下はショックで寝込みがちになられ、王妃陛下もまた、貧血で今にも倒れそうなほど白い顔をされている。
2人の幼い王子は、当分の間、ロアンヌが引き取ることになり、……なぜなら王位継承権者第1位と第2位なもので、王城に置いておくと身の危険ばかりか、政争の道具として扱われかねないということが表向きの理由としてあげられる。
ロアンヌが引き取れるのなら、表向きだろうが恨む気だろうが、そんなものどっちでもいいこと。
リチャードの死によって明らかとなったことは、民の心はもう王家をとっくの昔に離れているという事実だけが残されたものとなる。
「いやよ。わたくしは、まだここで休みたいのです。結婚してから、アナタの妻としても、王太子妃としても、ずっと突っ走ってきたから、領地の空気を吸って癒されたいのよ」
「今まで一度だって、そんな我が儘言ったことはなかったではないか!」
「だからこそなのよ。この2年間、アナタの夜伽の相手をずっと務めてきたでしょ。王都を離れる前に国王ご夫妻から、カラダをなおすように、とお言葉を頂いたわ。カラダだけではなく、心までボロボロになってしまったのよ。だから、お願いよ。もうしばらくの間、ここにいさせて」
「わかった。必ず、王都へ戻ってくると約束するなら、しばらくの間、クロイセンでゆっくりするがいい。だが、その間に、俺が側妃を娶ることになるかもしれないぞ。それでもいいなら、ここでしばらくの間、療養するがいい」
「ありがとうございます。王国のためですもの、殿下がどなたを側室になさろうとも、殿下の御心のままに」
「では、もう帰る。見送りはいらない」
やっとかえってくれるのか、と安どのため息を吐いていたら、急に振り返って、玄関のところで
「そこの子供、ロアンヌのことをよしなに頼む」
驚いたことに、ホワイトに託すだなんて……、ロアンヌは内心ヒヤヒヤしながらも、玄関先で、リチャードを見送る。これが、今生の別れとなるとは、その時は思ってもみなかったこと。
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行きは、馬車を遣わず、馬を乗り継いで来たので、帰りは、ふらふらの状態で、こんなに疲れているのなら、クロイセンで宿を乞えばよかったと、後悔している。
いくらロアンヌでも、リチャードが頼めば、領主の館にでも、ホテルでも、あるいは公爵邸の一室でも、宿を提供してくれたはず。
それでも、リチャードは妙に意地を張って泊めてとは、言えずにいた。自分だけなら、まだしも学園の頃から自分についてきてくれているクリストファー・アーガイルも一緒だったので、今日ぐらい泊めてももらっても、ロアンヌに夜伽などさせないつもりだったのに、まったく自分は信用がないと、情けない気持ちでいっぱいになる。
考えてみれば、親友ロバートの婚約者ロアンヌを奪い、元からいたクリスティーヌ婚約者を断罪し国外に売り飛ばされるきっかけを作ってしまった。
それどころかクリスティーヌの家門にクーデターの疑いをかけ、一族郎党を皆殺しにしてしまう。
親友ロバートの遺体が見つからなかったことで、ロバートと同じような体型で、同じ髪色、同じ瞳の色を持つ若い男性を片っ端から捕まえては、殺すという非道な行いをしてきたことも事実である。
あの時は、どうかしていた。ロアンヌの心の底には、まだロバートがいると知って、それで嫉妬していたのだ。
幼いときに婚約して、ずっと許婚の立場にあったのだから、死んだからと言って、そう簡単に忘れてしまうような女には、魅力がない。ロアンヌは情が深い女だからこそ、惚れたのではなかったか?
そんなことさえも忘れてしまうぐらいロアンヌは家族同然、いや家族そのものの存在となっている。
そんなことをつらつら思い考えながら、馬で歩く。急いで帰らなければならないのだが、どうも足取りは重い、馬なので手綱を握る手が重いと言った方が正確かもしれない。なぜなら、城に帰ってもロアンヌがいないからで、リチャードは、ロアンヌにああ言ったものの、側室など娶る気はない。
「グエッ!」
突然、左わき腹に強烈な痛みが走り、思わず口からついて出た声に、横を並走ていたクリストファーが思わず、馬から飛び降り、駆け寄って絶句してしまう。
「殿下!……、グハッ!」
薄れ行く意識の中で、農民の女がそれぞれ手に得物を持ち、
「トミーの分、トミーこれで敵は討ったわよ……」
「アレックスの分、アレックス愛しているわ……」
「ケビンの分、安らかに眠ってください……」
そういえば、ここは亡きイソフラボン公爵家が管理していた土地。なんで、こんなところを迂闊にも通ってしまったのだろう……。
リチャード殿下とクリストファー・アーガイルがなくなったという一報は、事件からよそ1週間後に知らされることになる。
リチャードとクリストファーの首は、ルビコン川の河原に晒されていて、それは野盗の仕業によるものと断定された。
それがきっかけとなり、国王陛下はショックで寝込みがちになられ、王妃陛下もまた、貧血で今にも倒れそうなほど白い顔をされている。
2人の幼い王子は、当分の間、ロアンヌが引き取ることになり、……なぜなら王位継承権者第1位と第2位なもので、王城に置いておくと身の危険ばかりか、政争の道具として扱われかねないということが表向きの理由としてあげられる。
ロアンヌが引き取れるのなら、表向きだろうが恨む気だろうが、そんなものどっちでもいいこと。
リチャードの死によって明らかとなったことは、民の心はもう王家をとっくの昔に離れているという事実だけが残されたものとなる。
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