チェスクリミナル

ハザマダアガサ

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スクール編

優しさ

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「おいテメェなに気絶してんだ。ってかルーズさんどこ行った」
「……っ、いってー」
 目が覚めると、そこは悉く破壊し尽くされたカフェの中だった。
 目の前にはあの態度の悪い男が、確かラットとか言う男が俺の胸ぐらを掴んで立っている。
 叩き起こされたのか、少し頬が痛む。
「そうだ! キリングは!」
「ちっ、やっぱりキリングか」
 俺を放り出し、ラットは急ぐ様にして外に出る。
 店内は大量殺人が行われた後で、人が物の様に散乱している。
 そう言えばルーズが見当たらない。もしかしてキリングと戦闘中なのか。
「ルーズはどこ行ったんだ。生きてるのか」
「くそっ、知るかそんな事。多分戦闘になってどっか行ったんだろうよ」
 ラットは随分イラついている様子だ。
 俺が情けなく気絶していたからなのか、キリングに独断で闘いを仕掛けたルーズへの怒りなのか。
 それに関しては推測の域を出ない。
「血が多過ぎる。これじゃあ追跡出来ねえな。いつの間にかツールの信号も消えてるし」
 ツール。それを辿って俺の位置を知ったのか。
 恐らくラットが来たのはルーズが報告したから。
 とすると、ルーズは俺を助ける為……。
「ドンッ!」
 遠くで何かの爆発音がする。
「ルーズさん!」
 ラットは何かを悟った様に、爆発音の方向へと走り出す。
 俺もすぐに立ち上がり、その後を追う。
「付いてくんな。もしキリングがいてもテメェは足手まといなんだよ」
「お前の能力は知らんが、1人よりは2人の方がいい。まだ戦闘中なら尚更だ」
「くそっ、なんでこんな奴を……」
 どんよりとした雲が、空を覆いつつあった。

 数分走ると広場があり、ラットはそこで足を止めた。
 俺も止まって辺りを見渡す。
 周りの建物は所々に小さな穴が空いており、大半が元の原型を留めていない。
 中心にはわざとらしくそうした様にしか見えない、大きな凹みがあった。
「マジ……か」
 ラットはそこに座り込み、何かを拾う。
 それは何かの破片に見え、赤黒く染まっている。
「ツールの破片じゃねえか。つう事は」
 ラットは立ち上がり、自分のツールを出す。
 そして独りでに話し出した。
「ナインハーズさん。いえ。まあ、はい。はい、ルーズさんは殉職しました」
「えっ」
 この男、今なんて言った?
 俺の聞き間違いじゃなければ、ルーズが殉職したって……。
 殉職って、つまり死んだって事だよな。
 いや、アイツがそんな簡単に死ぬ訳。……無いよな?
「……恐らく不可能だと思います。姿は疎か、気配さえも。はい。……分かりました」
 ラットはこちらを向き、俺にツールを投げてくる。
「うおっ」
 俺はそれをキャッチするがどうしたらいいのかよく分からず、ただ立ち尽くしていた。
 すると周りに誰もいない筈なのに、ナインハーズの声が聞こえてきた。
『ストリートか』
「えっ、ナインハーズ? なんで声聞こえるのに見えねえんだよ」
『今はそれはスルーしてくれ』
 ナインハーズの声はどこか深刻そうだ。
 いつもなら説明から入ってくれるのに、今回に関しては有無を言わせぬ圧がある。
「……どうしたんだ」
『落ち着いて聞け』
 ナインハーズは慎重に言葉を選ぶ様に話している。
「なんだよ」
『先程そこで、ルーズが死んだ』
「——!」
 さっきのは聞き間違いじゃ無かったのか。
『だが悲しんでる暇はない。今すぐ全員がそっちへ向かう。それまで待機していろ』
 その言葉以降声が聞こえなくなり、俺は沈黙する。
 ルーズが死んだ。その言葉が未だに頭から離れないでいた。
 初対面で失礼な話題から話し始めるあのルーズが、まともに話してなくて能力も知らないあのルーズが、俺を散々馬鹿にしていたあのルーズが。
 キリングとの戦闘により、死んだ。
 なんとなくそんな気はしていた。
 俺が目覚めた時にはもう、ルーズはキリングに殺されたんじゃないかって。
 気が付くと俺の瞳には涙があった。
 人の死が、知人の死が、仲間の死が、悲しい事を知った。
「そろそろ返せ」
 ラットの声がセンチメンタルな俺の心に響く。
 こいつは仲間が死んでも、俺が持っているツールの事しか気にしていない。
 そんなラットの態度に、俺は怒りを覚えた。
「返せってお前。ルーズが死んだんだぞ」
 ラットを見ると、何事もなかった様に平然としている。
「そんくらい知ってる。だからどうしたんだ。あ、葬式はやらねえぞ。やるのは準幹部以上だからな」
「お前!」
 俺はラットの胸ぐらを掴み、引き寄せる。
「ルーズをなんだと思ってんだ! 仲間なら死んだ時ぐらい悲しんでやれよ!」
「悲しんだらルーズが報われるのか」
 ラットは即答だった。
 俺の目を真っ直ぐ見て、視線を揺らす事なく答える。
「当たり前の事言ってんじゃねえよ。能力者同士の戦闘は命懸かってんだ。それはルーズさんも知ってたし、他の皆も知ってる常識だ。それをテメェだけの私情で捻じ曲げようとしてんじゃねえよ。ルーズさんは別に、テメェに悲しんで貰うために死んでった訳じゃねえ。他の仲間に託したんだ」
 俺の喉にはもう言葉は無かった。
 ずっと昔から知っていた常識。
 それをルーズの死を理由にして目を逸らしていたのだ。
 俺はあの時キリングに隣に座られた時点で、既に負けていた。
 油断とか言う生ぬるい評価ではなく、敗者と言う弱い者のレッテルを貼られたのだ。
「テメェが悲しもうが、俺に対して怒りを覚えようがどうでもいい。だが、死んだ仲間に同情する事だけは許さねえ。分かったらこの手離せ。切り落とすぞ」
「……すまん」
 俺は手を離し、近くのベンチへと座る。
 俺が間違っているのか。ルーズが死んで悲しんでいる、俺が間違っているのか。
 ジャスターズはそんな組織なのか。死んだ仲間を気にする余裕も無い程、追い詰められているのか。
 正直俺の頭じゃ理解出来ない。
 そして甘く見ていた。能力者同士の戦闘を。
 恐らくキリングは圧倒したのだろう。
 ここには弾痕が所々に付いている。その他には普通の広場だ。
 ルーズの能力が入る余地は無かったと、過ぎた事でも理解出来てしまう。それ程キリングは強い。
 あの時のキリングが言った兄弟という言葉。
 あれははっきりと憶えている。
 それが本当だとしたら、俺はキリングを兄弟とは思わない。ただ1人の殺人鬼としか思えない。
 俺がそんな事を考え俯いていると、遠くの方から聞き覚えのある声がして来た。
「ストリート」
 ナインハーズの声だった。
 その方を見ると、そこにはあの会議の時にいた全員が集まっていた。
 その時、俺の身体は自然と動いた。
 立ち上がり、本能的に頭を下げていた。
「なんの真似だ」
 ケインの声がする。
 その声は怒りを示していた。
「なんの真似だと聞いてるんだ」
 2度も聞かれるが俺は答えない。答える事が出来ない。
「チェイサー、お前はナインハーズの連れで甘く評価している所があったが、今回に関しては許されないぞ」
 当然だ。
 俺とルーズ、どちらがジャスターズに必要かと聞かれれば、即答でルーズだろう。
 俺は完全にお荷物だ。
「スクールへ帰れ、チェイサー。これ以上お前は関わるな。後は俺らの仕事だ」
 ケインら対策チームは、ナインハーズを除く全員が踵を返して歩いていく。
「馬鹿だな。あれほど同情すんなっつったのに」
 通りすがりにラットに叱られる。
 同情なんてしていない。俺は俺のしたい事をしただけだ。
 それが生んだ結果に、俺は納得するしか無い。
 ナインハーズは俺に近づいて来て、肩に手を乗せる。
「……ストリート、送ってくよ」
「キリングは探さなくていいのか」
「追跡は不可能だと思う。それにあっちに闘う気はない様だし、無駄死には避けたい」
「……ありがと」
 俺はナインハーズの乗って来た車に行き、後ろの席に座る。
 運転席にはサルディーニではなくナインハーズが座った。
「……シートベルトはしたか?」
 その何気ない言葉に、俺の中の何かが解けた。
「すまねえ、すまねえナインハーズ。俺が足手まといになったから、ルーズが」
 涙が止まらない。
 今まで抑え込んでいた感情が、何気ないの日常に当てられて吹き出した。
「俺は、俺は許されない事をした」
「ああ」
「優しくしないでくれ。ラットもケインも、俺を叱ってくれない。お前が叱ってくれよ、ナインハーズ」
「……気付いてたのか」
 ラットの死んだ仲間に同情するなという言葉。あれは今後必要になってくる教訓。
 確かに仲間が死ぬのは悲しい。しかし、それを気にして任務に臨めば支障が出る。
 今回の様な任務なら特にだ。
 ラットは自分の感情を抑えてまで、俺に対し教えてくれたのだ。
 そしてケインの許されないという言葉。本心でない訳ではないだろうが、俺をこれ以上危険に晒させないための配慮。
 俺が抵抗なくクリミナルスクールに帰れる様にわざと強く言ってくれたんだ。
 皆、危険なのはこれからだという事を知っている。
 だからこそ、1番の穴である俺を帰した。
「大人はズリィよ。少し強く言えばそんな風に聞こえんだから」
「大人はズルいんだよ。そこまで分かってるなら合格だ。ストリート、スクールに帰ったら試験を受けろ。手配は俺がしとく」
「えっ?」
 突然の言葉に、俺は顔を上げる。
「そしてまた対策チームに入れ。そう簡単に命令は取り下げられない。猶予は十分だろ」
「……ナインハーズ」
 大人はズルいが、それでいて優しすぎる。
 俺が叱ってくれと頼んでも、やはりそれを受ける事はない。
 ナインハーズは、ケインは、ラットは優しすぎる上司だ。
「1発合格だ。それ以外は受け付けない。これが最後のチャンスだ」
 しかしはっきりと、ナインハーズの声は車内に響いた。
 優しさの中にある厳しさ。それを物語っている言葉だった。
「ああ、絶対合格する」
 俺は自分の両手を力強く握る。
 これが最後のチャンス。絶対に掴み取らなくちゃいけないもの。
 いつの間にか涙は止まっていた。
 空に点々としていた雲もいつしか消え、太陽が燦々と地面を照らす。
 ルーズはもういない。それは変わる事のない事実だ。
 しかしルーズは他の仲間に託した。これからを、希望を。
 それを受け取るのが誰であれ、その思いは消える事はない。
「発進するぞ」
 ナインハーズの声と共に車が動き出す。
 俺はその時ブレる事なく、一点の光を見ていた。
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