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ジャスターズ編
達人
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「何なんだ貴様らは。突然現れ消えて、なあ。ジャスターズの使者よ」
聞いてた情報と随分違うな。
ただ暴れてるって言われてたんだが、これは参ったハズレだな。
微かに感じる元の量からして、ジャスターズで兵長以上の実力者。
まだ上等兵の俺にはちと骨が折れるな。
ってか、勝てるか怪しいのが正直な所。
「貴様にいくら死が待っているからとして、抵抗されんと我もやる気が出ん」
「勝手に話進めんなよおっさん」
「口ではなく足を動かさんか」
数メートルあった、俺とそいつの距離が一瞬で詰められる。
「ほれ、もう捕らえてしまったぞ?」
いつの間にか肩を掴まれていた。
その間俺は何をしていたかと言うと、ただただ突っ立っていただけであった。
この実力差。チェイサーたちを逃して正解だったな。
「けど、俺も負けてらんねえんだよ」
わざわざあっちから近付いてくるなら好都合。
俺はその大きな図体に、拳を打ち込む。
「ほう、いいパンチだ」
しっかりとみぞおちを狙ったが、男には全く通用していない様に見える。
「いいパンチだ」とか言ってるし、余裕ありすぎだろ。
こっちは本気で打ってんだよ。
「余裕ぶっこいてんな!」
さっき打ち込んだ打撃を再発させ、それに合わせてまた数発入れる。
男は一瞬揺れるが、すぐ止まる。
「うっ、一撃だけ変なのがあったな。まあよい、さっさと始末するか」
始末って……。
そう簡単に殺られるかよ。
「なかなか興味深かったぞ。我の一部になるに値する」
男は腕を振り上げ、俺の頭目掛けて一直線に下ろす。
俺は両腕を頭の上へ移し、その侵攻を阻止しようとする。
「ふっ」
大きな音とともに腕に衝撃が走る。
足はコンクリートに数ミリめり込み、ひびが樹形図の様に四方八方に広がる。
重過ぎだろ! わんちゃん腕折れたぞこれ。
「ほう、耐えられたのは初めてだな」
これマジで死ねるぞ。
俺の墓場がこんなちんけな場所じゃ、後悔しかなくて今世に取り憑くぞ。
「ではもう1度」
流石にそれは無理っ。
俺は肩に置いてあった手を振り払い、距離を取る。
「走るのは好きじゃないんだが」
「ならそこでずっと止まってろ。今応援呼ぶから」
俺はツールを取り出し、応援要請ボタンを押そうとする。
「そうはさせん」
男は自分の口に手を入れ、歯を抜いて俺に投げてきた。
「うおっ」
それは見事にツールに当たり、粉々に破壊される。
大胆だなこいつ。
いくら急いでるからって言っても、自分の歯を武器にしようとしないだろ普通。
「くそっ。これじゃ応援呼べねえじゃねえか」
ツール以外に仲間を呼ぶ方法は……、特にないな。
第一、応援が来たとして果たしてこいつに勝てるか。
チェイサーたちが戻ってくる。訳ねえしなあ。
「やるしかねえか」
俺は自分の頬を両手で叩き、気合を入れ直す。
「本気か。なら我も手は抜かん」
今まで手を抜いてたのね。って今更か。
「悪いが殺す気で行かせてもらう」
「来い」
コンクリートがえぐれる程に、俺は足に力を入れて踏み出す。
その速度は放たれた矢の如く、真っ直ぐ敵の急所へと飛んでいく。
「狙いはまたみぞおちか。芸がない」
しかし所詮は人間。
軽く弾き返され、俺は左へ飛ばされる。
だがこれでいい。
俺は空中に浮いたまま男の右手首を掴み、肘関節を外そうとする。
その時俺の脳裏によぎったのは、大木だった。
「硬すぎだろっ」
「古い技を使う」
腕を掴んでいる俺を上へ振り払い、浮いた所を蹴られる。
「があっ」
数メートル吹き飛ばされ、近くの民家に突っ込む。
「いてて。流石に効くな」
「まだ終わらんぞ」
そこへ男が跳躍してき、俺の顔に拳を叩き込もうとする。
「あぶっ」
しかし間一髪のところで避けた俺は、2発腹に拳を打ち込み、再び距離を取る。
「ヒットアンドアウェイか。古いな」
逆にお前の流行に合わせて戦うかよ。
「しかし中々スピードがある。仕方がない。やるか」
男は民家から出て、何かぶつぶつ言っている。
そして目を瞑り、俺を前にして堂々と仁王立ちする。
「……なんかやべえな」
向かい風が吹き始める。
この男は今、何かをした。
そしてその何かは、俺にとって100パー良くない事。
「すんすん」
男は鼻を鳴らし、俺に身体を向ける。
急に鼻が出るようにでもなったか?
俺は様子を見る為少し横に動く。
すると、男もそれに合わせて身体を俺に向けてくる。
見えてないよな。完全に目瞑ってるし。
さっきの鼻音は、もしかしてにおいを嗅いでいたのか?
いや、いくら嗅覚が優れていたとしても、それは不可能に近い。
それこそ人間レベルじゃ。
「おーい。見えてんのか?」
返事はない。
俺は小石を拾い、横にバウンドするようにして投げる。
すると顔だけそちらに向けて、すぐに俺の方へ戻す。
音を聞いてるのか?
ならさっき何かしらの反応を見せるはず。
やはりこいつの能力が関係しているのか。
「すんすん」
また鼻を鳴らす。
やっぱりにおいを……。
だとしたら、どんだけ嗅覚が発達してるんだよ。
常人の何億倍って数値じゃねえと、そんな芸当は不可能だ。
「そこか」
男が一気に近づいてくる。
「やっべっ」
正面に飛んでくる拳を捌きながら、徐々に後ろへと下がる。
というより押されている。
薄々気付いていた、認めたくなかったが、こいつの体術は俺より上。
長期戦はよろしくない。
俺は距離を取る為脇腹に蹴りを入れる。
しかしそれは簡単に止められ、俺は足を掴まれる。
「くっ」
そのまま持ち上げられて、地面へと叩き付けられた。
「ぐがはっ」
受け身をとるが、休む暇もなく次の攻撃が飛んでくる。
体勢的に俺が下で奴が上。
つまり蹴りに適した位置関係という事。
俺は宙ぶらりんをいいことに、サンドバッグの様に蹴られる。
「だぁっ」
遠心力を使って後ろに投げられ、再び違う民家に突っ込む。
「ふんっ」
男が走って来て、民家を突き抜け俺を吹き飛ばす。
「いい加減にしろっ!」
飛ばされながら身体を捻り、着地と同時に男に向かって飛ぶ。
腹をめがけて拳を放つが、それが当たると同時に俺は頭を掴まれる。
そして再び地面へと叩き付けられた。
今回は受け身をとる暇もなく、後頭部に激痛が走る。
「は、離せ」
まるで殺戮マシンのように、男はただただ沈黙を突き通している。
このままのペースじゃ、あと1分も持たない。
どうにかしようと、腕を引き離そうともがくが全くびくともしない。
「貴様は体術に優れている。しかし、下ばかり見て生きていたから、いざ上を見たら絶望しか選択肢が残っていなかった」
急に男が俺をお構いなしに語り出す。
「それが貴様の敗因だ」
「なに言っ——」
頭が更に地面にめり込む。
俺の頭のほぼ半分は、地面に埋まってしまった。
「終わりか」
男が俺の頭から手を離す。
「ま……だだ」
俺は今まで溜めていた、みぞおちへの打撃を一気に再発させる。
同時発動により、その威力は通常の数倍。
本当はもう少し溜めたかったが、ピンチなので仕方ないだろう。
「すんすん。血? いつ攻撃をされた」
男は不思議そうに匂いを嗅いでいる。
こいつもしかして、自分が攻撃された事に気付いていない?
「分かったぞお前の能力」
俺は少しずつ起き上がりながら言う。
「ほう、まだ立つか」
完全に立ち上がった頃、俺はある一点に視線を合わせる。
「視覚、聴覚、触覚、味覚を代償にして嗅覚を格段に強化してるな」
先程からの沈黙。激痛に反応しない不自然さ。
「だがもう貴様に勝機はない」
そして噛み合わない会話。全ての辻褄が合った。
「だから攻撃されても、血が出ても気付かない」
「楽に殺してやる。もう諦めろ」
男は腕を上げ、俺の頭に狙いを定める。
「つまりお前は代償系の能力者」
「止めだ」
「そしてお前の敗因は、強化する対象を嗅覚にした事だ!」
男の後ろから、見覚えのある影が飛び出してくる。
「サンの仇!」
チェイサーの剣が、男の後頭部を切り裂く。
「ったく、逃げろって言ったろバカ弟子。ってか勝手に俺殺すなし」
——数分前のチェイサーたち3人組。
俺らはサンに言われて、あそこから逃げ出している最中だった。
「なあチェス。本当にこのまま逃げるのか?」
「いや、俺も流石にこのまま尻尾巻いて逃げるのは気に入らない」
サンのあの声はマジだった。
今まで聞いた中で1番はっきりとしていて、含んでいる意味が重かった。
「ならどうするんだ?」
「戻りますか?」
「今戻ったとして、俺たちに何が出来るかだ」
「勢いで来ちゃったけど、まずなんで逃げて来たんだ?」
「サンがマジトーンで『逃げろ』って言ったから。後は身体が勝手に」
「サンは大丈夫なんでしょうか」
「大丈夫じゃないから俺たちを逃したんじゃないかな。それだけ強敵って事?」
「俺らも自然に構えてたしな。実力は確実にあっちが上だろ」
サンに3人がかりでやっとな俺らが、果たして増援になり得るだろうか。
「ちょっといい?」
トレントが失速してから停止し、俺たちもそれに合わせる。
「さっきの奴を探ってみる」
トレントがそう言うと、周りの空気が重くなる。
トレントは空気の流れで、相手の位置を把握する事が出来るんだっけか。
「凄いな。サンじゃない方の元が、とてつもなくでかい」
「どんくらい」
「多分サンの2、3倍」
それってかなりやばいんじゃないか。
昔の基準だと、最大元量が多ければ多い程強いらしいから、2、3倍だと実力も2、3倍上という事。
流石のサンでも勝てない可能性がある。
「チープ、あいつからは何が見えた?」
「一瞬だったので自信はないですが……、何も見えませんでした」
「なにも? そんな事あるのか?」
「私も最近元を学んでから気付いたんですが、恐らく私が見える理由として、その人から微かに漂う独特な元の流れを感じ取ってるからだと思うんです」
「独特な元?」
ナインハーズも同じ様な事言っていたな。
俺がツールを登録する時に、能力者特有の元があるとかなんとか。
「あの人からは全くそれを感じませんでした。なんと言うか、殺気が全くないと言いますか」
「俺も殺気は感じなかったかな。探って分かる事だけど、元の流れはびびるくらい静かだね」
つまりあの男は、殺気を出さずに動けるし、闘うときは穏やかに最小限の元を使っているにも関わらず、元の量はサンの2、3倍。
「簡単に言うと、あいつは達人レベルに強いって事だな」
「それで間違っては無いと思う。実際結構サンやられてるし。今死にそう」
「マジかよ! それ先言えよ!」
俺は踵を返し、元いた方向へと走り出す。
「行くんですね! 行きましょう!」
「勝てる気しねぇー」
チープとトレントも俺の後に続く。
頼む間に合ってくれ。
そして現在。
「サンの仇!」
俺は男の後頭部に思いっきり、コンクリート片で作った剣をお見舞いする。
それは毛一本の障害もなく、直接頭に斬り込まれた。
しかし何か硬いものに当たり、剣は肉を断ち切った所で止まる。
「いつの間に後ろに!」
男は瞬間的に振り向き、目にも留まらない速さで裏拳を放つ。
「ゔうっ」
ギリギリの所で防いだが、身体の隅々まで振動が伝わってくる。
「チェイサー!」
俺は少し吹き飛ばされるが、上手く着地する。
しかし防いだ腕はまだ響く様に痛む。
「どこに行った。出てこい」
何言ってるんだ? こいつ。
俺は目の前にいるじゃねえか。
そう思い男をよく見ると、なんと目を閉じていた。
「こいつ馬鹿か? それじゃあ探せる訳ないだろ」
「チェイサー! そいつはにおいで位置を把握している。そっちは風下。においは探知されない!」
つまりどう言う事だ?
こいつは嗅覚だけで俺の位置を捉え、サンをこんなにも追い詰めてるのか?
「ならどうすればいい!」
「どうもするな! 殺される前に逃げろ!」
その時、男の目がカッと見開く。
「そこにいたか」
聞いてた情報と随分違うな。
ただ暴れてるって言われてたんだが、これは参ったハズレだな。
微かに感じる元の量からして、ジャスターズで兵長以上の実力者。
まだ上等兵の俺にはちと骨が折れるな。
ってか、勝てるか怪しいのが正直な所。
「貴様にいくら死が待っているからとして、抵抗されんと我もやる気が出ん」
「勝手に話進めんなよおっさん」
「口ではなく足を動かさんか」
数メートルあった、俺とそいつの距離が一瞬で詰められる。
「ほれ、もう捕らえてしまったぞ?」
いつの間にか肩を掴まれていた。
その間俺は何をしていたかと言うと、ただただ突っ立っていただけであった。
この実力差。チェイサーたちを逃して正解だったな。
「けど、俺も負けてらんねえんだよ」
わざわざあっちから近付いてくるなら好都合。
俺はその大きな図体に、拳を打ち込む。
「ほう、いいパンチだ」
しっかりとみぞおちを狙ったが、男には全く通用していない様に見える。
「いいパンチだ」とか言ってるし、余裕ありすぎだろ。
こっちは本気で打ってんだよ。
「余裕ぶっこいてんな!」
さっき打ち込んだ打撃を再発させ、それに合わせてまた数発入れる。
男は一瞬揺れるが、すぐ止まる。
「うっ、一撃だけ変なのがあったな。まあよい、さっさと始末するか」
始末って……。
そう簡単に殺られるかよ。
「なかなか興味深かったぞ。我の一部になるに値する」
男は腕を振り上げ、俺の頭目掛けて一直線に下ろす。
俺は両腕を頭の上へ移し、その侵攻を阻止しようとする。
「ふっ」
大きな音とともに腕に衝撃が走る。
足はコンクリートに数ミリめり込み、ひびが樹形図の様に四方八方に広がる。
重過ぎだろ! わんちゃん腕折れたぞこれ。
「ほう、耐えられたのは初めてだな」
これマジで死ねるぞ。
俺の墓場がこんなちんけな場所じゃ、後悔しかなくて今世に取り憑くぞ。
「ではもう1度」
流石にそれは無理っ。
俺は肩に置いてあった手を振り払い、距離を取る。
「走るのは好きじゃないんだが」
「ならそこでずっと止まってろ。今応援呼ぶから」
俺はツールを取り出し、応援要請ボタンを押そうとする。
「そうはさせん」
男は自分の口に手を入れ、歯を抜いて俺に投げてきた。
「うおっ」
それは見事にツールに当たり、粉々に破壊される。
大胆だなこいつ。
いくら急いでるからって言っても、自分の歯を武器にしようとしないだろ普通。
「くそっ。これじゃ応援呼べねえじゃねえか」
ツール以外に仲間を呼ぶ方法は……、特にないな。
第一、応援が来たとして果たしてこいつに勝てるか。
チェイサーたちが戻ってくる。訳ねえしなあ。
「やるしかねえか」
俺は自分の頬を両手で叩き、気合を入れ直す。
「本気か。なら我も手は抜かん」
今まで手を抜いてたのね。って今更か。
「悪いが殺す気で行かせてもらう」
「来い」
コンクリートがえぐれる程に、俺は足に力を入れて踏み出す。
その速度は放たれた矢の如く、真っ直ぐ敵の急所へと飛んでいく。
「狙いはまたみぞおちか。芸がない」
しかし所詮は人間。
軽く弾き返され、俺は左へ飛ばされる。
だがこれでいい。
俺は空中に浮いたまま男の右手首を掴み、肘関節を外そうとする。
その時俺の脳裏によぎったのは、大木だった。
「硬すぎだろっ」
「古い技を使う」
腕を掴んでいる俺を上へ振り払い、浮いた所を蹴られる。
「があっ」
数メートル吹き飛ばされ、近くの民家に突っ込む。
「いてて。流石に効くな」
「まだ終わらんぞ」
そこへ男が跳躍してき、俺の顔に拳を叩き込もうとする。
「あぶっ」
しかし間一髪のところで避けた俺は、2発腹に拳を打ち込み、再び距離を取る。
「ヒットアンドアウェイか。古いな」
逆にお前の流行に合わせて戦うかよ。
「しかし中々スピードがある。仕方がない。やるか」
男は民家から出て、何かぶつぶつ言っている。
そして目を瞑り、俺を前にして堂々と仁王立ちする。
「……なんかやべえな」
向かい風が吹き始める。
この男は今、何かをした。
そしてその何かは、俺にとって100パー良くない事。
「すんすん」
男は鼻を鳴らし、俺に身体を向ける。
急に鼻が出るようにでもなったか?
俺は様子を見る為少し横に動く。
すると、男もそれに合わせて身体を俺に向けてくる。
見えてないよな。完全に目瞑ってるし。
さっきの鼻音は、もしかしてにおいを嗅いでいたのか?
いや、いくら嗅覚が優れていたとしても、それは不可能に近い。
それこそ人間レベルじゃ。
「おーい。見えてんのか?」
返事はない。
俺は小石を拾い、横にバウンドするようにして投げる。
すると顔だけそちらに向けて、すぐに俺の方へ戻す。
音を聞いてるのか?
ならさっき何かしらの反応を見せるはず。
やはりこいつの能力が関係しているのか。
「すんすん」
また鼻を鳴らす。
やっぱりにおいを……。
だとしたら、どんだけ嗅覚が発達してるんだよ。
常人の何億倍って数値じゃねえと、そんな芸当は不可能だ。
「そこか」
男が一気に近づいてくる。
「やっべっ」
正面に飛んでくる拳を捌きながら、徐々に後ろへと下がる。
というより押されている。
薄々気付いていた、認めたくなかったが、こいつの体術は俺より上。
長期戦はよろしくない。
俺は距離を取る為脇腹に蹴りを入れる。
しかしそれは簡単に止められ、俺は足を掴まれる。
「くっ」
そのまま持ち上げられて、地面へと叩き付けられた。
「ぐがはっ」
受け身をとるが、休む暇もなく次の攻撃が飛んでくる。
体勢的に俺が下で奴が上。
つまり蹴りに適した位置関係という事。
俺は宙ぶらりんをいいことに、サンドバッグの様に蹴られる。
「だぁっ」
遠心力を使って後ろに投げられ、再び違う民家に突っ込む。
「ふんっ」
男が走って来て、民家を突き抜け俺を吹き飛ばす。
「いい加減にしろっ!」
飛ばされながら身体を捻り、着地と同時に男に向かって飛ぶ。
腹をめがけて拳を放つが、それが当たると同時に俺は頭を掴まれる。
そして再び地面へと叩き付けられた。
今回は受け身をとる暇もなく、後頭部に激痛が走る。
「は、離せ」
まるで殺戮マシンのように、男はただただ沈黙を突き通している。
このままのペースじゃ、あと1分も持たない。
どうにかしようと、腕を引き離そうともがくが全くびくともしない。
「貴様は体術に優れている。しかし、下ばかり見て生きていたから、いざ上を見たら絶望しか選択肢が残っていなかった」
急に男が俺をお構いなしに語り出す。
「それが貴様の敗因だ」
「なに言っ——」
頭が更に地面にめり込む。
俺の頭のほぼ半分は、地面に埋まってしまった。
「終わりか」
男が俺の頭から手を離す。
「ま……だだ」
俺は今まで溜めていた、みぞおちへの打撃を一気に再発させる。
同時発動により、その威力は通常の数倍。
本当はもう少し溜めたかったが、ピンチなので仕方ないだろう。
「すんすん。血? いつ攻撃をされた」
男は不思議そうに匂いを嗅いでいる。
こいつもしかして、自分が攻撃された事に気付いていない?
「分かったぞお前の能力」
俺は少しずつ起き上がりながら言う。
「ほう、まだ立つか」
完全に立ち上がった頃、俺はある一点に視線を合わせる。
「視覚、聴覚、触覚、味覚を代償にして嗅覚を格段に強化してるな」
先程からの沈黙。激痛に反応しない不自然さ。
「だがもう貴様に勝機はない」
そして噛み合わない会話。全ての辻褄が合った。
「だから攻撃されても、血が出ても気付かない」
「楽に殺してやる。もう諦めろ」
男は腕を上げ、俺の頭に狙いを定める。
「つまりお前は代償系の能力者」
「止めだ」
「そしてお前の敗因は、強化する対象を嗅覚にした事だ!」
男の後ろから、見覚えのある影が飛び出してくる。
「サンの仇!」
チェイサーの剣が、男の後頭部を切り裂く。
「ったく、逃げろって言ったろバカ弟子。ってか勝手に俺殺すなし」
——数分前のチェイサーたち3人組。
俺らはサンに言われて、あそこから逃げ出している最中だった。
「なあチェス。本当にこのまま逃げるのか?」
「いや、俺も流石にこのまま尻尾巻いて逃げるのは気に入らない」
サンのあの声はマジだった。
今まで聞いた中で1番はっきりとしていて、含んでいる意味が重かった。
「ならどうするんだ?」
「戻りますか?」
「今戻ったとして、俺たちに何が出来るかだ」
「勢いで来ちゃったけど、まずなんで逃げて来たんだ?」
「サンがマジトーンで『逃げろ』って言ったから。後は身体が勝手に」
「サンは大丈夫なんでしょうか」
「大丈夫じゃないから俺たちを逃したんじゃないかな。それだけ強敵って事?」
「俺らも自然に構えてたしな。実力は確実にあっちが上だろ」
サンに3人がかりでやっとな俺らが、果たして増援になり得るだろうか。
「ちょっといい?」
トレントが失速してから停止し、俺たちもそれに合わせる。
「さっきの奴を探ってみる」
トレントがそう言うと、周りの空気が重くなる。
トレントは空気の流れで、相手の位置を把握する事が出来るんだっけか。
「凄いな。サンじゃない方の元が、とてつもなくでかい」
「どんくらい」
「多分サンの2、3倍」
それってかなりやばいんじゃないか。
昔の基準だと、最大元量が多ければ多い程強いらしいから、2、3倍だと実力も2、3倍上という事。
流石のサンでも勝てない可能性がある。
「チープ、あいつからは何が見えた?」
「一瞬だったので自信はないですが……、何も見えませんでした」
「なにも? そんな事あるのか?」
「私も最近元を学んでから気付いたんですが、恐らく私が見える理由として、その人から微かに漂う独特な元の流れを感じ取ってるからだと思うんです」
「独特な元?」
ナインハーズも同じ様な事言っていたな。
俺がツールを登録する時に、能力者特有の元があるとかなんとか。
「あの人からは全くそれを感じませんでした。なんと言うか、殺気が全くないと言いますか」
「俺も殺気は感じなかったかな。探って分かる事だけど、元の流れはびびるくらい静かだね」
つまりあの男は、殺気を出さずに動けるし、闘うときは穏やかに最小限の元を使っているにも関わらず、元の量はサンの2、3倍。
「簡単に言うと、あいつは達人レベルに強いって事だな」
「それで間違っては無いと思う。実際結構サンやられてるし。今死にそう」
「マジかよ! それ先言えよ!」
俺は踵を返し、元いた方向へと走り出す。
「行くんですね! 行きましょう!」
「勝てる気しねぇー」
チープとトレントも俺の後に続く。
頼む間に合ってくれ。
そして現在。
「サンの仇!」
俺は男の後頭部に思いっきり、コンクリート片で作った剣をお見舞いする。
それは毛一本の障害もなく、直接頭に斬り込まれた。
しかし何か硬いものに当たり、剣は肉を断ち切った所で止まる。
「いつの間に後ろに!」
男は瞬間的に振り向き、目にも留まらない速さで裏拳を放つ。
「ゔうっ」
ギリギリの所で防いだが、身体の隅々まで振動が伝わってくる。
「チェイサー!」
俺は少し吹き飛ばされるが、上手く着地する。
しかし防いだ腕はまだ響く様に痛む。
「どこに行った。出てこい」
何言ってるんだ? こいつ。
俺は目の前にいるじゃねえか。
そう思い男をよく見ると、なんと目を閉じていた。
「こいつ馬鹿か? それじゃあ探せる訳ないだろ」
「チェイサー! そいつはにおいで位置を把握している。そっちは風下。においは探知されない!」
つまりどう言う事だ?
こいつは嗅覚だけで俺の位置を捉え、サンをこんなにも追い詰めてるのか?
「ならどうすればいい!」
「どうもするな! 殺される前に逃げろ!」
その時、男の目がカッと見開く。
「そこにいたか」
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【完結】結婚式の隣の席
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