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ジャスターズ編
運命の日
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「なあ、あいつ不自然じゃないか?」
ランスが俺に言う。
「俺もそう思う。やるとか言いながら、鞘にカタナをしまうって、意味がわからない」
「そこじゃねえ。まあ近いけど」
「じゃあどこら辺だ?」
「その鞘にしまうって所だ」
「同じじゃん」
「だから近いって言ったんだ。捉えてる行動自体は同じだけど、意味が違う」
「もっと詳しく頼む」
「なんでわざわざ、鞘にカタナをしまうんだ? 戦うならずっと出しとけばいいのに」
「同じじゃん」
「違うんだ。今だけじゃない。俺たちと戦ってた時もそうだった。毎回、攻撃する度に鞘にしまってる。まるでわざと居合をするみたいに……」
「確かに不自然だったかも。それに心なしか、鞘にカタナが入ってる時の方が強く見える」
「まさかあいつの能力は——」
「来い! 炎の剣士!」
リュウが挑発をする様に、両手を広げる。
「調子に乗るなよ有機物!」
クランが走り出す。
まずい。このままだとクランがやられる。
俺の直感がそう叫んだ。
『どうする。どうやって助ける。まず俺に助けられるのか。勘違いじゃないのか。それなら戦闘の邪魔になる。手を出さない方がいい。クランなら気づいてるかも。俺に気づいてクランが気づかない筈がない。いや違うだろ。助けなきゃ。今すぐに!』
瞬間、俺の肩に1つの手が添えられる。
「来るんじゃねえぞ。トーマ」
暖かい笑顔を浮かばせた、馴染みのある顔が、そこにはあった。
その声を聞いてる時だけは、時間がゆっくり流れているように感じ、俺は何かを悟った。
「ランス!」
俺が差し伸べた手の先には、もう誰もいない。
その代わりに、1つの生命が救われ失われた。
「ラ、ランス」
高速移動をしたランスは、身を挺してクランを助けていた。
「あらら。標的が違いましたね」
リュウはカタナを抜刀する瞬間だけ、通常の何百倍もの力を引き出している。
それが奴の能力であり、最大の汚点だ。
「気づいてたのか。お前ら」
クランが振り向き、俺に問う。
「今さっきだ。けど、俺は判断が遅かった。だからこんなことになってしまった」
クランをリュウの射程内から出す代わりに、ランスがその攻撃を受けてしまったのだ。
脇腹から背骨を通過し、断面は斬られていない面積の方が少ない程、その傷は深かった。
それは言わずとも、出血の量が物語っていた。
ランスはクランに寄りかかるようにして、死んでいた。
「よくも、よくもランスを。テメェだけは絶対許さない」
俺は力の限り、リュウに向けて空気弾を放つ。
「雑ですね」
しかしそれは簡単に斬られ、次々と萎んでゆく。
「落ち着けトーマ!」
クランの声が耳に届いても尚、俺は止まらなかった。
「雑……ですが、威力はかなりのものですね」
斬られず通り過ぎた空気弾は、壁を音を立てて破壊していく。
金庫の方には傷がつく程度で、そこまでの損傷は見られない。
「落ち着けってトーマ!」
「いっ」
クランの拳が、俺を正気に戻す。
「能力を酷使するな。雑にやって勝てる相手じゃないぞ」
クランが俺の両肩を掴み、目を合わせて話す。
「その人の言う通りですよ。ところであなた、名前はなんて言うんですか?」
「ランスが死んだんだぞ。俺が救えたかもしれないのに」
「無視ですか」
「お前の所為じゃねえ。俺が軽い挑発に乗ったからだ。たが、ランスの望んだ事は、ここで口喧嘩する事じゃねえだろ」
「おっ、こっち見た」
「あいつを2人で殺して、土産に持ってく事だろ」
クランの瞳は濡れていた。
クランには、表情に出せない悲しみがあったのだ。
「……すまん、取り乱してた。そうだよな。あいつを殺して、2人でいこう」
「……そうだな」
俺はリュウを見つめ、手を前に出す。
「即興で」
「分かった」
クランも手を前に出し、リュウを狙う。
「「ボウ」」
俺が酸素と水素の道を作り、そこにクランが発火させる。
いつもの赤い炎ではなく、青い炎を輝かせながら、それはリュウ目掛けて飛んでいった。
「まずいですね」
リュウは横に飛ぶ。
俺はそれに合わせて、酸素と水素の濃度を変更する。
そうすることによって、曲がる炎がリュウを襲った。
「器用ですね!」
リュウは抜刀し、炎を斬る。
しかしクランが炎を出す限り、こっちの攻撃が止まる事はない。
半永久的に燃え続ける、蒼炎の完成だ。
「しつこいですねこれ」
リュウが斬って移動する度に、俺はそっちに軌道を変更させる。
幸い金庫の壁が壊されているお陰で、常に換気され続けている。
酸素が尽きる事は、まずないだろう。
「未完成なので、あまり使いたくないですが」
リュウはカタナをしまい、避ける速度を上げる。
壁を蹴り、地面を蹴り、思い切り投げたスーパーボールの様に飛び回る。
炎は小回りが効かずに、段々と置いていかれる。
そしてそれは突然訪れた。
「不意打ち御免!」
避け続けた末、炎が完全に置いていかれた時、リュウは抜刀した。
浮かんだ状態での抜刀は空を斬り、全くの無意味な動作に見えた。
しかし、空気を探知している俺は違かった。
見えない何かが、こっちに近づいてきていたのだ。
「クラ——」
名前を叫ぶ前に、クランの首が飛ぶ。
その何かとは、見えない斬撃だった。
「2人を仕留めるつもりでしたが、やはり慣れませんね」
着地したリュウは、カタナを見つめて手首をほぐす。
目の前で2度も仲間を失った俺は、狂いに狂い、逆に冷静だった。
「今からお前を殺す。動かない方がいい」
俺は手を前に出し、そう言った。
「突然ですね。ですが、凄い殺気です。先程の何倍何十倍もの力を、あなたは手に入れた様ですね」
「サック」
本能に従い、俺は能力を発動させる。
「あなたもさよならです」
リュウが距離を詰め、俺に斬り込む。
しかしそれは、俺の手の先に、もう少しの所で届かなかった。
「おかしいですね。何かに阻まれた様な感覚です」
リュウはもう1度抜刀する。
しかしやはり、先程の同じ結末の繰り返し。
「なぜでしょう。斬れているのに斬れていません。先程の技の、副作用でしょうか」
カタナを鞘にしまい、俺の目の前で考え始める。
「これは……」
リュウは俺が作ったであろう空気の壁に触る。
「私をドーム状に、空気が囲ってますね。空気だから斬っても補修が速いんですね。これを最初から使えば、仲間は死ななかったのに、どうして使わなかったんですか」
こっちが聞きたいよ。
俺も、なんでこんな事が出来てるのか分からないし、意識があやふやだ。
もうこのまま能力を維持する力しか残っていない。
「答えは無しですか。ですがこのままだと、いつかジャスターズと警察が来ますよ? そうなればあなたは捕まり、私も捕まります。そんなのどちらの徳にもなりませんよ」
「うるせぇ」
俺は声を絞り出す。
「それなら方法を変えるだけだ」
俺はドーム状の空気を、段々と縮めていく。
「まあなんでもいいですから、早くしてください」
リュウは正座する。
「あなたの名前は」
「トレント・マグナ」
俺が答えると、リュウは驚いた顔をする。
「お前が言えって言ったんだろ」
「いや、まさか答えるとは思わなかったので」
変な空気が流れる。
俺の能力でも、この空気は変えられない。
「もしかして、拘束があなたの目的ですか? 仲間を殺された相手と一緒に投降するなんて、あなたイカれてますよ」
「勝手に決めるな。言っただろ。方法を変えるって」
カタッと、リュウのカタナが揺れる。
「何かに当たりましたか?」
そろそろ気づいたか。
再びカタッと、リュウのカタナが揺れる。
「勘違いじゃない様ですね」
リュウはカタナを握り、立ち上がろうとする。
「イテッ」
しかし完全に立ち上がる前に、ドーム状の天井にぶつかった。
「こんなに縮んでいたとは、やられましたよ」
リュウは再び正座し、カタナを構える。
座った状態からでも出来るのか。
「ふんっ」
カタナはドーム状の空気を斬るが、すぐに補修される。
「やはり無駄ですか」
リュウは諦めた様にあぐらをかく。
「それにしても、拘束するというのは変わりないのですね。どうせこのまま縮め続け、動けない様にするのでしょう」
「だから勝手に決めるな。お前がこの状態で、ここから出られない事は十分証明された。これ以上縮めるのは、力の無駄だ」
それに、俺の狙いはそこじゃない。
「ならこうしましょう」
リュウはポケットから何かを取り出す。
「もしもし警察ですか。私は今、銀行強盗をしています。場所はクラヴァ銀行。早く来ないと、人質を1人ずつ殺しますよ」
リュウはその何かを投げ、再びこちらを向く。
「これであと数分もしない内に、警察とジャスターズがやって来ますよ」
「それがどうした」
「何度も言う様ですけど、このままだと2人とも刑務所行きですよ。それかクリミナルスクールですかね」
「刑務所だろうがクリミナルスクールだろうが、お前は行く事が出来ないだろうな」
「というと?」
「ここで死ぬからだ」
「そうですかっ——はっ」
突然、リュウが苦しみ出す。
「かあっ、はあっ」
喉を押さえ、前屈みになり、何度も咽吐く。
「狙いは……酸素不足だったんですね」
「少し違う。二酸化炭素中毒だ」
「オエッ」
二酸化炭素濃度を20パーセント以上にすれば、こいつは数秒で死ぬ。
だが仲間を殺したこいつを、そう簡単に殺す気はない。苦しんで死んでもらわなくては。
「くそっ」
リュウは支離滅裂にカタナを振る。
空気の壁を斬り、換気をしようとしているのだろう。
「無駄だ。入って来るのは酸素じゃなく、二酸化炭素だぞ。俺は空気を操れるからな。それに、動き過ぎると早く死ぬから止めろ」
「うゔーっ」
最後に呻き声を上げ、リュウは動かなくなる。
気絶したか。ならもう用はない。
俺は二酸化炭素濃度を急激に上げる。
「警察だ! 全員手を上げろ!」
遠くの方から、誰かの叫ぶ声がする。
警察? 予想以上に到着が早い。
このスピードだと、ジャスターズがいるな。
まあいいか。最後ぐらい、土産を増やして持っていこう。
俺は完全に停止したリュウを後にし、踵を返す。
その時、俺の真横で赤い炎が上がった。
「トーマ……」
炎が上がっているのは、既に死んでいる筈のクラン頭だった。
「死ぬな……生きろ。それが俺らの……願いだ」
すうっと音を立て、頭は灰になる。
「今のは、何だったんだ?」
俺が思考を巡らせていると、激しい足音がこちらへ近づいて来る。
「……畜生」
俺は金庫の方へと歩いていく。
四角く斬られた壁から逃げるか?
いや、銀行は完全に警察で囲まれてるだろうな。
それより、1番厄介なのはジャスターズの方だ。
いつどこから来るか分からないし、能力者ってだけで戦闘は避けられない。
「随分と困ってる様だね」
ゾクっと、背筋が凍る。
俺の肩には腕が回されており、横には知らない男が立っていた。
「くっ」
俺は反射的に攻撃しようとする。
「うおっ」
しかし、急に重力が重くなったみたいに、俺は動く事が出来なかった。
「あんまり抵抗しない方がいいよ? 怪我はさせたくないし」
その男は俺に、優しくでもなく気遣っている訳でもなく、ただ淡々と話してくる。
「死体の数は4個。見たところ、現金を目の前にした仲間たちが、欲に目が眩んで殺し合ったって感じかな。そして君1人が生き残ったと」
「死体の数が4個だと?」
「そうだよ。死体は4個しかない。もし仮に隠しているとすれば話は別だけど、そんな感じはしないし、人質って言いながら誰も死んでなかったしね」
死体が4個の筈がない。
クラン、ランス、ハリー、ボン、リュウ。
この5人の死体がある筈だ。
「なんてねっ」
男はパァッと笑顔を見せる。
「大丈夫。俺たちもそんなに馬鹿じゃないよ」
そう言うと、その男は壁に空いた四角い穴を指差す。
「あれ、やったの君たち以外でしょ。それにしてもよく切り取られてるね」
男は感心した様にそう言う。
「知ってたのか?」
「何となくね。あと、ここにいた気配は6人だし、君が仲間と争う様な人じゃなさそうだし」
「何言ってんだ。俺は何百人も人を殺してきた。そいつがさっき人を殺してないとは限らないだろ」
「そんなに自分を卑下するなよ。言ったろ? 大丈夫だって。君も捕まえるし、そいつも捕まえる。それがジャスターズだ」
「やっぱりジャスターズだよな。お前」
「ナインハーズさん!」
背中の方から、声が聞こえる。
警察が駆けつけて来たのだろう。
「監視カメラは全てやられていました。それに、警報装置も。目撃者の証言によると、犯人は5人組だったそうです。それから——」
「ありがとう。もういいよ。後は俺がやっとく」
「失礼します」
警察らしき人物は、駆け足で去っていく。
「言わなくてよかったのか?」
「まあね。それに、折角なら自分で捕まえたいだろ? 君が」
そう言うと、男は名刺を差し出す。
「ナインハーズ・ライムネス?」
名刺にはそう書かれていた。
「ようこそクリミナルスクールへ。君は今から生まれ変わるんだ」
男の笑顔は、不思議と暖かかった。
ランスが俺に言う。
「俺もそう思う。やるとか言いながら、鞘にカタナをしまうって、意味がわからない」
「そこじゃねえ。まあ近いけど」
「じゃあどこら辺だ?」
「その鞘にしまうって所だ」
「同じじゃん」
「だから近いって言ったんだ。捉えてる行動自体は同じだけど、意味が違う」
「もっと詳しく頼む」
「なんでわざわざ、鞘にカタナをしまうんだ? 戦うならずっと出しとけばいいのに」
「同じじゃん」
「違うんだ。今だけじゃない。俺たちと戦ってた時もそうだった。毎回、攻撃する度に鞘にしまってる。まるでわざと居合をするみたいに……」
「確かに不自然だったかも。それに心なしか、鞘にカタナが入ってる時の方が強く見える」
「まさかあいつの能力は——」
「来い! 炎の剣士!」
リュウが挑発をする様に、両手を広げる。
「調子に乗るなよ有機物!」
クランが走り出す。
まずい。このままだとクランがやられる。
俺の直感がそう叫んだ。
『どうする。どうやって助ける。まず俺に助けられるのか。勘違いじゃないのか。それなら戦闘の邪魔になる。手を出さない方がいい。クランなら気づいてるかも。俺に気づいてクランが気づかない筈がない。いや違うだろ。助けなきゃ。今すぐに!』
瞬間、俺の肩に1つの手が添えられる。
「来るんじゃねえぞ。トーマ」
暖かい笑顔を浮かばせた、馴染みのある顔が、そこにはあった。
その声を聞いてる時だけは、時間がゆっくり流れているように感じ、俺は何かを悟った。
「ランス!」
俺が差し伸べた手の先には、もう誰もいない。
その代わりに、1つの生命が救われ失われた。
「ラ、ランス」
高速移動をしたランスは、身を挺してクランを助けていた。
「あらら。標的が違いましたね」
リュウはカタナを抜刀する瞬間だけ、通常の何百倍もの力を引き出している。
それが奴の能力であり、最大の汚点だ。
「気づいてたのか。お前ら」
クランが振り向き、俺に問う。
「今さっきだ。けど、俺は判断が遅かった。だからこんなことになってしまった」
クランをリュウの射程内から出す代わりに、ランスがその攻撃を受けてしまったのだ。
脇腹から背骨を通過し、断面は斬られていない面積の方が少ない程、その傷は深かった。
それは言わずとも、出血の量が物語っていた。
ランスはクランに寄りかかるようにして、死んでいた。
「よくも、よくもランスを。テメェだけは絶対許さない」
俺は力の限り、リュウに向けて空気弾を放つ。
「雑ですね」
しかしそれは簡単に斬られ、次々と萎んでゆく。
「落ち着けトーマ!」
クランの声が耳に届いても尚、俺は止まらなかった。
「雑……ですが、威力はかなりのものですね」
斬られず通り過ぎた空気弾は、壁を音を立てて破壊していく。
金庫の方には傷がつく程度で、そこまでの損傷は見られない。
「落ち着けってトーマ!」
「いっ」
クランの拳が、俺を正気に戻す。
「能力を酷使するな。雑にやって勝てる相手じゃないぞ」
クランが俺の両肩を掴み、目を合わせて話す。
「その人の言う通りですよ。ところであなた、名前はなんて言うんですか?」
「ランスが死んだんだぞ。俺が救えたかもしれないのに」
「無視ですか」
「お前の所為じゃねえ。俺が軽い挑発に乗ったからだ。たが、ランスの望んだ事は、ここで口喧嘩する事じゃねえだろ」
「おっ、こっち見た」
「あいつを2人で殺して、土産に持ってく事だろ」
クランの瞳は濡れていた。
クランには、表情に出せない悲しみがあったのだ。
「……すまん、取り乱してた。そうだよな。あいつを殺して、2人でいこう」
「……そうだな」
俺はリュウを見つめ、手を前に出す。
「即興で」
「分かった」
クランも手を前に出し、リュウを狙う。
「「ボウ」」
俺が酸素と水素の道を作り、そこにクランが発火させる。
いつもの赤い炎ではなく、青い炎を輝かせながら、それはリュウ目掛けて飛んでいった。
「まずいですね」
リュウは横に飛ぶ。
俺はそれに合わせて、酸素と水素の濃度を変更する。
そうすることによって、曲がる炎がリュウを襲った。
「器用ですね!」
リュウは抜刀し、炎を斬る。
しかしクランが炎を出す限り、こっちの攻撃が止まる事はない。
半永久的に燃え続ける、蒼炎の完成だ。
「しつこいですねこれ」
リュウが斬って移動する度に、俺はそっちに軌道を変更させる。
幸い金庫の壁が壊されているお陰で、常に換気され続けている。
酸素が尽きる事は、まずないだろう。
「未完成なので、あまり使いたくないですが」
リュウはカタナをしまい、避ける速度を上げる。
壁を蹴り、地面を蹴り、思い切り投げたスーパーボールの様に飛び回る。
炎は小回りが効かずに、段々と置いていかれる。
そしてそれは突然訪れた。
「不意打ち御免!」
避け続けた末、炎が完全に置いていかれた時、リュウは抜刀した。
浮かんだ状態での抜刀は空を斬り、全くの無意味な動作に見えた。
しかし、空気を探知している俺は違かった。
見えない何かが、こっちに近づいてきていたのだ。
「クラ——」
名前を叫ぶ前に、クランの首が飛ぶ。
その何かとは、見えない斬撃だった。
「2人を仕留めるつもりでしたが、やはり慣れませんね」
着地したリュウは、カタナを見つめて手首をほぐす。
目の前で2度も仲間を失った俺は、狂いに狂い、逆に冷静だった。
「今からお前を殺す。動かない方がいい」
俺は手を前に出し、そう言った。
「突然ですね。ですが、凄い殺気です。先程の何倍何十倍もの力を、あなたは手に入れた様ですね」
「サック」
本能に従い、俺は能力を発動させる。
「あなたもさよならです」
リュウが距離を詰め、俺に斬り込む。
しかしそれは、俺の手の先に、もう少しの所で届かなかった。
「おかしいですね。何かに阻まれた様な感覚です」
リュウはもう1度抜刀する。
しかしやはり、先程の同じ結末の繰り返し。
「なぜでしょう。斬れているのに斬れていません。先程の技の、副作用でしょうか」
カタナを鞘にしまい、俺の目の前で考え始める。
「これは……」
リュウは俺が作ったであろう空気の壁に触る。
「私をドーム状に、空気が囲ってますね。空気だから斬っても補修が速いんですね。これを最初から使えば、仲間は死ななかったのに、どうして使わなかったんですか」
こっちが聞きたいよ。
俺も、なんでこんな事が出来てるのか分からないし、意識があやふやだ。
もうこのまま能力を維持する力しか残っていない。
「答えは無しですか。ですがこのままだと、いつかジャスターズと警察が来ますよ? そうなればあなたは捕まり、私も捕まります。そんなのどちらの徳にもなりませんよ」
「うるせぇ」
俺は声を絞り出す。
「それなら方法を変えるだけだ」
俺はドーム状の空気を、段々と縮めていく。
「まあなんでもいいですから、早くしてください」
リュウは正座する。
「あなたの名前は」
「トレント・マグナ」
俺が答えると、リュウは驚いた顔をする。
「お前が言えって言ったんだろ」
「いや、まさか答えるとは思わなかったので」
変な空気が流れる。
俺の能力でも、この空気は変えられない。
「もしかして、拘束があなたの目的ですか? 仲間を殺された相手と一緒に投降するなんて、あなたイカれてますよ」
「勝手に決めるな。言っただろ。方法を変えるって」
カタッと、リュウのカタナが揺れる。
「何かに当たりましたか?」
そろそろ気づいたか。
再びカタッと、リュウのカタナが揺れる。
「勘違いじゃない様ですね」
リュウはカタナを握り、立ち上がろうとする。
「イテッ」
しかし完全に立ち上がる前に、ドーム状の天井にぶつかった。
「こんなに縮んでいたとは、やられましたよ」
リュウは再び正座し、カタナを構える。
座った状態からでも出来るのか。
「ふんっ」
カタナはドーム状の空気を斬るが、すぐに補修される。
「やはり無駄ですか」
リュウは諦めた様にあぐらをかく。
「それにしても、拘束するというのは変わりないのですね。どうせこのまま縮め続け、動けない様にするのでしょう」
「だから勝手に決めるな。お前がこの状態で、ここから出られない事は十分証明された。これ以上縮めるのは、力の無駄だ」
それに、俺の狙いはそこじゃない。
「ならこうしましょう」
リュウはポケットから何かを取り出す。
「もしもし警察ですか。私は今、銀行強盗をしています。場所はクラヴァ銀行。早く来ないと、人質を1人ずつ殺しますよ」
リュウはその何かを投げ、再びこちらを向く。
「これであと数分もしない内に、警察とジャスターズがやって来ますよ」
「それがどうした」
「何度も言う様ですけど、このままだと2人とも刑務所行きですよ。それかクリミナルスクールですかね」
「刑務所だろうがクリミナルスクールだろうが、お前は行く事が出来ないだろうな」
「というと?」
「ここで死ぬからだ」
「そうですかっ——はっ」
突然、リュウが苦しみ出す。
「かあっ、はあっ」
喉を押さえ、前屈みになり、何度も咽吐く。
「狙いは……酸素不足だったんですね」
「少し違う。二酸化炭素中毒だ」
「オエッ」
二酸化炭素濃度を20パーセント以上にすれば、こいつは数秒で死ぬ。
だが仲間を殺したこいつを、そう簡単に殺す気はない。苦しんで死んでもらわなくては。
「くそっ」
リュウは支離滅裂にカタナを振る。
空気の壁を斬り、換気をしようとしているのだろう。
「無駄だ。入って来るのは酸素じゃなく、二酸化炭素だぞ。俺は空気を操れるからな。それに、動き過ぎると早く死ぬから止めろ」
「うゔーっ」
最後に呻き声を上げ、リュウは動かなくなる。
気絶したか。ならもう用はない。
俺は二酸化炭素濃度を急激に上げる。
「警察だ! 全員手を上げろ!」
遠くの方から、誰かの叫ぶ声がする。
警察? 予想以上に到着が早い。
このスピードだと、ジャスターズがいるな。
まあいいか。最後ぐらい、土産を増やして持っていこう。
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「トーマ……」
炎が上がっているのは、既に死んでいる筈のクラン頭だった。
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それより、1番厄介なのはジャスターズの方だ。
いつどこから来るか分からないし、能力者ってだけで戦闘は避けられない。
「随分と困ってる様だね」
ゾクっと、背筋が凍る。
俺の肩には腕が回されており、横には知らない男が立っていた。
「くっ」
俺は反射的に攻撃しようとする。
「うおっ」
しかし、急に重力が重くなったみたいに、俺は動く事が出来なかった。
「あんまり抵抗しない方がいいよ? 怪我はさせたくないし」
その男は俺に、優しくでもなく気遣っている訳でもなく、ただ淡々と話してくる。
「死体の数は4個。見たところ、現金を目の前にした仲間たちが、欲に目が眩んで殺し合ったって感じかな。そして君1人が生き残ったと」
「死体の数が4個だと?」
「そうだよ。死体は4個しかない。もし仮に隠しているとすれば話は別だけど、そんな感じはしないし、人質って言いながら誰も死んでなかったしね」
死体が4個の筈がない。
クラン、ランス、ハリー、ボン、リュウ。
この5人の死体がある筈だ。
「なんてねっ」
男はパァッと笑顔を見せる。
「大丈夫。俺たちもそんなに馬鹿じゃないよ」
そう言うと、その男は壁に空いた四角い穴を指差す。
「あれ、やったの君たち以外でしょ。それにしてもよく切り取られてるね」
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「知ってたのか?」
「何となくね。あと、ここにいた気配は6人だし、君が仲間と争う様な人じゃなさそうだし」
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「そんなに自分を卑下するなよ。言ったろ? 大丈夫だって。君も捕まえるし、そいつも捕まえる。それがジャスターズだ」
「やっぱりジャスターズだよな。お前」
「ナインハーズさん!」
背中の方から、声が聞こえる。
警察が駆けつけて来たのだろう。
「監視カメラは全てやられていました。それに、警報装置も。目撃者の証言によると、犯人は5人組だったそうです。それから——」
「ありがとう。もういいよ。後は俺がやっとく」
「失礼します」
警察らしき人物は、駆け足で去っていく。
「言わなくてよかったのか?」
「まあね。それに、折角なら自分で捕まえたいだろ? 君が」
そう言うと、男は名刺を差し出す。
「ナインハーズ・ライムネス?」
名刺にはそう書かれていた。
「ようこそクリミナルスクールへ。君は今から生まれ変わるんだ」
男の笑顔は、不思議と暖かかった。
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