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第三章 優しい悪夢
第三十九話 ワールドストーリー
しおりを挟むワールドストーリー。
それは、プリストのゲーム内にも存在するシナリオで、サービス開始から一年ほどが経ったときに公式から唐突に発表されたシナリオである。
その詳細はほとんど分かっていない。発表から一年以上経過した後でも、ワールドストーリーについては不明瞭な部分が多く、期間限定イベントや新エリアなどで片鱗が語られるだけだった。だからこそ批判も多く寄せられたが、情報が出回ってないからこそ考察サイトや二次創作ではワールドストーリーの「考察」が盛り上がりを見せた。
その中で多く語られたことは、主に三つ。
「黒の大地」がワールドストーリーに関連すること。
「黒の大地」に超低確率でランダム出現する骸虫「最上級」が鍵を握ること。
そして複数のイベントで言及された「エリカ」に関わるシナリオであること。
この三つだ。
正直、これらはファンによる考察の域を出るものではないし、ゲームのワールドストーリーがこちらの「生誕祭」と同じである保証もない以上、情報としては信頼性の乏しいものと言わざるをえない。
だが、現状ワールドストーリーの情報といえるものはこれらのゲームの情報だけだ。
この世界の文献なども調べてみた。だが、「生誕祭」に関わる記載はどこにも見当たらず、秋田大佐にそれとなく確認しても、目ぼしい反応は得られなかった。ワールドストーリーの存在そのものを把握していない様子だったな。転生者以外、知り得ない情報なのかもしれない。
「……」
俺はペンを置いて、コーヒーを口につける。
マホガニーの机の上に広げたノートには、数々の走り書きが刻まれている。お世辞にもあまり綺麗な文字ではないが、ワールドストーリーに関連すると思われるワードをびっしり書き込んでいた。
暇だから考察をまとめていたのだ。
昨日の通常エリアについての報告をまとめ、秋田大佐と情報共有をおこない、いまだ目を覚まさないシオンについての定期報告を終わらせると、完全に手持ち無沙汰となった。時刻はまだ20時になったばかり。寝るには早すぎるからな。
なんとなく右手の甲を見る。
相変わらず何も浮かんでいない。ノートには「刻印」「なぜ俺だけ?」「どうすれば浮かぶのか?」と検索ワードみたいな恨み言がつらつら書かれているのが見えた。インクの滲み方が強い。
我ながら気にしすぎだとは思うけど、なぜか俺だけだもんなあ……。秋田大佐にこのことを相談したら、「気合いが足らんのではないかぁ!」と豪快に笑いながら一蹴されたけど、気合いで出現するならスクワット1000回やれと言われても頑張るよ。
「……なんかハブられているみたいで嫌なんだよなあ」
もしかして、メンターと認識されていない……? いや、他の権能は問題なく使えているわけだし、間違いなくこの拠点の長ではあるから、それはさすがに考えきれないけど……。
なんかモヤモヤするんだよなあ。ワールドストーリーについて認識しているのは今のところ俺だけのようなのに、そのストーリーに関連するイベントに絡んでいないのだから、訳がわからない。
「……まじで何で転生させられたんだ俺」
俺はペンをとって、『エリカ』と書かれたところをトントンとつついた。『エリカ』の字が黒く滲む。多少の恨みがこもっているのは否めない。
エリカ。
俺を転生させたと思しき、女神だか妖精だかよくわからないやつ。プリストのゲームで語られていた「エリカ」と同一視できる存在なのかはわからない。
ゲームで語られる「エリカ」には諸説あるからだ。まだ登場していない「アンサス」という説、ゲームでも出てくる聖典に記載された「忘れられた神」の一人とする説、この世界の最後の骸虫とする説――。
その正体は杳と知れない。ゆえに、ワールドストーリーと「エリカ」の関連性も不明だ。
「……わからないことだらけだな」
情報が不鮮明すぎて、考察したのにかえって謎が深まった気がした。ストーリーに関する設定を深く説明しないことで有名なプリスト公式だが、そんな不親切なところまで何も似なくても良いのではないか……。もっとこう、転生者には優しくしてほしいものだ。
いつの間にかマグカップは空になっていた。
俺は立ち上がる。
コーヒーのおかわりを淹れようとしたのだが、その瞬間に机上の電話がやかましく騒ぎ出した。なんと間が悪い。
溜息をついて受話器をとる。
「はい、露木です」
『あー、夜分遅くにすまない。二階堂だ』
まさかの人物からだった。相手が二階堂大佐とは思ってなかったので、俺は一瞬固まってしまった。
『……どうした?』
「あ、いえ。すみません。……二階堂大佐、お久しぶりです」
『うむ。少し話したいことがあって連絡したんだ。今時間大丈夫か?』
「はい、構いませんが。……いったいどのようなご用件で?」
俺がそう尋ねると、二階堂大佐は咳払いをして、『実はな……』と意味深に前置きしてきた。
ごくり、とツバを飲む。
いったいなんだ……?
『先日、新しい猫族の子が拠点に配属されたんだ。虎柄の尻尾を持ったなんとも珍しい子でな。あまりにも可愛くて自慢したくなったんだよ』
「……」
無言で受話器を置こうとしたら、『わー! 待て待て! 待ってくれ!』と慌てた声がした。
『ほんの冗談だ! なんか緊張していたみたいだから、ほぐしてやろうと思ったんだよ!』
「……そうですか。お気遣いありがとうございます」
たしかに肩の力は抜けたけど。
なんというか、この人の印象がだんだん女傑からネタ枠にスライドし始めた気がする……。
ネタ枠、もとい二階堂大佐が咳払いした。
『さて、用件だが……。お前、今週の土曜日は空いているか?』
「土曜日ですか?」
俺は引き出しからメモ帳を取り出して確認する。この世界の曜日の概念は現実世界と同じだ。日曜に始まり土曜に終わる。
「……とくに予定もなさそうなので、空いていますね」
『そうか。なら、その日会えないか? ちょっと話したいことがあるんだ』
「もちろん大丈夫ですが……話したいことですか?」
電話では話せないことなのだろうか?
その疑念が伝わったのだろう。二階堂大佐は『会って話した方がいいことなんだ』と言い置いて、ゆっくりと息を吐いた。
少し間を開けて、彼女は言った。
『ワールドストーリーについてだ』
「え」
ワールドストーリー。
それが、二階堂大佐の口から出るとは露とも思っていなかったので、俺は唖然としてしまう。
『やはりな……。その反応、間違いなかったか』
「……どういうことですか?」
俺は尋ねずにはいられなかった。
尋ねずにいられるわけがない。二階堂大佐の口からワールドストーリーが出るということ。それはつまり、俺の考察が誤りでないのなら――。
誤りでないのなら、答えは一つしかない。
『……分かっているだろう?』
二階堂大佐の声は震えていた。
それはまるで懐かしい友人と再会したときのような、感激と郷愁が起こす震えにも似ていて。
気づくと受話器を握る俺の手も、小刻みに揺れていた。
『じっくり語り合おうじゃないか、同郷の士よ』
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