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第六章 消えぬ狂気
第八十五話 相性がいいよね
しおりを挟む「メンター、これ本部からの書類です。緊急の要件とそうじゃないものは分類しているので確認お願いします」
「あ、ああ……。ありがとうリンドウ。じゃあ、秋田大佐への報告案件が終わり次第確認するよ」
「あ、それボクがやっておきました。先日の出撃の討伐数と出現した敵のタイプについてですよね? それくらいならボクが纏めても問題なさそうでしたので」
「……え、まじか。助かるよ」
「はい。あと、それの確認が終わったらなんですが、このデータの記載方法について教えてください。お手すきのときでお願いします」
「わかった」
「あとこれルイボスティーです」
リンドウはティーカップを机に置いて頭を下げると、自席に戻った。ノートを取り出して何やらまとめ始めている。テキパキとした動きはいっそ惚れ惚れするほどに無駄がない。
「……」
……どうしよう。
リンドウが仕事できすぎて困る。
いや、仕事ができて困ることはないんだ。めちゃくちゃ助かっているし有り難いんだけど、予想の三倍くらいできるから困惑していた。なんでも努力する優等生タイプだとは思っていたけど……すごいな。
俺は軽く肩を動かして、ルイボスティーに口をつけた。めちゃくちゃ美味い。ちょうどよい温かさで、微かな酸味が書類仕事と格闘して疲れた身体に沁みる。
うまい。そして、まとめてくれていた書類に目を通したけど、わかりやすく案件の優先順位で並んでいるからめちゃくちゃ見やすい。
気遣いも完璧すぎる。
「……うーん」
俺は思わず苦笑してしまう。
まだ補佐官に着任して三日なのに、すでにこれだからな。教えたことをスポンジのごとくすぐに吸収してくれる。仕事を覚える速度が尋常じゃないよ。なんだこいつ、天才か? やばすぎないか?
はっきり言って椿よりも仕事ができる。今まで頑張ってくれたあいつには悪いけど……。
「……あの、ボクの仕事にどこか不手際がありましたか?」
ノートから顔を上げたリンドウが、不安そうに訊いてくる。俺のつぶやきが気にかかったのだろう。
「あ、すまん。不手際なんかないよ。逆に出来すぎていて感心していたくらいだ」
「そうですか……。良かったです」
「最近忙しくなってきていて、正直回らなくなっていたから本当に助かるよ。これならなんとかなりそうだ。……リンドウすごいな」
「……そ、そんなことないですよ。メンターがわかりやすく教えてくれたおかげです。教え方上手ですよね?」
「そうか……?」
「はい。仕事をすぐに覚えられたのもそのおかげです。まだまだなところもあるので、精進しないといけませんが」
俺は口元を手で覆った。
思わずニヤけそうになっていた。リンドウが謙遜してくれているのは分かっているけど、教え方が上手って言うのは嬉しいな……。ブラック企業でリーダーをしていたときは、部下たちに「何もしてくれない」だの「教え方が下手」だの散々陰口叩かれていたからなあ……。そのときにリンドウが部下にいたら良かったなあ……。
「……それに、なんというか。メンターとは仕事がすごくやりやすいです。なぜか分かりませんが、息が合う気がします」
「あ、たしかに。すごく息合うよな」
「はい。不思議なくらい、メンターならどうするかというのが分かるんですよね」
リンドウは嬉しそうにはにかむ。
眩しい……。あまりにも爽やかで光に溢れた表情をしていて、思わず俺も微笑んでしまった。
たしかにリンドウとは不思議なくらい息が合うんだよな。リンドウが言ってくれたことは俺も然りで、逆に俺もリンドウが考えそうなことはなんとなくわかる。
庭仕事を一緒にやっていたからっていうのもあるのかもしれないが、それだけではないと思う。なんというか……説明しづらいんだけど、たぶん性格的な相性がいいのだろう。
「ボクたちって、存外相性がいいのかもしれませんね。嬉しいです」
俺が考えていたことをリンドウが口にした。
「……そうだな」
「あ、認めてくれるんだ?」
「いや、まあ……」
しどろもどろな言い方になってしまったのは何故だろう。からかうような笑みを浮かべるリンドウから目をそらす。
……リンドウってこういうところあるよな。
普段は真面目なのに、ほんの少しからかい好きなところとか……涼花にそっくりだ。
「……でも」
リンドウが離席して、俺の側にやってきた。
「仕事を頑張れているのは、他にも理由があるかもしれません……」
「……なんだよ?」
「頑張っていれば、その……」
リンドウはさすがに恥ずかしくなったのか、やや俯き気味になって両手の指を合わせる。ほんの少し朱に染まった顔になり、伺うような視線を何度か送ってきた。
「たくさん、褒めてくれるかなって……。そう思ったんです」
「……」
こいつ……可愛いな。
俺は頬をかいた。
思い出したのは、涼花が中学生のときのことだ。猛勉強の末に学年末テストで学年一位になったあいつは、照れ隠しの笑みを浮かべながら俺に頭をさしだしてきた。「頑張ったんだから、ご褒美ほしいなあ」と言いながら。
本当にそっくりだ。
……困るよ。
困る。もう、涼花には会えないだろうって諦めかけていたんだ。そんなときに、こんな感慨を抱いてしまったら良くない。
でも……。
頑張ってるもんな。
リンドウは、たしかに誰よりも頑張っている。レベルだって訓練とレベリングのおかげで、(スノーを除いた)一人だけ七十を超えたからな……。
「……」
俺はリンドウの頭に手を置いた。
「……わふっ」
「ワンコみたいな声が出たな」
「う、うるさいです。いきなりされたから変な声が出ただけで」
「……あはは、からかおうとしてきたからお返しだよ」
「むぅ……。意地悪」
頬を膨らませながらも、頭を撫でられてリンドウは上機嫌に喉を鳴らす。
本当……。
本当に、見れば見るほどそっくりだよ。
「……涼花」
「え?」
「あ」
つい、呟いてしまった。
リンドウがきょとんとした表情で俺を見つめる。
「……いま、なんて?」
「あ、いや……」
俺は思わず言い淀んでしまった。
別にやましいことはないのだから、説明すればいいのに言葉が出てこない。戸惑いと焦り、そしてほんの少しの愛惜が、俺の口を麻痺させる。
リンドウが、口を開こうとしたときだった。
「…………お邪魔でしたかにゃあ?」
俺たちは飛び跳ねるほど驚いた。
いつの間にかジト目のリリーとネコヤナギが立っていたからだ。
「り、リリーとネコヤナギ……居たの?」
わたわたと慌てふためきながらリンドウが言った。
「うん、ちょっと前からいたにゃんね。なんかイチャイチャしてるから声かけるタイミング探っていたにゃん」
「……え、あ。い、イチャイチャなんかしてないよ!?」
「いや、あれでしてないって嘘すぎるにゃ。ワンコなんだろ、リンドウ?」
ニヤニヤと笑いながら指摘され、リンドウの顔が一気に赤く染まる。「わ、ワンコじゃない!」と必死に否定していたが、後の祭りだ。
「メンターちゃんもなかなか罪な男にゃあ。リリーちゃんとデートして一週間もせんのに、リンドウともいちゃつくんだからにゃあ」
「……いや、違う。そもそもお前と出かけたのはデートじゃないだろ?」
「えー、そうなの? あんなに腕組んで歩いたのにぃ」
リリーがそう言ったときだった。
「掃除」
ネコヤナギが冷たい声で言い放った。
「掃除終わったから報告に来たんだけど?」
「……あ、うん」
リンドウがびくっと肩を跳ねさせる。
赤縁の眼鏡からのぞくネコヤナギの目は、底冷えするほどに凍りついていて鋭かった。いつもの眠そうな感じはそこにはない。
室内の空気が、一気に重くなる。
「……ネ、ネコヤナギ」
「なに、イケメンター?」
「あ、いや……。違うからな? 別に変な意図はなくて」
「うん、分かっているよ~。イケメンターは頑張っている女の子の頭は挨拶代わりに撫でるのがくせになってるんだもんね~。知ってるよ~」
「……いや、だから」
「そんなことより報告ね~。トイレと礼拝堂の清掃は終わりました。礼拝堂は、スノーちゃんが暴れて壊したところの補修がけっこう大変だったね~。二時間もかけて、なるべくヒビが目立たないように、丁寧に丹念に、治しておいたよ」
ネコヤナギは俺の弁明を黙殺し、語気を強めて報告してきた。リンドウを睨み、俺を睨んで、ネコヤナギは深々と溜息をつく。
「……いま、あのお馬鹿さんがやらかして大変なときなのにさ~。ほんと、何やってんだよ」
「……」
「ま、いいけど~。それよりイケメンターさん、私も頑張ったんだけど」
ネコヤナギは、強い足取りで俺とリンドウの間に割ってはいると、有無を言わさず腕を掴んできた。
「イケメンターは、頑張った女の子の頭は撫でるんでしょ? なら、私も撫でないといけないよね~」
「……」
「撫でないと、いけないよね?」
「……わかったよ」
強引なネコヤナギの行動に、少し引きながら頭を撫でた。ネコヤナギの髪は少し手入れをサボっているせいか、俺の心理的な抵抗感か、ちょっとだけ硬く感じられた。
「……ありがとう~。気持ちいいなあ~」
俺は、息を呑んだ。
ネコヤナギの暗い目が、リンドウに向いていた。
まるで外敵を見るような眼差しで。
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