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第六章 消えぬ狂気
第八十七話 もっと頑張るね
しおりを挟むわかっている。
わかっているんだ。
私は、選ばれないんだって。
イケメンターの一番にはなれないんだって。
彼のこころは、スノーちゃんに向いているから。あの、目を奪われるくらいに綺麗で、とてつもなく強くて、厳しいようで誰よりも優しい女の子に。雪原で見る太陽のように輝かしくて美しい女の子に。
私が、彼女に勝てるわけがないんだ。
そのことに嫉妬を覚えないといえば嘘になる。嘘になるけどね、私は諦めていたんだ。彼女ならいいと思えた。彼女なら、スノーちゃんなら、いいって。
だって、あの子は私のことを蔑ろには絶対にしないってわかるから。あの子は、私の気持ちを無視しない。かならず、私の大好きな人の愛をわけてくれる。
私は一番じゃなくてもいいんだ。一番になることは無理だから、せめてそのぬくもりを分けてもらえるなら――。
そう思っていた。
そう思って、自分の気持ちに整理をつけようとしていた。
だからね。
だから、嫌なんだ。
私達のメンターを独り占めにしようって考えるやつなんか。
「……緊急出撃か」
ゲートの前に立ちながら俺はつぶやいた。
久しぶりに聞いた出撃のアラートは相変わらず心臓に悪かったが、俺も幾度となく場数を踏んだおかげか比較的に落ち着いていて受け止められていた。
「一月ぶりくらいですね」
新しくパーティーのリーダーになったリンドウの言葉に、俺はうなずく。
「……今回も何が起こるかわからないから気を引き締めてくれ。以前と違い全員格段にレベルは上がっているが、欠員も一名出ているからな。くれぐれも油断しないようにしろ。上級が出てきたときの対応はわかっているな?」
「はい、即時撤退ですね。ネコヤナギの武装解放で全員を守りつつ、スノーさんに殿を勤めてもらいます。……スノーさんにはご負担をかけることになりますが」
リンドウが遠慮がちに目線を送ると、スノーは肩を竦めてニヤリと笑う。
「あー、気にすんな。俺も決して無理しないように動くしよ。任せとけ」
「……ありがとうございます」
「そんな畏まるなよリーダー。……それによ、こっちにはネコスケの武装解放があるじゃねえか。その力があればかなりの間持ちこたえられるさ」
スノーはネコヤナギの肩を抱き寄せて言った。さわやかに笑いながら、ネコヤナギの頭をゴシゴシと撫で回す。
「頼りにしてるぜ、うちの守護神」
「……ああ、うん」
ネコヤナギからの反応は薄かった。
いつもなら、嫌そうな顔をしながらスノーに文句を言いそうなものなのに。感情の宿らない瞳を地面に向けて、スノーの方を見ようともしていない。
「……なんか元気ねえなおめえ」
「そう?」
「ああ、死にそうな魚みたいな目してるぜ? リリカスに食い物でも奪われたか?」
「そんなことしてないにゃんけど」
ネコヤナギの後ろに居たリリーが、ジト目を浮かべて否定する。
「……でも、たしかにネコヤナギ元気ないにゃんねえ。これはあれか、メンターのせいだにゃ」
「え、俺?」
おい、なんでそこで俺に振ったんだ。
リリーがニヤニヤと笑う。
「メンターちゃんが、執務室でリンドウといちゃついていたからにゃんねえ。……たぶんそのせいだにゃ」
「……は? どういうことだよ?」
スノーがジロリと睨んできた。
……このピンク猫、相変わらず嫌がらせするのが好きだな。掻き回すのはやめろって言ったはずなんだけどなあ。
「この前さ、ネコヤナギと掃除の報告に執務室へ行ったときなんだけどぉ。メンターがリンドウの頭を撫でながら笑い合っていたにゃんね。けっこういい雰囲気だったにゃんよ~」
「…………ほーん」
「……」
俺はスノーから目を逸らした。リンドウからの助け舟を期待したが、彼女は彼女で顔を真っ赤にして恥ずかしそうにしている。だめみたいだ。
「おめえ、やっぱり……」
絶対に的外れなことを考えているなスノー。
「違うから。……それよりほら、そろそろ行くぞ。さっきも言ったけど気を引き締めないと」
「あ、逃げた」
「逃げたにゃ」
「……」
スノーとリリーの追及を黙殺し、俺はゲートに手を触れる。その瞬間、茫漠とした光が急速に明るさを増して広がりはじめた。
「……ネコヤナギ、調子が悪いならくれぐれも無理しないでね?」
「……」
リンドウの伺うようなニュアンスを含んだ気遣いに、ネコヤナギは冷たい視線を送っていた。その目はさっきよりもはるかに鋭くて、厳しくて。
リンドウは気まずそうに笑っていた。
光が俺たちを包み込む。
ネコヤナギは、ぽつりと零した。
「……もっと頑張らないと」
エリア3ファーストステージ。
俺たちが緊急出撃で降りたった戦場は、俺たちがいつもレベリングに使っている馴染みのある場所だった。ここは経験値の高い敵を効率よく狩れる序盤から中盤にかけてのレベリングスポットで、ゲームでもよくプレイヤーたちから重宝されるステージでもある。
状態異常に耐性のない敵が多く、リリーのような状態異常スキルに特化したキャラクターがいると攻略が比較的簡単に進むのだ。この点はゲームと変わらなかったので、俺はその特性を最大限に利用させてもらっていた。
「……なかなか数が多いにゃんね」
リリーが「純潔の証」を倒した骸虫から引き抜いて、顔をしかめた。
リンドウがうなずく。
「いつもとはやっぱり様子が違うね。出てくる敵は今のところ同じだけど、リリーが言うとおり数が多い」
「アウトブレイクかにゃ? 前みたいに無限増殖だったら勘弁してほしいけど」
「……無限増殖ではないだろ。多いっつっても、前みたいに極端じゃねえ」
スノーがこちらを伺いながらそう言った。
「ああ、違うと思う。蟻の娘はそもそも数が多いが、出現数の上限は大きく超えているわけではないからな。……アウトブレイクの可能性が高い」
「……それなら良かったにゃ。キモいのが増えるのは嫌だけど、経験値の稼ぎ時っていい方向に解釈しとくにゃ!」
リリーは槍を振り回し、血を飛ばしながら笑った。
相変わらず調子のいいやつだ。
だが、まあリリーの言うとおりアウトブレイクは敵から得られる経験値も増加するし、そういう意味では美味しいといえば美味しいけどな。蟻の娘は、リリーの状態異常スキルが抜群に効きやすい敵ではあるし。
「メンターも言っていたけど、くれぐれも油断しないでね? そろそろボスエリアに入るころだしさ」
「わかってるにゃあよ。やばいの出てきたらすぐにトンズラこくから大丈夫にゃ。スノーちゃんを盾にしてね~」
「アホなこと言ってねえで集中しろ」
リリーたちの軽口を聞きながら、俺は隣に立っているネコヤナギを気にしていた。彼女は先ほどからほとんど口を開いていない。黙々と盾を構え、黙々とパーティーの防御に徹している。
たまに彼女の方から視線を感じることはある。どこか不安げな、それでいてなにかを期待するような、伺うような、そんな眼差しを。
「……ネコヤナギ」
俺が声をかけると、彼女の耳がぴくりと動いた。
彼女の憂いが何もわからないほど、俺は鈍くなんてない。あのとき、俺は涼花のことを思い出しながらリンドウの頭を撫でていた。そのときに抱いた感慨は、家族的な愛情を多分に含んだものとはいえ、恋愛的な思いではなかったとはいえ、特別な感情だったことは否めない。
想いがこもっていたんだ。
その状況を見たネコヤナギが、心中穏やかでいられるわけもないだろう。わざとやったわけではないにしろ、見られることを考慮せず軽はずみな行動をとってしまったのは、弁明しようもなく俺の失態だ。
俺は、もっとネコヤナギのことを考えなければならなかった。
もっともっと周りを見なくてはならなかった。
「その……。いつもありがとうな、俺たちのことを守ってくれて」
「……。……いきなりなにさ?」
「いや、お前にたくさん助けられているなって思ってさ。本当にありがとう」
俺はネコヤナギの頭に手を置いた。
彼女の尻尾が、ゆっくり立ち上がる。
「なにさ」
「あ、駄目だったかな?」
「…………ばーか」
ネコヤナギは目を伏せて、
「……嬉しくなんかないもん。いきなりそんなことしたってさ。……別に頑張ってないし」
「そんなことないよ。俺たちのことをたくさん守ってくれているし、掃除だって最近よくやってくれているじゃないか」
「……」
「助かってる。ありがとうな」
「……ふん」
ネコヤナギは、拗ねたように口を尖らせた。
「リンドウほどじゃないもん。ネコヤナギさんは、あんなコツコツは頑張れないし……書類仕事なんか、補佐なんかできないですし……」
「……ネコヤナギ」
「だから、もっと頑張らないといけないんです、私は」
ネコヤナギは頭を振って、俺の手を退かした。
俯き気味な表情は少し赤くなっていて。
嬉しそうで恨めしそうな、そんな顔だった。
「……この女たらし。本当に、なんなんだよ。なんでそんなに手慣れてるんだ」
「……いや、そんなことないよ」
「あるよ。なんでそんなに女の子が欲しい言葉を、欲しいタイミングで寄越してくるんだ。……そんなんだから、私は……」
ネコヤナギはきゅっと口を引き結んで、言葉を飲み込んだようだった。声の代わりに吐き出された息は、重く切ない。
「……ねえ、イケメンター」
「なんだ?」
「もっと頑張れば、もっと見てくれる? もっと頭を撫でてくれるの……?」
俺は答えに窮した。
ネコヤナギの潤んだ瞳のその先に、暗いなにかが視えた気がして。
「おい」
答えあぐねていると、スノーに声をかけられた。
「……色々話すことはあるだろうがその辺にしとけ。次はエリアボスだ。二人ともそろそろ集中しろ」
「……あ、ああ。すまん」
俺は頭を下げて、気づかれないように小さく息をこぼした。
なにをそんなに安堵しているんだ。
「……もっと頑張ればいいんだよね」
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