年下王子の猛愛は、魔力なしの私しか受け止められないみたいです

卯月ミント

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*WEB連載版

第60話 決別

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 ドアを開けた途端にダドリー様の姿が目に入ったらしく、イリーナはふんっと顔を背けた。

「あら、ダドリー様、ごきげんよう。浮気男がこんなところまでわざわざいらっしゃるなんて何の用かしら。ああ、アデライザお姉さまに会いにいらしたのね。さすがは浮気男ですわねぇ。でもごめあそばせ、アデライザお姉さまは今、わたしとお話し中なのですわ。あとにしてくださいます?」

 なんて嫌味たっぷりに一気に言う。ダドリー様の顔が引きつった。

「イリーナ、あのな……」

「お姉さまぁ!」

 イリーナが私の方へ駆け寄ってきた。そしてぎゅうっと抱きついてくる。

「お姉さま! お姉さま! 聞いて下さいな!」

「どうしたの? イリーナ」

「わたくしに赤ちゃんができたってルベルド様が……」

 ルベルド様が作った魔力検査薬の結果が出たのね。そして、やっぱり……。

「父親は誰なの?」

「ダドリー様だって」

「ふん、その話か。いつまでもそんな嘘で人の心を引きつけられると思わないことだな!」

「ダドリー様は黙っててくださいます?」

 イリーナは冷たい視線をダドリー様に向けると、ソファーの横にドカッと座って私にしがみつき、嘘泣きを始めたのだった。

「えーん、お姉さまぁ~。わたくしこんな浮気男の子供なんて産みたくないですぅ」

「イリーナ……」

「だからルベルド様にね、堕胎薬を作ってくれって言ってほしいんですぅ」

「……は?」

 え、いまこの子、なんて……?

「なにが堕胎薬だ! 嘘に嘘を重ねてなにがしたいんだ、イリーナ!」

「すみませんダドリー様。少し黙っていてくださいませ」

 ダドリー様にぴしゃりといってから、私はイリーナを引きはがそうとした。だけど、イリーナは必死になって離れようとしない。

「イリーナ。どういうこと? 堕胎薬って、あなた自分の言っていることがわかっているの?」

「もちろんですわよぉ。ルベルド殿下がね、もし堕胎薬を作ってもらいたいんならアデライザお姉さまの許可が必要だっていうんですの。だから」

 イリーナはそこで言葉を切った。そして涙をぬぐいながら続ける。

「お義兄さまったら酷いんですのよ。妊娠したのは避妊薬を飲まなかったお前の責任だから、ちゃんとダドリー様との子供を産んで育てろって。でもアデライザお姉さまがいうんなら、仕方ないから作るって。わたくしのことお嫌いだからってこんなイジメをしていいわけありませんわよね! えーん~」

 イリーナはこれみよがしに声をあげて泣く。

「だっ、だからねっ、お姉さま。お姉さまからルベルド殿下に言って欲しいんですの。堕胎薬を作れって」

 ……これは、なに?

「イリーナ、あなた自分が何をいっているのかわかってるの!?」

「わかっておりますわ、お姉さま。ねぇ、アデライザお姉さま。お願いですの、このとおり、お願いします。どうか、堕胎薬をくださいませ。お願いいたしまぁす!」

 そう言って涙に潤んだ愛らしい青い瞳で私を見上げるイリーナ。

「お姉さま、お願~い!」

 私は呆然とした。吐き気がしてくる。

 私にしがみついているのは、なんなの? この人間の皮を被った、得体の知れない生き物は、なに?

 ……ううん、現実逃避はよそう。
 この子はこの世でたった一人の、私の可愛い妹だ。

 この子が妊娠をまるで自分の我が儘を押し通すためのカードくらいにしか考えてないってことくらい、私はもう知っているじゃないか。私はその被害者なのだから。

 ああ……。

 ずっと、両親が悪いのだと思っていた。私に魔力がないばっかりに、イリーナを天才と持てはやして我が儘放題に育ててしまった両親が。魔力がない私と同じように、魔力のあるイリーナだって両親の被害者なんだと思っていた……。

 私は10代前半で家を出て全寮制の学園に通った。だから一人残されたイリーナに両親からの歪んだ愛情を全部押しつけてしまった……そんな引け目も確かにあった。

 でも、違った。

 この子が、こんなにも醜悪に育ってしまったのは、両親だけの責任じゃないんだ。

 私だってそれに荷担した……。本当は、私が言わなければならなかったのに。
 オレリー家のなかで誰も指摘できなかったことを、私だけが唯一、言えたはずだったのに。

 この赤月館でもそのチャンスは何度もあった。でも私は、そのつどそのつど、妹のすることだから……と頭を下げて、ルベルド殿下やロゼッタさんに……私は許しを請うて……。

「お姉さま、お姉さまぁ」

 イリーナが私を呼ぶ。
 私は力づくで彼女を引き離すと――

「うるさいのよ」

 思いっきりイリーナの頬を叩いた。

「ピーピーピーピー、あなたは鼓笛隊の笛吹き童子ですか。みっともないったらないわね」

「お姉さま……?」

「お姉さま? なに寝ぼけたこといってるの? 私はもうあなたの姉なんかじゃないわ」

「え……」

「オレリー家との縁は金輪際切ります。あなたなんか妹じゃない。二度と私の前に現れないで」

「そんな……。じゃあ堕胎薬はどうなるというのですか」

 私はソファーから立ち上がる。こんなところ、もういられない。気持ち悪い。空気が淀んでるわ。

「自分で頼みなさい。……もう関わらないで」

 もっと早くこうするべきだった。本当に大事にするべき存在が、もう私にはいるのに。
 なんで私は妹を……赤月館に押しかけてきたイリーナなんかに甘い顔をしてしまったのだろう。

「……酷いわ、お姉さま。お姉さまっていっつもこうですわよね!」

 私を見上げてイリーナが叫んだ。

「最後にはこうやってわたくしのこと見下すんですわ。それで自分だけは逃げて、捨てられたわたくしは惨めな気持ちで生きるのよ!」

「……イリーナ。私ね、あなたのこと好きだったわ。たった一人の大切な妹ですもの」

「じゃあ、やっぱりルベルド殿下に堕胎薬をお願いして下さるのね!」

「大好きだった。でも、ごめんね。もう付き合いきれないわ」

「お姉さま……」

「さよなら、イリーナ」

「ずるい! ズルいですのよお姉さま! どうせ王子様のところにいっていい子いい子してもらうんでしょ? そんな人がいないわたくしに見せつけるために、わざわざそんなことをするんでしょ!? ずるいですわよ! なんでお姉さまには王子様がいるのにわたくしにはいないんですの? お姉さまばっかりずるいですわよ! ずるい、ずるいー!」

 子供のようにわめき続けるイリーナを無視し、私は低い声でダドリー様に告げた。

「ダドリー様、すみません。気分が優れなくて。私は部屋に帰らせてもらいます」

「え? あ、ああ……」

 戸惑うダドリー様を背に、私は応接室のドアを開け――
 そこにはルベルド殿下がいた。

「ルベルド……」

「器具の片付けが終わって来てみれば……、ちょっと出遅れた感があるな」

 彼は紅い瞳で苦笑した。

「あとは俺が引き受けた。あんたは部屋で休んでろよ。……顔色がかなり悪い」

「ありがとうございます、殿下……」

「いや、礼を言うのは俺の方だよ」

「え?」

「ありがとう、アデライザ。お疲れさま」

 ちゅっ、という軽いキスが額に落とされて。

「いまは部屋に行って休みな」

 と、優しく促されて。

「はい、では失礼します……」

 私は淑女の礼カーテシ-をするのも忘れ、そそくさとその場を離れたのであった。






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