月に落ちていくように

月日

文字の大きさ
3 / 22

雷鳴の中で

しおりを挟む
先ほどまで雲一つない空に、黒く重そうな雲が覆い、ポツリと雫を一つ落とした。
それがはじまりで、ザーッと雨が降り出し、ゴロゴロと空がご機嫌斜めになった。
その怒りの矛先は、天空から大地へと光として向かう。

セレネディア王国の王都から少し外れ、緑の溢れる森の人気のない馬車道に、青年二人が雨に打たれながら急ぎ足で歩いていた。

「いきなりでしたね」

フードの奥で優男風の顔を覗かせているユアンが、少し前を同じように歩くナトラージャに話し掛けた。

「ああ」

淡々と返事をしたナトラージャは、顔にぶつかってくる雨を鬱陶しそうに睨んだ。
特殊な蝋で布を加工して水を弾くようにしているローブだが、靴はもうぐしょぐしょに濡れている。
あと少しで家だ。はやく暖炉の前で温まりたい。そう思うほどに、外は雨と共に寒く酷い。

自然と更に早足になる。
見慣れた道をずんずんと進んでいたが、いつもと違うものが道にあることにナトラージャは気づいた。

「あれは……」

雨音と雷鳴の中でもぽつりと呟かれた声を拾ったユアンが、ナトラージャの視線の先を辿る。
二人が向かっている先に、白い何かが落ちていた。しかも、紙屑のような大きさではなくそれなりに大きい。
ユアンは目を凝らす。木々の影の所為ですぐにはわからなかったが、白いそれの正体がわかり、ユアンはへらへらしていた顔に緊張が走った。

「ナトラージャ様! 人です!」

硬質な声が上がるよりも早く、道に倒れているものを“人”として認識したナトラージャは走り出していた。

ぬかるんだ道を蹴るため、土の混じった水が飛ぶ。それを気にせず、ナトラージャは急ぐ。
近づくにつれ、雨に打たれながら丸まるように倒れている人物の姿がはっきりしてくる。

子供だ。
倒れている人物の大きさや身体のつくりからして、ナトラージャにはそれ以外は考えられなかった。

「黒髪?」

子供の元に辿り着き、ナトラージャは目を瞠った。
暗がりにいる所為でそう見えていると思っていた髪が黒く、ナトラージャは驚いた。

月の女神を支える夜の色。その高貴な色とされる黒を髪に宿す者は、この大陸には居ない。

だが、驚いている場合ではない。ナトラージャは、服が泥で汚れるのも構わず両膝を着いた。

「おい」

声を掛けるが、反応は無い。
ナトラージャは、白い子供の頬に触れた。
氷のように冷たかった。

だが子供は、はあはあと苦しそうに息を荒げている。
雨が降り出す前から、倒れていたのかもしれない。
顔からすれば成人に近い少年だが、雨で濡れ張り付いた服でやけに線が細いことがわかる。
いまだ振り続ける雨に打たれてしまっては、命の危険すら覚えた。

素早く少年を顔だけ出すように自身の着ているローブの中にすっぽりと入れ、少年を抱え立つ。
やけに軽い少年に、ナトラージャは眉間を寄せた。

「ナトラージャ様!」

やっとたどり着いたユアンの声に、ナトラージャは前を見据えたまま頷く。

「先に行く」
「はい!」

自身が足でまといだと悟ったユアンは、力強く返事をした。

だが、その頃には、ナトラージャは疾風のごとく走り出していた。





あと少しの道のりだったこともあり、ナトラージャはすぐに自宅に着いた。

ナトラージャは、ずかずかとそれほど広くないリビングを斜めに歩き暖炉の前に向かう。
少年を暖炉の前に降ろし、無造作に置かれていた布で濡れている手を拭く。
帰ってきてからすぐ、暖炉を使えるように準備してあった事が幸いした。
暖炉に、燐寸を使いすばやく火を付けた。

薄暗かったリビングが、暖炉から明るく照らされる。
ローブを床に脱ぎ捨て、ナトラージャはリビングに面している客室へ入る。
ベッドの上に置かれたマットレスごと軽々と持ち上げ、少年の元へ戻った。

マットレスを床に置き、少年の元で膝を着く。
そして、少年のぐっしょりと雨で濡れた服を見て目を細める。

「何故、こんな夜着を着てあんな所に……」

低く凍るような声が、居間に響いた。

この家の玄関のドアが、勢い良く開く。

「ただ今戻りました」

息を上げながら、ユアンが家へ入ってくる。
走った所為で息を上げているだけに他者からは見えるが、ユアンは内心慌てていた。

「慌てるな。……それより、見てみろ」

ユアンの内心を見ぬき、喝を静かに入れたナトラージャは少年を顎で示す。

命令に深呼吸を一つしたユアンは、まず少年の黒髪を見て目を見開いた。
あの時、少年が倒れていた場所は影になっていたし、少年を見る前にナトラージャが抱き上げ居たこともあり見えなかったのだ。
だが、驚きは少年の身に纏うものをみて怒りに変わった。

「何故、夜伽用の夜着を?」

そう。少年が着ている服―――脱がせやすい作りのそれは、間違いなく夜伽用の夜着だ。

ユアンの表情が厳しくなったのを目の端で見ながら、ナトラージャは夜伽用の夜着に手を掛ける。
やはりそれは、脱がしやすかった。
濡れてしまっている下穿きと変わった下着は、布の質も作りも良い。
それらを脱がせば、白い肌と予想通りの華奢な身体が露わになった。

ナトラージャとユアンは、少年のどこかに傷を負っていないか調べはじめる。
もう少し調べた方が良いと思ったからだ。
抱き上げる前に目視したが、倒れた原因が何かあるかもしれない。

「こいつが、成人した男に見えるか?」
「どうみても、成人前の少年ですよ」
「この国は、成人に満たない少年も夜伽の相手にできるようになったのか?」
「いいえ。そこまで荒れては―――」

ナトラージャの質問に答えながら少年の左足首あたりを調べていたユアンは、踝の上にあるものを発見して言葉を飲んだ。

「ナトラージャ様……」

呼び掛けられ、少年の頭を見ていたナトラージャが振り返る。

ユアンは目を吊り上げて、少年の足首を見詰めていた。

「どうした?」

聞いたものの、返事をせずに静かに怒るユアンに、ナトラージャは驚いた。
いつもはへらへらと笑っているユアンをそれほど怒らせるとは―――。
言葉も出ないほど憤怒しているらしい。
ユアンが何に怒っているのか、その視線の先を見ようと立ち上がる。
そして見えた少年の右足首を見て、ナトラージャはこれ以上ないほどの怒りに目の前が染まった。

「やはり。傷つけられていたか……」

治りかけだと思われる、少年の右足首―――踝の上に大きな丸い殴られたような黒ずんだ痕が、痛々しくある。

「殴った痕でしょう。この少年、身体的に弱そうですし、ここだけ殴られただけでもきっと怯えたはずです」
「黒髪にこの細さ……珍しい物好きで、稚児趣味のある貴族がやったんだろう」
「ええ」
「貴族なら、この少年ぐらいなら攫えるな。――――この細さだ。目を付けられたんだろう。 攫われて囲われたが、何とか逃げてきた。という所か……」
「可哀想に……さぞ、怖かったでしょう」

怒りに無表情になったナトラージャの見当に、ユアンは自分の事のように顔を歪めた。
しかも、高貴な黒を髪に宿す少年だ。
精霊王と同時に月の女神を崇拝するユアンにとって、その犯人がしたことは許せるものではなかった。

その心情を悟ったナトラージャだが、今は少年の事だ。

「ユアン。この少年の介抱が先だ」
「はい」

ナトラージャの言葉に、冷静になったユアンは使命感を持って頷いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」 不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。 待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。 しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。 「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」 記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。

拝啓、目が覚めたらBLゲームの主人公だった件

碧月 晶
BL
さっきまでコンビニに向かっていたはずだったのに、何故か目が覚めたら病院にいた『俺』。 状況が分からず戸惑う『俺』は窓に映った自分の顔を見て驚いた。 「これ…俺、なのか?」 何故ならそこには、恐ろしく整った顔立ちの男が映っていたのだから。 《これは、現代魔法社会系BLゲームの主人公『石留 椿【いしどめ つばき】(16)』に転生しちゃった元平凡男子(享年18)が攻略対象たちと出会い、様々なイベントを経て『運命の相手』を見つけるまでの物語である──。》 ──────────── ~お知らせ~ ※第3話を少し修正しました。 ※第5話を少し修正しました。 ※第6話を少し修正しました。 ※第11話を少し修正しました。 ※第19話を少し修正しました。 ※第22話を少し修正しました。 ※第24話を少し修正しました。 ※第25話を少し修正しました。 ※第26話を少し修正しました。 ※第31話を少し修正しました。 ※第32話を少し修正しました。 ──────────── ※感想(一言だけでも構いません!)、いいね、お気に入り、近況ボードへのコメント、大歓迎です!! ※表紙絵は作者が生成AIで試しに作ってみたものです。

劣等アルファは最強王子から逃げられない

BL
リュシアン・ティレルはアルファだが、オメガのフェロモンに気持ち悪くなる欠陥品のアルファ。そのことを周囲に隠しながら生活しているため、異母弟のオメガであるライモントに手ひどい態度をとってしまい、世間からの評判は悪い。 ある日、気分の悪さに逃げ込んだ先で、ひとりの王子につかまる・・・という話です。

強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない

砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。 自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。 ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。 とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。 恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。 ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。 落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!? 最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。 12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生

余命半年の俺を、手酷く振ったはずの元カレ二人が手を組んで逃がしてくれません

ユッキー
BL
半年以内に俺は一人寂しく死ぬ。そんな未来を視た。きっと誰も悲しむ人は居ないだろう。そう思っていたから何も怖くなかった。なのにそんな俺の元に過去手酷く振り、今では世界的スターとなった元カレ二人がやってきた。彼らは全てを知っていた。俺がどうして彼らを振ったのか、そして俺の余命も。 全てを諦めた主人公と、主人公を諦めきれないイケメンサッカー選手とシンガーソングライターの再会が導く未来は?

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

落としたのは化粧じゃなく、みんなの心でした

444
BL
『醜い顔…汚らしい』 幼い頃、実母が病気によって早くに亡くなった数年後に新しい義母からそう言われたシリルは、その言葉が耳に残って16歳となった今も引きずっていた。 だが、義母のその言葉は真っ赤な嘘でシリルはとても美しかった。ただ前妻の息子であるシリルに嫉妬した結果こぼした八つ当たりの言葉であったのをシリルは知らずに、義母のいう醜い顔を隠すために化粧をする。 その結果、彼は化粧によって本当に醜い顔になってしまった。そんな彼が虐げられながらも徐々に周囲を絆す話 暴力表現があるところには※をつけております

処理中です...