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「泥棒っ!誰かあいつを捕まえておくれ!!」

 昼前のごった返す市場の、どこかで聞こえる叫び声。
 荷車の上の水桶に挿した花々商品の手入れをしていたルーシーは、咄嗟にその声のする方へと視線を向けた。そして地面に突っ伏したまま起き上がれずにいる商売仲間の姿を確認すると、急いでその側へと駆け寄るのだった。

「シイラ婆ちゃん!大丈夫?!」
「ああ、ルーシーちゃん!やられちまったよ!そこに置いてた今日の売上を取られちまったんだよ!」

 追いかけようとしたら突き飛ばされてこのザマさ。と、ルーシーに引っ張り挙げられながら心底悔しそうな声を上げるシイラに、ルーシーは続けて問いかけをする。

「どんなやつが犯人だったかわかる?!」
「あぁ忘れるもんかい!黄色い髪で、茶渋色の服を着てる男だったよ!」 
「ようしわかった。見つけてくる!後は私に任せておいて!」
「ええっ?!そんな、危ないよ!ルーシーちゃんは若い女の子なんだから!」
「大丈夫っ!足には自信があるからさっ。すぐ泥棒に追いついてみせるからね!」
 
 周囲の仲間にシイラを預けると、その制止を振り切ってルーシーはスカートを翻し、犯人が向かったとされる方向へと再び走り出した。
 日々の大事な稼ぎに手を出すばかりか暴力まで振るうだなんて、なんと卑劣な奴だろう。汗水垂らして漸く手に入れた、労働の対価を目の前で奪われてしまった老人の絶望を想像すれば、憤る気持ちに拍車がかかる。

(とっ捕まえたら憲兵に突き出す前に、まずはボッコボコのメッタメタにしてやるんだから!)

 駆け出す度にルーシーの中の、不正を許さない熱い正義の炎がメラメラと燃え上がる。

 黄色の髪の茶色い服を着た男……金髪の男……。辺りをキョロキョロ見回していると前方にいた一人の男が目に入る。
 背が高く、なぜだか一際目立つその男は、しきりに周囲の人目を気にするような不審な動きを見せている。そのくせ時折獲物を物色するかのように、あちこちの店先に並べられた商品を興味深そうな仕草で足を止めては眺めている。
 深々と被った帽子から、ちらりと見える髪の色は犯人と同じ黄金色。
 
 ――きっとあいつだ。間違いない!
 確信したルーシーは大きく息を吸い込むと、出来る限りの大声を張り上げた。
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