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そしてハッピーエンド

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いつものホテルのいつもの部屋に入ると、そうっと唇を合わせる私達。

何度もキスをしているはずだし、なんならもっとすごいこともしちゃっている筈なのに、なんだか今日はいつもと違って、神山透にほんの少し触れられただけで、嬉しいやら恥ずかしいやらで、胸の鼓動は痛いくらいに波打っちゃうし、頭はグラグラ沸騰しそうになってしまう。

「山本さん、好き。大好き。ずっと好きって言いたかった」

そんな私に気がついているのか定かではないが、いつもにも増して甘やかな声で囁くイケメンは耳たぶを口に含み、はむりと優しく噛んでくる。そして自分の痕跡を残そうと独占欲も丸出しに、首筋や胸元に舌を這わせながら吸いついてきたりするものだから、その度に泣きそうなくらいに胸がきゅうんと締め付けられて、自己最速記録を更新する勢いで体の奥がグズグズに蕩けてきてしまう。

「か、かみやまさぁん、私、もう気持ちよすぎて、待てない……です」

早く中に欲しいとおねだりしてしまうと、神山透はくすりと優しく笑って唇にそっとキスを落とし。

「じゃあ山本さんのお願いを、叶えてあげないといけませんよね」

前戯も程々に私をベッドに組み敷くと、脚の間に体を割り込ませてすっかり蕩けきった私の中へと入ってくるのだった。

神山透のゆっくりと馴染ませるような、焦らすような動きは、徐々に激しく性急にと変化する。そしてグイグイ奥へ奥へと突かれる度に「あっんんっ」と、私も思わず言葉にならない甲高い声が出てしまう。

ふと見上げてみると、額に汗を浮かべた神山透も、いつもより余裕が無さそうな切ない表情。

私が神山透をこんな表情にさせている!
胸が鷲掴みにされたように、甘い衝撃が体を駆け巡る。

「……神山さん、私でもっと気持ちよくなって?一緒に気持ちよくなって?」

思わず首に腕を回してそう囁くと、ますます抽挿は荒々しくなり、私もあんあん言うばかりで、いよいよ何も考えられなくなってきてしまう。
そしてそのまま今まで感じたことのない、とんでもない絶頂感を味わされることになるのだった。

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「……なんか今日は、今まで生きてきた中で、一番すごい体験をしちゃった気がします」

その後、神山透に背後から抱きしめられながら、ポツリとそんなことを口にしてしまうと、神山透はちょっと驚いた様に目を丸くして「それはよかった」と、私の肩にキスをした。

「僕も今日が今まで一番幸せで、気持ち良すぎてどうにかなっちゃいそうでしたから」

そして今まで見てきた笑顔の中でもとびきり嬉しそうに、そしてどこかで照れくさそうに笑うのだった。


啄むようなキスを交わしながら見つめ合うと、満たされた気持ちで一杯になるが、その一方では心の片隅でずっと引掛っていた懸念事項が今になってひょっこりと顔を出してくる。

「今更ですけど私とお付き合いして、本当に大丈夫ですか?自分で言うのもなんですけど、私、地味だしこれと言った個性もないから、付き合っていて楽しいかどうかわかりませんよ?」

所詮地味子の私である。こんな展開慣れていない。身体から始まった関係というのは脆いもので、いざ付き合うとなった途端に、飽きられてしまうのではないか。そういえば、何かの漫画でもそんなシーンがあったような気もするし。
「幸せすぎると怖くなる」ってこういうことか。急に湧き出た悲しい末路を想像すると、胸の奥がざわついて居ても立っても居られない。
思わずポロリと不安のようなものを吐いてしまうと、神山透はぎゅうと腕に力を入れて、こう言うのだった。

「何言ってるんですか。僕がどれほど山本さんから好きと言って欲しかったことか!僕なんて、うっかり何度もプロポーズまがいのことを口にしちゃうくらい、山本さんのことが大好きなんですからね」

少し拗ねたように口を尖らせたイケメンから発せられたのは、突然すぎる衝撃の告白。

えぇ?プロポーズ??
全く記憶にないのだけれど、そんなのいつされてたの???

悲劇的展望に浸る間もない、まさかまさかの急展開。
軽く混乱しながらも、神山透の話に耳を傾ける。

「山本さんは優しくて可愛くて、話をしていてとっても面白くて、僕なんてもう、好きすぎて仕方なかったんですから」

目を丸くした私に気を取り直した様子の神山透は、私の髪を手で梳きながら、蜂蜜みたいに蕩けるような声で囁いてくる。

緑の多い住宅地で一緒に暮らそう。
子供はできれば2人か3人。
山本さん似の足が甲高幅広の子と僕に似た甲薄幅狭の子。
仲良し家族みんな揃って、休日は噴水のある公園に遊びに行ったりしよう。

「……ね?僕なんて、山本さんとのこんな将来まで想像しちゃってるんですから。だから僕の「好き」を見くびらないでくださいよ?」

……神山透との、何気ない会話を思い出す。
そう言われてみれば何かの拍子に、そんな感じの神山透の将来の話を聞いたような気もしなくもない。
まさかあれは、私との未来の話だったとは。

神山透が語る将来設計はかなり具体的で、ずっと先のことまで見据えている。
そんな話を聞いてしまうと急に何だか照れくさくなるやら、一人勝手に悲劇のヒロインぶっていたことが恥ずかしくなってくる。

「そ、そうなんですか?まさかそこまで思って頂けてるとは知らなくて……」

神山透の甘い甘い表情も相まって、私は思わず顔を赤らめてしまうのだった。

ーーー

幸せな気持ちになる一方で、給湯室で飲みに誘われたあの日から今日までのことを振り返ってみると、やはり要所要所で紺野洋子の存在が大きな意味をなしていたことに気がしてくる。

散々な目にはあったけれど、紺野洋子にはある意味では感謝しなければいけないのかもしれない。

思わずそんなことを呟くと、神山透はものすごく嫌そうな顔をして「なんでですか?」と言うものだから、慌てて「神山さんにとっては思い出したくない出来事なのに、そんな事を言って申しわけない」と取り急ぎ謝ってみる私である。

けれど、紺野洋子があの日、神山透を泥酔させてホテルにつれこまなければ。あの時彼女が給湯室で下世話な噂話をしていなければ。
「たられば」の話にはなってしまうが、彼女がああいった行動を起こさなければ、私と神山透がこんな関係になることも、恐らくなかったはずなのである。
そう説明すれば、イケメンはいよいよムスっとした顔をする。

「でも今回のことがなかったとしても、僕はそのうちきっと、山本さんのことを好きになったんだと思いますよ」
「でも……」

私の声を遮るように、神山透は「まあ確かに、紺野さんのおかげと言えばおかげかもしれませんけどね」と言いながらも、話を続ける。

「今まで個人的に話をすることが無かったから好きにならなかった、って話なだけじゃないですか。僕は山本さんとちょっと会話を始めたら、すぐに恋に落ちちゃった自信がありますよ」

それくらいあっと言う間に好きになったんですから。あの、初めて二人で行った居酒屋でお喋りしていた時からもうずっと、山本さんと距離を詰めたくて仕方なかったんですから。

そんなことを言いながら、神山透は私の頭や耳にキスの雨を振らせてくる。

そんな、胸をくすぐる優しいキスを受けながら、

こちら地味子と今まで個人的に話をすることなど一度もなかったのだから、何事もなければこれまで通り、会話することはおろか、親しくなることはなかったのでは?

と、現実的なことを考えながらも、神山透のその無自覚な甘い台詞がやっぱり嬉しくて、胸がきゅんきゅんしてしまう。
そして、そんな神山透のときめく言葉のお返しがしてあげたくなって、私は後ろを振り返って彼の首に腕を回すと、チュパッと軽くキスをするのだった。

ジワジワと幸福感が胸に押し寄せてくる。
神山透を見つめて、「神山さん大好き」と囁いてみると、もう一度唇を合わせて舌を絡ませ、深く深くキスをする。
そしてそれが2回戦目の合図となる、明日も会社だと言うのにお熱い私達なのであった。

ーーー

その後の話を少しするなら、翌週の会社では、小西さんの言っていた通り、人の噂もなんとやらで、すっかりあのゴシップは鎮火を迎えていたのだった。そんな中で1つ変わったことと言えば、神山透が外見で人を選ばない真のイケメンであると言う新たな称号を得たというところだろうか。

しかしながらそのお相手の私からすれば、「確かに私は顔で選ばれてはいないようだが、その称号ってどういう意味?」と、まあまあ納得がいっていない。
そんな私の抗議を受ける神山透と言えば、「山本さんの魅力を僕だけが知っているだなんて最高ですよね!!」と相変わらず何故か想像の斜め上の回答をしてくるので、話にならんと私を呆れさせるのであった。

そして神山透からは、お付き合いをしているのだから一緒に暮らすべきだと、謎の理論で同棲を持ちかけられている。
けれど私もあの8畳のワンルームにまあまあ思い入れはあるし、何より神山透は叔父さんの留守番係であるのだから一緒に住むのは無理である、と断り続けている状況であった。

……と、思っていたら、どうしても一緒に暮らしたいと言う神山透から、あの部屋は実は叔父さんの所有物ではなく、神山透本人のものであることをつい最近告白されたのだった。

え!あの広さの部屋を?買っちゃってたの?神山透が?その若さで??

えー?どういうこと?だったらなんで叔父さんの、なんて嘘をついてたの?
嘘をつく意味が全くわからずとりあえずその詳細を聞いてみると、「株を少々嗜んでいて、とあるベンチャー企業の理念に感激して、応援の意味である程度まとまった額を投資したらそれが大化けしたので、とりあえずマンションを買ってみた」とのことだった。

「なんで叔父さんの家だなんて嘘をついたんですか?」
「だって……山本さんのことだから、なんだコイツってドン引きするかと思って……」

まあ、確かに今話を聞いて「なんだコイツ??」と思ってしまったので、その推測は間違っていない。
けどねぇ君、嘘はいかんよ嘘は。

そう窘めてやると、「もう嘘はつきませんし、嘘ついていることは、もうありません」としょんぼりしながら懺悔するものの、「と、言うことで僕の部屋だってことがわかったことですから、一緒に住みませんか?」と懲りずにイケメンは再び誘ってくる。

けれど、さすがにそこまでの気持ちにはまだなれなくて、回答はやっぱり保留にしているのだった。

そして……最後に紺野洋子。

あれからしばらくして、謎のベールに包まれていた噂の新部署設立に伴う会社組織改編のサプライズ人事とやらがついに発表となった。
そして彼女はその新しく出来た営業部署への転属となり、物理的に神山透と離れることになったのだった。
外見を磨く事ばかりに余念がなくて、実務スキルは空っぽなのかと思いきや、ああ見えて中々の事務処理スキルがあったらしい。
新部署にはあちこちからそこそこ優秀な人材がピックアップされて集まって来ているともっぱらな噂なのであった。

「新しい部署では覚える仕事も沢山あるでしょうから、しばらくは恋愛なんかにかまっている時間は無さそうですね」

バタバタと新部署設立への最終調整を進めながらも神山透にそんな話をしてみれば、

「そのままバリバリキャリアを積んで、恋愛からあと10年くらいは遠ざかっていて頂きたい」

興味が全く無さそうなイケメンからは辛辣な、呪いとも取れる答えのみが返ってくるのであった。


そんな訳で、色々なものがとりあえずは落ち着いたといえるこの現状。

目下の悩みは神山透の熱烈な「一緒に住もう発言」をどう回避するのか。そんな贅沢で大したことのない悩みで頭を抱える、幸せな私達なのであったとさ。

おしまい



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