ストーカー

Mr.M

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二章 葉月

八月二十六日(金曜日)4

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「そっちの部屋で待ってなさい」
彼女はホールの左側にあるドアを指差した。

ドアを開くと部屋の中央に大きなソファーが、
膝の高さ程のテーブルを挟んで
二つ置かれているのが目に入った。
典型的な応接室だった。
調度品も少なくテーブルとソファー、
そして柱時計以外には、
壁に設置された液晶テレビくらいしか
見当たらなかった。

そういえば武と呼ばれていたあの男は
「中に一人いる」と言っていたが、
まさかこの大きな家に
二人で住んでいるのだろうか。
そう考えると二人の関係性も気になった。
親子には見えないから兄妹だろうか。
ならば彼女は妹ということになるのだろうか。

僕が向かい合ったソファーのどちら側に
座ればいいのか迷っていると、
ドアが開いて武衣が現れた。
彼女の手にはコップが一つ握られていた。
「とりあえず水でいいわね。
 まったく。
 こういう時に武がいないのは不便ね」
武衣はコップをテーブルに置くと、
窓を背にしたソファーへ腰を落ろして足を組んだ。
窓からは先ほど僕が歩いてきた
石畳のスロープが見えた。
僕は恐る恐る彼女の向かいのソファーに座った。
初対面の美女と二人きりの空間に
僕は緊張で喉がカラカラに乾いていた。
コップに手を伸ばして一口飲んだ。
それは単なる生温い水道水だった。
残念なことに氷すら入ってなかった。

「で、何の用かしら?
 今日は一件も予約は入っていないはずだけど」
その言葉に僕は慌ててコップを置いた。
その時、目の前の彼女と目が合った。
僕は咄嗟に俯いた。

まさか名探偵の武衣が女性で、
しかもこれほどの美人だったとは
まったくの想定外だった。
そして運の悪いことに彼女は機嫌が悪そうだった。
一応、客に水を出す程度の気は使えるようだが、
明らかに年上の僕に対するタメ口は、
とても客に対する言葉遣いとは思えなかった。
どことなく大烏に似ていると思った。
これだけ大きな家に住んでいるということは
彼女も金持ちなのだろう。
傲慢さは金持ちに特有の性質なのか
と勘違いをしてしまいそうだが、
単にこの二人が特別なだけなのだと考え直した。

「ちょっと!
 何か依頼に来たんじゃないの?
 私は忙しい身なんだから
 用がなければ帰ってほしいんだけど」
彼女の声で僕は我に返った。
僕の態度が彼女の機嫌をさらに損ねたようだ。
「あ、あの・・
 い、依頼というか・・
 う、上手く言えないんですけど・・
 え、えっと・・
 お、お話を聞いてから・・
 か、考えようと思っていまして・・」
「はっ!
 依頼じゃないの?
 それならそうと初めに言いなさいよ!
 もう!」
そして僕の発言は
彼女を決定的に怒らせてしまったようだ。
下を向いて彼女の視線から逃れたものの、
僕にはもう顔を上げて
彼女の目を見ることができなかった。
「・・す、すみません」
とりあえず僕は謝った。
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