ストーカー

Mr.M

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二章 葉月

八月二十七日(土曜日)1

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週末にもかかわらず
「稲置市営温水プール」の駐車場は空いていた。
L字型の駐車場の一番奥に、
見覚えのある真っ赤なポルシェが
ポツンととまっていた。
僕はその横に駐車した。

受付にいたのは蝉丸空だった。
事務所内にチラリと視線を向けるも
二四の姿はなかった。
「こんにちは。
 今日も頑張って下さいね」
受付の前の箱に回数券を入れる時、
ふわりと甘い香りが鼻孔をくすぐった。
いつもの彼女の匂いだった。
僕は気付かれないように
そうっと鼻から空気を吸い込んだ。

プールサイドに立つ三人の監視員の中にも
二四の姿はなかった。
代わりに四コースで泳いでいる大烏を見つけた。
僕は高齢者で賑わっている
歩行者用コースに入った。
しばらく歩いていると、
プールサイドに立って
こちらに手を振っている大烏に気付いた。
僕が頭を下げると
大烏は指で採暖室のほうを指した。
この「稲置市営温水プール」には、
採暖室という部屋が設置されていて、
そこは冷えた体を温める若干低温の
サウナ室になっていた。
僕は急いでプールから上がった。

採暖室には大烏しかいなかった。

「やあ。久しぶりだね。
 私はあれから何もやる気が起きなくてね、
 しばらく家に籠っていたのだよ」
「そうだったんですか」
僕は一応相槌を打ったが半信半疑だった。
家に籠っていたということはつまり、
大烏にはこの一週間のアリバイはない
ということになる。
大烏がどこからか僕を監視していたとしても
不思議ではないわけだ。

「ふむ。
 それよりも君の方こそどうしていたのかね?」
「はい、僕の方もこの一週間、
 仕事が忙しくて。
 ここに来る暇もなかったです」
僕は大烏の反応を窺った。
しかし大烏は自分から聞いておいて、
僕の答えに興味がないのかどこか上の空だった。

「それよりもこの間は素晴らしい食事を
 ありがとうございました」
僕は気を取り直して話題を変えた。
「ふむ。
 そうか満足してもらえたかね。
 それなら近いうちに
 また食事でもしようじゃないか」
「それなら今度は僕にご馳走させて下さい。
 この間のような食事と比べたらアレですが、
 すごく美味しい料理を出す喫茶店があるんです」
「・・それならこの後、時間があればどうかね?
 君が食事を済ませていなければの話だが」
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