ストーカー

Mr.M

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三章 長月

九月十五日(木曜日)1

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・犯人はいつでも僕を殺すことができる

そのことに考えが及んだ翌朝、
僕は急いで大烏に連絡した。
しかし僕の不安は大烏の
「心配ない」という一言で片付けられた。

それから僕は日々恐怖を感じながら
この一週間を過ごしてきた。

日中、仕事をしている間は気が紛れたが、
日が傾いて店を閉めてからが
憂鬱な時間の始まりだった。
盗聴されているという緊迫感から
自宅では落ち着かず仕事が終わると
「シュガー&ソルト」に駆け込む日々が
続いていた。
しかし一時的に逃げたとしても、
結局は自分の部屋に戻って
朝を迎えなければならなかった。
夜毎やってくる就寝時の暗闇が僕の恐怖心を煽り、
日々の睡眠を妨げた。
そして朝、
目を覚ましたとき、
僕はまだ生きているという実感から
安堵の溜息を漏らすのだった。

この一週間の間に、
僕にとって喜ばしくない報道があり、
それがますます僕を憂鬱にさせていた。
それは三日前の情報番組でのことだった。

メシモリがバイトをしていた
コンビニ店の関係者を名乗る人物が、
テレビの取材を受けていたのだった。
顔にはモザイクがかけられて
声も変えられていたが、
その人物がヒフミアザナであることは
すぐにわかった。

「彼女は店によく来る男性客に狙われている
 と話してました。
 そのことについて他のバイトの子に
 相談をしていたようです」
「その男性客はどんな人なんでしょうか?」
「それが。
 彼女が殺された日から
 ぱたりと姿を見せなくなりました。
 最近になって一度、
 来店されたときにレジで対応したのですが、
 私の視線に少し焦っていたように見えました」
そんなやり取りがあって
インタビューは終わっていた。
スタジオでは自称評論家を名乗る胡散臭い連中が、
「この男性客が怪しい」
などと好き勝手なことを言っていた。
時折中継される国会と同じレベルのやり取りが
繰り広げられていた。
小学生の学級会のほうがはるかに有意義な
話し合いだった。
しかし問題はそこではない。
もし警察がこの情報を元に
コンビニへ聞き込みに行ったとしたら、
僕の所へたどり着くのは時間の問題ではないか。
はたして警察はこういう低俗な情報番組を
手掛かりに捜査を進めるのだろうか。


午前の最後の客を送り出して一息ついていると、
突然大烏から電話がかかってきた。

そして大烏の都合で半ば強引に、
十五時に
「シュガー&ソルト」
で待ち合わせることになった。
しかし間の悪いことに
十五時からは尾形の予約が入っていた。

尾形剛

彼もまた
容疑者リストにその名を連ねていた人物だった。
僕は尾形に連絡して
急用が入ったことを伝え謝罪した。
今月は尾形の都合がつかず、
来月の十六日の十三時に
予約を入れることで解決した。
尾形には申し訳ないことをしたが、
今は何よりも大烏が最優先だった。

自宅に居ても息が詰まるので、
僕は早めに「シュガー&ソルト」へ向かった。
途中、
それとなく周囲に気を配っていたが
尾行の気配はなかった。

「シュガー&ソルト」の駐車場には
二台の車がとまっていた。
指定の時間までまだ一時間以上あった。
中に入るとテーブル席は三つが埋まっていたが、
カウンター席には誰もいなかった。
カウンターに座ると
もしほが「おかえりなさい」と小さく囁いた。
僕も「ただいま」と小声で返した。

コーヒーを飲んでいると、
いつしか店にいる客は僕だけになっていた。
マスターはカウンターで仕込みの作業を、
もしほはテーブル席の掃除をしていた。

大烏の突然の呼び出しは何だろう。
調査に進展があったのだろうか。
どちらにせよ
僕も大烏には色々と話したいことがあった。
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