ストーカー

Mr.M

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四章 神無月

十月十六日(日曜日)11

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頬に当たる風が冷たくなった。
いつの間にか満月が顔を出していた。

「ど、どうなんですか?
 へ、部屋から出てきたのは、
 か、彼女だったんですか!」
僕の叫びは陸風に乗って周囲に響き渡った。
月明かりに照らされた大烏の瞳が妖しく光った。
大烏は僕の目を見たままゆっくりと頷いた。

世界がぐるぐると回り始めた。
眩暈がした。
足に力が入らなかった。
僕は倒れないように踏ん張った。
彼女が僕を盗聴していた?
その時、
一月二十一日の予約名簿に書かれていた
柏木の名前を思い出した。
そしてその上にあった彼女の名前も。

「実際の彼女を見て、
 私はその美しさに驚愕したよ。
 一瞬で魂までも奪われたのだ」
大烏の声がぼんやりと耳に届いた。

一つの謎が解けた。
いつも車だった彼女が
歩いて来店するようになったのはいつからだろう。

「私は彼女を監視をするうちに、
 どんどん彼女に惹かれていった。
 彼女のような美しい女性を
 自分のモノにできれば。
 そればかりを考えるようになった。
 私は彼女を監視した。
 君には申し訳ないが、
 君の事件のことなど
 もはやどうでもよくなっていたのだ」

大烏のその言葉に僕は狂気を感じた。
僕のストーカーを探している人間が、
そのストーカーをストーキングしている
という構図。
狂っている。

「人は見た目が九割というのは誤った認識だが、
 それでも容姿は恋愛において
 かなりのウエイトを占める。
 つまり私は大きなハンデを背負っている。
 金の力を使うことも考えた。
 しかし所詮、金は金。
 人の心までは買うことはできない。
 それに彼女ほどの美貌ならば、
 これまでにも金に糸目をつけない
 低俗で下品な男達からの誘いもあっただろう。
 そんな薄汚い蝿共と同列に扱われるのは
 私も我慢がならない。
 さて、困った。
 どうしよう?」
大烏は腕を組んで
本当に困ったような表情を浮かべた。

「答えは一つしかないのだよ!」
大烏が力強く宣言したその瞬間、
陸風が大烏のハットを夜空に飛ばした。

禿げ上がった頭頂部が露わになった。
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