ストーカー

Mr.M

文字の大きさ
上 下
104 / 128
四章 神無月

十月十六日(日曜日)15

しおりを挟む
「その前に一つやり残したことがあった」
そう言って大烏は足元の鞄から何かを取り出した。
丁度その時、雲間から月明かりが射した。
大烏の手にしたモノに見覚えがあった。
安倍瑠璃の身に付けていた服だった。

「ふ~む。
 芳しい香りだ」
大烏はその服へ顔を埋めた。
次の瞬間、
大烏は両手でそれを一気に引き裂いた。
引き裂かれた服を地面に捨てて、
続いて大烏が鞄から取り出したのは下着だった。
大烏は下着を広げてから
スハースハーと鼻を近づけた。
それからふたたび引き裂いた。
僕は大烏の行動をただ唖然と見ていた。

作業が終わると大烏は満足そうな表情を浮かべた。
「非常に残念だが、
 これらは警察へ押収されるだろう。
 君が彼女を襲ったことを証明するための
 大事な証拠品だからね」
それから大烏は腕時計に視線を落した。

随分前から僕の頭の中では警報が鳴っていた。

逃げなければ。
しかし、僕の足は動かなかった。
地面がグラグラと揺れているように感じた。
とても立っていられない。
僕は膝から崩れ落ちた。
両手を地面について肩で大きく息をした。
眩暈がする。
その時、頭の上から大烏の声が聞こえてきた。
「ふむ。
 どうやら観念したようだね。
 そうそう。
 心配しなくても彼女なら私の車の中にいるよ。
 現行犯である以上、
 被害者もこの場にいなければ成立しないからね」

僕は顔を上げて大烏の車の方へ目を向けた。
ほぼ同時に、
遠くからサイレンの音が聞こえてきた。
そしてそのサイレンの音に導かれるように、
車から一つの影が姿を現した。
僅かな月明かりの下では
はっきりと見えなかったが、
それでも僕にはそれが誰だかわかった。
一陣の風が吹いた。
雲が流れて満月と星々の光が
ぼんやりとその姿を照らした。
彼女が僕に向かって微笑んでいた。

夜空に輝く満月だけがすべてを見ていた。
しおりを挟む

処理中です...