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三章 Renewal

六月 <遺品> 1

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六月一日。
この日の朝、
全校集会で校長の勅使河原から
大吾の事故について話があった。

校長は似合っていない長髪をかき上げてから
「はぁい、皆さぁん」
と粘っこい第一声を発した。
そして大吾の死を悼み、
不幸な事故だったと芝居じみた涙を浮かべた。
さらに危険な場所には近づかないようにと
子供達に釘を刺した。
校長は子供達の安全を願っていると
力強く公言したが、
俺の目には選挙時の政治家の
パフォーマンスのように映った。
校長は話の最後を次のような言葉で締めくくった。
「いいですかぁ、皆さぁん。
 『幸』という字はぁ、
 手の自由を奪う
 『てかせ』
 の形から生まれた象形文字なんでぇす。
 むかぁし、むかぁし、
 少数の為政者が多くの民を支配していた時代、
 それはそれは厳しぃぃい
 『ばつ』
 がありましたぁ。
 その厳しぃぃい『ばつ』というのはですねぇ、
 命を奪うといったものから
 体の一部を切断する
 といったものまで様々でしたぁ。
 しかぁぁし、
 そんな酷い『ばつ』に比べてぇ、
 『てかせ』をハメられるだけで済んだ
 『ばつ』もありましたぁ。
 そんな『ばつ』を受けた者達はぁ、
 『てかせ』だけで済んで
 『自分はなんて幸せなんだ』
 と思ったんですねぇ」

全校集会が終わり子供達が
一斉に校舎へと戻っていく。
俺は人波から遅れて一人で歩いていた。

大吾の死によって、
大吾が十八歳の時に起こす
「少年X襲撃事件」
は起こらないだろう。
そして大吾に殺されるはずの
三十数名の命は助かる。

もし人の命が平等であるなら、
大吾一人の命と引き換えに
三十数人の命が救われるのであれば、
それは当然良い結果と考えるべきである。
だが問題はそれほど単純ではない。
では人によって命の価値は違うのか。
未来ある若者と余生を過ごす老人。
富める者と貧しき者。
いわゆる上級国民と一般市民。

その時、隣に気配を感じて俺は足を止めた。
そこにいたのは池田だった。
これほど近くにくるまで
俺は池田の存在に気付かなかった。
空気のような男。
その存在はあまりに希薄すぎた。

こうして並ぶと、
池田は俺より少し背が高かった。
ウェーブのかかった髪は天然だろうか、
長すぎず短すぎず。
眉毛は髪に隠れていて
その下のややたれ気味の目は
不安そうに左右に動いていた。
特徴のない鼻と小さな口に
やや尖り気味の顎という、
あまり印象に残らない顔立ちをしていた。
体の線も細く
それゆえに気弱そうな印象を受けたが、
はたしてそれが正しいと自信を持って言えるほど
俺に人を見る目があるのかは疑問だった。

「じ、実は熊谷君の事故のことなんだけど・・。
 ご、誤解しないで欲しいんだけど・・。
 く、詳しく知りたいんだ・・」
不意に池田が口を開いた。
男にしてはやや高い声だった。
そういえば授業中でさえ
俺は池田の声を聞いたことがなかった。
たまにナカマイ先生に指名されても
下を向いたまま
ボソボソと口を動かすだけだった。
「何で俺にそんなことを聞くんだ?」
「い、いや、それは・・。
 き、君はあのメンバーの中で異端だから・・」

俺は正面から池田の目を見た。
池田はすぐに目をそらした。
「何を知りたいのかわからないが、
 校長が話したことがすべてだ」
そう言って俺は一方的に話を切り上げた。
校舎に向かいながら
俺は池田の言葉に
何か引っかかるモノを感じていた。
それが何なのか、
結局教室に戻ってからもわからなかった。


奥川は俺を心配してこの一週間、
人目も憚らずに俺の傍にいた。
彼女の心遣いはありがたかったが、
俺は複雑な心境だった。
奥川の顔を見るたびに俺は罪悪感に苛まれた。

「奥川、
 学校ではあまりベタベタしないでくれないか」
この日、俺は少し強い口調でそう言った。
奥川は一瞬、驚いたような表情をみせてから、
「ごめん・・」
と悲しそうに呟いて離れていった。
俺は心の中で彼女に謝った。


大吾の死は翔太、洋、茜の三人の関係にも
影響を及ぼしていた。
三人は学校では当然のこと、
下校するときもバラバラだった。
俺達は今までのように
放課後集まって煙草を吸うこともなくなっていた。
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