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四章 Reappearance

七月 <会談> 2

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「じゃあ、次は俺の番だな」
そう言って洋は新しい煙草に火を点けた。
「俺の話はすごいぜ。
 何せ警察より先に
 殺人事件の謎を解いたんだからな」
そう言って洋は声を大にした。
「皆も覚えてるだろ?
 先月、連市で発見された焼かれた死体のことを」
翔太と茜が小さく頷くのを確認してから
洋は先を続けた。
「実はさ。
 あの事件の犯人と死体の正体がわかったんだ」
俺は二十年後も未解決である
「連市身元不明男性焼死体事件」
を洋が子供なりに
どう推理したのか少しだけ興味が湧いた。
翔太と茜も洋の顔を覗き込むように
前のめりになった。

「あの死体は・・相馬の親父だ」
誰も言葉を発しなかった。
一瞬、沈黙がこの場を包み込んだ。

「あ、あれだぞ、親父って言っても
 一緒に住んでる血の繋がってない男のことだぞ」
洋は急いで言葉を足したが、
それでも翔太と茜の反応は微妙だった。

「三人共、あの男を見たことないだろ?」
翔太と茜が頷いたので、
俺も二人に合わせて頷いた。
「ひひひ。
 俺は一度だけ見たことあるんだ。
 真っ黒なコートに帽子を被っててさ。
 長い銀色の髪に隠れて
 顔ははっきりと見えなかったけどさ。
 あれは普通じゃないぜ」
「普通じゃないって?」
「翔太は鈍いなぁ。
 あれはヤバい組織の人間だぜ」
洋は声を潜めた。
「わかったわ!」
茜がポンと手を叩いた。
「その組織で何かヘマをしたから殺されたのね」
「もしかしたら、
 敵対する組織にやられたのかもしれないよ」
翔太と茜が顔を見合わせて首を縦に振ると、
その様子を見ていた洋がニヤリと白い歯を見せた。
「二人とも残念ながら全然違うんだよなぁ」
そこで洋は俺の方を見た。
「あっくん、犯人がわかるか?」

「さあな。
 さすがにニュースだけじゃ情報が少なすぎる」
子供が簡単に犯人を特定することができるならば、
そもそもこの事件が迷宮入りすることはない。
「ひひひ。
 この謎はさすがのあっくんでも解けないか」
俺の言葉に洋は満足そうに頷いた。

「うーん。
 相馬さんのお父さんに恨みを持つ人って
 誰だろう?」
翔太は腕を組んで空を見上げた。
「もしかして家を出ていった
 お母さんじゃないかしら?」
茜はそう言って目を輝かせたが、
洋は首を横に振った。
すでに三人の中では焼死体の身元は
相馬と同居している男ということで確定していた。

「ひひひ。聞いて驚くなよ・・」
そう言って洋は俺達の顔を順に見た。
翔太がごくりと唾を飲み込んだ。
茜は胸の前で両手をギュッと握り締めた。
「犯人は・・」
そこで洋は煙草を吸って
「ふぅー」と煙を吐き出した。

「何だよぉ、洋。勿体ぶるなよ」
「そうよ、洋さん。人が悪いわ」
「ひひひ。悪い悪い。
 でもテレビだっていい所でCMが入るぜ」
洋は空いている手で頭を掻いた。
そして小さく息を吸ってから口を開いた。

「犯人は・・相馬だ」

「え?」
「そ、相馬さん・・?」
翔太と茜は目を丸くした。
俺は溜息を吐いた。

「な、なんだよ。
 三人共、俺の話が信じられないのかよ」
洋は口を尖らせると、煙草をくわえた。
「と、突然だったから驚いてるんだよ。
 ねえ、茜ちゃん」
「え、ええ。
 でも相馬さんがお父さんを殺したなんて
 信じられないわ」
「お父さんじゃないぜ。
 あの男と相馬は血が繋がってないんだからよ。
 それに証拠ならあるぜ」
そして洋は「ふぅ」と煙を吐いた。
「相馬は日頃から
 男にいじめられてるって噂は知ってるだろ?
 だから、我慢ができずに殺したんだよ」
その言葉は俺の感情を僅かに刺激した。
俺は煙草を深く吸って
ゆっくりと長く煙を吐き出した。
「洋、それは証拠じゃなくて動機というんだ。
 そして動機があるからといって
 人は必ずしも罪を犯すとは限らない」
「でも相馬は人殺しの本ばっかり読んでるぜ」
それも語弊がある。
相馬が読んでいるのは
人殺しの本ではなくミステリ小説である。
「洋の推理には一つ決定的な欠点がある」
俺の言葉に
洋は大きな丸い煙の輪を一つ吐き出すと、
姿勢を正して俺を見た。
洋には申し訳ないが、
さすがに相馬に殺人の汚名を着せたままには
できない。

「焼死体は連市の山奥で発見されたのは
 知ってるよな?
 小学生の相馬が一体どうやって
 死体をそんな場所まで運んだんだ?
 車でもない限り無理だ」
洋は口を大きく開けたまま固まっていた。
そして洋の指に挟まれた煙草から
灰が地面にポトリと落ちた。

「危うく、洋の話を信じるところだったよ」
「本当、びっくりしたわ。
 いくら相馬さんでも人を殺したりしないわよ」
翔太と茜はホッとしたような表情を浮かべた。
「ちぇっ。この推理には自信があったのになぁ」
一方の洋は少し不満そうに煙草を踏み消した。
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