亡き少女のためのベルガマスク

二階堂シア

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4話 告解

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 放課後、さっさと帰ろうと鞄を持って教室のドアを開けたら、お馴染みの指導ヒステリック教師が待ち構えていた。


「春若さん。さ、今からお祈りの時間ですよ」
「……は?」
「は? じゃありません。今朝伝えたでしょう。今日から一ヶ月、礼拝堂で一時間祈りを捧げなさいと」
「あれ冗談じゃなかったの?」
「冗談なんかじゃありません。あなたが心を入れ替えられるように、私は導く義務があるのです」
「だる……」


 つい漏らした文句はスルーされた。

 ま、いいや。礼拝堂まで行って、教師がいなくなったら帰ろ。

 またヒステリックに叫ばれたら堪らない。大人しく礼拝堂まで連行されていく。


 高校の一角にひっそりと佇む礼拝堂は、喧騒から隔絶された静寂の場所だ。
 教師が木製の扉を開けると、柔らかな光が差し込む。


「では、私は外で待機してますから。きちんと神に祈るのですよ。そうすれば、神はあなたへ正しき道を示してくれるはずです」


 にこりと笑って、教師は扉を閉じた。
 教師が去ったら帰ろうと思っていたのに、歩いていく音がしない。
 うわ、本当に扉の前で待ってる。だるい。

 早々に『抜け出して帰る』選択肢が潰され、ヤケになって鞄をその辺のベンチに投げ捨てた。


 小さなステンドグラスの窓から差し込む光が、床と壁に美しい色彩の影を落としている。朝のミサなんてサボりまくっているから、まともにこの礼拝堂の中を見るのは初めてだ。


 礼拝堂の中央には、シンプルな木製の祭壇があり、その上には十字架が静かに掲げられている。残念ながら祈りを捧げるつもりはない。


 これから一時間、しかも一ヶ月? しんどい。何しよう。
 ここでできることなんて、寝るか本を読むくらいだが、本なんて祈祷きとう書や聖書の類しか置いてない。もちろん興味はないので読まない。


 礼拝堂を意味もなく歩き回る。
 一番奥まで進んだところで、告解室こっかいしつの存在に気付いた。


 ひっそりと佇む告解室は、外からは分厚い木の扉で守られ、その重厚さが神聖な雰囲気を醸し出している。

 扉を開け、静寂に包まれた小さな部屋に足を踏み入れる。思ったよりも狭い。
 簡素な椅子が一脚、その前には壁。壁には目隠しのための木製の格子が設置されている。


「ようこそ、春若杏梨さん」
「うわっ! 人いたの?」


 格子の向こう側から急に男性の声が聞こえてくる。
 告解室は互いの顔が見えないように、格子部分に細かい彫刻が施されている。
 相手が誰かはわからない。ただ、声を聞く限り教師ではなさそうだ。


「なんで私の名前……ああ、教師の手先?」
「手先ってわけじゃないけど。僕がただ君と話をしたかっただけで」
「へえ、私のファン? アンチならたくさんいるけど、ファンは初めてだわ」
「そう。君のファンなんだ。ラインとかやってる?」
「残念だけどスマホは持ってない。叩き割ったから」
「ああ、教える気のない常套句じょうとうくか」


 わざとらしい、落ち込んだ声色を出す。何なんだこいつは。


「ていうか、誰? うちの学校司祭とかいないでしょ」
「まあまあ、迷える子羊よ。そんな些細なことは気にしなくていいじゃないか」
「なんかキモい奴ね」


 妙に馴れ馴れしいっていうか。ちょっと……いや、結構ウザい。

 はっきり罵倒したら、軽く笑い飛ばされる。


「うん、事実だね。君が今日から一ヶ月礼拝堂に通うって聞いて、じゃあ僕もって立候補したから」
「うわ、もしかしてストーカー? 今なら通報しないから思い直して。マジで」


 何で私が教師から罰を与えられたこと知ってんの? 何で情報漏れてんの? あの教師、何考えてんの?

 色々言いたいことがありすぎて、どこに怒りを向けたらいいのかわからない。
 結構真面目なトーンで拒絶したのに、相手は真面目に受け取らなかった。


「大丈夫大丈夫。君のことを誰よりも詳しく知ってるってだけだから」
「警察か精神病院か、好きな方選びな」
「ごめん、冗談。でも君も暇なんだろ? 一ヶ月限定の友達ができたと思ってさ」
「別に友達とかいらないし」
「一匹狼の杏梨ちゃんだもんね。……あ、ひとりぼっちの方が正しいかな」


 こいつ、馬鹿にしてんのか。
 格子で顔が見えないから余計に腹立つ。壁を蹴ってやろうかと思うが、壁に罪はない。


「アンタ喧嘩売ってる?」
「あはは、図星突かれて怒らないでよ」
「別に図星じゃないし」


 礼拝堂の前で教師が張っていなければ速攻で帰っている。逃げられないし、なんか煽ってくる奴はいるしで最悪だ。
 これがもし教師の目論見もくろみによる罰なのであれば、効果はてきめんだ。


「で、私に何の用? 私の母親のことなら答える気は──」
「ううん、君と話したいだけだって」
「……本当にそれだけ?」
「それだけ。君が話したくないことは話さなくていい」
「なんで?」
「僕のために」


 わざわざ私に声をかける奴なんて、大抵何か目的があってのことだ。主に私と母について嗅ぎ回ることが大半を占めるけど。

 嘘かまことか、向こうにいる男は単に私と話したいだけらしいが、凝り固まった猜疑心さいぎしんはそう簡単には解けない。


「何、アンタも友達いないの?」
「そうだね、一人もいない」
「まあ、その感じ確かにいなさそうだよね」
「だからぼっち同士仲良くしようよ」
「普通に嫌だけど」
「まあまあ、まずはお試しで一ヶ月」
「即クーリングオフで」


 私の塩対応にも、相手は全くめげる気配がない。ここまでズバズバ言っても気分を害さない人は初めてだ。
 普通は私と二度と口も聞きたくない、みたいに避ける人ばかりだから。

 まだ諦める気がないのか、相手は更に持ちかけてくる。


「じゃあ、毎日君の好きなレモンティー用意するよ。それでどう?」
「なんで私がレモンティー好きなこと知ってんの? マジで怖いんだけど」


 毎朝コンビニで買ったレモンティーを飲むことを習慣としている。
 レモンティー好きとか別に公言してないし、私のことを観察してないとわからないはずだ。

 ……マジでこの男、ストーカー?


 結構引くが、結局その日は何だかんだ一時間、相手と大して身のないやり取りを交わしてしまったのだった。
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