日奉家夜ノ見町支部 怪異封印録

鯉々

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第玖章:呪怨 祝恩 愁穏

第21話:灰禰と琥鐘、あるいは『禁后』

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 翠の暴走した結界によって作られたクレーターの様な窪みの中から伝えていった熱源は、まだ無事な草原の部分へと上っていった。それを見て一斉に加熱を行う。それを躱すかの様に琥鐘が空中へと飛び上がり、こちらへと落下しながら攻撃を仕掛けようとしてきた。しかし、もう相手が何をしようが関係無かった。もしもの事を考えて触っていたアレを使う時が来たのだ。
 琥鐘の手が顔面に触れそうになった瞬間、周囲の景色が捻じれて彼女はその捻じれの中へと吸い込まれていった。

「琥鐘! 何、いったい何が……」
「悪いな! アタシの方が一枚上手だったって事だ。心配すんなよ、アンタもアイツもあの家も……全部こっちでどうにかしとくぜ」

 地面が捲り上がり、抉れた部分は捻じれの中へと吸い込まれる様にして消えていった。翠は周囲の状況が理解出来ないらしく、しがみついてきた。自分でもこういった現象が起こるのは予測していなかったが、二階にあった二つの手首を破損させればこっちの世界に何らかの影響が出るのは何となく想定通りだった。

「み、みやちゃん、これって……」
「しっかり掴まってろよ翠。まだ終わってねェぞ」

 意識まで吸い上げられたかの様な感覚に陥ったかと思うと、数秒後にはあの家の一階の階段前へと戻って来ていた。階段には天井が崩れて出来たと思しき瓦礫が積み重なっており、もう上へは行けそうも無かった。男性の死体を見てみると若々しかった筈のその肉体は酷く老化していた。頬はげっそりとこけており、まるで干からびたミイラの様な見た目になっていた。

「あ、あれ……」
「戻ったか……? だがこいつは……」

 死体だけではなく、壁も床も何もかもが劣化していた。元々長い間放置されていたかの様な風貌だったというのに、それが更に進行しておりまだ建っているのが奇跡といってもいい程だった。
 急いで一階にあった寝室へと向かい中に入ってみると、そこにはあの呪術道具一式が揃っていた。姿見も箪笥も髪も、灰禰が行った『石長比売計画』に使われている呪術道具だけが綺麗な形のまま残っていた。

「みやちゃん、どうなってるの……?」
「とりあえずあの世界からは逃げられた。だがこれでアイツらが諦めるとは思えねェ。翠、戻って早々で悪いが備えてくれ」

 翠が結界の準備を行っている中、箪笥の最上段を開けた。そこにはやはり爪の入った小瓶と『禁后』と書かれた紙片が収められていた。想定していた通り、この箪笥の中には二階と同じ物が入っている事が判明した。続けて中段を開けてみるとそこにはやはり紙と歯が入っていた。しかし二階にあったものとは違って、歯の劣化が進んでいた。二階があの世を意味しているのだとしたら、あっちの歯だけ綺麗だったのも納得がいった。既に彼女らは現世から離れた存在になっているという事なのだろう。今見つけたこの歯が本来の彼女らの姿と言えるだろう。
 最下段を開けようとした瞬間、隙間から細い足が二本這い出してきた。咄嗟によろめく様にして距離を取ると引き出しがゆっくりと開き、そこからヌゥッと足や体が姿を現した。その体はミイラの様に干からびており、完全に床の上に出てきた時には既にその全身が見えていた。両手首は存在しておらず、その部分にはもう一人の手首の断面が引っ付いている様な形になっていた。それ故に二人は向かい合う様な姿をしており、遠目に見れば手を繋いでいる様にも見える容姿だった。

「……翠、来たぞ」
「こ、この人達って……!」
「さっきの二人だろうな。多分本来の姿じゃないんだろうが……こんなになるとはな。呪力にてられたか」

 呪いは基本的に他人に掛けるものだが、必ず因果として自分にも返ってくる様になっている。自分に返ってこない様に出来る程の呪術師は見た事が無いし聞いた事も無い。必ずどこかで因果が巡ってくる様になっているのだ。灰禰と琥鐘が手を出したのは呪術の一種だった。それがここで牙を剥いたのだろう。

「翠!」
「う、うん!」

 翠は折り紙を複数部屋の中へと飛ばした。暗かったため色はよく見えなかったが、それらは目の前の二人を囲う様に配置された。その後小さく発光し、そこで初めて『四神封尽』の時に使う折り紙だと気付いた。囲われた二人は強く発光しながらすぐにその場から消えたが、翠はどこか違和感を覚えている様子だった。

「あれ……?」
「どうした?」
「い、いや……何か早いなって思って……」

 疑問を感じた翠が確認しようと部屋に足を踏み入れようとした瞬間、翠の動きが止まった。よく見ると廊下で倒れていた男性が背後に立っており、大きく開けた口からは長い髪の毛がうねりながら外部へと出てきていた。その髪は翠の体へと絡みつき、その場から動けない様に縛り付けていた。
 すぐさま死体そのものの方へと熱源を伝えて加熱した。しかし既に死亡しているからなのか、一切怯む様子はなく、髪はどんどん翠の体を包んでいった。

「みやちゃ……あの人達、まだ居る……! 封印出来ない……!」
「後ろのそいつか!?」
「分かんない……」

 翠の言葉を聞いて封印出来ない理由が何となく察せられた。彼女が使える結界術はあくまで人間や怪異相手に対してのみ使えるものだ。それ以上の存在に対しては効果が正しく発揮されない可能性が高い。『コトリバコ』の時も相手が何らかの神格存在であったが故に『威借りの陣』の力が十分発揮出来なかった。その時の事とさっきまで居たあの場所の事を合わせて考えると、灰禰と琥鐘は既に神格そのものになっている可能性が高かったのだ。彼女らは『石長比売計画』を完成させて精神を神の世界へと移動させる事に成功した。つまり、人として超えてはならない領域を超えてしまったという事だ。
 だとすれば次にするべき事は決まっていた。即座に振り返ると勢いよく姿見に向かって杖を振るった。杖が当たると鏡にはヒビが入り、破片がいくつか床へと落下した。すると男性の死体は力が抜ける様にして倒れ、翠を拘束していた髪は全て解けた。鏡というのは呪術あるいは儀式においては、あの世とこの世を繋げるという意味を持たせる事が出来る。そのため一階つまり現世に置いてある鏡を破壊すれば繋がりが断たれるのではないかと考えたのだ。そしてあの死体の様子を見るに常世の力で動かされていたのが理解出来た。

「翠、大丈夫か?」
「う、うん……でも……」

 翠は膝をつきながら姿見の方を指差した。見てみると割れた姿見の向こうから二人のミイラが覗いていた。身長差からして恐らく灰禰と琥鐘の二人だと思われたが、辛うじて面影があると思える程だった。

「悪いがもうアンタらがあっちの世界と繋がる事は出来ねェ。あの手首もこの鏡も、どっちも機能しねェぞ」

 もう一度強く鏡を打つと、ついにバラバラに砕けた。床に散らばったどの破片にも二人の姿は写っておらず、これで完全に封じる事が出来たのだと感じた。しかし突然家全体がガタガタと振動し始め、何かただ事ではない事が起きているのだと察した。急いで翠の折り紙を回収すると二人で一緒に侵入時に割った窓から脱出した。今度は家の中に戻る事はなく、外へと脱出する事が出来た。

「な、何が起きてるの……」
「さあな……少なくとも地震じゃねェのは確かだな」

 振動はどんどん強くなってきており、やがて破壊音と共に大量の髪の毛が壁や屋根を突き破る様にして飛び出してきた。コートハンガーに掛けられていた髪の量と比較すればあまりにも莫大な量であり、まだあの呪術が完全には止められていないというのが感じられた。
 髪はやがて家を飲み込む程の量になり、遠目にだったが大量の髪の中に紙片が混ざっているのが確認出来た。琥鐘に付けられたもう一つの名前が書かれた紙であり、『禁后』という灰禰しか読み方を知らない名前だった。そして家からはとんでもなく強力な呪力を感じた。『コトリバコ』の時に感じたそれとはまた少し違うものであり、誰にも制御出来ずに暴走している様な感覚だった。

「そうだ、名前だ……」
「え?」
「みやちゃんが見つけたあの名前の書かれた紙……あれはきっと神様になった後に使う名前だったんだよ」
「どういう事だ……?」
「神様は覚えていてもらわないと存在出来ない、だから名前が必要になるの。でもあの二人は日奉一族を追放されてた。だから新しい名前を付けたんだよ」
「……なるほどな。つまり今はそっちが本体って事か……」

 翠の推察が正しいとするならば、次にするべき事は決まっていた。あの大量の髪の中に存在している二つの紙片を破壊すればいいだけだった。しかし自分の加熱する力は一度熱源を伝える必要があり、平面的な移動しか出来ない。仮に伝えたところで髪一本ずつにしか付けられず、これだけの量に対応出来る程の熱源は今の自分には出せなかった。
 巨大な髪の塊は体を引き摺る様にしてこちらへと近寄り始める。

「……翠」
「な、何?」
「お前ェの力を借りたい。頼めるか」
「い、いいけど、何すればいいの……? あんなの『四神封尽』でも多分……」
「いやそれはいい。翠、龍の形にした折り紙持ってたよな?」
「えっ……」

 翠は酷く動揺している様子だった。

「だ、駄目だよ! あれはまだ試作段階なの! 細かい調整がまだ上手く出来ないし!」
「いいからやってくれ。姉さんに教えてもらってただろ?」
「で、でも……」
「……頼むよ」

 真っ直ぐに目を見つめて懇願すると翠は納得出来ない様子ながらも準備を始めた。
 まだ自分と翠が姉さんの所に住んでいた時、翠は姉さんから結界術を教えてもらっていた。その際、翠は龍を模した折り紙を作り、それを基にしたオリジナルの結界を作った。彼女に勧められるままにその中に入った時、当時の自分は昏倒してしまった。後に姉さんから聞いた話によると、その結界には霊力などの超常的な力を増幅させる効果があったらしい。当時の翠は使いこなせておらず、更に今でも出来ていないという発言から、相当調整困難な結界なのだと感じた。

「で、出来たよ……」
「翠は下がっててくれ」

 自分の足元には四つの青い龍を模した折り紙が配置されており、非常に狭い結界だった。翠が念を送り始めた瞬間、一瞬立ち眩みがしたがそれは力が湧き上がってきている証拠だった。
 深呼吸を続けて『禁后』が近付いてくるのを待ち続け、左手に握っていた杖のグリップから手を離して柄の部分に持ち替えて腰の辺りで構えた。髪で出来た一部を腕の様に振り上げてこちらを叩き潰そうとしてきた瞬間、右手で杖を掴み居合切りの要領で素早く振り抜いた。
 姉さんからかつて教えてもらった技であり、代々日奉一族に伝えられてきた日奉流剣術を基にした技だった。本来は強い霊力を持った人物が剣を用いて使う技だったが、現代で違和感無く杖を持ち歩けるアタシのために姉さんが護身用に教えてくれた。

「みやちゃん、今の……」

 すぐに二撃目に移れる様に振り抜いた右手はそのまま動かさなかった。『禁后』の至る所に大量の熱源が付着しており、それらが連なる事によっていくつもの線の様になっていた。そしてそれらを一斉に加熱する事によって『禁后』は取り込んでいた家ごと熱でバラバラに切断された。翠の作った結界によって力が増しているからこそ出来た芸当であり、普段であれば確実に出来ない程の火力だった。
 大量の熱源で線を作り、それの一斉加熱によって対象をバラバラにする技。これが姉さんから継承され、自分流に改良した奥義『日奉流剣術 奥義 日断ひだち』である。

「っ……翠」
「な、何!?」
「まだアイツは生きてる……お前ェの『四神封尽』でも無理だ。だからやむを得んが始末する」
「で、でもあれって……神格なんでしょ!?」
「このままじゃヤバイ……多分灰禰にも琥鐘にも制御出来てない。『禁后』は荒魂あらみたまになってる……」

 大量に散らばった髪達はその場で蠢いており、何とかして元に戻ろうとしている様に見えた。もしここで放っておけば再構築し、見境なく人を襲う危険な存在になる可能性が高い。今ここで何とかしなければならなかった。

「『亀甲の陣』の配置をしてくれ……そンでアタシが合図したら発動しろ」
「何するつもりなの……無茶だよみやちゃん! このまま続けたら体が!」
「うるせェ早くやれ!!」

 怒号を飛ばして無理矢理陣を敷かせた。青い亀を模した折り紙達は散らばっている髪を囲う様に配置され、いつでも発動可能な状態になった。

「み、みやちゃん出来たよ……で、でもどうするの?」
「っ……翠はアタシの合図を待っててくれりゃいい。次で決めねェとアタシも限界が近い……」

 髪は一点に集まり始め、少しずつ修復し始めた。それを見て前方に杖を向けると、集まっている場所に狙いを合わせて杖の先端に強く念じて力を集めた。普段ならばまず出ない様な出力故にか、杖の先端は強く発光し始めた。そしてある程度髪の破片が集まってきたところで声を上げる。

「やれ……!!」

 翠が念じ始めた瞬間、標的に強く意識を集中させて先端に溜めた力を発射した。普段ならば二次元的な移動しか出来ない熱源を三次元的に移動させて、一瞬にして『禁后』に付着させる事が出来た。そして『亀甲の陣』が完成したのを確認して一気に加熱した。先程の『日断』を超える火力になる様に今出せる全力を注ぎ込んだ。意識が遠退いて倒れ行く中、結界の中で凄まじい量の光が発生しており、結界のおかげで外部にはそれが漏れていない様子を確認出来た。。


 目を開けるといつの間にか家へと戻っていた。体を起こしてみると凄まじい倦怠感に襲われ、あの二つの技で相当消耗している様だった。枕元を見てみるとメリーさん人形が置かれており、足の上では美海が乗ったまま眠っていた。しかしすぐにアタシが起きた事に気が付いたのか、目を覚まして体の上を歩いて顔を舐めてきた。

「ああ美海……悪いな……」

 美海を撫でていると廊下からお盆を持った翠が入ってきた。盆の上には茶碗によそわれた御粥が入っており、具として何かの植物が入っていた。翠は起きているのを見て驚いた様子で盆を机に置き、素早く隣に座った。

「みやちゃん!」
「翠、アイツは……どうなった?」
「え、えっと……あの後みやちゃんが倒れちゃって、結界の中には何も残ってなかったよ。みやちゃんを抱えながら戻ってきたんだけど、その間も何も起きなかった……」
「そうか。じゃあ上手くいったか……」
「う、上手くいったかじゃないよ! 私、私みやちゃんが死んじゃうんじゃないかって……!」

 そう思うのも無理は無かった。昔翠が作ったあの陣で昏倒した事があるのだ。危険なやり方だったのは事実だが、相手が荒魂となった神格な以上は無茶をする他無かった。普段生命活動に使っているエネルギーを全て霊力の生成、構築に使ったため意識が遠退くのも今となっては納得出来たが、当時の事がトラウマの様になっている翠にとっては気が気ではない状況だったのだろう。

「悪かったよ、でも助かった。ありがとな……」
「……あんまり無茶はしないでね。私、みやちゃんが居なくなったら……」
「居なくならねェよ……家族だろ」
「そう、だね」

 翠は大分落ち着いたのか粥を食べさせてきた。具として入っていた植物はどうやら普段料理に使われるものではないらしく、姉さんから聞いた特殊な製法で調理したものらしかった。失われた霊力を補充する効能があるらしく、食べている内に少しずつ倦怠感が取れてきた。しかし味はお世辞にもいいとは言えず、良薬は口に苦しとはこの事かと感じた。

「みやちゃん、最初にやってたあの技って……」
「ああ。『日奉流剣術 奥義 日断』……自分でやるのは初めてだったよ。翠が居なけりゃ出来なかった」
「あか姉が教えてくれたんだよね? でも何で普段使い出来ない技を……」
「こういった時のためだろ。アタシらの相手は木っ端怪異や妖怪だけとは限らねェ。今回みてェなヤバイ奴相手となったら、あれだけの技でもなけりゃ通用しねェからな」
「そうなのかな……。じゃ、じゃあ二つ目のは何? 私みやちゃんがあんなの教えてもらってた所見た事が無いんだけど……」

 粥を食べ終わり、茶碗を盆の上に戻す。

「あれは咄嗟にやったやつだ。練習もしてなかったが、上手くいって助かった」
「あれオリジナルなの……!?」
「離れた所に居る奴に近付かずに当てるにはあれしかないと思ってな、銃をイメージしてやった。多分あれも翠の龍の結界が無かったら出来なかった」
「そ、そうなんだ。あれ凄かったよ。結界の中で爆発みたいなのが起こって、終わった頃にはそこに生えてた植物が無くなってたもん」

 それを聞いて自分の想定通りの技になっていた事が判明した。三次元的に発射した熱源を加熱しながらどんどん収縮させて、最大まで加熱した段階で一気に開放する。これによって『亀甲の陣』内部の髪や紙片を全て焼き払う目的だったが上手くいった様だ。

「まあ上手くいったんなら良かった……二度とやりたかないがな」
「あはは……だね。私も出来ればあの結界は使いたくないかな」
「悪かったな。……そういえば翠、あの結界だけ名前付けてないのか? 聞いた覚えが無いンだが……」
「一応付けてはいるよ? でもあれだけは調整が出来なかったから……」
「姉さんの所に居る時から上手くいかなかったしな……それで、何て言うンだ?」
「え、えっと……『龍仙の陣』……」

 翠は何故か恥ずかしそうに俯いた。普段から他の結界にも名前を付けて呼んでいるというのに、何故かこれに関しては恥ずかしそうにしていた。

「別に恥ずかしがる事ないだろ。他のも名前付けてるじゃねェかよ」
「う……他のはちゃんと機能してるけど、あれだけ未完成だし……そういうのに名前付けてるの、変かなって……」
「変じゃねェよ。アタシの日断だって翠の協力が無かったら出来ないンだぜ?」
「そ、そうかな……」
「ああ。気にすんな」

 話を終えると支えてもらいながら立ち上がり、姉さんへと電話して事の顛末を伝えた。念のために同じ様な構成の呪物が他の地域にも存在していないか調べてもらう事になり、発見次第すぐに『禁后』と書かれた紙を処分し、可能であればそれに関する記憶を封じる様に伝えた。灰禰はともかく、彼女の娘である琥鐘は『禁后』という神格存在になっている可能性が高いため、復活を完全に防ぐためには彼女に関する情報及び記録を抹消する必要があったのだ。
 更に姉さんに質問をしたところ、灰禰には旦那がおり、琥鐘はその二人の間に出来た子供だったという事が明らかになった。そして灰禰が一族から追放されてからしばらく経ち、旦那が姉さんの所へと訪ねてきて妻がどこに行ったか知らないかと聞いてきたのだという。どうやらしばらくは一緒に暮らしていたらしいが、ある日娘と共に失踪してしまったらしい。恐らくその時既に灰禰と琥鐘は『石長比売計画』を完成させていたのだろう。旦那は二人を追ってあそこに辿り着いていたのかもしれない。
 電話を切り居間へと戻ると再び横になった。翠も『龍仙の陣』という普段使わない結界を使ったからか、引っ付くようにして横になった。

「翠、起きた後でいいからあの名前だけ『万年亀の功』で消しといてくれるか」
「うん。分かったよ」
「ん、助かる」
「……あ、みやちゃん」
「うん?」
「あの技には名前とか付けないの?」
「いや……いらねェだろ。そんな普段使いする技じゃねェし」
「私は教えたんだけどなー……」

 翠は拗ねた様子を見せて少しだけ腕をつねってきた。

「いたっ……分かったよ、分かったからやめろって」
「お返し。それで……?」
「あー…………そうだな……『日奉流杖術 放仙火ほうせんか』とか?」

 翠は胸元に顔を埋めるとクスクスと笑った。

「オイコラ」
「ごめんごめん……いい名前だと思うよ」
「ホントかよ……」
「うん。嘘なんかつかないよ……」

 しばらく背中を優しくポンポンと叩いている内に翠は眠りに落ちた。それを見て手を止める。
 あの二人は呪いと怨みに呑まれて『石長比売計画』を完成させた。それさえ完成すれば皆から祝福され感謝され、恩赦を受けて一族に戻れると考えていた。恐らく旦那とも再会していた筈だ。あの家にあったあの死体は彼なのだろう。最初若く見えていたのに最終的にはミイラの様になっていたのは、呪いの力かあるいは家の中の時空が歪んでいただけか……多分後者だろうな。もしかしたら実験台にされた可能性もあるが、いずれにせよ二人は完成させた。そしてその結果行けた世界があの草原だった。どこか郷愁を感じる不思議な場所であり、最初に手首を見つけた時に感じたのと同じ感覚だった。灰禰と琥鐘にとってはいい場所だったのだろう。自分達の考えが正しいと証明されたのだから当然だ。だが、その代償に二人は人では無くなった。制御出来ない荒魂になっただけだった。
 ……あんな風になるのはごめんだな。あんな場所よりもここの方がずっと心が落ち着く。そもそもアタシに郷愁なんてものは無い。もう過去は思い出したくもない。この子の側に居る方がずっとずっと穏やかでいられるんだ。
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