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第拾肆章:学校の七不思議

第32話:学校と七不思議

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 七紫野の関係者が集団消滅してからしばらく経ち、普通の日常を過ごしているとWebクローラー『てんとう』にある情報が引っ掛かった。
 それは俗に言う『学校の七不思議』と呼ばれるものであり、主に小中学校に通っている子供達の間で噂される様な昔からよくある怪談の一つだった。これに関しては資料にも残されており、あくまで噂に過ぎず、どこの学校でも該当する現象は確認されていないとの事だった。しかし『てんとう』が発見したその投稿にはある動画が添付されており、再生してみると不可思議な映像が流れ始めた。
 夜中の校舎内と思しき場所で撮影された映像で、どうやら撮影者は声の感じから想定するに小学生だと思われた。どうやら投稿サイトでの再生数稼ぎのために夜の校舎に侵入したらしく、そこで七不思議が本物かどうか確かめるつもりらしかった。
 まず不可思議に感じたのは七番目についてだった。学校の七不思議は七つ目を知ってしまうと不幸が訪れるとされており、七つ目が何のかは不明になっているのが普通だった。しかし撮影者が語っている内容によると七番目は明確にどんなものなのか語られており、通常の七不思議からは外れていた。
 そして一番気になったのが、その中の一つに縁の事が入っているという点だった。彼女は現在日奉一族管理の病院で検査を受けている筈であり、更に学校によって隠蔽された事件であったため表向きにそれが知られているのは妙だった。更に映像内で学校の屋上から飛び降りる縁の姿も映っていた。
 どうにも気に掛かったため、姉さんから聞いていた番号へとスマホで電話を掛ける。

「はい。東雲しののめ病院です」
「日奉雅ってモンです。お聞きしたい事がありまして」
「……少々お待ちください」

 受付と思しき女性がどこかへと繋いでくれたらしく、やがて50代程の女性の声が聞こえてきた。

「はい」
「日奉雅です。お聞きしたい事が」
「雅……ああ、茜のとこのかい」
「ええ。えぇっと……」
日奉真白ひまつりましろ。ここ任されてるババアさ。それで? 何が聞きたいんだい?」
「真白さん、そちらで黄泉川縁って子が検査受けてますよね? その子に用事があるんですが」
「ああ、あの子かい。ちょっと待ってな」

 そう言うと待ち受け音楽が流れ始め、それからしばらく待っていると電話口から聞き覚えのある覇気の無い声が聞こえてきた。

「君か?」
「ん。どうしたの」
「実はな、夜ノ見小学校で七不思議っていうのがあるらしいンだが、知ってるか?」
「……ん、そういうのもあったかな。それが何?」
「知ってンだな? その件についてなんだが……」

 縁が『学校の七不思議』について知っているという事が分かり、今回自分が見つけたある投稿について話した。何故か病院に居る筈の縁が七不思議の一つに入っており、そしてその姿が映像内でしっかりと確認出来たという旨を説明した。

「どう思う?」
「……知らない。私以外で自殺した子が居たんでしょ」
「それはない。確かにあそこに映ってたのは君だったンだ」
「とにかく知らない。それで? 話はおしまい?」
「あ、ああ。時間取らせて悪かったな。それじゃあ」
「待って。私も行く」
「は?」
「何かの勘違いだと思うけど、引っ掛かったままだと気になるし」
「アタシは別にいいが……真白さんの許可はいいのか?」
「……とにかく待ってて」

 そう言うと縁はこちらの返事を待たずに一方的に電話を切った。
 確かに自分そっくりの奴が『学校の七不思議』として存在してるってのは気持ちが悪いかもしれない。死んだ人間の霊が出るなんてものは一族の人間からすれば珍しくもないが、その人物が全く別の場所で生存しているにも関わらず、そっくりな容姿の霊が目撃されているのは異常だ。しかもその当事者が自分ともなれば、幾ら彼女でも気に掛かるのだろう。
 ふと気配を感じて廊下の方を見てみると翠が心配そうな顔をして立っていた。

「みやちゃん、何のお話してたの?」
「黄泉川を検査してる病院に電話してたンだ。ほら、これ見てみろ」

 翠は薦められるままに当該の投稿映像を確認させた。やはり翠も同じ部分で違和感を感じたらしく、屋上から飛び降りる少女の姿を何度も確認していたが、やはり縁にしか見えないらしく不思議そうな顔をしていた。

「縁ちゃん、だね……」
「やっぱりそう見えるよな? それにこの七つ目だよ」

 映像内で紹介されていた怪異は順に並べると『グラウンドを走る二宮金次郎』『校舎内を走り周る人体模型』『勝手に演奏を始めるピアノ』『三階トイレの花子さん』『飛び降りる少女の霊』『上るたびに段数が変わる階段』『ぶくぶくさん』となった。ほとんどの怪異は他の学校の七不思議としても使われている定番のものだったが、七つ目の『ぶくぶくさん』に関しては類似した話を聞いた事が無かった。

「翠、こういうの聞いた事あるか?」
「う、ううん。私の所は『七つ目を知ると不幸が訪れる』ってなってたよ」
「アタシもそうだった。それに『ぶくぶくさん』ってのが何なのか気になる」

 残念な事に映像内には屋上から飛び降りる少女の怪異しか映っておらず、本物を見てしまった撮影者はそこで驚いて逃げ出してしまったらしい。しかしこれが加工されたものでない限りは、本当にあの学校でこういった怪異が発生している事になる。万が一の可能性があるのであれば、日奉一族の一人として調査を行わない訳にはいかなかった。

「これしか撮れてないんだね……」
「ああ。それでさっき黄泉川に話したら、自分で確認したいからこっちに来るまで待ってろって言われた」
「え、いいのかな。検査まだあるんじゃ……」
「アタシにも分らんが、待てと言われたからには待つしかねェな。あの学校の構造は行った事無いからよく分からねェし、案内役が必要だろ」
「う、うん。じゃあそれまでは待ってようか」
「ああ。それで悪いんだがな、姉さんに伝えておいてくれるか?」
「うん、分かったよ」

 そう返事を返すと翠は立ち上がって廊下に置かれている黒電話の所へと歩いて行った。残されたアタシは座ったまま近くの本棚から資料を引っ張り出すと、それを机の上に広げて目を通し始めた。
 やっぱりただの噂話なだけあって報告例は少ない。あったとしても異常存在は確認されずに本当に子供の間での噂でしかなかったみたいだ。あの映像がフェイクだとは思えない。あまりにもリアルだったし、仮に作り物だとしたら、何故20年前の存在であるあの子を知ってるんだろうか。
 更に資料を読み進めてみたもののやはり七不思議は噂話に過ぎず、『ぶくぶくさん』という名前の怪異も見当たらなかった。恐らく名前からして水中に関連している怪異だと思われたが、それだけで判断するとかなりの数の怪異が該当してしまうため、一旦『ぶくぶくさん』に関しては調査当日まで待ってみる事にした。

 病院に電話をした翌日、早めに講義が終わったため一人家で昼食を摂っていると玄関からノックする音が聞こえてきた。壁を支えにしながらなるべく急いで出てみると、そこにはショルダーバッグを掛けた縁が立っていた。来るのに少なくとも数日は掛かると思っていたため、予想外に早い到着に少し驚いてしまった。

「よく一人で来れたな」
「前一回来た事あるでしょ。覚えてただけ」
「一回で覚えたのか……まァいい、入ってくれ。一度自分の目で確認して欲しい」
「ん。お邪魔します」

 家へと上がった縁に早速パソコン上に表示されていた映像を再生させて確認させた。やはり何度見ても縁本人にそっくりであり、もし彼女と出会っていなければ、よくある心霊映像とだけ考えていたかもしれない。縁は慣れない手つきでパソコンを動かして何度も該当するシーンをチェックしていたが、やがてその動作を止めてこちらを向いた。

「ん。私っぽいね」
「ああ。何か心当たりはあるか?」
「無い。私の体質から考えてもありえない」

 縁は何らかの形で死亡するとその三分後には肉体が霊体化し、その後一分もすれ肉体の負傷が完治した状態で実体化する。つまり彼女が霊体の状態でいられるのはあくまで一分だけであり、その状態で独り歩きする訳でもないという事である。

「意識がぼんやりする様な事はあるか?」
「無い。それが何か関係するの?」
「いや、生霊の類かと思ってな。いやでも、それは無いか……」

 生霊は昔から観測されている事例であり、その人物が特定の相手あるいは場所に強い思い入れを持っていると、魂の一部が分離して対象に取り憑くという事があるらしい。夜ノ見小学校は縁が最初の自殺を行った場所であるため、そこに強い念を残している可能性は高かったが、もしそうだとしたら不可解な点があった。
 この子が七不思議の一つに入ってたんだとしたら、どうして今までその情報が『てんとう』に引っ掛からなかった? 『箱入り鏡』が盗まれる前だったら発見出来なかったのも当然ではある。だがその後も特にこれといった情報も無かったのに、ここに来て急にその存在が明らかになった。何か妙な感じがする。

「……ねぇ」
「うん?」
「一つ気になったところがあるんだけど」

 そう言うと縁は再び映像をさせて例のシーンで停止させた。丁度カメラが映像内の少女を映しているシーンであり、今まさに飛び降りようとしているところだった。

「顔も髪型もよく似てる。でもこの服」
「服?」
「ん……この服は持ってた記憶が無い。忘れてるだけかもだけど」

 映像内の彼女は暗くてはっきりとは分からないが暖色系の服を着ていた。あまり縁の趣味や雰囲気とは合わない服装であり、彼女はその部分に違和感を感じたらしかった。実際その点を指摘されると自分も違和感を感じた。

「よく分からないけど、変な感じがする」
「一応覚えといた方が良さげだな。他にはあるか?」
「これだけかな」
「そうか。じゃあ翠が帰ってくるまで待とう。夜になったら出るぞ」

 その後アタシは少しでも有益な情報がないだろうかと資料を読み続け、その間縁は寄って来た美海を膝の上に乗せて撫でていた。相変わらず無表情ではあったが、まだ生物を可愛がる人間としての一面を残しているという事が分かり少し安堵した。
 翠が帰って来たのは17時過ぎであり、思いの外早く来ていた縁に少し驚いていたが、美海を可愛がっている様子を見て顔をほころばせていた。それが気に障ったのか縁は美海を膝から降ろしてしまい、無言のままパソコンを見つめて映像を確認し始めた。
 数時間後、簡単な食事を済ませたアタシ達は準備を済ませて家から出発した。翠は縁にも食べさせようといつもより多めに作っていたが、必要性が無いと言われて結局一口も食べられる事は無かった。

「……ここだな」
「み、みやちゃん気をつけてね。多分警備の人とか居るよ」
「分かってる」

 夜ノ見小学校前に到着したアタシ達は周りを見て回ったが、周囲は高いフェンスや植え込みで囲まれており、部外者が外部から侵入する事は困難だった。しかし縁はある植え込みの前でピタリと立ち止まった。そして、こちらが何事かと訪ねる前にスルリと植え込みの中に体を滑らせてその姿を消してしまった。慌ててその植え込みの触れてみると、どうやらぱっと見ただけでは分かりにくいが、人一人が通れる程の隙間がそこに存在している事が判明した。以前この学校に通っていた彼女だからこそ知っているポイントだった。
 後を追って植え込みを通り抜けると、そこは丁度中庭へと通じていた。ウサギ小屋などがあり、用務員の人が使う道具が収められた用具入れも確認出来た。

「知ってたんだな」
「ん。まさか未だにそのままだとは思わなかったけど」
「みやちゃん、まずはどうするの?」
「とりあえず、あの映像に映ってた奴を探そう。一番重要なのはアレだ」

 ひとまず中庭に通っている連絡通路で靴を脱いで予備として持ってきた靴へと履き替えた。扉も問題無く開き、恐らく警備の人間がまだ中に残っている事を表していた。
 人気が無く暗闇に包まれた校舎内は異常な程の静寂に包まれており、杖をつく度にコツーンコツーンと校舎内に響き渡った。音で警備員に気付かれる可能性もあったが、翠の『万年亀の功』を使えば一時間以内の記憶であれば消せるため、あまり気にし過ぎる必要はない様に感じた。
 しばらく歩いていると突然綺麗な音が聞こえ始めた。それはピアノから発されているかの様な音であり、何らかの曲が演奏されている様子だった。

「オイマジかよ……他のも実在するのか?」
「あ、あの動画で言ってたやつだよね。『勝手に演奏を始めるピアノ』って……」
「ああ……君が居た頃からあった噂だったか?」
「あったよ。夜な夜な絵画の中のベートーヴェンが現れて、音楽室にあるピアノで『エリーゼのために』を演奏するって」
「ああ、確かそんな曲名だったな。しかしこれがマジならどうしてこの学校だけなんだ? 資料にはどこの学校でもこんな現象は起こらなかったって書かれてた。あくまで全部噂話の類だと……」
「知らない。私みたいなのが生まれた場所なんだし、そういうのが集まりやすいんじゃない」

 確かにこの夜ノ見という土地は昔から怪異が発生しやすい場所とされてきた歴史がある。だからこそ呪物である『箱入り鏡』でそれらを封じ込めていたのだ。しかし何故海外の人間であるベートーヴェンが日本のただの田舎町に現れるのかはまるで見当もつかなかった。
 美しい音色を聞きながら廊下を歩き、三階へと目指して階段を上り始める。そんな中、翠がピタリと立ち止まった。

「……あれ?」
「どうした?」
「今、音楽室なんて無かったよね……?」
「そうだね」
「お、おかしいよ……あんなにピアノの音が聞こえてるのに何で……」
「翠落ち着け。相手が怪異である以上は普通の自然法則は通じねェンだ。害が無いならそれでいい、だろ?」
「それは、そうかもだけど……」
「……『エリーゼのために』は悲恋の曲だって言われてる。色々説はあるらしいけど、いずれにしても叶わない恋を嘆いた曲なんじゃないかって考察されてる。だからじゃない?」
「どういう意味だ?」
「単純な話。死んでも死にきれないんだよ。だからいつまでも嘆き続けてる。もう絶対戻って来ないって分かり切ってるのに、それでも未練があるから自分の恋を弾き続けてる」

 それだけ説明すると縁は置いていくかの様に一人で階段を上り始めた。彼女の考察が正しいのかは不明だったが、相変わらずその美しくも儚い音色は校舎内を包んでおり、どうしても届く事はない今は亡き思い人への恋を歌っているかの様だった。
 やがて三階へと到着して更に上へと上ろうとしたが、屋上へと続く階段は存在しておらず行き詰ってしまった。

「あれ、階段は?」
「廊下の向こう側。安全対策のためにすぐには行けない様にしてある」
「まァそれが普通っちゃ普通か」

 縁に案内されながら『エリーゼのために』が流れる廊下を歩いていると、突然女子トイレから水が流れる音が聞こえてきた。思わず足を止めてしまったが考えられる怪異は一つしかなかった。

「今のって……」
「『トイレの花子さん』……どこでも聞くやつじゃない?」
「ああ、アタシが小学生だった頃にもあったな。多分どこの学校でも共通してる噂なのかもしれねェ」
「行かない方がいいよ。引き摺り込まれるらしいし」
「で、でも封印した方がいいんじゃ……」
「翠、今は屋上の奴が最優先だ。『ぶくぶくさん』ってのも気になるが、まずはアイツが何でこの子と同じ容姿なのかを知る必要がある。他人の姿を模倣する奴はたちが悪い」
「わ、分かった」

 何とか納得した様子の翠を連れて反対側にあった階段を上り始め、ようやく屋上へと続く扉に辿り着いた。鍵が掛けられていたが、デッドボルトとラッチボルトへと熱源を付けて一気に加熱して鍵を解錠した。これに関しては後で姉さんを経由して修理費を出せば済む上に、相手が目的不明の怪異であるため悩んでいる暇はなかった。
 扉を開けて屋上に出てみると、そこには縁と同じくらいの背丈の少女が屋上のへりで背を向けて立っていた。しかし、その姿を見た自分達はある一点に目が行った。

「あれ……?」
「どうなってる……」
「……」

 彼女が来ていた服は映像内のものとは大きく異なっていたのである。映像内では暖色系の普通の服を着ていたにも関わらず、今の目の前に居る彼女は何故かフリフリの妙に少女趣味な服を着ていたのだ。絶対縁の趣味とは合わなさそうな服装であり、縁の顔にも若干の困惑が見えた。
 そしてこちらが困惑しているのを知ってか知らずか、目の前に居た少女は顔を見せる事なく、何の迷いすらも見せずにその身を宙に投げ出した。
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