平民男子と騎士団長の行く末

きわ

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 まさかこの部屋でイカされるとは……。

 さすがにあれ以上ジルに可愛がられることはなかったが、足に力が入らなくて立てない。だから壁に寄りかかって床に座っている。身なりはなんとか整えた!
 その間にジルが香りのいいお茶を淹れてくれたからそのまま飲む。
 甘党の俺のために砂糖もミルクもたっぷり入っていてとても美味しい。ジルは俺の横で立ったまま飲んでいた。見目がいいとなにやっても様になるのな。ジルの周りだけ立食パーティーの雰囲気が漂ってる気がする。そんなパーティー出たことないけど。

「なあ、なんで急に」
「うん? エリーが可愛い顔するから、我慢ができなくなっただけだ」
「いやいや、だからってここでって」
「ここでなかったら、どこでヤルんだ。それでなくても、またしばらく会えないのに」
「そうだけど……」

 なんか引っかかる。
 今までだってこの部屋でキスくらいなら何回もした。でも、ここまでなのはなかった。いつものジルじゃないようで、なんだか気分がモヤモヤする。見合いのことも気になるし。
 ここに来てからけっこうな時間がたってるからレオンが様子を見に来るんじゃないかと、そっちも気になるし。
 だって、俺が床に座り込んでお茶飲んでる理由をどう説明する?
 世間話してたとか?
 貴族と?
 床に座ったまま?
 ありえない。

「落ち着かないようだな」

 ジルはカップとソーサーを執務机に置いて、俺の前に屈みこみまっすぐに見てきた。なんとなくいたたまれなくて、俺は視線をそらしてしまう。

「もう、行かないと。レオンが心配してるかも」
「さあ。どうだろうな……」
「え? な、んっ」

 顎全体を大きな手で掴まれて、そのまま咬みつくようなキスをされる。ジルの舌はお茶と俺の精液の味がした。






 慌ててレオンのところに戻って謝ると、どうやらレオンも騎士団付きの従者の方にお茶をごちそうになっていたらしい。カタログ片手に色々と商品説明をしたそうだ。
 レオンは仕事してたのに、なんかスミマセン。
 遅くなった理由を特に聞かれることもなく、その日の配達を終えて店に戻った。書類の整理や明日の準備をして今日の仕事は終わりだ。帰りがけにレオンに飲みに誘われたがジルに言ったのと同じ理由で断った。

 俺の家は店から歩いて三十分くらいのところにある、平民向けの集合住宅だ。下の階に住めるのは平民でもそれなりに収入がある家だ。同じ一軒でも部屋の面積が広く部屋数も多い。反対に上の階層に行くほど狭く、部屋も少なくなっていく。最上階など、ほぼ屋根裏部屋だ。それでも寝られる場所があるだけましとばかりに、大家族が最上階に住んでたりする。うちは真ん中よりちょっと上。父親が亡くなったことで借金を背負ってしまったから。

 帰路の途中、商店街を通って売れ残っていたリンゴを母親にといくつか買った。
 甘酸っぱい香りが漂う紙袋を抱えて、歩きながら考える。

 結局、見合いのことを聞けなかった。というか、聞くのが怖かった。
 聞き出したせいで、突然その場で関係が終わってしまうかもと思うと、無理だった。
 いつかは離れないといけないと、頭では分かっているのだけど。
 いくら家の跡取りではなくても、ジルには立派な身分と肩書きがある。どこかの家のご令嬢と結婚して、子供をもうけるのが当たり前の世界の人なんだ。もし、ジルが結婚しても俺との関係を続けたいと言ってきても、断ろう。
 そんな関係は、よくない。
 そういえばレオンが言っていた。
 ジルの見合いは間に公爵が入っているから断れないだろうと。たとえ相手が好みの令嬢でなくとも、公爵は現国王の腹違いの弟君だ。身分的にも逆らえないし、ジルの出世は約束されたようなものだろう。

 深いため息がこぼれる。
 見合いの前に、ジルから離れよう。
 辛いけど、仕方ない。
 ジルの未来に平民の俺は必要ない。
 胸がじくじくと痛む。目頭が熱くて、泣きそう。でも格好悪いから、おでこを掻くふりをしてごまかす。
 ジルと別れて困るのは、仕事で顔を合わせる可能性があること。関係を持たなくなれば、納品日にジルが執務室にいることもないはず。
 でも、絶対じゃない。
 別れていくらも立たないうちに顔を見るのは辛すぎる。
 仕事、変わろうかなぁ。前みたいにパン焼くか。家の収入が減ってしまうけど、俺の家族だったら反対はしないはず。……たぶん。
 だから、次に会うのが最後だ。






 もう何度目になるのか分からないため息をつきながら、玄関を開ける。
 と、奥から大きな音を立てながら、物凄い勢いで兄貴が出てきた。
「あれ、今日は早いんだな。そんなに慌ててどうした?」
「どうしたもこうしたもねえ! 来い!!」

 とんでもない形相の兄貴に腕を掴まれて、引きずられるように部屋に入る。

「痛いって。おい。なんだよっ……て、え?」

 食堂兼居間にある、質素でたいして大きくもないダイニングテーブル。その上に包装された大小様々な箱と、小ぶりだけど品よく華やかにまとめられた花束が、溢れんばかりに積んであった。
 そのそばに、困った顔の母親が立っている。

「なにこれ! 高そうな箱! どうしたんだよ?」
「だから! どうしたもこうしたもねえ! これ見ろ!」

 兄貴が二つ折りのメッセージカードを俺の目の前に出してきた。全く状況が理解できないままそれに目を通して、俺は固まってしまう。



『一日でも早い回復を祈って    エリオットの友人ジルより』

                                                

「ジル……」

 それはまぎれもなく、ジル直筆のメッセージ。
 でも、なんで?
 これはもしや、お見舞い?
 母さんの?
 なんで?
 頭の中が疑問で埋め尽くされて立ち尽くす俺の肩に兄貴が手を置く。

「おい。どこの貴族を誑し込んだ」
「たらし……」

 振り返って見た兄貴の顔は、口は笑っているのに目は血走っているという、すごいことになってた。

「どっかの使用人らしき人が持って来たんだよ。母さんの見舞いだって」

 やっぱり見舞いだったのか、これは。訓練場で会ったときに風邪のこと話したからか。

「おいっ。誰だって聞いてるだろ!」

 分からない。ジルの意図が全く分からなくて、頭も働いてなかったし、だからついぽろっと言ってしまった。

「ジェラルド・ブレイ・ノールダム騎士団長……」
「ひぃっ」

 母親が小さな悲鳴を上げた。
 兄貴はしばらくの間この世の終わりみたいな顔をしていた。

 うちの家族は、俺が同性にしか興味がないのを知っている。
 別に宣言したわけではないが、子供の頃の様子からそれとなく察していたようだ。別段、そのことを咎められたり女性に目を向けるように強制されたこともない。
 暗黙の了解というか、そんな感じ。
 ただ、相手が貴族となると話は違ってくるわけで。
 俺たち平民は、どうあがいても貴族には敵わない。たとえそれが冤罪を擦り付けられたと、誰が見ても明らかであったとしても。
 もちろんジルはそんなことする男じゃない。でも他の貴族は違うかもしれない。
 邪魔だと思えば、俺たち一家なんて簡単に消せるだろう。

 だから。
 家族を守るためにも、別れたほうがいい。




     
       
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