平民男子と騎士団長の行く末

きわ

文字の大きさ
3 / 23

しおりを挟む
 まさかこの部屋でイカされるとは……。

 さすがにあれ以上ジルに可愛がられることはなかったが、足に力が入らなくて立てない。だから壁に寄りかかって床に座っている。身なりはなんとか整えた!
 その間にジルが香りのいいお茶を淹れてくれたからそのまま飲む。
 甘党の俺のために砂糖もミルクもたっぷり入っていてとても美味しい。ジルは俺の横で立ったまま飲んでいた。見目がいいとなにやっても様になるのな。ジルの周りだけ立食パーティーの雰囲気が漂ってる気がする。そんなパーティー出たことないけど。

「なあ、なんで急に」
「うん? エリーが可愛い顔するから、我慢ができなくなっただけだ」
「いやいや、だからってここでって」
「ここでなかったら、どこでヤルんだ。それでなくても、またしばらく会えないのに」
「そうだけど……」

 なんか引っかかる。
 今までだってこの部屋でキスくらいなら何回もした。でも、ここまでなのはなかった。いつものジルじゃないようで、なんだか気分がモヤモヤする。見合いのことも気になるし。
 ここに来てからけっこうな時間がたってるからレオンが様子を見に来るんじゃないかと、そっちも気になるし。
 だって、俺が床に座り込んでお茶飲んでる理由をどう説明する?
 世間話してたとか?
 貴族と?
 床に座ったまま?
 ありえない。

「落ち着かないようだな」

 ジルはカップとソーサーを執務机に置いて、俺の前に屈みこみまっすぐに見てきた。なんとなくいたたまれなくて、俺は視線をそらしてしまう。

「もう、行かないと。レオンが心配してるかも」
「さあ。どうだろうな……」
「え? な、んっ」

 顎全体を大きな手で掴まれて、そのまま咬みつくようなキスをされる。ジルの舌はお茶と俺の精液の味がした。






 慌ててレオンのところに戻って謝ると、どうやらレオンも騎士団付きの従者の方にお茶をごちそうになっていたらしい。カタログ片手に色々と商品説明をしたそうだ。
 レオンは仕事してたのに、なんかスミマセン。
 遅くなった理由を特に聞かれることもなく、その日の配達を終えて店に戻った。書類の整理や明日の準備をして今日の仕事は終わりだ。帰りがけにレオンに飲みに誘われたがジルに言ったのと同じ理由で断った。

 俺の家は店から歩いて三十分くらいのところにある、平民向けの集合住宅だ。下の階に住めるのは平民でもそれなりに収入がある家だ。同じ一軒でも部屋の面積が広く部屋数も多い。反対に上の階層に行くほど狭く、部屋も少なくなっていく。最上階など、ほぼ屋根裏部屋だ。それでも寝られる場所があるだけましとばかりに、大家族が最上階に住んでたりする。うちは真ん中よりちょっと上。父親が亡くなったことで借金を背負ってしまったから。

 帰路の途中、商店街を通って売れ残っていたリンゴを母親にといくつか買った。
 甘酸っぱい香りが漂う紙袋を抱えて、歩きながら考える。

 結局、見合いのことを聞けなかった。というか、聞くのが怖かった。
 聞き出したせいで、突然その場で関係が終わってしまうかもと思うと、無理だった。
 いつかは離れないといけないと、頭では分かっているのだけど。
 いくら家の跡取りではなくても、ジルには立派な身分と肩書きがある。どこかの家のご令嬢と結婚して、子供をもうけるのが当たり前の世界の人なんだ。もし、ジルが結婚しても俺との関係を続けたいと言ってきても、断ろう。
 そんな関係は、よくない。
 そういえばレオンが言っていた。
 ジルの見合いは間に公爵が入っているから断れないだろうと。たとえ相手が好みの令嬢でなくとも、公爵は現国王の腹違いの弟君だ。身分的にも逆らえないし、ジルの出世は約束されたようなものだろう。

 深いため息がこぼれる。
 見合いの前に、ジルから離れよう。
 辛いけど、仕方ない。
 ジルの未来に平民の俺は必要ない。
 胸がじくじくと痛む。目頭が熱くて、泣きそう。でも格好悪いから、おでこを掻くふりをしてごまかす。
 ジルと別れて困るのは、仕事で顔を合わせる可能性があること。関係を持たなくなれば、納品日にジルが執務室にいることもないはず。
 でも、絶対じゃない。
 別れていくらも立たないうちに顔を見るのは辛すぎる。
 仕事、変わろうかなぁ。前みたいにパン焼くか。家の収入が減ってしまうけど、俺の家族だったら反対はしないはず。……たぶん。
 だから、次に会うのが最後だ。






 もう何度目になるのか分からないため息をつきながら、玄関を開ける。
 と、奥から大きな音を立てながら、物凄い勢いで兄貴が出てきた。
「あれ、今日は早いんだな。そんなに慌ててどうした?」
「どうしたもこうしたもねえ! 来い!!」

 とんでもない形相の兄貴に腕を掴まれて、引きずられるように部屋に入る。

「痛いって。おい。なんだよっ……て、え?」

 食堂兼居間にある、質素でたいして大きくもないダイニングテーブル。その上に包装された大小様々な箱と、小ぶりだけど品よく華やかにまとめられた花束が、溢れんばかりに積んであった。
 そのそばに、困った顔の母親が立っている。

「なにこれ! 高そうな箱! どうしたんだよ?」
「だから! どうしたもこうしたもねえ! これ見ろ!」

 兄貴が二つ折りのメッセージカードを俺の目の前に出してきた。全く状況が理解できないままそれに目を通して、俺は固まってしまう。



『一日でも早い回復を祈って    エリオットの友人ジルより』

                                                

「ジル……」

 それはまぎれもなく、ジル直筆のメッセージ。
 でも、なんで?
 これはもしや、お見舞い?
 母さんの?
 なんで?
 頭の中が疑問で埋め尽くされて立ち尽くす俺の肩に兄貴が手を置く。

「おい。どこの貴族を誑し込んだ」
「たらし……」

 振り返って見た兄貴の顔は、口は笑っているのに目は血走っているという、すごいことになってた。

「どっかの使用人らしき人が持って来たんだよ。母さんの見舞いだって」

 やっぱり見舞いだったのか、これは。訓練場で会ったときに風邪のこと話したからか。

「おいっ。誰だって聞いてるだろ!」

 分からない。ジルの意図が全く分からなくて、頭も働いてなかったし、だからついぽろっと言ってしまった。

「ジェラルド・ブレイ・ノールダム騎士団長……」
「ひぃっ」

 母親が小さな悲鳴を上げた。
 兄貴はしばらくの間この世の終わりみたいな顔をしていた。

 うちの家族は、俺が同性にしか興味がないのを知っている。
 別に宣言したわけではないが、子供の頃の様子からそれとなく察していたようだ。別段、そのことを咎められたり女性に目を向けるように強制されたこともない。
 暗黙の了解というか、そんな感じ。
 ただ、相手が貴族となると話は違ってくるわけで。
 俺たち平民は、どうあがいても貴族には敵わない。たとえそれが冤罪を擦り付けられたと、誰が見ても明らかであったとしても。
 もちろんジルはそんなことする男じゃない。でも他の貴族は違うかもしれない。
 邪魔だと思えば、俺たち一家なんて簡単に消せるだろう。

 だから。
 家族を守るためにも、別れたほうがいい。




     
       
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

憧れのスローライフは計画的に

朝顔
BL
2022/09/14 後日談追加しました。 BLゲームの世界の悪役令息に憑依してしまった俺。 役目を全うして、婚約破棄から追放エンドを迎えた。 全て計画通りで、憧れのスローライフを手に入れたはずだった。 誰にも邪魔されない田舎暮らしで、孤独に生きていこうとしていたが、謎の男との出会いが全てを変えていく……。 ◇ハッピーエンドを迎えた世界で、悪役令息だった主人公のその後のお話。 ◇謎のイケメン神父様×恋に後ろ向きな元悪役令息 ◇他サイトで投稿あり。

名もなき花は愛されて

朝顔
BL
シリルは伯爵家の次男。 太陽みたいに眩しくて美しい姉を持ち、その影に隠れるようにひっそりと生きてきた。 姉は結婚相手として自分と同じく完璧な男、公爵のアイロスを選んだがあっさりとフラれてしまう。 火がついた姉はアイロスに近づいて女の好みや弱味を探るようにシリルに命令してきた。 断りきれずに引き受けることになり、シリルは公爵のお友達になるべく近づくのだが、バラのような美貌と棘を持つアイロスの魅力にいつしか捕らわれてしまう。 そして、アイロスにはどうやら想う人がいるらしく…… 全三話完結済+番外編 18禁シーンは予告なしで入ります。 ムーンライトノベルズでも同時投稿 1/30 番外編追加

特等席は、もういらない

香野ジャスミン
BL
好きな人の横で笑うことができる。 恋心を抱いたまま、隣に入れる特等席。 誰もがその場所を羨んでいた。 時期外れの転校生で事態は変わる。 ※エブリスタ、ムーンライトノベルズでも同時公開してます 僕の居場所も、彼の気持ちも...。 距離を置くことになってしまった主人公に近付いてきたのは...。

ハコ入りオメガの結婚

朝顔
BL
オメガの諒は、ひとり車に揺られてある男の元へ向かった。 大昔に家同士の間で交わされた結婚の約束があって、諒の代になって向こうから求婚の連絡がきた。 結婚に了承する意思を伝えるために、直接相手に会いに行くことになった。 この結婚は傾いていた会社にとって大きな利益になる話だった。 家のために諒は自分が結婚しなければと決めたが、それには大きな問題があった。 重い気持ちでいた諒の前に現れたのは、見たことがないほど美しい男だった。 冷遇されるどころか、事情を知っても温かく接してくれて、あるきっかけで二人の距離は近いものとなり……。 一途な美人攻め×ハコ入り美人受け オメガバースの設定をお借りして、独自要素を入れています。 洋風、和風でタイプの違う美人をイメージしています。 特に大きな事件はなく、二人の気持ちが近づいて、結ばれて幸せになる、という流れのお話です。 全十四話で完結しました。 番外編二話追加。 他サイトでも同時投稿しています。

男だって愛されたい!

朝顔
BL
レオンは雑貨店を営みながら、真面目にひっそりと暮らしていた。 仕事と家のことで忙しく、恋とは無縁の日々を送ってきた。 ある日父に呼び出されて、妹に王立学園への入学の誘いが届いたことを知らされる。 自分には関係のないことだと思ったのに、なぜだか、父に関係あると言われてしまう。 それには、ある事情があった。 そしてその事から、レオンが妹の代わりとなって学園に入学して、しかも貴族の男性を落として、婚約にまで持ちこまないといけないはめに。 父の言うとおりの相手を見つけようとするが、全然対象外の人に振り回されて、困りながらもなぜだか気になってしまい…。 苦労人レオンが、愛と幸せを見つけるために奮闘するお話です。

【本編完結】最強S級冒険者が俺にだけ過保護すぎる!

天宮叶
BL
前世の世界で亡くなった主人公は、突然知らない世界で知らない人物、クリスの身体へと転生してしまう。クリスが眠っていた屋敷の主であるダリウスに、思い切って事情を説明した主人公。しかし事情を聞いたダリウスは突然「結婚しようか」と主人公に求婚してくる。 なんとかその求婚を断り、ダリウスと共に屋敷の外へと出た主人公は、自分が転生した世界が魔法やモンスターの存在するファンタジー世界だと気がつき冒険者を目指すことにするが____ 過保護すぎる大型犬系最強S級冒険者攻めに振り回されていると思いきや、自由奔放で強気な性格を発揮して無自覚に振り回し返す元気な受けのドタバタオメガバースラブコメディの予定 要所要所シリアスが入ります。

生まれ変わったら知ってるモブだった

マロン
BL
僕はとある田舎に小さな領地を持つ貧乏男爵の3男として生まれた。 貧乏だけど一応貴族で本来なら王都の学園へ進学するんだけど、とある理由で進学していない。 毎日領民のお仕事のお手伝いをして平民の困り事を聞いて回るのが僕のしごとだ。 この日も牧場のお手伝いに向かっていたんだ。 その時そばに立っていた大きな樹に雷が落ちた。ビックリして転んで頭を打った。 その瞬間に思い出したんだ。 僕の前世のことを・・・この世界は僕の奥さんが描いてたBL漫画の世界でモーブル・テスカはその中に出てきたモブだったということを。

お客様と商品

あかまロケ
BL
馬鹿で、不細工で、性格最悪…なオレが、衣食住提供と引き換えに体を売る相手は高校時代一度も面識の無かったエリートモテモテイケメン御曹司で。オレは商品で、相手はお客様。そう思って毎日せっせとお客様に尽くす涙ぐましい努力のオレの物語。(*ムーンライトノベルズ・pixivにも投稿してます。)

処理中です...