無能な神の寵児

鈴丸ネコ助

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異世界放浪篇

第32話 器の成就

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「じゃあ、あの人は…」 

シノアの問いに静かに頷くヴァルハザク。

「そうだ。正真正銘の妖刀、紅桜。意志を持つ刀だ」

その言葉と共にヴァルハザクは目でシノアに問いかける。
即ち─強かっただろう─と。

「…正直遊ばれているとしか思えなかった。あの強さは…異常だ」
「おそらく、フィリア様に匹敵…いや、下手をするとそれ以上かも知れん」

ヴァルハザクの言葉に前々から気になっていたことを口にする。

「あの…気になっていたんですけどヴァルハザクさんとフィリアさんの関係って…」
「ククッ…お前さんがワシの弟弟子と言えばわかるか?」

かなり正確な答えなのだが、逆にシノアは混乱する。
フィリアはどう頑張っても20ギリギリといったところだ。
対するヴァルハザクは65。どう考えても年齢が合わない。
フィリアが師事したならわかるのだが、逆となると時系列がおかしいのでは?と思ってしまうのだ。

シノアの混乱を他所にヴァルハザクは勝手に話を進める。

「─つまり、あれを手にするには勝つしかないということだ」
「…僕が勝てると思ったんですか?」

シノアの言葉に思わず吹き出してしまうヴァルハザク。

「ガッハッハッ!まさか。勝てるわけないだろう」

そして、シノアと紅桜をぶつけた狙いを話す。

「強者との戦いは勝とうが負けようが自身を成長させる。あれ程の強者と戦える機会は滅多にないからな」
「そうですか…」

かなり脳筋的思考だが理にはかなっているため、何も言い返せないシノア。
そんなシノアを無視してヴァルハザクはこれからのことを尋ねる。

「シノアよ、これからどうするつもりだ?」

突然、今後のことを尋ねられ戸惑うシノアだったが、ある程度フィリアと話し合って決めていたためそれを話す。

「ふむ…なるほど。これまで通り世界をか…」
「はい、勉強にもなりますし、色々な文化を見るのは面白いですから」
「フフッ…それはいい。せいぜい楽しめ。たまには顔を見せに来るのだぞ?」

その後ヴァルハザクから刀の手入れの手解きを少し受け、シノアはフィリアが休んでいる宿屋へと向かった。

◇◇◇

宿屋の扉を開けるとテーブルで牛(のような魔物)肉の炒め物チーズ和えを頬張るフィリアがいた。

「フィリアさん、二日酔いは治りましたか?」
「もふろんだぉよ。ほふなことよふ、ふごふふごふ」
「えっと…人間の言葉で話してください…」

シノアに掌を突き出し、“ちょっと待った!”のポーズを取ると一生懸命口をもぐもぐさせ、ゴクリと心地の良い音を出し飲み込む。

「ふぅ…もちろんだよ!そんなことより、この料理美味しいから食べてみて!」

その言葉に苦笑いしながらも席につき口にするシノア。

「はむっ…んっ、お、おいしい…」
「でしょ!いやーシノアなら絶対好きだと思ったよ」

くすくすと笑うフィリアにつられてシノアもついつい笑ってしまう。
それから2人はしばらく、雑談に明け暮れた。

「お~とうとうシノアも冒険者か…ていうか、一日でBランクって早すぎじゃない?」
「ヴァルハザクさんが無理な依頼をかなり押し付けてくれたので…」
「相変わらずか~」

ワインが入ったグラスをテイスティングするようにくるくると弄ぶフィリアは少し表情に影を落とす。
だが、シノアが気付く前にすぐに笑顔が戻り思い出したようにあるものを取り出す。

「そういえば、これお祝いだよ!」
「なんですか…?これ…」

包に覆われたそれは、触った感じから本のようなものであることがわかる。
まさかと思い、少し焦りながら包を外すと、果てしてそこにはシノアの望むとおりのものがあった。

「中級混沌魔法指南書!!」

シノアが驚いている横では“ドヤっ”と音がしそうなほど見事なドヤ顔を披露するフィリアがいた。

「ふっふっふっ。街を散策してたらたまたま見つけてしまってね…これはもう買うしかないと思ったの!」
「すごすぎる…まさか本当に手に入るなんて…」
「前の約束と冒険者登録のお祝いだよ。大切にするんだよ~?」
「はい!もちろんです!!」

本に頬ずりしながら誓うシノアに思わず笑みをこぼしてしまうフィリア。
しばらく2人に幸福な時間が訪れた。

◇◇◇

「邪魔だ邪魔だ!どけどけー!次期国王のお通りだー!!」

閑静な通りに男の怒声が響き渡る。

ここは絶対君主制のアウトクラシア皇国。
900年前に建国され、以来世襲制の貴族至上国家だ。
重い税と貢物に国民は苦しめられており、逆らえば殺されるため今では誰一人として家から出ようとはしない。
だが、それでも日々の買い出しや生活必需品は買わざるを得ないため、街頭を歩くものは少なくない。

「ひっ…」
「邪魔だってのが聞こえねぇのかぁ?!轢き殺すぞオラァ!」

老婆が馬車に轢かれかけるが既の所で路地に入り、大惨事は免れた。
もっとも馬車をひいていた男は残念そうな顔をしていたが。

「これこれ、やめないか。国民が怯えるだろう」

一切止める気はないであろう顔でそう宣うのは、アウトクラシア皇国次期天皇、イディオータ=アンベシル・ドゥラーク。今年で齢27だが、正妻はいない。

「陛下、失礼ながらそろそろ妃を取られないのですかな?」

同乗していた大臣のような男がニヤニヤと笑いながら尋ねる。
それをまた、心底気持ちの悪い笑みで返す次期天皇。

「そうよなぁ…そろそろ私も歳だし、娶らねばな」
「しかし、陛下に似合う女人となるとそうそうおりませんぞ」

大臣風の男の煽てに調子に乗るイディオータ。

「そうよな。私に似合う女となると、相当上玉でないとな!」
「ええ、ええ、そうですとも。ここは他の国の王族を娶るなどは?」
「ひっひっひっ、それも悪くは無いかもしれんな」

愚か者達は静かな街道を呵呵大笑しながら悠々と馬車に揺られる。
自分に、いや、自分達の国そのものに滅びが訪れることを未だ知らずに…
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