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聖母喪失篇
第33話 不吉の前触れ
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水上都市アルゴネアを出てはや9ヶ月、2人は新たな国に向けて出会う人々を救いながら旅をしていた。
旅をし始めて1年が経つ2人はとても仲睦まじい。まさしく水魚之交といったところか。
狩りも阿吽の呼吸で、相手の望むことが手に取るようにわかるほどだ。
「シノア!」
「“原初の炎、我が意思の元、焼き付くし、業火をもたらせ、豪炎爆撃波!」
シノアの詠唱により、オオカミのような魔物─ヴォルク─が焼かれる。
だが、致命傷には至らず火傷により更なる苛立ちを与えたようだ。
ヴォルクがシノアに向かって駆け出そうとするが頭の上からギロチンのように降ってきた剣に首を切られ、絶命する。
「ふぅ…お疲れ様シノア。炎系の中級もだいぶ短い詠唱で撃てるようになってきたね」
「なんだかアルゴネアを出てから調子が良くて…なんででしょうかね…」
「もしかしたらあのスキルを無くしたからじゃない?枷になってたのかもしれないね」
フィリアの言う通り、シノアは唯一持っていた固有名スキル、“神の器”を無くしている。
冒険者登録をした時はまだあったのだが、原因は不明だ。
また、スキルを失ったことによるのかはわからないが、シノアの両眼は微かに赤みを帯びている。
別段目が悪くなったり、見え方が変になっていたりはしないのだが、シノアは─
「こ、これじゃあまるで厨二病じゃないか…」
と、片膝をついて絶望した。
眼だけでなく、ステータス面にも変化が生じた。
今まで何をしても上がらなかったレベルが変動したのだ。
現在、シノアのレベルは3でほかの召喚者とは比べ物にならないほど低いが、それでも本人は満足している。ようやく、伸び代が見つかったからだ。
「あ、フィリアさん宿屋が見えましたよ。今日はあそこで休んでいきましょう」
「そろそろ暗くなってきたし、ちょうどいいかもね。そうしよう」
狩りを終えた二人は宿屋を見つけ、ゆっくりと歩き出す。
その宿屋は少し寂れてはいたが、繁盛はしているようで活気はあった。
「カランカラン♪」
心地の良い音を立てて宿屋の扉が開き、店内の様子が顕になる。
バーカウンターを備えた受付に3台ほどのテーブル、鍵の数から察するに部屋の数は6つあるようだ。
「いらっしゃい!お泊まりかい?」
受付に行くとふくよかな40代ほどの女性が対応してくれた。
目の下に若干のクマが見受けられるが元気がないわけではないようだ。
「はい、それから夕食も頂けますか?」
「はいよ!なにか希望はあるかい?」
「えっと…それじゃあ─」
夕食の希望を告げ、料金を払い3階にある部屋に向かう2人。
部屋は一人用ベッドが2つとテーブル1つというシンプルなものだった。
シノアは早速カバンから本を取り出し、勉強を始める。
「私は下で少し情報収集してくるから、1時間後にちゃんと降りてくるんだよ?」
「はい!1時間で終わりそうなので大丈夫ですよ。フィリアさんも飲みすぎないでくださいね」
「うっ…バレてたか…」
フィリアは情報収集と称して酒を飲もうとしていた。それを見越したシノアはきちんと注意し、アルゴネアの時の二の舞にならないように願う。
1階に降り、テーブルに座ると店員が注文を取りにやってきた。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
「えっと、ワインの赤を。それから─」
ワインと適当なつまみを注文したフィリアの耳に気になる言葉が入ってきた。
これから行く予定のアウトクラシア皇国のことだ。
「おい、聞いたか?例の噂…」
「あぁ…また旅人の女が攫われたらしいぜ…」
「まじかよ…なんて国だよ。たしか次期国王が相当ヤバいらしいが…」
冒険者風の男3人組が話し込んでおり、かなり内情に詳しいようだった。
自分の席にワインとつまみが運ばれてきたため、それを持って男達の席へ行く。
「ここ、いいですか?」
「あん?なんだ、お、まえは…」
突然話の腰を折られたことに怪訝そうな顔をした男だったがフィリアの美貌にあてられ言葉を失う。
そしてさっきの顔が嘘のようにだらしなく笑い、フィリアを招く。
「いやーこんな綺麗な人と呑めるなんて生きててよかった…」
「おい、お前ほんとに泣くなよ。フィリアさんも引いてるぞ?」
「そうだよ、そんなんだからお前はモテないんだよ」
「うるせー!おめーらに何がわかるんだよ!」
酒を飲みながらワイワイする男達をワインを片手に眺めるフィリア。
しばらく談笑し、男二人が酔い潰れた所で心な部分を聞き出す。
「あの、さっき話されてたこと…アウトクラシア皇国のことですよね?」
その言葉に空気が冷たくなるのを感じる。
「フィリアさん…あんたあそこの人かい?」
今までのにやけ顔が嘘のように真剣な表情で尋ねる男。
その表情にフィリアも真剣な言葉を返す。
「いえ…旅の都合上、あの国を通らないといけないんですけどあまり評判が良くないなら別のルートを探そうかと」
フィリアの言葉に嘘偽りがないことを悟り態度を和らげる男。
「なんだ、そういうことか…てっきり、俺はフィリアさんがあの国の密偵かと…」
「あはは、誤解させたようでごめんなさい」
「いやいや!フィリアさんは悪くないんだ。俺達が変な話してたからさ」
フィリアの笑顔にてれてれと笑う男だったが、質問に答えるため表情を真剣なものに戻す。
「フィリアさん、出来ることならあの国は行かないことをオススメする。特にあんたみたいに綺麗な人をあの国ではどうなるかわからない」
「どうなるか…それは一体…」
フィリアの疑問にゆっくりと頷き、カバンから紙のようなものを取り出す。
「!…これは…瞬間記録装置による写真?」
フィリアが驚くのも無理はない。そこには異世界には決してないであろう、写真が存在していたのだ。
「博識だな。そうだ、これは写真だ。あの国は産業の発達がとんでもない。技術力に関して右に出るものはいないだろう」
かなり画質もよく、色合いも悪くないそれはシノアの転生前の世界の写真と言っても差し支えないものだった。
そしてそこに写っていたのは、鎖で両手両足を繋がれ街頭を城に向かって歩かされる女達の姿だった。
「ひどい…自分の国民にこんなことをするなんて…」
「国民だけじゃないさ…旅人や、他の国から買った奴隷、他の国から攫ってきた女もその扱いだ」
男の言葉に思わず言葉を失うフィリア。
国民だけでなく、他の国の住民にまで手を出しているとなると国際問題に発展することもある。
こんなことが公に出れば間違いなく戦争になるだろう。
「どうして、他の国は何も言わないんですか?」
「最初に言った通りさ。あの国の技術力だ。あの国に喧嘩を売ればその優れた製品を入手出来なくなる。戦争においても、圧倒的な兵力で叩き潰さない限り勝ち目はないだろう」
その言葉に歯噛みするフィリア。ここまで根本から腐っている国は神聖国家イ・サント以来だ。
「…わかったかい?俺があの国に行くことを勧めない理由が」
「とてもよく分かりました。ありがとうございます」
頭を下げるフィリアだったが、その目から意志は消えていない。むしろ強くなったように感じる。
それを察した男は苦笑いしながらもフィリアに問う。
「だが、行くんだろう?」
「はい、もちろん」
その言葉に心配そうな顔をする男だったが、フィリアが取り出したものを見て目を見開く。
「な…!フィリアさん…あんた…」
「はい、だから大丈夫です。ご心配は本当に嬉しいけど行きます。もしできたら─」
もしできたら彼女たちを解放したい、という言葉はおそらく男達の耳には届いていなかっただろう。
フィリアがいなくなったことで起きた男二人は、フィリアと話していた男が面食らった顔をしていたため、仔細を尋ねる。
「おい、どうしんだ、その顔。てか、フィリアさんは?」
「…あの人はアウトクラシア皇国に行くそうだ」
「は?!なんでとめなかったんだよ!攫われちまう!」
起きた男の言葉を、フィリアと話していた男は鼻で笑う。
即ち“そんなことはありえない”と。
「ありえねえよ…そんなこと。あの人は…伝説だ」
「は?伝説ってどういうことだよ?」
男の意味不明な答えに思わず怪訝そうな顔をするが、次の言葉を聞き目を見開くこととなった。
「あの人は…伝説の冒険者…ただ一人存在するS+ランク…」
男はそこで言葉を切り、生唾を飲み込みさらに続けた。
「…戦場の熾天使…フィリア・トールだ」
旅をし始めて1年が経つ2人はとても仲睦まじい。まさしく水魚之交といったところか。
狩りも阿吽の呼吸で、相手の望むことが手に取るようにわかるほどだ。
「シノア!」
「“原初の炎、我が意思の元、焼き付くし、業火をもたらせ、豪炎爆撃波!」
シノアの詠唱により、オオカミのような魔物─ヴォルク─が焼かれる。
だが、致命傷には至らず火傷により更なる苛立ちを与えたようだ。
ヴォルクがシノアに向かって駆け出そうとするが頭の上からギロチンのように降ってきた剣に首を切られ、絶命する。
「ふぅ…お疲れ様シノア。炎系の中級もだいぶ短い詠唱で撃てるようになってきたね」
「なんだかアルゴネアを出てから調子が良くて…なんででしょうかね…」
「もしかしたらあのスキルを無くしたからじゃない?枷になってたのかもしれないね」
フィリアの言う通り、シノアは唯一持っていた固有名スキル、“神の器”を無くしている。
冒険者登録をした時はまだあったのだが、原因は不明だ。
また、スキルを失ったことによるのかはわからないが、シノアの両眼は微かに赤みを帯びている。
別段目が悪くなったり、見え方が変になっていたりはしないのだが、シノアは─
「こ、これじゃあまるで厨二病じゃないか…」
と、片膝をついて絶望した。
眼だけでなく、ステータス面にも変化が生じた。
今まで何をしても上がらなかったレベルが変動したのだ。
現在、シノアのレベルは3でほかの召喚者とは比べ物にならないほど低いが、それでも本人は満足している。ようやく、伸び代が見つかったからだ。
「あ、フィリアさん宿屋が見えましたよ。今日はあそこで休んでいきましょう」
「そろそろ暗くなってきたし、ちょうどいいかもね。そうしよう」
狩りを終えた二人は宿屋を見つけ、ゆっくりと歩き出す。
その宿屋は少し寂れてはいたが、繁盛はしているようで活気はあった。
「カランカラン♪」
心地の良い音を立てて宿屋の扉が開き、店内の様子が顕になる。
バーカウンターを備えた受付に3台ほどのテーブル、鍵の数から察するに部屋の数は6つあるようだ。
「いらっしゃい!お泊まりかい?」
受付に行くとふくよかな40代ほどの女性が対応してくれた。
目の下に若干のクマが見受けられるが元気がないわけではないようだ。
「はい、それから夕食も頂けますか?」
「はいよ!なにか希望はあるかい?」
「えっと…それじゃあ─」
夕食の希望を告げ、料金を払い3階にある部屋に向かう2人。
部屋は一人用ベッドが2つとテーブル1つというシンプルなものだった。
シノアは早速カバンから本を取り出し、勉強を始める。
「私は下で少し情報収集してくるから、1時間後にちゃんと降りてくるんだよ?」
「はい!1時間で終わりそうなので大丈夫ですよ。フィリアさんも飲みすぎないでくださいね」
「うっ…バレてたか…」
フィリアは情報収集と称して酒を飲もうとしていた。それを見越したシノアはきちんと注意し、アルゴネアの時の二の舞にならないように願う。
1階に降り、テーブルに座ると店員が注文を取りにやってきた。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
「えっと、ワインの赤を。それから─」
ワインと適当なつまみを注文したフィリアの耳に気になる言葉が入ってきた。
これから行く予定のアウトクラシア皇国のことだ。
「おい、聞いたか?例の噂…」
「あぁ…また旅人の女が攫われたらしいぜ…」
「まじかよ…なんて国だよ。たしか次期国王が相当ヤバいらしいが…」
冒険者風の男3人組が話し込んでおり、かなり内情に詳しいようだった。
自分の席にワインとつまみが運ばれてきたため、それを持って男達の席へ行く。
「ここ、いいですか?」
「あん?なんだ、お、まえは…」
突然話の腰を折られたことに怪訝そうな顔をした男だったがフィリアの美貌にあてられ言葉を失う。
そしてさっきの顔が嘘のようにだらしなく笑い、フィリアを招く。
「いやーこんな綺麗な人と呑めるなんて生きててよかった…」
「おい、お前ほんとに泣くなよ。フィリアさんも引いてるぞ?」
「そうだよ、そんなんだからお前はモテないんだよ」
「うるせー!おめーらに何がわかるんだよ!」
酒を飲みながらワイワイする男達をワインを片手に眺めるフィリア。
しばらく談笑し、男二人が酔い潰れた所で心な部分を聞き出す。
「あの、さっき話されてたこと…アウトクラシア皇国のことですよね?」
その言葉に空気が冷たくなるのを感じる。
「フィリアさん…あんたあそこの人かい?」
今までのにやけ顔が嘘のように真剣な表情で尋ねる男。
その表情にフィリアも真剣な言葉を返す。
「いえ…旅の都合上、あの国を通らないといけないんですけどあまり評判が良くないなら別のルートを探そうかと」
フィリアの言葉に嘘偽りがないことを悟り態度を和らげる男。
「なんだ、そういうことか…てっきり、俺はフィリアさんがあの国の密偵かと…」
「あはは、誤解させたようでごめんなさい」
「いやいや!フィリアさんは悪くないんだ。俺達が変な話してたからさ」
フィリアの笑顔にてれてれと笑う男だったが、質問に答えるため表情を真剣なものに戻す。
「フィリアさん、出来ることならあの国は行かないことをオススメする。特にあんたみたいに綺麗な人をあの国ではどうなるかわからない」
「どうなるか…それは一体…」
フィリアの疑問にゆっくりと頷き、カバンから紙のようなものを取り出す。
「!…これは…瞬間記録装置による写真?」
フィリアが驚くのも無理はない。そこには異世界には決してないであろう、写真が存在していたのだ。
「博識だな。そうだ、これは写真だ。あの国は産業の発達がとんでもない。技術力に関して右に出るものはいないだろう」
かなり画質もよく、色合いも悪くないそれはシノアの転生前の世界の写真と言っても差し支えないものだった。
そしてそこに写っていたのは、鎖で両手両足を繋がれ街頭を城に向かって歩かされる女達の姿だった。
「ひどい…自分の国民にこんなことをするなんて…」
「国民だけじゃないさ…旅人や、他の国から買った奴隷、他の国から攫ってきた女もその扱いだ」
男の言葉に思わず言葉を失うフィリア。
国民だけでなく、他の国の住民にまで手を出しているとなると国際問題に発展することもある。
こんなことが公に出れば間違いなく戦争になるだろう。
「どうして、他の国は何も言わないんですか?」
「最初に言った通りさ。あの国の技術力だ。あの国に喧嘩を売ればその優れた製品を入手出来なくなる。戦争においても、圧倒的な兵力で叩き潰さない限り勝ち目はないだろう」
その言葉に歯噛みするフィリア。ここまで根本から腐っている国は神聖国家イ・サント以来だ。
「…わかったかい?俺があの国に行くことを勧めない理由が」
「とてもよく分かりました。ありがとうございます」
頭を下げるフィリアだったが、その目から意志は消えていない。むしろ強くなったように感じる。
それを察した男は苦笑いしながらもフィリアに問う。
「だが、行くんだろう?」
「はい、もちろん」
その言葉に心配そうな顔をする男だったが、フィリアが取り出したものを見て目を見開く。
「な…!フィリアさん…あんた…」
「はい、だから大丈夫です。ご心配は本当に嬉しいけど行きます。もしできたら─」
もしできたら彼女たちを解放したい、という言葉はおそらく男達の耳には届いていなかっただろう。
フィリアがいなくなったことで起きた男二人は、フィリアと話していた男が面食らった顔をしていたため、仔細を尋ねる。
「おい、どうしんだ、その顔。てか、フィリアさんは?」
「…あの人はアウトクラシア皇国に行くそうだ」
「は?!なんでとめなかったんだよ!攫われちまう!」
起きた男の言葉を、フィリアと話していた男は鼻で笑う。
即ち“そんなことはありえない”と。
「ありえねえよ…そんなこと。あの人は…伝説だ」
「は?伝説ってどういうことだよ?」
男の意味不明な答えに思わず怪訝そうな顔をするが、次の言葉を聞き目を見開くこととなった。
「あの人は…伝説の冒険者…ただ一人存在するS+ランク…」
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「…戦場の熾天使…フィリア・トールだ」
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