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聖母喪失篇
第36話 不穏な影
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「見つけたぞ!こっちだ!」
「今度こそ捕らえろ!」
ここはアウトクラシア皇国、大通りの一角。
フードを被った二人が治安維持部隊に追いかけられている。
「フィリアさん!ぜんぜん警戒甘くないじゃないですか!」
「お、おかしい…私の計算が正しければっ…」
シノアとフィリアである。
事の発端は1時間ほど遡る…
「よし、それじゃあそろそろ行こうか」
「なんだもう行くのか?まぁ朝の方が警備は手薄だろうが…」
リアの宿屋で一夜を明かした二人はまだ警備が手薄な早朝に出掛けることにしたのだ。
そこでフィリアか迷案を思い付く。
「シノア、どうせなら大通りを通ろう」
「え?!でも、大通りは警備が厳しいのでは…」
シノアの推察に首を横に振るフィリア。
「ううん、敢えて、だよ。多分向こうも追われてるにも関わらず堂々と大通りを通るなんて思わないはず。裏をかけるよ」
「言われてみれば…たしかに…」
妙に説得力のあるフィリアの言葉に思わず納得し、それに賛成してしまうシノア。
そして冒頭のシーンに戻るという訳だ。
「へっへっ…ようやく見つけたぜ…」
首に矯正器具を巻いた男がシノアを睨み付ける。
「あ、あなたは…」
「ふっ…忘れるわけ…ねぇよな?」
「まさか…って誰でしたっけ?」
シノアの言葉に思わずズッコケる男。
「てめぇ!!人の首の骨折りかけといてそれはねぇだろ?!常識ってもんがお前にはねぇのか?!」
常識という言葉そのものを子宮に置いてきたと言わんばかりの男から常識を説かれ思わずムッとするシノア。
「へっ!まぁいい。宿屋での借り、返させてもらうぜ」
その言葉を皮切りに、シノアとフィリアを取り囲む。
もはや逃げ場はない。
「…仕方ないね。やるしかないか」
フィリアは覚悟を決め、剣を抜く。
だが、シノアは刀を握ったまま動けない。
また人を斬ってしまうかもしれないという恐怖がシノアの心を縛り付けるのだ。
これだけの大人数を相手に手加減などしていられないだろう。もしかすると殺してしまうかもしれない。
以前、初めて人を殺した時に言われた言葉がシノアの脳裏に思い起こされる。
「人殺しめ…」
まともに剣を振れないほどに手は震え、足元は覚束無い。顔もかなり青ざめていた。
そんなシノアの震える手に幾度となく感じてきた温もりが重ねられる。
「シノア、大丈夫だよ」
全てを包み込む微笑みと共に触れた手はいつの間にか離れていた。
そして、フィリアは剣を鞘に納めたまま構える。
「おい、あの女何してんだ?」
「さぁ…」
フィリアの奇行に兵士たちは困惑する。
だが、フィリアの言葉を聞いた瞬間それは激昴に変わる。
「あなたたちを相手に剣なんて抜いたら弱い者いじめになってしまう。殺さないであげるからさっさとかかってきて」
その言葉で兵士たちのほとんどはフィリアに殺意を向ける。
「このクソアマァ…やっちまえ!」
「ぶち殺してやる!」
フィリアの後ろ姿を見ているシノアはその優しさを感じ思わず、涙を堪える。
不殺を貫くことにより自分だけ殺せないという疎外感を無くし、敵のほとんどを相手することでシノアが不殺を貫けるようにする。
言葉では伝えられなくとも、その優しさは確かにシノアの心に届いた。
舞うように戦いを繰り広げるフィリアの少しでも助けになるようにとシノアも参戦する。
もちろん、桜小町は納刀したままだ。
「なんだよこいつら…」
フィリアの刀の薙ぎ払いが兵士たちの意識を刈り取る。
「なんでこんなに…」
シノアの桜小町の鞘頭の突きが兵士を沈める。
「出鱈目に…」
人一倍大きい男の顔面がシノアとフィリアの刀に二方向から殴られ、男の頭上に星が舞う。
「強いんだよ…」
残り一人となった男に二人の刀が突き付けられる。
勝負は着いた。
こうして治安維持部隊の一角は圧倒的な武力により壊滅した。
1人も死者を出さないという異例の事態と共に…
◇◇◇
「陛下、お耳に入れておきたいことがございます」
豪華絢爛な部屋に金銀財宝を散りばめた椅子とテーブルにつき、美酒佳肴を頬張る男が一人。
アウトクラシア皇国次期天皇であり、皇太子であるイディオータ=アンベシル・ドゥラークだ。
そんな彼の傍に控え耳打ちしているのは彼のお抱えの執事の一人だ。
「何?治安維持部隊がやられただと?」
執事から伝えられた滅多に聞かない報告に思わず食事を中断するイディオータ。
「それで、一体何があったのだ?」
「ハッ…どうやら妖しげな旅人2人を見つけた部隊の3人が誰何したところ、突然襲い掛かってきたとのことです」
事実とはかなり掛け離れた報告を次々とイディオータに告げる執事。
報告を全て聞き終えたイディオータは命令を下す。
すなわち─何としても旅人2人を始末しろ─と。
だが、執事の思い出したような報告を聞きそれを取りやめる。
「そういえば、旅人2人は滅多に見ない程、容姿端麗だったそうですが─」
「何?それを早く言わぬか!」
命令は変更される。必ず生きて捕らえろと。
そのためならどんな手段を使っても構わないと。
「奴らが利用した食事処、宿屋、市場全て調べ上げろ。必ず見つけ出し、私の元へ連れてこい!」
「今度こそ捕らえろ!」
ここはアウトクラシア皇国、大通りの一角。
フードを被った二人が治安維持部隊に追いかけられている。
「フィリアさん!ぜんぜん警戒甘くないじゃないですか!」
「お、おかしい…私の計算が正しければっ…」
シノアとフィリアである。
事の発端は1時間ほど遡る…
「よし、それじゃあそろそろ行こうか」
「なんだもう行くのか?まぁ朝の方が警備は手薄だろうが…」
リアの宿屋で一夜を明かした二人はまだ警備が手薄な早朝に出掛けることにしたのだ。
そこでフィリアか迷案を思い付く。
「シノア、どうせなら大通りを通ろう」
「え?!でも、大通りは警備が厳しいのでは…」
シノアの推察に首を横に振るフィリア。
「ううん、敢えて、だよ。多分向こうも追われてるにも関わらず堂々と大通りを通るなんて思わないはず。裏をかけるよ」
「言われてみれば…たしかに…」
妙に説得力のあるフィリアの言葉に思わず納得し、それに賛成してしまうシノア。
そして冒頭のシーンに戻るという訳だ。
「へっへっ…ようやく見つけたぜ…」
首に矯正器具を巻いた男がシノアを睨み付ける。
「あ、あなたは…」
「ふっ…忘れるわけ…ねぇよな?」
「まさか…って誰でしたっけ?」
シノアの言葉に思わずズッコケる男。
「てめぇ!!人の首の骨折りかけといてそれはねぇだろ?!常識ってもんがお前にはねぇのか?!」
常識という言葉そのものを子宮に置いてきたと言わんばかりの男から常識を説かれ思わずムッとするシノア。
「へっ!まぁいい。宿屋での借り、返させてもらうぜ」
その言葉を皮切りに、シノアとフィリアを取り囲む。
もはや逃げ場はない。
「…仕方ないね。やるしかないか」
フィリアは覚悟を決め、剣を抜く。
だが、シノアは刀を握ったまま動けない。
また人を斬ってしまうかもしれないという恐怖がシノアの心を縛り付けるのだ。
これだけの大人数を相手に手加減などしていられないだろう。もしかすると殺してしまうかもしれない。
以前、初めて人を殺した時に言われた言葉がシノアの脳裏に思い起こされる。
「人殺しめ…」
まともに剣を振れないほどに手は震え、足元は覚束無い。顔もかなり青ざめていた。
そんなシノアの震える手に幾度となく感じてきた温もりが重ねられる。
「シノア、大丈夫だよ」
全てを包み込む微笑みと共に触れた手はいつの間にか離れていた。
そして、フィリアは剣を鞘に納めたまま構える。
「おい、あの女何してんだ?」
「さぁ…」
フィリアの奇行に兵士たちは困惑する。
だが、フィリアの言葉を聞いた瞬間それは激昴に変わる。
「あなたたちを相手に剣なんて抜いたら弱い者いじめになってしまう。殺さないであげるからさっさとかかってきて」
その言葉で兵士たちのほとんどはフィリアに殺意を向ける。
「このクソアマァ…やっちまえ!」
「ぶち殺してやる!」
フィリアの後ろ姿を見ているシノアはその優しさを感じ思わず、涙を堪える。
不殺を貫くことにより自分だけ殺せないという疎外感を無くし、敵のほとんどを相手することでシノアが不殺を貫けるようにする。
言葉では伝えられなくとも、その優しさは確かにシノアの心に届いた。
舞うように戦いを繰り広げるフィリアの少しでも助けになるようにとシノアも参戦する。
もちろん、桜小町は納刀したままだ。
「なんだよこいつら…」
フィリアの刀の薙ぎ払いが兵士たちの意識を刈り取る。
「なんでこんなに…」
シノアの桜小町の鞘頭の突きが兵士を沈める。
「出鱈目に…」
人一倍大きい男の顔面がシノアとフィリアの刀に二方向から殴られ、男の頭上に星が舞う。
「強いんだよ…」
残り一人となった男に二人の刀が突き付けられる。
勝負は着いた。
こうして治安維持部隊の一角は圧倒的な武力により壊滅した。
1人も死者を出さないという異例の事態と共に…
◇◇◇
「陛下、お耳に入れておきたいことがございます」
豪華絢爛な部屋に金銀財宝を散りばめた椅子とテーブルにつき、美酒佳肴を頬張る男が一人。
アウトクラシア皇国次期天皇であり、皇太子であるイディオータ=アンベシル・ドゥラークだ。
そんな彼の傍に控え耳打ちしているのは彼のお抱えの執事の一人だ。
「何?治安維持部隊がやられただと?」
執事から伝えられた滅多に聞かない報告に思わず食事を中断するイディオータ。
「それで、一体何があったのだ?」
「ハッ…どうやら妖しげな旅人2人を見つけた部隊の3人が誰何したところ、突然襲い掛かってきたとのことです」
事実とはかなり掛け離れた報告を次々とイディオータに告げる執事。
報告を全て聞き終えたイディオータは命令を下す。
すなわち─何としても旅人2人を始末しろ─と。
だが、執事の思い出したような報告を聞きそれを取りやめる。
「そういえば、旅人2人は滅多に見ない程、容姿端麗だったそうですが─」
「何?それを早く言わぬか!」
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