無能な神の寵児

鈴丸ネコ助

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聖母喪失篇

第37話 HappyBirthday

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「思っていたより、追跡がしつこくないですね」
「うん、やっぱり前に皇宮護衛官の集団を蹴散らしたからかな?」

シノアとフィリアは現在、フードを深く被りアウトクラシア皇国の富裕層エリアを移動中だ。
以前通った貧困層エリアとは比べ物にならないほど発展しており、店の中にはガラスのようなショーウィンドウを利用しているところもある。
盗まれればたまったものでは無いだろうが、護衛や用心棒の類は見当たらない。

「とりあえず、今日泊まる宿を探そうか」
「そうですね。ついでに情報収集も…」

2人は目立たないようにしながらも周りの声に耳を傾ける。

「─聞きました?なんでも─」
「─貧民達の溜まり場でケンカですって─」
「─皇宮護衛官の集団が伸されたそうよ─」
「─犯人は旅人だとか─」

どうやら既に二人のしでかしたことは富裕層エリアにまで届いているようだが、シノアとフィリアの顔立ちや服装などの詳しい情報は届いていないようだった。

周りの声に精神を集中させていたシノアの肩を叩くものが一人、フィリアだ。

「どうしましたか?なにか怪しいことでも─」
「シノアすごいよ!あれ、瞬間記録装置って言ってね、シノアが前に言ってた写真が作れるんだよ」

フィリアの興奮した様子から何事かと思っていたシノアは拍子抜けする。だが、フィリアの言った写真に興味があったためそちらに注意を向ける。

そこには召喚前の世界ではありふれたものだった─異世界では決して目にすることがないと思っていた─写真が置いてあった。

「技術が発達してるとは聞いていたけどここまですごいなんて…」
「しかも、一般化して販売が出来る程なんてね。すごく高いけど」

フィリアの言う通り、そこでは瞬間記録装置がいくつか販売されており、既に購入済みのものもあるようだ。
金貨300枚という天文学的と言えるほど高い値段だったが。
金貨1枚で3年は不自由無く暮らすことが出来ることを考えると決して一般人には手の出ない商品だ。

「ほ、ほんとに高い…買う人は王侯貴族たちかな…」
「そうだね…あ、こっちのやつは安いね」

シノアが値段に驚いているとフィリアがもう一種類あった瞬間記録装置を指指す。

そこには金貨15枚と、相変わらず滅茶苦茶に高い値段設定だったが先程の金貨300枚と比べるとかなり安く感じる。
感覚の麻痺である。

「でも高いですね…」
「うーん、買えないことはないけど使いところもなさそうだからね」

シノアは喉から手が出るほど欲しい!という顔をしていたが、フィリアが宿を探しに行ったため我慢して追いかける。

「あ、ここなんて良さそうじゃない?」

繁華街から少し離れた位置にいかにも老軒感漂う、よく言えば趣深く歴史のある、悪く言えば古めかしい宿屋を見つけた。

入口にある看板には一部屋二人までで、かなりリーブナブルな値段設定となっていた。
シノアとフィリアはここに泊まることを決め、情報収集のため別れる。

「それじゃあ、2時間後にここに集合ね」
「はい!お気をつけて」

◇◇◇

「うーん、あんまり良い本はないなぁ…」

シノアは情報収集と魔導書調べを兼ねて図書館へやってきていた。
周りの声に耳を傾けながら自分好みの魔導書を探していたのだが、なかなか見つからなかった。
だが、それも無理はない。

アウトクラシア皇国は、元は魔道国家マギア・ソルセルから独立した国だ。
魔法に適性のなかった落ちこぼれ達が立ち上げた国のため魔法に関してはあまり発展していない。

その代わりに機械工学や生物学、薬草学などが発展しており産業技術先進国と呼ばれている。先程、繁華街で見かけた瞬間記録装置もそうだが、ガラスの鋳造技術、経済の面では金本位制度の採用、皇宮護衛官などの公務員制度などかなり発展していることが見受けられる。
おそらく、この世界で最も技術に秀でた国と言っても過言ではないだろう。

ある程度、この国の歴史書を読み漁り、情報を仕入れると最後に、一番マシな魔導書に目を通そうとする。

そんなシノアの肩を強引に引っ張る手が1つ。

「まぁ!こんな所にいたんザマスか!さぁ、行きますわよ」
「え?ちょっ、うぐっ」

謎のザマス婦人に引っ張られ連れ去られるシノア。抗うことも出来ずにフードを被った集団に入れられてしまう。
シノアを集団の後ろに並ばせると、ザマス婦人は集団の先頭へ行く。

「それでは、皆様揃いましたので始めるでザマス」

そして堂々喋り出す。

「まず、3人1組を作るザマス。その後、それぞれ魔法の仕組みについて語り合うザマス。そして、それをレポートにまとめて皆の前で発表するザマス」

ザマスの連続口撃にシノアは混乱するが混乱するが周りは既に組を作り始めている。
はぐれたらどうしよう…ということよりも、どうやってこの場から逃げ出そうかということを考えていた。

「あ、あの…良かったら、一緒に…」

考え込むシノアにおどおどした様子の少女が話しかける。
おそらく、友達がおらず組む相手がいないのだろう。

今すぐにここを離れたいシノアだったがその子に、過去の自分を重ねてしまいほっとけなくなってしまう。

「うん、いいよ。組もうか」

シノアの言葉にフードから微かに口元を覗かせ、微笑みを見せる。
近くのテーブルに座ろうとシノアを誘導する。
テーブルにつくとシノアの席の隣に座る少年が一人。

「ふん!なんだ、この落ちこぼれ2人組は。仕方ないからこの僕、サルビッド・モーサレル・ヴェルムが指導してやるよ!」

偉そうな態度ではいるが、周りから浮いているのは一目瞭然だ。シノアは心の中で“素直に入れてって言えばいいのになー”と思いながら苦笑する。

「それじゃあ、まず自己紹介からかな。僕はシノア。君は?」

場を仕切り、まず自己紹介からと思いフードをはずすシノア。

「わ、私はルーラ。ルーラ・テイル。よ、よろしくね、シノアくん」

なぜか頬を染めながらシノアを上目遣いに凝視する。
シノアに倣い、フードを外したルーラは目を見張るような美少女だった。
もちろん、鈍感なシノアは、ルーラのシノアを見る目に熱がこもっていることなど気付いていない。

「ふっ!よくきけ、僕の名は─」
「あーオサル君、よろしくね」

もう一度堂々と名乗ろうとしたサルビッドだったがシノアから遮られた上、変なあだ名をつけられてしまった。
だが、本人はなぜか嬉しそうだった。
ぶつぶつと小声で─

「あだ名…ニックネーム…友達…」

と呟いている。
案外、ただの寂しがり屋なのかもしれない。

そんな彼を無視してシノアはルーラから意見を聞く。

「私は…魔法は陣で力を制御して、詠唱でそれを操るんだと思うな…」

恥ずかしそうにぼそぼそと話すルーラに相槌を打ち、今度はサルビッドに意見を求める。

「オサル君はどう思う?」
「決まっている!体の中にある魔力で事象を引き起こしているんだ!」

ふんすっと鼻を鳴らしながら堂々と言い放つ。
それにもなるほど、と相槌を打つシノア。

「2人とも悪くは無いけれど少し違うな」

そして立ち上がり、近くにあったA4サイズ2枚分の黒板とチョークを使い、2人に説明を始めた。

「まず、魔法とは本来ならば有り得ないような事象を引き起こすことを可能にする究極の法則制御技術だ。種類はいくつかあるけど、どれにも共通しているのはしているのは力をある場所から借り受けるということ」

シノアの説明に聞き入る二人。

「僕達が暮らしている地上の下、地下深くには竜脈と呼ばれるものが張り巡らされている」

黒板に棒人間と地上、それに竜脈の絵を書くシノア。他グループの数人の生徒も話に耳を傾けている。

「この竜脈はかつて創造神と破壊神が協力して創り出したとされる、とても強力な力の奔流。人が決して触れることが出来ないこの力に接続して力を借りて、人は魔法を行使するんだ」

一旦言葉を切り、ルーラに目をやるシノア。
突然目が合い、微笑まれたことでルーラの心拍は上昇する。

「さっきルーラが魔法陣によって力を制御と言ったけれど、あながち間違いではないんだ。魔法陣は竜脈との接続、そして扉の役割になっているけど、術者の魔法制御の助けにもなっているんだ」
「はい!質問」

そこで声とともに手が上がる。
いつの間にかシノアの説明に聞き入っていた者の1人だ。

「じゃあ魔法陣を使わない場合はどうなんですか?」

その質問に何人かの生徒が頷き、シノアに視線を戻す。

「いい質問だね。魔法陣を使わない場合は、自分の身体を扉代わりにするんだ。つまり、自分の身体を魔法陣にするようなもの。その分身体への負担は大きいし、術者の才覚が求められるんだ」

非常にわかりやすい説明に生徒達は舌を巻き、ザマス先生も「あらま…」と口を開けている。

その後もシノア先生の講義は続き、生徒達だけでなく興味を引かれた図書館利用者達まで受講していた。

シノアの講義が終わるとその場は拍手喝采、スタンディングオベーションである。

恥ずかしそうに頬を掻きながら椅子に座るシノア。しかし、拍手はいつまでも響いている。
止まない拍手を見兼ねてザマス先生が場を収める。

「はいはい、皆さん!先程の素晴らしい授業の内容の感想を明日、提出するザマス。レポート用紙に丁寧にまとめること。それじゃあ解散ザマス!」

その途端ガヤガヤと騒ぎ始める生徒たち。
皆、シノアを尊敬の目で見ている。
そして人一倍強い視線を向ける女子が1人、ルーラである。

「し、シノアくん…あの、すごかったね。シノアくんって、すごく、頭いいんだね…」
「え?いや、そんなことないよ。本ばっかり読んでてたまたま見たことあった所だっただけだよ」

シノアの言葉を謙遜と受け取り、さらにシノアを見る目に熱がこもる。
そして、自分の鞄からお守りのようなものを取り出しシノアに手渡す。

「これは?」
「お守り…だよ。わ、わたし今日で国を出るから、もう会えないから…わ、わたしのこと忘れないで欲しいから…」

後半にいくにつれて声が萎んでいき、最後の方はほとんど聞き取れないレベルの声量になってしまっていた。
だが、その顔は真っ赤に染まっており“忘れないで欲しい”という言葉の意味を物語っていた。

しかし、16年間恋と無縁だった彼にそんなことは通じない。

「そうなんだ…ありがとう。大切にするよ」
「う、うん、それじゃあねっ」

笑顔で受け取り、その場を後にする。
後々、これが原因で一悶着起こるのだが…
今のシノアは知る由もなかった。

いつの間にか約束の時間になっていたため宿屋に急ぐシノア。
宿屋の前にはフィリアが入口でそわそわしていた。

「フィリアさん、なにしてるんですか?」
「ほわぁ!?シノア!?ようこそ!用意出来てるよ!」
「用意?」

挙動不審なフィリアを訝しむシノアだったがフィリアに部屋に行くように催促され従う。

部屋の扉の前につくとフィリアから目隠しされる。

「あの、フィリアさん見えないんですが…」
「まぁまぁまぁ、ちょっとだけちょっとだけ」

扉が開かれ、部屋に入りフィリアの手が目から離れる。
そして、シノアの目に飛び込んできたのは─

「こ、これは…」

ベッドには10個近いプレゼントボックス、テーブルには誕生日ケーキと豪勢な料理、部屋の中央には光属性の魔法で描かれたHappyBirthdayの文字があった。

そう、今日はシノアの16歳の誕生日である。

「前はいいお祝い出来なかったからね」

少し照れたようなフィリアの言葉にシノアは思い出す。
15歳の誕生日、召喚されて一月も経たずに迎えた為、フィリアには事後報告になってしまったのだ。

この世界で成人とされる15歳の誕生日を祝えなかったことをフィリアはとても後悔していた。
だからこそ次の誕生日は成功させてみせると気合をいれて用意していたのだ。

フィリアの気遣いに思わず泣きそうになるシノアだったが、涙を堪え笑顔を作る。

「ふっふっふっ、その顔が見たかった!ささ、プレゼントを開けてみてっ」

フィリアに急かされプレゼントを開けるシノア。そこにはシノアが欲しがっていた魔導書や歴史書、様々な分野の専門書に辞書などがあった。これだけでもシノアは飛び上がるほど嬉しかったのだが、最後のひとつを開けた瞬間言葉を失う。

「フィフィフィフィリアさん?!」
「何だか変な笑い方みたいになってるよ?!」

そこにはシノアが欲しがっていた瞬間記録装置があったのだ。
チェキのような見た目をしているがこれだけで金貨15枚する恐ろしい品だ。

シノアが感激しているとフィリアが─

「あんな目で見てたら買ってあげるしかないよ~」

と告げる。
これには思わずシノアも─

「フィリアざぁん~」

涙を堪えきれず、フィリアに抱き着く。

「はっはー!泣け泣けーい!私の優しさに涙するがよい!」

それから2人は食事を取り、ケーキを食べて、幸せな時間を過ごした。
瞬間記録装置で遊び、くだらない話に花を咲かせた。

楽しい時間はあっという間に過ぎ、ほのかに酔いを残してシノアは眠りにつく。

その日シノアは確かに母の温もりを感じた。

◇◇◇

シノアが眠って数時間後、悪夢に魘されフィリアは起きる。
抱いているシノアを起こさないようにゆっくりとベッドから抜け出し、顔を洗うために洗面台へ向かう。

そして、突然吐き気を催し吐いてしまう。
だが、吐いたものは吐瀉物などではなく赤黒い血と血塊だった。

「こ、これは…」

さらに頭に痛みが走る。

そしてフィリアは悟る。
もうシノアとはいられない、と。

「あぁ…そっか。もう、終わりなんだ」

口を拭き、溢れる涙を手で抑える。

「ふふ…たくさん生きたけど、本当に幸せな1年だったな…」

洗面所の血を洗い流して静かにベッドに近付き、優しくシノアの頬を撫でる。

「ありがとう、シノア。幸福を…ありがとう」
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