無能な神の寵児

鈴丸ネコ助

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聖母喪失篇

第38話 甘えん坊

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目を刺す眩しい光で目を覚ましたシノア。寝ぼけ眼であたりを見回し昨日のことを思い出すと思わず頬を緩める。
その主催者はというと、隣でまだ夢の中だ。
いつもならばシノアよりも早く起き、洗面台あたりから顔を出しているのだが…

そろそろ出発の準備をしなければいけないと思い起こそうとするシノア。

「フィリアさ~ん、もう朝ですよ~」

だが、一向にフィリアが起きる気配はない。
怪しく思ったシノアはフィリアの顔を見るためこちらに向ける。
そして絶句する。

「?!ふぃ、フィリアさん?!」

フィリアの顔は驚くほど青ざめており目の周りも腫れている。
何事かと思いフィリアをさらに激しく揺さぶる。

「フィリアさん!フィリアさんってば!一体なに─」
「う、うーん…」

苦しげな声を上げ微かに目を開けるフィリア。
フィリアが生きていたこと一旦安堵するシノアだったが、フィリアの次の一言を聞いた途端、気が抜けてしまう。

「フィリアさん、大丈夫ですか?ご加減でも…」
「し、しのあ…の、のみすぎ…た…」
「…ま、またですか…」

そのままフィリアは目を閉じ眠ってしまう。
可哀想なのでしばらく放っておくことにし、出かける用意をするシノア。

髪を梳かし洗面台で顔を洗っているとようやくフィリアが起きてきた。

「シノア…お、おはよう…」
「昨日どれだけ飲んだんですか…」

若干呆れを含んだ瞳をフィリアに向けながら顔を拭くシノア。
すると突然フィリアがシノアに後ろから抱き着き髪に顔を埋める。

「ふ、フィリアさん?どうしたんですか?急に」
「なんでもないよー。ただ、幸せだな~って」

滅多にないフィリアの甘えに驚いたシノアだったが嫌な夢でも見たのだろうと自己解釈し、されるがままになる。

しばらくすると満足したのかフィリアが離れる。

「落ち着きましたか?」
「うん、ありがとう。私らしくないよね、ごめん」
「そんな時もありますよ~」

申し訳なさそうにするフィリアに笑いかけ安心させるシノア。
今日もいつも通り平和な日が訪れると信じていた。

2人は用意を終えると宿屋を後にし、国を出るために本格的に移動を開始する。

「今日は繁華街を抜けて東門まで辿り着きたいね」
「そうですね…処刑通りを通らないといけないのが気分悪いですけど…」

フードを深々と被り人目を避けて歩く2人は、脳内に地図を広げながら今日の移動ルートを話し合う。

2人は現在、富裕層エリアの東側、出口付近までやってきていた。ここを抜ければ後は処刑通りを通って東門に辿り着くだけでこの国を出ることが出来る。

処刑通りは文字通り、処刑台や絞首刑になった人々が連れて行かれる場所で肉の腐った臭いとカラスの鳴き声で満ちている。
自分から好んで行く物好きは、ほとんどいないため警備が薄く、追っ手から逃れたい2人が通り抜けるには絶好の場所だ。

今日中にこの国を一刻も早く抜けたいと自然と早足になる2人だったが、繁華街の終わりにたどり着く頃には昼を過ぎていた。

露店でホットドックもどきを買い、少し休憩を取る。

「案外、繁華街って大きいんですね。1日かけても通り抜けられないなんて」

富裕層エリアにいくつかある繁華街はどれも長距離に渡って展開している。
シノアたちが通った繁華街は特に規模が大きく2日かけてようやく通り抜けられたほどだ。

「そうだね…こういうところにも格差を感じるよ」

貧困層エリアでは明日の食事さえ危ういというのに、富裕層エリアでは大量の出店で賑わっている。格差社会とはまさにこの事だ。

食事を終えた2人は、いよいよ処刑通りに入る。
死の匂いと悪魔の呻き声に満ちた呪いの通りだ。

「うっ…ひどい臭いだ…」
「仕方ないよ。絞首刑の死体はそのまま放置されるし、焼死刑の人は生きたまま焼かれるから臭いが蔓延してるんだよ」
「…許せないですね」

恐らく、ここで殺されたほとんどの人は無罪、または貴族達に逆らい怒りを買った憐れな人々だろう。
そう判断したため、シノアの拳に力がこもる。

そんなシノアの頭を優しく撫でるフィリア。

「シノア、この人達は可哀想だけど怒っても仕方ないよ。私達に出来るのはただ、この人たちの冥福を祈ることだけだよ」

フィリアの微笑みに絆され、シノアの緊張は緩和される。

「そうですね…すみません。今、優先すべきはこの国を出ることですね」
「うんうん、分かればよろしい」

そしてフィリアはシノアの手を引き歩いて行く。
ここでシノアが少し恥ずかしそうに告げる。

「あの…フィリアさん…その…いつまで手を繋いだままなんですか??」

フィリアが握っているシノアの手だが、実は宿屋を出てからずっとなのだ。
歩く時はもちろん、水分補給の時も、食事の時まで離さなかったのだ。

「え?だめかな?」
「だ、だめというか、少し恥ずかしいというか…」
「なに~?照れてるの?シノアもそういう年頃?」

シノアを肘で小突きながらニヤニヤするフィリア。

どうしてこんなにもフィリアが馴れ合いを求めるのか、今のシノアは知る由もなかった。

ブーブーと文句を言うフィリアを横目にシノアは地図を広げる。

現在2人は処刑通りの入口付近にいる。あと10キロほど歩けば東門に辿り着ける。

「あと少し…あれ?フィリアさん見て下さい」
「ん?どうしたの?」

シノアが指さした場所は巨大なコロシアムとなっており処刑通りには場違いだ。

「コロシアム…だね。闘技場だったのかな」
「えっと…ありました。昔、選手達を闘わせて賭け事をしたり、直接投票を行ったりしていた場所みたいです」
「なるほど…迂回するルートはない?」
「ダメですね…裏道もほとんどなくてここを堂々と通るしかなさそうです」

2人が何故こんなにもコロシアムを通ることを渋っているのかというと、罠があるということが見え見えだからだ。

2人が最後に目撃された広場から最も近いのは西門、次に近いのは東門だ。

西門は2人が入国した場所のため警備は厳重だろう。
そのため東門から国を出ることを選択した。
そもそもこの国に入国した目的はこの国を通り抜けること。どっちにしろ東門から出るしかないのだ。

最悪、その情報が漏れていることを考えると、このコロシアムは2人を待ち伏せするのに最高の場所なのだ。


シノアが打開策を探し唸っているとフィリアが地図を畳む。

「フィリアさん?」
「深く考えても仕方ないよ。どっちみち通らなくちゃいけないんだから罠があっても通るしかないよ」

それに─と一旦話を切り、シノアの両目をしっかりと見つめる。

「何かあっても私がシノアを守るよ。だから、シノアも私を守って?」

相も変わらぬら聖母を連想させる微笑みをシノア向ける。
その言葉にシノアは頷き、覚悟を決める。
絶対に守ってみせると。

だが、この誓いはいとも簡単に砕け散ることになる。

処刑通りを順調に進んでいき、もうすぐコロシアムに到着するといった頃、シノアは異変に気が付く。

「フィリアさん…何だか人が減ってませんか?」
「シノアも気付いてたか…これは確実に罠があるね」

シノアが異変をフィリアに伝えると既に気付いていたようで周囲を警戒していた。
元々人は少なかったのだが、フードを被った処刑人や遺族はウロウロしていたのだ。それがコロシアムに近付くにつれてほとんどいなくなってきた。
ゆっくりと周囲を警戒しながら歩く2人はとうとう、コロシアムの前に到着した。

所々にガタが来ているが軸がしっかりしているようで崩れる様子は全くない。

「よし、入ろう」
「はい。気を引き締めて行きましょう」

そしてふたりは地獄の門に手を掛ける。
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