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運命遭逢篇
第75話 初恋
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「貴様何をしている!長老様の家を荒らすだけでなく、さらには聖獣様まで傷付けるつもりなのか!」
聖獣に向かって刀を構えるシノアを、ダルリエラが若干裏返った声で責め立てる。
この状況で聖獣を傷付けずに全員助かる方法などないだろうに、里の掟には逆らえないようだ。
「いやいやこの状況で戦わないわけにはいかないでしょう」
これにはさすがのシノアも若干の呆れ顔である。
そしてシノアのため息を合図に戦闘は始まった。
聖獣が腕を振り下ろしたことで長老の家は見るも無残な姿となり、天井部分が剥き出しの半壊状態となる。
まるで「玄関は俺が作るっ」とでも言うような匠の圧巻のリフォーム技術にエルフ全員の口は開きっぱなしだ。
「戦いやすくなって助かりましたよっと!」
天井がぶち壊されその場から思い切り飛び上がったシノアは挨拶がわりに、正拳突きを聖獣の顔面にお見舞いした。
しかし、聖獣は大して痛がる素振りも見せず、むしろ威勢の良い餌を見つけたことを喜んでいるようだった。
重力に従い地面へと落下していくシノアに聖獣の牙が迫る。
しかしー
「ギャウッ?!」
「っ!魔力障壁?」
聖獣がシノアに触れようとした瞬間、美しい薄緑色の障壁によって牙は弾かれてしまった。
地面に着地し、辺りを見回すとリリィがこちらに向かって手をかざしているが見えた。
どうやら空中で避けられないと判断したのか、即座に魔力障壁を作り出しシノアを守ろうとしたのだろう。
「ありがとうございます。助かりました」
「いえ…それよりもお願いがあります。一度助けてもらった身でありながら頼みごとをするのは礼儀知らずとは思いますがー」
“助けて欲しい”ピンク色の純情な唇から放たれようとしていた言葉は細長い人差し指により止められてしまった。
思わずきょとん、とした顔になりシノアを見つめるリリィ。
次の瞬間にはその頰を紅色に染めることとなった。
「大丈夫、僕が守ってあげるよ」
慈愛に満ちた瞳でリリィを見つめ優しい声色で語りかけるように言葉を発するシノア。
その言葉をかけられたリリィはまるで今まで独りで背負い続けていた肩の荷が消え去ったかのような錯覚に見舞われた。
里の代表になるために、森人族を守るために、人知れず努力を続け、誰にも理解されないであろうプレッシャーと責任感、義務感を持ち続けていた彼女は理解者はおろか、自身の考えを話せる友人もいなかった。
それが当たり前だと思っていたし寂しいと感じたこともなかった。
いや、感じようとしていなかったと言う方が正しいかも知れない。
彼女とて普通の少女である。友人と駆け回り森を探検したり、家でおままごとをしたいと思う時期もあった。しかし、それは許されないのだ。生まれた時から次の長老になることが決定していた彼女には普通に生きるということが、絶対に許されていなかった。
三千年ぶりに生まれた奇跡の子―ハイエルフである彼女には。
過去の感傷に浸っていた彼女だったが、守るという言葉の後シノアが立ち上がったことで意識を現実へと戻した。
「僕が君を守る。もう二度と君を、君の大切なモノを傷付けさせはしない」
この言葉でリリィは止めを刺された。
今まで生きてきた中で守ることはあっても守られることなどほとんどなかった彼女が、おそらく初めて感じるであろう守られているという感覚。
ハイエルフとして里の頂点に立つ為に武術、魔法共に文字通り人外の域まで極めている彼女にとって、同じ里の男たちなど眼中になかった。
守護隊の隊長であるダルリエラすら、彼女の前では役不足である。
彼女は今自分が感じているものが何なのか、理解できなかった。
激しい運動をしたわけでもないのに心拍が高まり、眩しいわけでもないのに目の前の人物の顔を直視できない。
この気持ちを彼女が理解するのは、まだ少し先の話である。
「とりあえず、こんな場所で戦ったら里が滅茶苦茶になっちゃうな…君はここにいて里の人たちを守って?」
惚けた表情でシノアを見つめていたリリィだったが、突然シノアに頭を撫でられながら言葉をかけられたことにより、顔面が熟れたアッピュリオよりも真っ赤になってしまった。
何か言葉を返そうと必死に頭をフル回転させたが、シノアの声が頭の中に何度もこだまし、まともな回答は出なかった。
「さて、鬼ごっこの時間だ。ついてこいワンコロッ!」
顔を七変化させているリリィをよそにシノアは聖獣をおびき寄せるため、自分が放てる最大限の殺気を放ちながら挑発し、森の方へと駆けて行った。
聖獣は一際大きな雄叫びを上げると猛スピードでシノアを追い、森へと姿を消した。
後に残ったのは無残に破壊された家屋の数々と頰を微かに染めた美少女だけであった。
聖獣に向かって刀を構えるシノアを、ダルリエラが若干裏返った声で責め立てる。
この状況で聖獣を傷付けずに全員助かる方法などないだろうに、里の掟には逆らえないようだ。
「いやいやこの状況で戦わないわけにはいかないでしょう」
これにはさすがのシノアも若干の呆れ顔である。
そしてシノアのため息を合図に戦闘は始まった。
聖獣が腕を振り下ろしたことで長老の家は見るも無残な姿となり、天井部分が剥き出しの半壊状態となる。
まるで「玄関は俺が作るっ」とでも言うような匠の圧巻のリフォーム技術にエルフ全員の口は開きっぱなしだ。
「戦いやすくなって助かりましたよっと!」
天井がぶち壊されその場から思い切り飛び上がったシノアは挨拶がわりに、正拳突きを聖獣の顔面にお見舞いした。
しかし、聖獣は大して痛がる素振りも見せず、むしろ威勢の良い餌を見つけたことを喜んでいるようだった。
重力に従い地面へと落下していくシノアに聖獣の牙が迫る。
しかしー
「ギャウッ?!」
「っ!魔力障壁?」
聖獣がシノアに触れようとした瞬間、美しい薄緑色の障壁によって牙は弾かれてしまった。
地面に着地し、辺りを見回すとリリィがこちらに向かって手をかざしているが見えた。
どうやら空中で避けられないと判断したのか、即座に魔力障壁を作り出しシノアを守ろうとしたのだろう。
「ありがとうございます。助かりました」
「いえ…それよりもお願いがあります。一度助けてもらった身でありながら頼みごとをするのは礼儀知らずとは思いますがー」
“助けて欲しい”ピンク色の純情な唇から放たれようとしていた言葉は細長い人差し指により止められてしまった。
思わずきょとん、とした顔になりシノアを見つめるリリィ。
次の瞬間にはその頰を紅色に染めることとなった。
「大丈夫、僕が守ってあげるよ」
慈愛に満ちた瞳でリリィを見つめ優しい声色で語りかけるように言葉を発するシノア。
その言葉をかけられたリリィはまるで今まで独りで背負い続けていた肩の荷が消え去ったかのような錯覚に見舞われた。
里の代表になるために、森人族を守るために、人知れず努力を続け、誰にも理解されないであろうプレッシャーと責任感、義務感を持ち続けていた彼女は理解者はおろか、自身の考えを話せる友人もいなかった。
それが当たり前だと思っていたし寂しいと感じたこともなかった。
いや、感じようとしていなかったと言う方が正しいかも知れない。
彼女とて普通の少女である。友人と駆け回り森を探検したり、家でおままごとをしたいと思う時期もあった。しかし、それは許されないのだ。生まれた時から次の長老になることが決定していた彼女には普通に生きるということが、絶対に許されていなかった。
三千年ぶりに生まれた奇跡の子―ハイエルフである彼女には。
過去の感傷に浸っていた彼女だったが、守るという言葉の後シノアが立ち上がったことで意識を現実へと戻した。
「僕が君を守る。もう二度と君を、君の大切なモノを傷付けさせはしない」
この言葉でリリィは止めを刺された。
今まで生きてきた中で守ることはあっても守られることなどほとんどなかった彼女が、おそらく初めて感じるであろう守られているという感覚。
ハイエルフとして里の頂点に立つ為に武術、魔法共に文字通り人外の域まで極めている彼女にとって、同じ里の男たちなど眼中になかった。
守護隊の隊長であるダルリエラすら、彼女の前では役不足である。
彼女は今自分が感じているものが何なのか、理解できなかった。
激しい運動をしたわけでもないのに心拍が高まり、眩しいわけでもないのに目の前の人物の顔を直視できない。
この気持ちを彼女が理解するのは、まだ少し先の話である。
「とりあえず、こんな場所で戦ったら里が滅茶苦茶になっちゃうな…君はここにいて里の人たちを守って?」
惚けた表情でシノアを見つめていたリリィだったが、突然シノアに頭を撫でられながら言葉をかけられたことにより、顔面が熟れたアッピュリオよりも真っ赤になってしまった。
何か言葉を返そうと必死に頭をフル回転させたが、シノアの声が頭の中に何度もこだまし、まともな回答は出なかった。
「さて、鬼ごっこの時間だ。ついてこいワンコロッ!」
顔を七変化させているリリィをよそにシノアは聖獣をおびき寄せるため、自分が放てる最大限の殺気を放ちながら挑発し、森の方へと駆けて行った。
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