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前編
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太宰治。かの有名な文豪であり、多くの中高生たちに多大なる悪影響を及ぼした男の名前である。『人間失格』はその最たる例であり、タイトルの厨二感や排他的な雰囲気は多感な少年少女を何人魅了したのだろう。
内容は人生に絶望して、美女たちと一緒に死ぬ。たったそれだけなのに。
「お前、ちゃんと読めよ」
そういわれても仕方がないかもしれないが、私はそれ以外の感想を持たなかった。たったそれだけである。人生の葛藤とか、人の尊厳とか、個性とか、悪いけれど知ったことではない。
さて、その『人間失格』が半ば作者の自伝に近いことを知っているのは有名な話だろう。今のご時世でそんな人生をしかもただの学生が経験しているなんて、その作者だって想定外だ。
竹林弓人。それが彼だ。第一印象は変わった名前。それだけ。
そして、名前の通りの変わり者である。
品行方正とはいいがたいが、見た目が大人しい優等生。しかも顔も整っているのだから女子からの人気は抜群。そこいらでふざけているさまはただの男子高校生なのに。
だが、彼は二回ほど心中騒ぎを起こしている。
一回は女生徒。もう一人は社会人。
無傷とは言わないが、その二回ほど彼は生還し、周囲を静観していた。
そんなわけで、ついたあだ名が太宰治。
「だから、あなたの取材をしたいのだけど」
「……いいけど、面白くないかもよ」
そういって、彼は本を閉じた。ブックカバーで何の本か分からないが、文庫本だ。
「なに読んでたの?」
「蜘蛛の糸。芥川龍之介」
「そこは人間失格読んでよ」
机を動かして対面する形にした。紙とペン。これだけ出して、彼に改めて向き直る。
「じゃあ、改めて自己紹介。私は新聞部の吉井沙織。あなたと同じ二年生」
「それなら、俺もした方がいいな。俺は軽音楽部の竹林弓人。君と同じ二年生だ」
「意外」
「軽音楽部ってとこが?」
「うん」
「吉井さん、新聞部向いてないよ」
「それ、よく言われる」
「なら治しなよ」
「あなた相手ならいいと思ったの」
「それで、何を聞きたいの? 俺はご覧の通りのイケメンだけど」
どうやら取材は受けてくれる気らしい。よかった。
「知りたいの。どうして、心中したのか。あなたもあの人たちも」
彼はジッと私の顔を見る。正確には、目だろうか。
見極めているとかではない。
この視線の意味くらい分かる。
「本当は、こっちが観察する側なんだけど」
「知らないよ」
「それで、聞かせてくれる?」
「あぁ、どうして心中したのか」
口元だけを吊り上げた彼は、にゃあと鳴くように口を開いた。
「いいよ。どっちがいい?」
「両方」
「欲張りだね。構わないけど」
「両方気になるに決まっているでしょう?」
「そうか。そうだね。順番に話すとしようか」
まずは、最初の一人からだ。
「まずは、竹林みりあさんからお話しなければね」
「だれ、それ」
「俺の身内。最初に俺と心中した人。要は、零番目ってことさ」
「番外編から話始めないで」
「プロローグ、序章さ」
「彼女から始まらないとダメなの?」
「ダメじゃないよ」
「なら、いいわ」
「そうかい。興味が湧いたら聞いてくれ」
なんてことはないように、姿勢を直す。
この男は本当に分からない。どれが本当なのか。
軽薄に女子をほめているときが、友人とふざけているときが、意外にも真面目に音楽に向き合っているときか。
「じゃあ、一番目の御堂夏希先輩の話からだ」
内容は人生に絶望して、美女たちと一緒に死ぬ。たったそれだけなのに。
「お前、ちゃんと読めよ」
そういわれても仕方がないかもしれないが、私はそれ以外の感想を持たなかった。たったそれだけである。人生の葛藤とか、人の尊厳とか、個性とか、悪いけれど知ったことではない。
さて、その『人間失格』が半ば作者の自伝に近いことを知っているのは有名な話だろう。今のご時世でそんな人生をしかもただの学生が経験しているなんて、その作者だって想定外だ。
竹林弓人。それが彼だ。第一印象は変わった名前。それだけ。
そして、名前の通りの変わり者である。
品行方正とはいいがたいが、見た目が大人しい優等生。しかも顔も整っているのだから女子からの人気は抜群。そこいらでふざけているさまはただの男子高校生なのに。
だが、彼は二回ほど心中騒ぎを起こしている。
一回は女生徒。もう一人は社会人。
無傷とは言わないが、その二回ほど彼は生還し、周囲を静観していた。
そんなわけで、ついたあだ名が太宰治。
「だから、あなたの取材をしたいのだけど」
「……いいけど、面白くないかもよ」
そういって、彼は本を閉じた。ブックカバーで何の本か分からないが、文庫本だ。
「なに読んでたの?」
「蜘蛛の糸。芥川龍之介」
「そこは人間失格読んでよ」
机を動かして対面する形にした。紙とペン。これだけ出して、彼に改めて向き直る。
「じゃあ、改めて自己紹介。私は新聞部の吉井沙織。あなたと同じ二年生」
「それなら、俺もした方がいいな。俺は軽音楽部の竹林弓人。君と同じ二年生だ」
「意外」
「軽音楽部ってとこが?」
「うん」
「吉井さん、新聞部向いてないよ」
「それ、よく言われる」
「なら治しなよ」
「あなた相手ならいいと思ったの」
「それで、何を聞きたいの? 俺はご覧の通りのイケメンだけど」
どうやら取材は受けてくれる気らしい。よかった。
「知りたいの。どうして、心中したのか。あなたもあの人たちも」
彼はジッと私の顔を見る。正確には、目だろうか。
見極めているとかではない。
この視線の意味くらい分かる。
「本当は、こっちが観察する側なんだけど」
「知らないよ」
「それで、聞かせてくれる?」
「あぁ、どうして心中したのか」
口元だけを吊り上げた彼は、にゃあと鳴くように口を開いた。
「いいよ。どっちがいい?」
「両方」
「欲張りだね。構わないけど」
「両方気になるに決まっているでしょう?」
「そうか。そうだね。順番に話すとしようか」
まずは、最初の一人からだ。
「まずは、竹林みりあさんからお話しなければね」
「だれ、それ」
「俺の身内。最初に俺と心中した人。要は、零番目ってことさ」
「番外編から話始めないで」
「プロローグ、序章さ」
「彼女から始まらないとダメなの?」
「ダメじゃないよ」
「なら、いいわ」
「そうかい。興味が湧いたら聞いてくれ」
なんてことはないように、姿勢を直す。
この男は本当に分からない。どれが本当なのか。
軽薄に女子をほめているときが、友人とふざけているときが、意外にも真面目に音楽に向き合っているときか。
「じゃあ、一番目の御堂夏希先輩の話からだ」
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