【R18】記憶を失った青年と森の魔女

十井 風

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第16話

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 激しく愛し合った後に目が覚めたのは昼前だった。シャルロッテは寝ぼけ眼を擦りながら、隣にいるセルジュを起こそうと手を伸ばす。しかし、手は何にも触れなかった。

「セルジュ……?」
 寝台にはシャルロッテだけだった。彼が寝ていたらしい跡はあるものの、寝室にはいない。

 新しい服に着替えて部屋を出る。子鹿のいる部屋に入ると、そこにはデュークとアルテミシアだけだった。
『聞いてくれよ、シャルロッテ! バンビの目が覚めたんだ』
 シャルロッテは子鹿に近付く。まだ起き上がれないが、かなり回復している。随分と顔色も良くなって食欲も出ているようだ。
「これなら安心ね、このままいっぱい食べて、いっぱい寝て、早く元気になってね」
 子鹿にそう話し掛けると、返答をするように短い尻尾を一振りした。
 それからデュークとアルテミシアに、セルジュの居場所を聞くが誰も知らないという。

 嫌な予感がしながらシャルロッテは家中を探す。外に出て、森の仲間達にセルジュについて聞くが、情報は得られなかった。
「どこに行ったの……?」
 昨日の彼は様子がおかしかった。思い詰めて、自棄になっているような気もした。

 まだ居なくなったとは限らない。もしかしたら森の奥に行っているのかもしれない。1人になりたい時だってあるだろう。

 シャルロッテは1度家に戻った。台所に立ち、床下に収納していた瓶を取り出す。セルジュと共に作った野苺のジャムだ。
 お菓子を作っている間に帰ってくるかもしれない。彼が帰ってきたら、美味しいお菓子を持って出迎えてあげよう。

 小麦粉を使ってスコーンを焼く。焼きたてのスコーンに苺のジャムをたっぷりと添える。
 部屋中に芳ばしい匂いがした。
「貴方と作ったジャムとスコーンの組み合わせは絶対美味しいはずよ……だから早く帰ってきてよ……」

 シャルロッテは机に突っ伏して彼の帰りをいつまでも待つ。壁掛けの時計は淡々と時を刻み続ける。
 やがて陽も落ちて、窓の外に闇が覆い尽くした頃になってもセルジュは帰ってこなかった。

 机上には冷めきった菓子と宝石のように輝く赤いジャムが乗った皿が置いたままだ。シャルロッテはそれには手をつけず、セルジュを待った。
『シャルロッテ……』
 心配してやって来てくれたアルテミシアが傍に来てくれた。
「彼が居ないの……戻ってこないの。何処に行ったのよ……」
 顔を伏せながら話す彼女の声は悲しみで震えていた。
『可哀相に。ずっと待っていたのね』
「帰ってきてよ、セルジュ……!」
 子どものように泣きじゃくるシャルロッテの頭を、アルテミシアはずっと撫で続けていた。

 ***

 夜の帳が下りた頃。空に散りばめられたように瞬く小さな星と銀色に輝く月の光だけが世界を照らしている。
 森は寝ているように静かだった。木々も眠っているかのようだ。
 セルジュはフィオーレの森を出て、シレントの街へとやって来た。街も森のように静かだが、夜にだけ賑やかになる地区もある。
 その世界では、昼の街では手に入らないような高価な美酒や、豪華な料理が作り出されていた。そして、美しく妖艶な女達が春を売っている。

 夜にだけ顔を見せる華やかで美しい世界。人は桃源郷と呼ぶ。
「懐かしいな」
 セルジュは賑わいを見せる方へと歩みを進めた。
 桃源郷には酒、料理、女以外で昼間に手に入らない物がある。法で規制されている物だ。

 今の国にシンを取り締まる気など無い。納税という名の賄賂を受け取る代わりに、シンの犯罪行為に目を瞑っている。
 それでも、表世界では大々的に売ることが出来ないので、違法薬物や人身売買がここで行われている。
 そして、桃源郷を取り仕切る犯罪組織シン。組織の根城が桃源郷の奥地にあるのだ。

 自分はかつてここに居た。それもシンの組員として。記憶が全て戻った今、セルジュは決着をつけねばならない。でなければ、大切な人まで傷付けてしまうかもしれないのだ。

 自由を得るために内臓を売った。それでも組織は許さず、セルジュを追い続けた。そんな奴等が彼女に手出しをしない訳がない。まだ居場所は見つけられていないだろうが、時間の問題だ。精霊の結界がどのくらい有効なのかは分からないが、いつどこで接触するか分からない。

 シャルロッテにだけは指一本触れさせない。自分がどうなろうとも、彼女だけは守る。そう決めたのだ。でも。
 森を離れて桃源郷へ向かうに連れ、足取りが重くなる。今にでも引き返して彼女を抱き締めたい。離れたくない、ずっと傍に居たい。そんな気持ちがセルジュの心を引き裂こうとしてくる。

 目を閉じれば思い浮かぶのはシャルロッテの事ばかりだ。2色に分かれた不思議な髪と瞳。髪は絹糸のよう。柔らかい肢体はセルジュの欲望を強く刺激し、抱けば何度も絶頂へと向かった。幾度も彼女の中へ欲望を刻み込んでも体は求める。それほどまでに身も心もシャルロッテのものだった。

「野苺のジャム、食べたかったなぁ……」
 彼は森の方を振り返る。彼女の愛らしい寝顔はいつまでも見ていたかった。
 起きたらシャルロッテはびっくりするだろうか。それともどこに行っていたのと怒るだろうか。

 セルジュは呟き髪をかきあげる。体に仕込んだ武器の点検は全て済んだ。後は決着をつけるのみ。
 愛する人の為にも。
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