16 / 26
第16話
しおりを挟む
激しく愛し合った後に目が覚めたのは昼前だった。シャルロッテは寝ぼけ眼を擦りながら、隣にいるセルジュを起こそうと手を伸ばす。しかし、手は何にも触れなかった。
「セルジュ……?」
寝台にはシャルロッテだけだった。彼が寝ていたらしい跡はあるものの、寝室にはいない。
新しい服に着替えて部屋を出る。子鹿のいる部屋に入ると、そこにはデュークとアルテミシアだけだった。
『聞いてくれよ、シャルロッテ! バンビの目が覚めたんだ』
シャルロッテは子鹿に近付く。まだ起き上がれないが、かなり回復している。随分と顔色も良くなって食欲も出ているようだ。
「これなら安心ね、このままいっぱい食べて、いっぱい寝て、早く元気になってね」
子鹿にそう話し掛けると、返答をするように短い尻尾を一振りした。
それからデュークとアルテミシアに、セルジュの居場所を聞くが誰も知らないという。
嫌な予感がしながらシャルロッテは家中を探す。外に出て、森の仲間達にセルジュについて聞くが、情報は得られなかった。
「どこに行ったの……?」
昨日の彼は様子がおかしかった。思い詰めて、自棄になっているような気もした。
まだ居なくなったとは限らない。もしかしたら森の奥に行っているのかもしれない。1人になりたい時だってあるだろう。
シャルロッテは1度家に戻った。台所に立ち、床下に収納していた瓶を取り出す。セルジュと共に作った野苺のジャムだ。
お菓子を作っている間に帰ってくるかもしれない。彼が帰ってきたら、美味しいお菓子を持って出迎えてあげよう。
小麦粉を使ってスコーンを焼く。焼きたてのスコーンに苺のジャムをたっぷりと添える。
部屋中に芳ばしい匂いがした。
「貴方と作ったジャムとスコーンの組み合わせは絶対美味しいはずよ……だから早く帰ってきてよ……」
シャルロッテは机に突っ伏して彼の帰りをいつまでも待つ。壁掛けの時計は淡々と時を刻み続ける。
やがて陽も落ちて、窓の外に闇が覆い尽くした頃になってもセルジュは帰ってこなかった。
机上には冷めきった菓子と宝石のように輝く赤いジャムが乗った皿が置いたままだ。シャルロッテはそれには手をつけず、セルジュを待った。
『シャルロッテ……』
心配してやって来てくれたアルテミシアが傍に来てくれた。
「彼が居ないの……戻ってこないの。何処に行ったのよ……」
顔を伏せながら話す彼女の声は悲しみで震えていた。
『可哀相に。ずっと待っていたのね』
「帰ってきてよ、セルジュ……!」
子どものように泣きじゃくるシャルロッテの頭を、アルテミシアはずっと撫で続けていた。
***
夜の帳が下りた頃。空に散りばめられたように瞬く小さな星と銀色に輝く月の光だけが世界を照らしている。
森は寝ているように静かだった。木々も眠っているかのようだ。
セルジュはフィオーレの森を出て、シレントの街へとやって来た。街も森のように静かだが、夜にだけ賑やかになる地区もある。
その世界では、昼の街では手に入らないような高価な美酒や、豪華な料理が作り出されていた。そして、美しく妖艶な女達が春を売っている。
夜にだけ顔を見せる華やかで美しい世界。人は桃源郷と呼ぶ。
「懐かしいな」
セルジュは賑わいを見せる方へと歩みを進めた。
桃源郷には酒、料理、女以外で昼間に手に入らない物がある。法で規制されている物だ。
今の国にシンを取り締まる気など無い。納税という名の賄賂を受け取る代わりに、シンの犯罪行為に目を瞑っている。
それでも、表世界では大々的に売ることが出来ないので、違法薬物や人身売買がここで行われている。
そして、桃源郷を取り仕切る犯罪組織シン。組織の根城が桃源郷の奥地にあるのだ。
自分はかつてここに居た。それもシンの組員として。記憶が全て戻った今、セルジュは決着をつけねばならない。でなければ、大切な人まで傷付けてしまうかもしれないのだ。
自由を得るために内臓を売った。それでも組織は許さず、セルジュを追い続けた。そんな奴等が彼女に手出しをしない訳がない。まだ居場所は見つけられていないだろうが、時間の問題だ。精霊の結界がどのくらい有効なのかは分からないが、いつどこで接触するか分からない。
シャルロッテにだけは指一本触れさせない。自分がどうなろうとも、彼女だけは守る。そう決めたのだ。でも。
森を離れて桃源郷へ向かうに連れ、足取りが重くなる。今にでも引き返して彼女を抱き締めたい。離れたくない、ずっと傍に居たい。そんな気持ちがセルジュの心を引き裂こうとしてくる。
目を閉じれば思い浮かぶのはシャルロッテの事ばかりだ。2色に分かれた不思議な髪と瞳。髪は絹糸のよう。柔らかい肢体はセルジュの欲望を強く刺激し、抱けば何度も絶頂へと向かった。幾度も彼女の中へ欲望を刻み込んでも体は求める。それほどまでに身も心もシャルロッテのものだった。
「野苺のジャム、食べたかったなぁ……」
彼は森の方を振り返る。彼女の愛らしい寝顔はいつまでも見ていたかった。
起きたらシャルロッテはびっくりするだろうか。それともどこに行っていたのと怒るだろうか。
セルジュは呟き髪をかきあげる。体に仕込んだ武器の点検は全て済んだ。後は決着をつけるのみ。
愛する人の為にも。
「セルジュ……?」
寝台にはシャルロッテだけだった。彼が寝ていたらしい跡はあるものの、寝室にはいない。
新しい服に着替えて部屋を出る。子鹿のいる部屋に入ると、そこにはデュークとアルテミシアだけだった。
『聞いてくれよ、シャルロッテ! バンビの目が覚めたんだ』
シャルロッテは子鹿に近付く。まだ起き上がれないが、かなり回復している。随分と顔色も良くなって食欲も出ているようだ。
「これなら安心ね、このままいっぱい食べて、いっぱい寝て、早く元気になってね」
子鹿にそう話し掛けると、返答をするように短い尻尾を一振りした。
それからデュークとアルテミシアに、セルジュの居場所を聞くが誰も知らないという。
嫌な予感がしながらシャルロッテは家中を探す。外に出て、森の仲間達にセルジュについて聞くが、情報は得られなかった。
「どこに行ったの……?」
昨日の彼は様子がおかしかった。思い詰めて、自棄になっているような気もした。
まだ居なくなったとは限らない。もしかしたら森の奥に行っているのかもしれない。1人になりたい時だってあるだろう。
シャルロッテは1度家に戻った。台所に立ち、床下に収納していた瓶を取り出す。セルジュと共に作った野苺のジャムだ。
お菓子を作っている間に帰ってくるかもしれない。彼が帰ってきたら、美味しいお菓子を持って出迎えてあげよう。
小麦粉を使ってスコーンを焼く。焼きたてのスコーンに苺のジャムをたっぷりと添える。
部屋中に芳ばしい匂いがした。
「貴方と作ったジャムとスコーンの組み合わせは絶対美味しいはずよ……だから早く帰ってきてよ……」
シャルロッテは机に突っ伏して彼の帰りをいつまでも待つ。壁掛けの時計は淡々と時を刻み続ける。
やがて陽も落ちて、窓の外に闇が覆い尽くした頃になってもセルジュは帰ってこなかった。
机上には冷めきった菓子と宝石のように輝く赤いジャムが乗った皿が置いたままだ。シャルロッテはそれには手をつけず、セルジュを待った。
『シャルロッテ……』
心配してやって来てくれたアルテミシアが傍に来てくれた。
「彼が居ないの……戻ってこないの。何処に行ったのよ……」
顔を伏せながら話す彼女の声は悲しみで震えていた。
『可哀相に。ずっと待っていたのね』
「帰ってきてよ、セルジュ……!」
子どものように泣きじゃくるシャルロッテの頭を、アルテミシアはずっと撫で続けていた。
***
夜の帳が下りた頃。空に散りばめられたように瞬く小さな星と銀色に輝く月の光だけが世界を照らしている。
森は寝ているように静かだった。木々も眠っているかのようだ。
セルジュはフィオーレの森を出て、シレントの街へとやって来た。街も森のように静かだが、夜にだけ賑やかになる地区もある。
その世界では、昼の街では手に入らないような高価な美酒や、豪華な料理が作り出されていた。そして、美しく妖艶な女達が春を売っている。
夜にだけ顔を見せる華やかで美しい世界。人は桃源郷と呼ぶ。
「懐かしいな」
セルジュは賑わいを見せる方へと歩みを進めた。
桃源郷には酒、料理、女以外で昼間に手に入らない物がある。法で規制されている物だ。
今の国にシンを取り締まる気など無い。納税という名の賄賂を受け取る代わりに、シンの犯罪行為に目を瞑っている。
それでも、表世界では大々的に売ることが出来ないので、違法薬物や人身売買がここで行われている。
そして、桃源郷を取り仕切る犯罪組織シン。組織の根城が桃源郷の奥地にあるのだ。
自分はかつてここに居た。それもシンの組員として。記憶が全て戻った今、セルジュは決着をつけねばならない。でなければ、大切な人まで傷付けてしまうかもしれないのだ。
自由を得るために内臓を売った。それでも組織は許さず、セルジュを追い続けた。そんな奴等が彼女に手出しをしない訳がない。まだ居場所は見つけられていないだろうが、時間の問題だ。精霊の結界がどのくらい有効なのかは分からないが、いつどこで接触するか分からない。
シャルロッテにだけは指一本触れさせない。自分がどうなろうとも、彼女だけは守る。そう決めたのだ。でも。
森を離れて桃源郷へ向かうに連れ、足取りが重くなる。今にでも引き返して彼女を抱き締めたい。離れたくない、ずっと傍に居たい。そんな気持ちがセルジュの心を引き裂こうとしてくる。
目を閉じれば思い浮かぶのはシャルロッテの事ばかりだ。2色に分かれた不思議な髪と瞳。髪は絹糸のよう。柔らかい肢体はセルジュの欲望を強く刺激し、抱けば何度も絶頂へと向かった。幾度も彼女の中へ欲望を刻み込んでも体は求める。それほどまでに身も心もシャルロッテのものだった。
「野苺のジャム、食べたかったなぁ……」
彼は森の方を振り返る。彼女の愛らしい寝顔はいつまでも見ていたかった。
起きたらシャルロッテはびっくりするだろうか。それともどこに行っていたのと怒るだろうか。
セルジュは呟き髪をかきあげる。体に仕込んだ武器の点検は全て済んだ。後は決着をつけるのみ。
愛する人の為にも。
0
あなたにおすすめの小説
婚約者の本性を暴こうとメイドになったら溺愛されました!
柿崎まつる
恋愛
世継ぎの王女アリスには完璧な婚約者がいる。侯爵家次男のグラシアンだ。容姿端麗・文武両道。名声を求めず、穏やかで他人に優しい。アリスにも紳士的に対応する。だが、完璧すぎる婚約者にかえって不信を覚えたアリスは、彼の本性を探るため侯爵家にメイドとして潜入する。2022eロマンスロイヤル大賞、コミック原作賞を受賞しました。
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
兄みたいな騎士団長の愛が実は重すぎでした
鳥花風星
恋愛
代々騎士団寮の寮母を務める家に生まれたレティシアは、若くして騎士団の一つである「群青の騎士団」の寮母になり、
幼少の頃から仲の良い騎士団長のアスールは、そんなレティシアを陰からずっと見守っていた。レティシアにとってアスールは兄のような存在だが、次第に兄としてだけではない思いを持ちはじめてしまう。
アスールにとってもレティシアは妹のような存在というだけではないようで……。兄としてしか思われていないと思っているアスールはレティシアへの思いを拗らせながらどんどん膨らませていく。
すれ違う恋心、アスールとライバルの心理戦。拗らせ溺愛が激しい、じれじれだけどハッピーエンドです。
☆他投稿サイトにも掲載しています。
☆番外編はアスールの同僚ノアールがメインの話になっています。
記憶喪失の私はギルマス(強面)に拾われました【バレンタインSS投下】
かのこkanoko
恋愛
記憶喪失の私が強面のギルドマスターに拾われました。
名前も年齢も住んでた町も覚えてません。
ただ、ギルマスは何だか私のストライクゾーンな気がするんですが。
プロット無しで始める異世界ゆるゆるラブコメになる予定の話です。
小説家になろう様にも公開してます。
狼隊長さんは、私のやわはだのトリコになりました。
汐瀬うに
恋愛
目が覚めたら、そこは獣人たちの国だった。
元看護師の百合は、この世界では珍しい“ヒト”として、狐の婆さんが仕切る風呂屋で働くことになる。
与えられた仕事は、獣人のお客を湯に通し、その体を洗ってもてなすこと。
本来ならこの先にあるはずの行為まで求められてもおかしくないのに、百合の素肌で背中を撫でられた獣人たちは、皆ふわふわの毛皮を揺らして眠りに落ちてしまうのだった。
人間の肌は、獣人にとって子犬の毛並みのようなもの――そう気づいた時には、百合は「眠りを売る“やわはだ嬢”」として静かな人気者になっていた。
そんな百合の元へある日、一つの依頼が舞い込む。
「眠れない狼隊長を、あんたの手で眠らせてやってほしい」
戦場の静けさに怯え、目を閉じれば仲間の最期がよみがえる狼隊長ライガ。
誰よりも強くあろうとする男の震えに触れた百合は、自分もまた失った人を忘れられずにいることを思い出す。
やわらかな人肌と、眠れない心。
静けさを怖がるふたりが、湯気の向こうで少しずつ寄り添っていく、獣人×ヒトの異世界恋愛譚。
[こちらは以前あげていた「やわはだの、お風呂やさん」の改稿ver.になります]
【短編】淫紋を付けられたただのモブです~なぜか魔王に溺愛されて~
双真満月
恋愛
不憫なメイドと、彼女を溺愛する魔王の話(短編)。
なんちゃってファンタジー、タイトルに反してシリアスです。
※小説家になろうでも掲載中。
※一万文字ちょっとの短編、メイド視点と魔王視点両方あり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる