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第4話
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皇太子に呼び出されたのは、雨が強く降る日だった。朝からずっと降っていて、王宮の庭の土はこれ以上水分を吸収できない程になっている。目の良いフェリクスは、花壇の土が吐くように水を押し戻す様を部屋の窓から眺めていた。
「フェリクス、聞いてる?」
話しかけられてフェリクスはようやく、窓硝子から視線を外し、目の前にいる男に向き直った。
艶やかな金の髪に海を思わせるような青い瞳。ヴィタテウム帝国を統治する女帝モルガンの愛する双子の片割れ。この国の皇太子であり、次期皇帝に女帝から任命されている男だ。
「聞いていましたよ。何度言っても嫌なものは嫌です」
フェリクスは目の前に座る微笑を浮かべたマティアスを見やる。端正な顔立ちは母譲りで父から受け継いだ青い瞳が美しいと女性から人気が高いマティアス皇太子。
「結婚しろとおっしゃるなら殿下が側室として向こうの巫女を娶れば良いじゃないですか」
フェリクスが言うと、マティアスは首を横に振る。机の上に飾ってある一人の女性の絵を手に取り、うっとりとした表情で話す。
「俺は駄目なんだ。君も知っているだろう、愛する婚約者がいるって。彼女以外を愛するつもりはないし、ましてや側室なんか迎え入れるつもりもないよ」
「だからって僕が結婚しろという事ですか」
「うん。君なら家柄も良いし釣り合うよ」
「僕は結婚する気もないし、興味もないんですよ」
フェリクスが嫌そうに言うと、マティアスはにっこりと微笑んだ。
「知っているさ。だから君に頼むんだよ」
「どういう事です?」
「相手は魔導国の巫女。役目を外されるとはいえ、魔導国と繋がりを持っているだろう?」
マティアスは笑みを浮かべているが、青い瞳にはぞっとするような狂気が宿っている。
「つまり、妻を見張れという事ですか……」
「そう! ご名答。万が一のことがあればすぐに斬れるような人と結婚させたいんだ。君なら出来るだろう」
マティアスの言う通りだが、その理由でフェリクスを選んだあたり、さすが次期皇帝候補というべきか。冷酷な面を持ち合わせていないと君主は務まらないと彼は言う。
「魔導国もきな臭いんだよね。宮中で何か起きそうっていうか。まぁ、こっちも同じなんだけど」
そう言い、マティアスは手に持っていた女性の絵を置き、自分と瓜二つの顔を持つ女性と自分が描かれた絵を見やる。彼とともに描かれているのは、双子の妹であるマルグリットだ。顔はほとんど同じだが、性格は正反対で、兄は人を斬り捨てられるのだが、妹は聖母のような人だった。優しさが服を着て歩いているような。
ヴィタテウム帝国では、女でも男でも素質が認められれば君主になれる。現に、彼らの母親が皇帝であるし、その前は祖父が皇帝であった。
次の皇帝はマティアスだと女帝は宣言しているのだが、宮中ではマティアスを気に入らない臣下も多く、そのうち権力を握る大きな家柄の者はマルグリットを皇帝にと考えているようだ。優しい性格のマルグリットなら、皇帝の重荷は到底耐えられないだろう。代わりに自分達が政権を握るとでも考えているのだろうか。
マルグリットは皇帝に向いていないと言っているのに。仕立て上げられそうになる可哀そうな妹を何とかしてやりたいんだ、と彼女を溺愛している兄は言う。
フェリクスは察した。
魔導国との関係に神経を使うより、内部に目を光らせておきたいのだとマティアスは言っているのだと。その為、嫁に出される巫女の監視はフェリクスに任せたい。彼の信頼を受けている事は喜ばしいが、それでも気が進まなかった。
暗い顔をするフェリクスに、彼の気持ちを汲み取ったのかマティアスは言い加えた。
「相手に非があれば離婚しても良いからさ。ちゃんと証拠さえ掴んでいれば、裁けるし。あと」
マティアスの続く言葉をフェリクスは待った。
「この条件を飲んでくれたらお給金上げちゃおうかな」
即決であった。
フェリクスはマティアスと話を終えると、別邸にいるイェリンへ手紙を書いた。近々、結婚するセルウィリアの情報を集めて欲しいと。
イェリンは使用人だが、ヴィタテウム帝国の民らしく、剣と武術に優れている。加えて情報収集能力、隠密行動も得意で、使用人でありながらフェリクスの優秀な駒として動いている。
フェリクスの期待通り、すぐにイェリンから調査報告が挙がった。国内での噂になるが、と前置きをされていた。読んでみると散々なものである。
巫女でありながら男性関係にだらしなく、今の国王とも関係を持ち、魔導国を裏から操っているとか、贅沢な暮らしが好きで税を湯水のように使うとか。はっきり言って印象は『最悪』であった。
こんな女が仮初とはいえ、妻になるとは。フェリクスは頭が痛くなった。
何とか離婚しよう、と心に誓った。
「フェリクス、聞いてる?」
話しかけられてフェリクスはようやく、窓硝子から視線を外し、目の前にいる男に向き直った。
艶やかな金の髪に海を思わせるような青い瞳。ヴィタテウム帝国を統治する女帝モルガンの愛する双子の片割れ。この国の皇太子であり、次期皇帝に女帝から任命されている男だ。
「聞いていましたよ。何度言っても嫌なものは嫌です」
フェリクスは目の前に座る微笑を浮かべたマティアスを見やる。端正な顔立ちは母譲りで父から受け継いだ青い瞳が美しいと女性から人気が高いマティアス皇太子。
「結婚しろとおっしゃるなら殿下が側室として向こうの巫女を娶れば良いじゃないですか」
フェリクスが言うと、マティアスは首を横に振る。机の上に飾ってある一人の女性の絵を手に取り、うっとりとした表情で話す。
「俺は駄目なんだ。君も知っているだろう、愛する婚約者がいるって。彼女以外を愛するつもりはないし、ましてや側室なんか迎え入れるつもりもないよ」
「だからって僕が結婚しろという事ですか」
「うん。君なら家柄も良いし釣り合うよ」
「僕は結婚する気もないし、興味もないんですよ」
フェリクスが嫌そうに言うと、マティアスはにっこりと微笑んだ。
「知っているさ。だから君に頼むんだよ」
「どういう事です?」
「相手は魔導国の巫女。役目を外されるとはいえ、魔導国と繋がりを持っているだろう?」
マティアスは笑みを浮かべているが、青い瞳にはぞっとするような狂気が宿っている。
「つまり、妻を見張れという事ですか……」
「そう! ご名答。万が一のことがあればすぐに斬れるような人と結婚させたいんだ。君なら出来るだろう」
マティアスの言う通りだが、その理由でフェリクスを選んだあたり、さすが次期皇帝候補というべきか。冷酷な面を持ち合わせていないと君主は務まらないと彼は言う。
「魔導国もきな臭いんだよね。宮中で何か起きそうっていうか。まぁ、こっちも同じなんだけど」
そう言い、マティアスは手に持っていた女性の絵を置き、自分と瓜二つの顔を持つ女性と自分が描かれた絵を見やる。彼とともに描かれているのは、双子の妹であるマルグリットだ。顔はほとんど同じだが、性格は正反対で、兄は人を斬り捨てられるのだが、妹は聖母のような人だった。優しさが服を着て歩いているような。
ヴィタテウム帝国では、女でも男でも素質が認められれば君主になれる。現に、彼らの母親が皇帝であるし、その前は祖父が皇帝であった。
次の皇帝はマティアスだと女帝は宣言しているのだが、宮中ではマティアスを気に入らない臣下も多く、そのうち権力を握る大きな家柄の者はマルグリットを皇帝にと考えているようだ。優しい性格のマルグリットなら、皇帝の重荷は到底耐えられないだろう。代わりに自分達が政権を握るとでも考えているのだろうか。
マルグリットは皇帝に向いていないと言っているのに。仕立て上げられそうになる可哀そうな妹を何とかしてやりたいんだ、と彼女を溺愛している兄は言う。
フェリクスは察した。
魔導国との関係に神経を使うより、内部に目を光らせておきたいのだとマティアスは言っているのだと。その為、嫁に出される巫女の監視はフェリクスに任せたい。彼の信頼を受けている事は喜ばしいが、それでも気が進まなかった。
暗い顔をするフェリクスに、彼の気持ちを汲み取ったのかマティアスは言い加えた。
「相手に非があれば離婚しても良いからさ。ちゃんと証拠さえ掴んでいれば、裁けるし。あと」
マティアスの続く言葉をフェリクスは待った。
「この条件を飲んでくれたらお給金上げちゃおうかな」
即決であった。
フェリクスはマティアスと話を終えると、別邸にいるイェリンへ手紙を書いた。近々、結婚するセルウィリアの情報を集めて欲しいと。
イェリンは使用人だが、ヴィタテウム帝国の民らしく、剣と武術に優れている。加えて情報収集能力、隠密行動も得意で、使用人でありながらフェリクスの優秀な駒として動いている。
フェリクスの期待通り、すぐにイェリンから調査報告が挙がった。国内での噂になるが、と前置きをされていた。読んでみると散々なものである。
巫女でありながら男性関係にだらしなく、今の国王とも関係を持ち、魔導国を裏から操っているとか、贅沢な暮らしが好きで税を湯水のように使うとか。はっきり言って印象は『最悪』であった。
こんな女が仮初とはいえ、妻になるとは。フェリクスは頭が痛くなった。
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