○○の日記

水岡千草

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平岡束という女

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4月9日 
夢を見ていた

初めて私に兄弟ができた、丸くてフニフニしててなんだか変な顔。
顔を真っ赤にして泣いたと思えば何も無かったように眠るこの子は紛れもなく私と血の繋がった弟だった。

「お母さん!抱っこしたい!!」

「こら、束病院では静かにね」

そう言って母は弟を持たせてくれた。
初めて抱いた温もりに驚いて手が離れそうになったけど自然に固くなった私の手はこの小さな弟をずっと離さんとばかりに抱きしめるのだった


きりの悪い所で目が覚めた

(あの後どうなっだんだっけ?)

思い出せる訳もなくその事すら忘れようと
朝から始まるバイトに向けて服を着替えるのだった。

最近始めたバイトはきっと私に合ってない。
接客業ではなく厨房の方に応募したのだが接客担当のアルバイトが少ないとゆうことでお客様から注文を伺う仕事をしていた。
何度やっても同じミスをする私に先輩は何度も呆れながら注意し怒ってくれた。
有難いと思えたし嬉しかった、見捨てずに丁寧に教えてくれる人がいることがどれほど素敵なことか分かっていたから、でもそれも最初だけだった。
段々と声を荒らげる先輩、分からなかった。怖かったのだ。
2つ以上物事を同時に行うことを苦手としてきた私には、先輩の期待に応えることが段々と負担になっていった。
「なぜできないの?」と聞かれたことがあった、答えられなかった。
「やり方も教えたのになぜ?」
その質問に正解などあるのだろうか。
ここで私はなんと言えばよかったのだろうか、未だに全く分からない。
正直に「私は2つ以上の動きが同時にできません」と伝えるべきだっただろうか。
それとも「次はできます」と言うべきだったのだろうか。
なんと答えたかは覚えてはいないが、泣きそうになりながら
「すみません」と繰り返していたのは覚えている。
「なぜ?」とはなんだろう。
嗚呼またあの人と働かなくては行けない。
同僚にはケロッとしている等言われるがそんなことは無い、私はたまたま顔に出るのが恐ろしく遅いだけで先輩がいなくなったあと鏡を見ると酷い顔をしているのだ。
向き不向きはあるだろうが私はあの先輩と働くことに向いていない。
抱えきれないことが多すぎる気がする。
きっとそれは杞憂で私がいいように解釈して正当化しているのだろう。
先輩のことは好きだ尊敬している
でもそれはバイトの先輩としてでは無く
一人の人間としてなのだ。

バイト先について先輩に挨拶をする
その中で今朝見ていた夢を思い出した、
(私はきっと弟をそのまま落としたんだろうな、、、)
しんどくなってきた。

バイトが終わればいつもの日常が始まる。
家に帰る足取りは心做しか軽くなっていた、目に映るもの全て新しく見えるほど私の心は晴れ渡っていた。
少しゆっくり歩いて帰ることにした。
周りを見ながらイヤホンをさして目深に帽子を被って歩く、ゆっくりと歩くと不思議な発見がいつも見つかる。例えば同じ名前の表札、懐かしい小学校の体操服が干してある家、道に引かれた線が途切れている場所。
何処か不思議な場所へ来たような気がするほど色んなものがよく見える。
家まで歩いて20分今日は倍の時間をかけて帰ろう。
イヤホンから流れる音楽は私をずっと主役にしてくれる。好きなアーティストじゃなくても音楽には主役がいる、そしてそれは今このイヤホンでしか聞けない私なんだ。
さっきまでしんどかった思いはどこかへ飛んでいったような気がした。

その日の晩、私は耐えきれずに母にバイト先の相談をした。
珍しく真剣に聞く母に思わず言わなくて良い事まで言ってしまった、でも後悔なんてしていないし大人の意見が聞けるならいい。
話が終わると考える時間もなしに母は1つ私に問いかけた

「怒るのが上手い人ってなんだと思う?」

「えー、わかんない」

怒るとはなんだろう。
自分の気持ちを相手にぶつけること?
伝えきれない言葉が感情に乗り移ること?
分からない、また私は分からない。

「まぁ人によってそれぞれだと思うけどね?お母さんは叱ることができる人だと思ってる」

叱る

「なるほどね」

叱る
叱る?
叱るとはなんだ?ゲシュタルトが崩壊しそうだ。

「怒るのは自分のためだけど、叱るのは自分のためだけじゃないでしょ?」

そう言って母はキッチンへ行った。
リビングに取り残された私の頭の中は叱ると怒るの違いでいっぱいいっぱいだった。
「なるほどね」と答えたは言いものの
1ミリも理解はしていない。
叱るを検索してみてもひねくれた私の頭の中じゃそれは怒るの正当化と同じだった。
誰かを思うが故に怒るのが叱るなら、叱るふりは怒る?あー、また分からない。
母が答えを示さない時は答えがない時だ、なら自分で答えを作らなくてはならない。
考えると先輩の顔が頭に浮かんできてなんだか左の胸あたりが苦しい。
私が「仕事が向いてないので辞めます」と言ったら先輩は怒るだろうか、叱るだろうか。叱られたくないと、怒られたくないは全くの別物だろうか。もし私があの先輩に「あなたのために言ってるのよ?」
と言われたら私は先輩を心から許すことが出来るのだろうか。許すとゆうのもなんだか違う気もするけれど、私がそれを受け入れるために心に余白を作りこの人の意見が正しいのだから従わなくては行けないと思う、そんな私になれるのかな。
母は先輩と私のやり取りを見たことがないし一概に先輩が悪いと言えないのだろう。
元を辿れば先輩が腹を立てているのは私の物覚えが悪いからだ。
怒られないようにするにはどうしたらいい?ここで振り出しに戻った気がする。
私はどうしたいんだろう、そう考えると私は知りたいのだ。
あの時の正しい答え、私の生き方が。

結局何も考えが浮かばずまた夜が来た。

そこからしばらくして私はバイトを辞めた
何度も先輩とシフトが被って一緒に働いていたけれどあの時の先輩が忘れられなくて怖くて、しんどくて、逃げてしまった。
あの人はきっとこれからもあの人でい続けるんだろう、弱い私はこれからも逃げ続けるのだろうか。
思ったよりあっさりと切れた縁にあっけらかんとした私は疲れ切っていた。
(思えば悪いことばかりじゃなかった)
そう頭で考えては後悔する日がいつか来てしまうんだろう。でもこの選択に後悔なんてしてやるもんか、私は私でいるためにあの仕事を辞めたんだ。私は私が幸せでいれるように大事な選択をしたんだ。
逃げるのは弱さと強さだ。

自分を正当化しているように聞こえて嫌な人も多いだろう、だがそれがなんだ。
開き直ってる?そうだよ開き直ってるの、
当たり前でしょ?なんで私があの先輩やバイト先のことでずっと悩んでいなくちゃいけないの?きっとあの先輩は叱り方を間違えてただけだけどあの人のやり方あれでいいの、私は関係ないんだから。
将来そんなんでどうするの?知らないよ、将来のことは私が決めるの、仕事を直ぐに辞める若い人が多いってそんな理由で私が全ての仕事を辞めるなんて勘違いそれこそやめて欲しいわ。
私には未来があるの、向き不向きをこの職場だけで決められるなんてたまったもんじゃないわ。
私は束、大切な弟と母と父と4人で家に住んでいる普通の高校生。
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