○○の日記

水岡千草

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木原和己の忘れたい事

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僕はこの春人生で初めて壁にぶつかった。

5月7日
  高校三年生になり僕は進路を考えるようになりました。
それに伴い興味本位で入っていた将棋部も休部とゆう形で行っておらず、ただただ机に向かう毎日なのでした。
 この時期になると担任の先生は口を酸っぱくして毎朝毎朝日課のように進路について話していました、渡されるプリントは1枚の重みが凄く無くしてしまうと次のガイダンスに参加できないらしいのです。
 僕の進路は多分このまま近場の大学に通って、就職するのでしょうね。
今思えば流されてきた人生でした。
与えられたもので遊び、与えられたもので生き、誘われたからする。中身のないと言われれば反論もできないようなそんな人生を17年間も歩いてきました。

「かず」
声をかけてきたのは将棋部の同級生。
【山城一誠】
(そういえば就職するって言ってたなぁ)
進路を決めている友人を前に私は焦りよりも寂しさが芽生えてきていました。
「どしたの?」
なるべく明るい声で表情で、、、
「いや、進路決まってないなら進学ガイダンス一緒に行かないか?」
この学校のガイダンスは
「就職」「進学」「未定」
の3つに別れて同時進行で進んでいく。
「?、就職するんじゃなかった?」
「やりたいことが出来た、それには資格がいるんだ」
そう話す一誠は僕よりずっと遠い存在で、こんなフラフラしてる奴と一緒にいるのはもったいないぐらいできたやつでした。

その日の午後授業はなく少人数に別れて面接の練習をしていました。
野球部の同級生はスポーツで生きていくんだと目を輝かせながら前を向き進んでいく、僕とはまるで違う存在でどこか遠く感じて苦しくなりました。
進学ガイダンスはサラッと終わり私学に進むメリットや専門のメリットまたその逆を先生から30分ぐらい聞いていました。
進学も就職も変わらないなと笑ってしまいそうになりましたが、まだどこか他人事として捉えている自分が情けなく感じました。

 その晩家に帰ると母はまだ仕事に出ており一人で夕飯の支度をしました、母に心配をかけたくないただそれだけを胸に進路を考えている夜をもういくつか重ねたかなんて分かりません。
学校でもそれほど目立たず何もしない僕なんて先生も気にしてないでしょうね。
夜ご飯の支度を終えて先に色々と済まして母を待ちましたが時刻は既に10時半、冷めきったスープとテレビの音が反響する部屋で僕は途方もない喪失感に駆られてしまい結局一口も食べることなく部屋に戻ってしまいました。
ある初夏の日でした。

 朝起きてリビングへ行くとラップのかかった朝ごはんがありました。
「昨日はごめんね、お弁当冷蔵庫にあるよ」
とだけ書かれて添えられたピンクのメモ
丸っこい字はいつか見た文字と変わらなくて、胸の蟠りを少し軽くしてくれるようです。
制服に着替えて携帯を見ると昨晩の10時に一通のメールが、それは母からの連絡でした。余程自分に余裕がなかったみたいで確かに携帯を確認して残業を聞くべきだったと朝から酷い気分になりました。
 それでも繰り返される日常にまた嫌気がさして5月なのに夏顔負けの暑さを出すアスファルトとブレザーを睨みながらまた今日を繰り返すために学校に向うのでした。

 7月19日
 夏休みを前にして進路を固めた同級生が増えるなか僕は一向に決まらない道を探し続けていました。
先生と一体一で話すことになり通された部屋は学校には珍しく空調の効いた部屋でした、涼しかったです本当に。
「木原、そろそろ決めないとまずいぞ」
担任の吉岡先生はいい先生なので困らせたくなかったのですがもう手遅れのようで
僕は包み隠さず先生に伝えました
 一人で生きていこうと思っていること
夢がないこと
母に迷惑をかけたくないこと
やりたいことも無いし就職しても続く気がしないからフリーターになろうと思っていること
先生は大事そうに聞いてくれました
目を離さずメモも取らず口も挟まず、、
 その後いくつかの提案を受けて1週間以内に返答することを条件に帰宅しました。

 珍しく家に明かりが灯っていて、上がると母がキッチンにたっていました。
「あ!おかえり!ご飯できてるから手洗っておいで!」
と、まるで僕が今帰ってくるのを予測しているような母の力に敵わないなと笑がこぼれたのを覚えています。
いつしか2人で囲むことの減った食卓で母の料理を食べてる時この時間が暖かく愛おしいと感じだしていました。
僕はマザコン?と呼ばれるものなのでしょうか、友達に聞くことも出来ないので途中で考えることをやめて母の話に耳を貸すのでした。

 お風呂もあがりリビングでゆっくりしていると母が後ろから洗い物をしながら学校から連絡があったとゆっくりと話し出しました。その内容は僕だけがまだ決まっていないことや悩んでいること母にしかできないことがあるとゆうこと。
なんだか情けなくなりテレビの音も聞きづらいぐらい胸は大きくなり続けました。
 母は「好きなことやってもいいんだよ、誰も止めたりなんかしないんだから」と僕を励ましてくれる様でしたが18にもなって頼っている自分がやはりどうしようもなく情けないのでした。
 目の前でカタンと音がなり大きな氷がコップの中に落ちたのを確認すると僕は母に「就職もしたくないんだ、でも進学しても学びたいことがないからフリーターになってしばらくゆっくりしようと思ってたんだ」と伝えました、それは紛れもない僕の本音で社会から逃げたい子供の声でした。
「いいんじゃない?あと数年ぐらい和己を家に置いとくぐらい余裕よ」
と、どこか弾んだ声で答える母に安心してしまいリビングのソファーに体を溶かしていくのでした。

次の日先生に昨日のことを伝えると
ホッと息をついて
「自分で道を見つけてくれてよかったよ」と不器用に頭を撫でてくれました、僕よりも低い背丈の先生の手は大きくて髪型がぐちゃぐちゃになるまで撫でられました。

 夏休みが開けて一誠に会うと
「和己!進路決定おめでとう!俺は広島の大学に決まったよー!」
と嬉しそうな顔で肩を組まれました。
「えっ、広島??」
「そう!ちょっと遠いけどな!全く会えなくなるわけじゃないし和己がずっとここにいるってゆうなら俺の帰る場所はここにあるって分かるからいいんだ」
振り切ったような清々しい顔に何も言い返せない僕を笑って
「まぁまぁ!高校生はまだまだなんだから楽しもうぜ!」
なんてゆう一誠に釣られて僕も笑ってしまうのでした。

きっとまた春が来た時隣には立てないけれど僕の未来も一誠の未来にも4月の桜が咲くことを信じていつか会えなくなる日までを惜しみながら僕達はこれからも前に進み続けるしかないみたいです。
僕の後悔はただ1つでも夏に溶けだしたそれを思い出す気にも慣れずただの18歳の木原として明日も生きていくのでした。
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みんなの感想(1件)

さかな
2021.01.25 さかな
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