上 下
17 / 37

6 黄金 2

しおりを挟む
 揺れ続ける基地の中、クロカの案内でジン達は基地の中を走った。ゴーレムのドスドスした走り方は決して速く無かったが、それでも走らせた。
 爆音と喧騒、混乱の中、治療術師達がいる医務室には辿り着いたが――

「うわちゃ……順番待ちだね……」
 額を抑えるクロカ。
 魔王軍の奇襲はかなりの成功を修めているらしく、大きな部屋はケガ人でいっぱいだ。白いローブを纏った術者達が負傷兵の間を走り、片っ端から回復魔法をかけてまわっているが、寝転んでいる者、座り込んでいる者、膝をついて呻いている者……後どれだけいるのかわからない。

「なんだ、このゴーレムは! 邪魔……っておい、ゴブリンやリザードマンがいるぞ!」
 兵士の一人が怒鳴りながら剣を抜こうとした。治療術師が慌ててそれを圧し留める。
「なんなんですか、貴方達は? ここは忙しいんです、出て行ってください」
 別の術師が気味悪そうに言う。
 ジンが負傷しているのは見えている筈だが、異形の右腕が気になるらしく近づこうとしない。

 ジンは溜息をついた。
「わかった。薬だけ適当にくれ」
 近くで警戒していた術師の一人がポーション一瓶渡す――クロカに。
 ケガ人に直接渡さないのは、負傷を配慮して……では無い。
「悪いな」
 ジンは術師にそう言うと、クロカから薬を受け取った。
「何も悪くないよ……!」
 悔しそうに小さな声で呟くナイナイ。
 だがそんな声は部屋で飛び交う叫びや呪文の詠唱で消えるだけだ。
 治療する者もされる者も、自分の事で手一杯なのだから。怪しい魔物じみた連中への労わりなどあるわけがない。


「よし、機体は準備できてるな!」
 巨大艦の格納庫。その片隅でジン達は自分の機体を見つける。
 周囲ではスイデン軍の兵士達がおおわらわでケイオス・ウォリアーに乗り、開けっ放しのハッチから次々と飛び出していた。出撃命令は絶える事なく怒鳴り声で出続けているが、ちゃんとそれを聞いて指示通りに出ているのかどうかは怪しいものだ。
 クロカがジンに言う。
「私らはヴァルキュリナを探すよ。しばらく独自判断で戦って」
「わかった。気をつけてな」
 クロカとゴブオにそう言うと、ジンはBカノンピルバグの操縦席へと駆け込んだ。リリマナも宙を飛んでそれに続く。
 シートベルトで体を固定し、機体のハッチを閉じる。ジンの視界がケイオス・ウォリアーの物に切り替わった。左右を見れば、ナイナイとダインスケンの機体も動き出している。
『ジン、ケガは大丈夫なの?』
 ナイナイの心配する声が届いた。
「あの回復薬、安物だから。体は本調子じゃない筈だよ?」
 リリマナにも不安があるようだ。
「まぁ傷は塞がったからよ。さすが魔法の薬だぜ」
 言って笑うジン。その言葉は嘘ではない。
 痣は薄くなった。痛みも薄れた。出血も止まった。完治してはいないが、行動に支障は無さそうだ。
「こちらジン、出るぞ!」
 周囲へそう叫んで、ジンは巨大艦のハッチへ機体を走らせた。その頃には艦の搭載機はあらかた出ており、他の部隊を気にする事なく出撃する事ができた。


 山間の荒野へ飛び出すジン。
 緑などほとんど無い、土の上と岩の間を風が吹き抜ける不毛の地。
 そのあちこちで煙があがり、爆音が轟き、剣が打ち合わされている。魔王軍とスイデン軍は乱戦状態になっており、撃破されたばかりのケイオス・ウォリアーがそこかしこで残骸を晒していた。
『ジン、どうするの?』
 追いついてきたナイナイが訊く。
 ジンは自分の目で戦闘MAPを睨み、機体の眼で周囲の戦闘を見渡した。
 少数同士での乱戦はいつ終わるともなく続いている。魔王軍の機体には、ジン達を見つけて接近してくる物もあった。
(NPCと敵軍の混戦……ゲームならMAP兵器でまとめて吹っ飛ばすんだがな)
 実際にやれば、お咎めどころの話ではないだろう。
「とりあえず固まって、近づく敵に応戦するぞ。混戦がもう少し収まるまではな」
 そう言って射程に入った敵へ容赦の無い砲撃を撃ち込む。被弾し、よろめく敵を、援護に入ったダインスケンのBクローリザードが鋭利な爪で叩き斬った。

 近づく敵小隊を二組ほど撃破した辺りで、戦場の混乱も静まって来た。
 両軍、その数をだいぶ減らしたのである。しかしその数には――明らかに魔王軍の方が多い。奇襲の影響はずいぶんと大きかったようだ。
 敵味方とも、まだ戦闘続行な機体は大きな岩を盾に、或いは巨艦の陰にと少しでも有利な地形を利用し、相手を戦闘MAPで探しながら戦い続けている。
 ジン達も岩場の裂け目を天然の塹壕として利用し、戦場を窺っていた。
「次に近い敵……岩山の麓かなァ?」
『出て行くと狙い撃ちされないかな。このままパンゴリンが出てくるのを待とうよ……』
 MAPを見るリリマナにナイナイの不安そうな声が届く。

(気のせいか? ナイナイが妙に消極的な気がするが……)
 少し違和感を覚えるジン。
 ナイナイは元々強気な性格ではない。だが敵との交戦を嫌がり、どこにいるかわからない助けを待とうとまで言うとは……。

 だが違和感を追求する暇は無かった。
「敵増援! あっちの山陰!」
 MAPを見て叫ぶリリマナ。
「一機?」
 訝しむジン。MAPに映るのも、機体の眼で確認しても、そこにいるのは一機だけだ。
 鎧状の胴体装甲はBランク機よりも豪華で頑丈な物である。白銀級機シルバークラスなのはそれでわかった。しかしやたら平たい頭に力ない垂れ目、半開きの厚ぼったい唇……まるで強そうには見えない。
 一見ふざけてさえいるかのように見えるその機体――鎧を来たエイ型のケイオス・ウォリアーから、周囲へ声高に通信が放たれた。

『ようこそ皆さん。私こそが魔王軍親衛隊最強の戦士・マスタービショップ。君達を埋葬しに来た聖職者です。死までの短い時間、ご自分の宗派に合わせた祈りを唱えておきなさい』
 そう言うと、白銀級機シルバークラスは無造作に前進を開始した。敵と味方があちこちに潜み、撃破された残骸が無数に転がる戦場へ、堂々と。

 もちろんそんなマネをしてタダで済む筈も無い。スイデン軍のケイオス・ウォリアーが照準を合わせ、射撃武器を撃ち込もうとする。
 それに対し、魔王軍側は慌てて再度の攻撃へ移ろうとした。自軍の親衛隊を守ろうとして。

 だがそれらの中央で、白銀級機シルバークラスは激しい光を放った。
 とぼけた頭部の両側から、無数の稲光が放たれ、周囲一帯を焼き焦がす!
 通信機を通して、いくつもの悲鳴が重なった……。

 マスタービショップの笑い声。稲光が収まった時、交戦しようとしていたケイオス・ウォリアーは黒焦げの残骸となっていた。
 思わず呟くジン。
「MAP兵器で……味方ごと、かよ!」
『それも彼ら兵士の仕事のうち。私が信仰する神は言われました。死は全ての命に平等である、故にいかなる死に方も大きな差は無い、と』
 呟きをききつけ、マスタービショップから聞いてもいない返答が入る。
「どんな神よ、それェ!」
『死神の一柱、殺戮の神マーダウスです。昔の魔王にも信者がいた由緒ある宗派ですよ』
 憤慨するリリマナにも、実に楽しそうな答えが返って来た。

 苛立ちを覚えながらもジンはスピリットコマンド【スカウト】を放った。敵のデータを機体に読み込ませ、それを表示させる。

マスタービショップ レベル18
Sエレクトリックレイ
HP:14000/14000 EN:200/200 装甲:1500 運動:110 照準:155
射 サンダービーム    攻撃3200 射程1-5
格 発電タッチ      攻撃3500 射程P1―2
射 エレクトロシャワー(MAP) 攻撃4000 射程P1-3

マスタービショップ レベル18
格闘186 射撃188 技量206 防御145 回避116 命中126 SP86
ケイオス4 闘争心2 見切り2 気力+(DEF)

※闘争心2LV:戦闘開始時の気力+5
※見切り2LV:気力130以上で命中・回避・クリティカル率+10%
※気力+(DEF):被弾・回避すると気力が余分に上昇

(ん? MAP兵器を持ってる事はわかっているが――移動しながら使用可能だと!?)
 ジンはその武器にカーソルを合わせた。

射 エレクトロシャワー(MAP) 攻撃4000 射程P1-3(自機中心)
気力― 消費EN20 条件:ケイオス2

「広範囲攻撃を気力制限無しで移動しながら撃てるだと!?」
 目を剥くジン。
『ヒヒヒ……君達には都合が悪いかな? 親衛隊をコンビネーションで倒してきた君達には!』
 マスタービショップのその言葉は、明らかにジン達へ向けられた物だ。
 魔王軍の親衛隊を短期間で何人も倒した事で、その存在には目をつけられ出しているのである。そしてマスターウインドのように味方に引き込もうと考える者ばかりでもない。
『さあさあさあ! どうする、どうする? 君らはどうするぅ?』
 実に楽しそうに言いながら、Sエレクトリックレイは堂々と戦場を歩く。そして放電――また別の部隊が電撃に焼かれ、まとめて吹き飛ばされた。

「奴の通り道にいるとやられるしかねぇな……」
『そんな! どうするの?』
 ジンの言葉にナイナイが焦る。
『どうしようもないでしょう! バーッと爆発! フラッシュして粉々です!』
 マスタービショップは実に楽しそうだ。
 そしてジンは言う。

「じゃあ通り道から離れるか。おい、奴の反対側へ前進だ」
 敵へくるりと背を向け、ジン機は荒野を走り出した。
 一瞬で意図を理解し、ナイナイ機とダインスケン機も後に続く。
『いや、あの、おい……それは逃げるという事でしょうがあ!?』
 叫んで追いかけてくるエレクトリックレイ。

 しかしさっきまで混戦だった戦場である。
 ジン達の前に、新たな敵小隊が立ち塞がった。
「つっても今さら雑魚相手じゃな!」
【ヒット&アサルト】のスキルを活かし、前進と砲撃を素早く繰り返すジン。敵量産機のBソードアーミーが撃ち抜かれ、ダインスケンのBクローリザードが敵の群れに飛び込む。
 一方、マスタービショップにもスイデン軍が攻撃を仕掛けようとした。
 だがこちらは前進しながらエレクトロシャワーを放ち、かかってくる敵を一瞬で退ける。

 逃げる側と追う側。
 戦闘にかかる時間を考えると、逃げるジン達が圧倒的に不利。
 その上――さらに状況が変わった。

『偽物で時間を稼ぐとはなかなか頭の回る事だ。他にも策があるなら早く出した方がいいぞ。命があるうちにな……』
 その声とともに、新たな機体が戦場に舞い降りたのだ。
 ジン達を挟んで、Sエレクトリックレイの反対側――挟み撃ちする位置に。見覚えのある機体、Sフェザーコカトリスが。
「マジか……まぁ出ては来るわな」
 げんなりして呟くジン。
 マスターウインドが機体に乗って現れたのだ。

『ど、どうしよう!』
 いよいよ狼狽えるナイナイ。
「悪いがどうにもならんかもな……」
 前門の虎、後門の狼。ジンは絶望に捉われながらも、なんとか生きる道は無いかと考えた。

 そんなジンへ、また別の通信が入る。
『ならば引っ込んでいろ、化け物』
 ジン達とは別の巨大艦――戦闘に巻き込まれて半壊しているが――から、またケイオス・ウォリアーが一機現れる。
 Sランスナイト――貴光選隊きこうせんたい隊長・ケイドの機体だった。

「お前! 傷はもう治ったのか!?」
 自分より遥かに重傷だった男へ訊くジン。
 ケイドはフンと鼻を鳴らす。
『治っていないと泣きをいれれば敵は帰ってくれるのか。例え倒れる事になろうとも……貴光選隊きこうせんたいの名にかけて、ここで一矢報いる!』

 そして、ランスナイトは走った。フェザーコカトリスへと。
『死にぞこないが!』
 叫んで迎え撃つマスターウインド。
 二機の白銀級機シルバークラスが再び激突した――!

 だが無念! ナイトの槍はまたしてもコカトリスを捉えられなかった。
 虚しく宙を突く穂先と交錯するように、コカトリスの剣はナイトを切り裂く!

『何ィ!?』
 しかし驚愕のその声は、マスターウインドが発した物だった。
 剣は確かにナイトを切り裂いた。だが相手は武器を捨て、刃を、それを持つ手を握ったのだ。

 そして――ナイトの関節から赤い閃光が迸った。
 ジンは見た。自機の戦闘MAPで、ナイトのアイコンの上に数字が出るのを。
 それが、3……2……1……と、カウントダウンされていくのを!

 そして起こる、大爆発!
 ナイトとコカトリスは爆炎に消えた……。

「おい、あれはまさか自爆か!?」
 ジンの叫び声は震えていた。
「うん……スピリットコマンド【カミカゼ】……。機体のHP全てを攻撃力に変換して、防御無視ダメージを与える、けど……」
 茫然とした声で答えるリリマナ。

(あの野郎……脱出はド下手糞じゃなかったかよ!?)
 ジンは機体の眼を必死にこらす。
 そして見えた物は……

 煙の中から体をひきずって現れる、所々に亀裂の入った白銀級機シルバークラス
『ぐ……ここまでやるとはな。侮ったか』
 コカトリスは撃破されていなかった。
 しかし、それはノーダメージという事ではない。僅かに迷いは見せたが――結局、再び空へと羽ばたく。
『さっきの騎士は丁重に弔ってやれ。それだけの働きを最期にしたのだからな』
 そう言うと、大空へと消えていった。

「最期、だと? 弔え、だと……?」
 呟くジン。
 煙が晴れれば、機体の眼に映るのは焦げた大地。散乱するSランスナイトの部品。
 動く物など、燻ぶる煙以外は何も無い。

『ふん、何をしにきたのやら。やはり私がやるしかないという事ですね』
 軽蔑したようにそう言い、Sエレクトリックレイは再び前進を開始した。
『そろそろ覚悟は決まりましたか?』
 マスタービショップの声は笑っていた。対してジンは――
「ああ。ここらでいいだろう」
 毅然と、どこか怒りさえ含んだ声で、そう答えた。
 ジン機の足が止まる。それに倣って他の二機も。
『逃げるのをやめるとは! ヤケクソにでもなりましたかな!』
 喜々として突っ込むマスタービショップ。
 その機体、Sエレクトリックレイの頭に稲光が輝く!

 だが電光が放たれるより先に、彼の全身を異様な倦怠感が襲った。
(む……スピリットコマンド【ウィークン】ですか。しかし、どうやら消耗していたようですね)
 眉をしかめながらも余裕を失わないマスタービショップ。自分の状態をステータスウインドで確認する。
【ウィークン】を受けた感触は2発――現在の気力は110ほど。情報ではもう2発は使われる筈だったが、それだけのSPが相手に残っていなかったのだろう。
 確かに命中・回避を補正するスキル【見切り】は発動しないが……。
(しかし私のMAP兵器は気力不要武器! さあ、吹き飛びなさい!)
 マスタービショップは機体を走らせる。いよいよジン達の機体が武器の範囲へ入る――

――その直前、三発の同時射撃がエレクトリックレイを撃ち抜いた!
『なんですと!? どうして!?』
 驚愕するマスタービショップ。
「頼りになる武器があるのはいいが、それで基本が疎かになってりゃな……」
 呆れて呟くジン。

 敵の移動力+MAP兵器の範囲。
 その少し外、自分達の射撃武器は届く位置。
 ジン達はその丁度いいポジショニングを考えて場所を移動していたのである。
(マスターウインドが撤退してくれなけりゃ、奴にボコられた所をMAP兵器で吹っ飛ばされてお陀仏だっただろうがよ……)
 そう考えながらもジンは合体技の指示を飛ばす。
「トライシュートォ!」

 再び三発の射撃がエレクトリックレイを撃った。
『す、スキルが発動していないとはいえこうも避けられないとは!?』
 エレクトリックレイは運動性も高めで回避力は優れている方だ。さらにジン達には【指揮官】スキルで命中補正をかけてくれる艦長もいない。
 だが2度の同時射撃は的確に白銀級機シルバークラスを捉えていた。

 実際、ジン達の機体に表示される予想命中率は60~70%台。
 だがダインスケンには短時間だけ攻撃を必中させるスピリットコマンド【ヒット】があった。
 そして――ジンにも。
(前回の戦いによるレベルアップで、俺にも備わったようだな)
 それをジンはステータスウインドで確認していた。思えば艦内でマスターウインドに拳を叩きこめたのは、このコマンドを習得していた影響だったか。
 【ウィークン】の使用回数を抑えたのは、この技にSPをまわすためだったのだ。

 Sエレクトリックレイのあちこちから火花がとぶ。武器などではない、受けた被害が大きくて各所が破損しているのだ。
 5000を超えるダメージを立て続けに食らい、モニターに表示されるHPは3000を下回っていた。つまり――次の合体技が炸裂したらやられる。
『ま、まさか、三人とも【ヒット】を習得しているなんてご都合主義な事はないですよね!?』
『うん、僕には無い……』
 取り乱すマスタービショップだが、ナイナイの言葉に一瞬安堵する。

『命中率と回避率が30%上がる【コンセントレーション】が代わりにあるから、これを使うよ?』
『そんなコマンドを習得していたのか。いいぞ、やってくれ』
 すぐにナイナイとジンがそんな会話をかわしたが。
 再び取り乱すその前に、同時射撃技がエレクトリックレイを貫いた。
『な、なんという事! 水中なら機体武器全て適応Aの私が勝っていたのに!』
 嘆くマスタービショップ。
(じゃあなんでここに来やがった……?)
 疑問を覚えるジンの前で、敵の装甲が弾け飛び、一際大きな爆発――!


 エレクトリックレイが倒れた。
 煙を燻ぶらせる残骸を前に、周囲を確認するジン達。
 味方はほとんど残っていないが、敵は完全に浮足立ち、早くも逃げる体勢に入っていた。
(ゲームなら資金と経験値のために今からでも狩る所だが……ま、いいか。さっさと失せな)
 ジンの全身を疲労が襲っている。自分の体で操縦するのは、やはりゲームをプレイするのとは違うのだ。人機一体型の操縦なのも、影響は小さくないだろう。


 だがリリマナがモニターを見てか細い声をあげる。
「じ、ジン! 敵増援だよォ……」
「まだ来るのか!? まさかマスターウインドが戻って来たんじゃ……」
 慌ててモニターを見るジン。
 しかし映っているアイコンは別の機体だ。
 山頂近くに出て来て、戦場を高みから見下ろしている。その機体から、明らかにジン達へ向けた通信が入った。
『なるほど。やるではないか、試作品。マグレではない事を認めてやろう』
 その声に、恐れ慄くマスタービショップの声。
『あ、ああ……貴方様は! そ、そんなまさか……大隊長殿!』

「親衛隊は魔王軍三番目の高位だったよな。それがビビってるなら、あの増援は二番目って事か」
「う、うん。四大隊を率いる、魔王軍の四天王……」
 ジンの問いに青い顔で答えるリリマナ。そしてその目が恐怖と驚愕で見開かれた。
「お、黄金級……信じられない……!」

 白銀級機シルバークラス以上の装甲は、さながら金色に光輝くプレートアーマーのようだ。青銅級機ブロンズクラスのような生物質のパーツはほとんど露出していない。
 背中には節足動物のような脚が折りたたまれて翼のようにも見える。肩パーツは鋭く尖っているが、よく見れば閉じた鋏なのか。

「そういや過去に魔王が乗ってた事もあったんだっけか。今の魔王軍にあっても不思議は無いって事かよ」
 ジンの呟きを聞きつけ、黄金級機ゴールドクラスから笑い声混じりの返事が飛ぶ。
『そうだ。だが現魔王軍は過去の亡霊の比では無いぞ。四大隊を率いる四天王……その全てが黄金級機ゴールドクラスを駆っているのだからな』

「え、ええ!? ちょっとォ! 七機しかこの世に存在できない黄金級機ゴールドクラスが、四機も魔王軍にあるっていうの!?」
 リリマナが悲鳴をあげた。
『一機しか持ってはいけないという規則など無いのでな。そして五機目の黄金級機ゴールドクラスを製造しようとしていた矢先、その設計図を紛失するという許されない失態がおかされた。おかげでいらぬ手間をかけさせられるわ』
 そう言いながら、黄金級機ゴールドクラスは動いた。
『さあ、魔王軍四天王にして海戦大隊長、このジェネラル・アルタルフが見せてやろう。黄金級機ゴールドクラスの力の一端を、このGアビスキャンサーでな!』
 背中の脚が展開し、扇のように広がる――!

『お、お待ちください! やめてください死んでしまいます! やめて助けて……』
 悲鳴をあげて懇願するマスタービショップ。
 だがアルタルフの返事は無情だった
『それも貴様らの仕事のうちだ。死ねば全て同じ事、大差など無いわ!』
 黄金級機ゴールドクラスの脚先全てに、黒いエネルギー球が生じる。
 それらの球が放たれ、山間部の荒野に落ちた。

 球が互いに反応し、膨張し、混ぜ合わさって巨大な渦となる。
 その渦に呑まれ、巨大艦の一機がひしゃげ、たわみ、吸い込まれていく! 周囲の残骸もろとも!
「なんだこりゃ! ブラックホールかよ!」
 ジンが叫んでいる間にも、Gアビスキャンサーは同じ攻撃を再び繰り出そうとしていた。
(MAP兵器をお手軽にぽんぽん撃ちやがって! 敵ばっか強機体を次々出すなんぞスジが通らねぇ!)
 どうにもならない状況に歯がみするジン。

 だが最寄りの巨大艦の陰から、大きな竜が顔を出す。全身を覆う人工の装甲を見れば、それがこの世界の軍艦である事は明らかだ。
 その艦から通信が入った。
『撤退する! ジン達はここへ!』
 ヴァルキュリナの声である。艦の脇腹が開き、格納庫の入り口が見えた。
「チッ、しゃあねぇな!」
 舌打ちしながらも艦に駆け込むジン。ナイナイ機もダインスイケン機もついてくる。
 ジン達を収容し、艦は大急ぎで巨大艦の陰に走り込んだ。
 直後、その場に黒い渦が着弾し、巨大艦をも呑み込んでゆく。

 数分の後。
 山間の荒野はいくつもの巨大クレーターで抉られ、土の上を虚しく風が吹くだけの大地になっていた。
 もはや何も残っていない。少し前まであった筈の、半人半獣の人造巨人達も。跡形もなく。
 それを満足気に見下ろしていた黄金の巨人は、悠然と背を向けて去って行った。
しおりを挟む

処理中です...