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11 雷甲 1

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 王都を救って数日。
 ジン達は王城の豪華な個室を与えられ、英雄として、客人として、都の守護者として過ごす事になった。

 ――筈だったが、色々あってやっぱり戦艦の相部屋にいた。

 部屋のベッドでごろごろと寝転がるジン達三人。
「あの騎士ども、吠え面かいてケッサクだったっス!」
 ベッドで腹を抱えて笑うゴブオ。
「ホントにガツンとやっちゃえばよかったのに!」
 リリマナは何やら不満がある様子。
「ああ……かもな」
 腕枕で寝転ぶジンの相槌は、気の入っていない生返事だった。

 広く陽当たりの良い空間に、大きく柔らかいベッド。どこぞの職人が作った調度品が並び、食事はメイドが運んでくる。
 そんな快適な部屋をあてがわれたが、だからといってずっとだらけているわけにもいかない。武術やケイオス・ウォリアー操縦の訓練のため、ジン達も日に何度かは部屋を出た。
 しかし時の人であり城内では有名人だ。良くも悪くも目立つ。

 訓練場へ行く途中、城の廊下で二人の少女に捕まった。
 赤いドレスと白いドレスの、活発そうな少女と大人しそうな少女だ。二人が貴族の娘であり、友人同士であり、十四歳であり、リディアとルシーナという名だとジンは知っていた。
 ナイナイを気に入ってしょっちゅう会いに来る子達だからである。

「ナイナイ君! どこ行くの?」
「今から武術の訓練なんだ」
 リディアが明るく訊ねる。それにナイナイが答えると、彼女は興味津々で大きな目を輝かせた。
「へえ、どんな事するの? 見に行っていいよね」
「え? あの、面白くないと思うけど……」
 気圧されながら困るナイナイ。
 だがリディアは屈託なく笑う。
「その時は帰るから! 決まりね」
 顔を見合わせるジン達。
 小さな声でルシーナが頭を下げる。
「ごめんなさい……」
 こうなると強く言い難い。ジンは肩をすくめた。
「ま、気の済むようにすりゃいいからよ」

 訓練場は庭の隅に設けられており、いつも騎士達が利用し、剣の素振りや走り込み等に励んでいる。
 だが甲冑で完全武装した者はいない。鎧・馬・ケイオスウォリアーを使った本格的な訓練は都の郊外で演習として行うのであり、城の庭で行うのはそれまでのトレーニングなのだ。
 ジン達はそのさらに隅で訓練を始めた。
 走る、筋トレ、素振り・打ち込み、組手……内容はまぁ地味な物である。周囲で行われている事と大差は無い。

 だが全く同じでも無かった。
 ジンとダインスケンの素振りは素手なのだ。やっている事はシャドーボクシングとほぼ同じである。
 二人とも、自分の腕や爪より強い剣が見つからないのだ。かつてジンは剣を買おうとしたが、今は探す事自体を諦めている。
 組手も二人で軽く行う。その上でリリマナが「がんばれー」と応援していた。ゴブオは退屈そうに見ているだけだ。
 ナイナイは格闘戦が苦手なので、得意の投擲を練習していた。的にするレンガを決め、離れてナイフや石を投げる。
 腕前はかなりの物で、石の壁にナイフが刺さり、そのナイフを次のナイフが弾き飛ばし、同じ所に次のナイフが刺さり……まるで曲芸のようだ。
 それが面白かったのか、後ろで見ている少女二人はナイフが飛ぶ度に拍手や喝采を飛ばした。

 だが――それが良くなかったのだろう。
 騎士達の何人かがジン達に詰め寄って来たのだ。険悪な雰囲気を隠そうともせずに。
「君らの功績は認める。だがここを遊び場にするのはやめてもらおうか!」
 若く精悍な目つきの鋭い騎士が怒鳴った。
 反射的にナイナイは少女二人を背に庇う。リディアは不満も露わにぷいと横を向き、ルシーナはおどおどと身を縮めた。

(ちとうるさかったか。まぁここは穏便に退いてやればいいだろ)
 そう判断し、ジンは組手をやめた。
「了解。ここまでにするわ」
 そう言って騎士達に背を向ける。

 だが何人かがここぞとばかりに叫んだ。
「もう来るな! 常識の無い余所者め」
「魔物同士で群れるなど汚らわしい……」
「都を出て相応しい所へ失せろ」

 下に出れば調子に乗る者はいる。また、大きな手柄を立てればやっかむ者も出る。
 そして防衛に勤めていた騎士達にとって、ジン達に救われた事は自分達の力不足を突き付けられたような物だった。
 さらに――わかり難いから仕方がないが――ジン達の身の上も正確には伝わり切っておらず、魔王軍の裏切り者だと思っている者も、都を守った一番の立役者はヴァルキュリナでジン達はその部下でしかないと思っている者も多いようだ。

 ただ騎士達の全員がそのような態度だったわけではない。
「おい。背を向けた相手にそのような……」
 そう言ってたしなめようとしたのは、意外にも最初にナイナイへ怒鳴った騎士だった。
 だが調子に乗れば止まらない者もいる。
「ゴブリンにリザードマンにおかしな片腕、男と女の混ざった悪趣味な体。そんな気持ち悪い連中など要らん。すがるなど伝統ある我が国の名折れだ」

 それを聞いてジンが振り返った。
「じゃあお前が名を守ってみるか。代わりに体がヘシ折れるが。まぁ俺がやるんだがな……」
 最後に罵った騎士へ大股で迫る。
 一転、その騎士は青ざめて後ずさった。

 だがジンの前に、最初に怒鳴った目つきの鋭い騎士が立ち塞がる。
「私が相手をしよう」
 言って剣の柄に手をかける。そこに侮りや侮蔑は無い、真剣である事をジンは感じた。
(デキの悪い仲間の尻ぬぐいを買って出るか。こいつはちょっと違うのかもな)
 そうは思ったが今さら退く気もない。右拳を握って構える。
「一手、練習試合を頼もうか。抜けよ」
 言われて、騎士は剣を抜き、構えた。

 睨みあう事、数秒。
 何人かが満ちる気力に圧され、息を呑んだ。
 と、両者が交錯――!

 甲高い音とともに刃が宙で回った。
 半ばから折れたその刃は地面に突き刺さる。
 騎士は折れた剣を手に、目を見開いて硬直していた。
 彼は見たのだ。ジンの右拳が、刃を打って折ったのを。

 横腹を叩いたのならわかる。
 だが刃が刺さる方向からぶつかり、ましてや一撃で折るなどとは――

「練習は終わりだな。俺らは帰るからよ」
 ジンは背を向け、立ち尽くす騎士を後にした。
 ナイナイ、ダインスケン、リリマナ、二人の少女。皆がその後に続く。
「ヘッヘッヘ、格が違うわなぁ!」
 ゴブオだけは聞こえよがしな大声を出して騎士達を見渡してから、浮かれた足取りで最後に続いた。
 後には歯がみする騎士達が残されるのみ。

 城に入った所で、ジンへナイナイが心配そうに声をかけた。
「ジン、大丈夫?」
「切傷がついた。あの騎士、思ったより手練れだったな」
 そう言うジンの右拳……その甲殻には、はっきりと裂け目が刻まれていた。出血に至るほどの傷では無いのだが、そもそも刃でも傷一つつかずに握り潰せる腕である。並の技量では切れ目を刻む事自体が不可能なのだ。
 だがゴブオは能天気に、嬉しそうに言う。
「は! アニキに比べりゃあんなもん全然スよ。ミソッカスのヘッポコのチョンチョンの……」
 思いつく限り罵ろうとするゴブオ。
「しょせん練習試合だ。あっちもあくまで寸止めの剣だった。それだけだからよ」
 途中でジンが強引に口を挟む。そこの口調に圧を感じ、ゴブオは黙った。

 と、そこへジンに話しかける者があった。
「あの、どうもすいませんでした!」

 訓練場から走って来たのであろう、若い――いや幼ささえ残る騎士である。歳はナイナイや二人の少女と変わらないだろう。
「あ、パーシー君……」
 少女の片方、ルシーナが彼の名を呼ぶ。そうやら知人のようだ。
 少年騎士は彼女に一礼すると、再びジンへと向いた。

「王都を守り切れなかった事が悔しくて、皆さんを認められない騎士もいます。けれど聖勇士パラディンの皆さんを応援している者もいます! この都を、僕の命を救っていただいてありがとうございました」
 そう言って深々と頭を下げる。
「君もあの日、魔王軍と戦ったのか」
 ジンが訊くと、少年騎士は顔をあげて頷いた。
「はい。すぐにやられて何の役にも立ちませんでしたが……もうダメだって、そう思った時。皆さんが颯爽と現れて、僕らを守ってくれて……。あの時、これからも頑張ろうって、勇気を貰いました」
 真っすぐな瞳をジンに向ける。
 居心地悪そうにちょっと困った顔を見せるジン。
「ん、まぁ、そんなもんで良ければいくらでも貰ってくれていいからよ」
「はい! 皆さんこそ真の勇者です! これからもよろしくお願いします!」
 少年の、一点の曇りもない目。それにジンは背を向け、足早に去った。

 ――という事が昨日あり、ジン達は今日を休日という事にしたのである。
 する事は一つ、ひたすらごろごろ寝ているだけだ。
 まぁそんな静養の日もたまには必要であろう。


 しかし、そうやって静かに過ごしていると――突然の振動! 爆発音! 部屋が、いや艦が大きく揺れた!
「ひゃあ! 敵襲!?」
 慌てて宙に逃げて叫ぶリリマナ。
「ドックの中でこんだけ揺れるとはどういう事だよ!」
 悪態をつきながらジンはベッドから転がり出る。ナイナイ、ダインスケンと共に、部屋から飛び出して格納庫へ走った。

 そして格納庫へ駆け込んだ時、驚きで立ち竦む事になった。
 格納庫が燃えている!
 ハンガーが潰され、ジン達のケイオス・ウォリアーが倒れていた。どれも無残に破壊され、特にBCカノンピルバグは五体がバラバラにされている。
 悲鳴をあげて逃げまどう作業員達。それを中央で見下ろしているケイオス・ウォリアーが一機。
 ジン達が見覚えのある機体だった。白銀の巨人騎士――ディーンの乗っていたSランスナイト!

「お、お前らか……」
 顔中を煤だらけにしたクロカが物陰で頭を抱えている。
「どういう事? あの機体、敵に奪われたの!?」
 狼狽えながら訊くナイナイ。
「いや、でも、ディーンさんが乗っていたんだ。機体について相談したい事があるって言って……モニター越しだけど顔も見たし話もしたし……って、今考えたら魔法か何かで偽の映像と声を作ってたのか」
 力なく言うクロカ。
 だが白銀級機シルバークラスから声が響く。

『違いますよ。乗っているのは確かに私です』
 ディーンの声だった。

「お、おお、お前! アニキ達が大手柄立てたもんで、妬んで掌返しやがったな!?」
 いつの間にか追いついていたゴブオが叫ぶ。
『全然違いますよ。下種なゴブリンじゃあるまいし。私は何年も前からずっとこの国を見限って魔王軍についていただけです』
「そんな、どうして?」
 驚き叫ぶリリマナ。

『そりゃ兄が家の跡継ぎで、私は軍で魔王軍と戦え……でしたからね。じゃあ敵はどんなものなのかと調べたら、この国より圧倒的に上。大陸全土の国家と同時に戦えるとか。バカバカしくてやってられませんよ』
 溜息混じりでさえある、呆れた口調。
 それがディーンの返事だった。
『おまけにあの兄が、見栄なのかなんなのか戦場にしゃしゃり出てくる。家を継いだなら人の仕事場に出て来なければいいのに。ま、おめでたい頭に相応しい最期だったようですが。世の中上手くできてますねぇ』 
 せせら笑いが混じった。
 小馬鹿にしている……暗い物を秘めながら。

 ジンは訊く。
「マスターコロンが一度は逃げたのもお前の手引きか?」
『ええ、私です。まぁ下手な事を喋らないように、そして上からの指示で遠隔自爆装置はつけておきましたがね』
 あっさり認めるディーン。
 装置を起爆させたのが彼だと、言われなくともジンにはわかった。
 ナイナイも訊く。
「親衛隊が簡単に入ってきてたけど、もしかして手引きしてたのも……」
『それもまた私です。軍内の立場と実家の名前を使えば、部隊の一つ二つぐらいならなんとかなりましたから』
 これもあっさり認めた。
 国内に入ってから行く先々で敵親衛隊が出てきたのも、彼がそう手引きしたのだと……それもジンにはわかった。

『今までは間者に徹してきましたが、もう必要無いのでね。黄金級機ゴールドクラス設計図を持ってこい、スイデン国は滅ぼすとの事です。設計図は……既に私の手にある。顔と立場を利用すれば城から簡単に盗めましたよ。今ごろ発覚しているでしょうが、もうこの国はどうでもいいですし』
 ディーンは笑っていた。
『逃げる前に、この国で一番厄介な聖勇士パラディンどもを葬っておけば安心です。お前達がいなければ私を追撃できる奴などいないでしょうから。既に機体は使える状態にない。超個体戦闘員スーパーオーガニズムコンバタントがどれほどの物か知りませんが……生身で白銀級機シルバークラスに勝てますかね?』
 白銀の巨人が剣の狙いをつけた。
 もちろん――ジン達に。

 咄嗟に前に出て皆を庇おうとするジン。その横には同様にダインスケンもいた。
 無駄な行為ではあるが、ほぼ無意識に、だ。

 しかしそこへ声が届く。
『警備は貴方が思っている以上に厳重だったぞ! 既に軍は動いている! ここもすぐに包囲されるぞ! 覚悟!』
 ヴァルキュリナの声!
 開いたままのハッチからBソードアーミー……最もありふれた量産機が姿を見せた。その後ろにはもう二体。
『チッ……何もかも思い通りとはいきませんか!』
 ディーンが叫び、彼の機体が三体のソードアーミーに突撃した。アーミー達はそれを止めようとしたが、白銀級機シルバークラスとはパワーが違う。次々と跳ね飛ばされ、ディーン機には突破されてしまった。
 そのままディーン機はドックを飛び出し――外から騒ぎの音が聞こえたが、すぐに静かになった。


「クソッ! 逃げられたか」
 Bソードアーミーの一機から降りてきた騎士が歯軋りする。昨日、ジンと勝負した目つきの鋭い青年だった。
 ディーンは逃げた。都の外へ。ほぼ何の妨害も無く。
 軍は動いてなどいなかった。ソードアーミー三機が、救援の全てだったのだ。
 ヴァルキュリナもアーミーの一機から降りてくる。
「軍に話を通す時間は無かったからな……手近にいた騎士に頼んで来てもらうのが精一杯だった」
「なるほど、包囲どうこうはハッタリかい! まぁ二、三人でも軍が動いた事に嘘はねぇな」
 安堵して笑うジン。
「大丈夫ですか! 聖勇士パラディンの皆さん!」
 そう言って残りの一機から降りてきたのは、少年騎士のパーシーだった。

 一方、クロカは格納庫で肩を落としていた。
 消火活動は済んだものの、三機のケイオス・ウォリアーは酷い破損状況である。
 ナイナイ機とダインスケン機はまだ人型を留めてはいたが……
「BCカノンピルバグはもう全壊だな」
 ヴァルキュリナが五体バラバラになったジン機を見て溜息をつく。
 頭を掻き毟りながら、ヤケになって叫ぶクロカ。
「ええい、ならこいつを使おう! それならむしろ早く完成する!」
「何が、どういう事だ?」
 困惑するジン。クロカが勢いよく振り向いた。

「新型、白銀級機シルバークラスだ! 制作とこの艦への配備が許可されたんだよ! 材料も用意できてて、後は組み立てだけだ」
 そう言って焦げた残骸を睨んだ。
「こいつの骨組みや残った部品を使い回せば、すぐに組み立てできるぞ。いや、やってやる!」

「クロカ。私達はディーンを追わねばならないが……」
 困った顔で言うヴァルキュリナ。
 だがクロカの瞳は燃えていた。
「ああ、そうしよう。移動しながら艦内で作成だ。すぐに材料の積み込みを手配するから! ヴァルキュリナは追撃の許可をもらってきて!」
 完全に圧倒され、無言で何度も頷くヴァルキュリナ。
 周りの物は目を丸くするか、困惑するかしかなかった。
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