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最大の激闘……それから早一週間。
ジンは母艦の部屋で、寝転びながら本を読んでいた。
向かいのベッドの上段で、ゴブオがあぐらをかいて唸っている。
「アニキ。なんで王都から離れちまうんスか? やっとアホな貴族どもが掌返してヘコヘコしてきやがったのに」
敵の将軍が黄金級機の操縦者だったこと。
それを撃破したこと。
黄金級機の設計図も見事に取り返したこと。
これらの報告を終えた日、ジン達を取り巻く世界は変わった。
「マジでケッサクでしたぜ。魔王軍の戦艦は丸ごと降伏して設計図を差し出しやがるし、持って帰ったら王様の奴、飛び上がって喜びやがって。何より、アニキ達に文句言った事のある奴らが全員顔色青くなってんの、今思い出してもクソワラwwwっスわ」
他人が己より下に見える時が、ゴブオにとって至福の時なのだ。
だが今回はリリマナも喜んでいた。ジンの頭の横に寝転がり、頬杖をついてニコニコ笑っている。
「黄金級機に勝っちゃうって事は、それに乗ってた過去の魔王達にも勝てるって事だもんね。歴史に名を残してる英雄達に負けてないよ、今のジン達は!」
「ま、逆に言えば黄金級機が倒された事だって昔から何度もあるわけだろ。我ながらよくやったとは思うが、あそこまで騒ぐもんかね……」
呟くジン。
脳裏にはここ数日で見た光景がいくつも浮かんでは消えていた。
今までは指揮官のヴァルキュリナが優秀で、ジン達はその部下と認識されていたのだが――王都に帰るとジン達の評価は一気に上がった。
黄金級機を撃破した事で。それと直接戦った者達という事で。
この世界では、それほど黄金級機の存在は大きかったのだ。
「ジン達が正しくわかってもらえて、私も嬉しいんだ」
報告した当人のヴァルキュリナはそう言っていた。
そして「ジン達に話がある」と言う者達を、毎日のように連れて来た。
彼女は良かれと思ってそうしたのだと、それはジンにもわかる。
(おかげで名前しか知らない知人がずいぶん増えたがな……)
その名前もジンは半分以上忘れた。
そんな毎日だったが、ある日、ヴァルキュリナが王都を離れると知った。
彼女は今度の手柄で将軍の座を与えられる事になった……筈だったのだが。
「魔王軍にも面子があるから、この国への攻撃は激しくなると思う。私はそれから故郷を守りたいんだ」
そう言って彼女の地元、国境を守る都市ホウツへ戻る事にしたのだ。
「今のジン達なら、地位も富も十分に得られる筈だ……私が差し出せる分なんかよりも。なんだかんだで私が一方的に世話になったようですまない」
彼女はジン達と別れるつもりでそう伝えて来た。
豪華な部屋のふかふかのベッドに腰掛けてヴァルキュリナの話を聞いていたジン達は……
「そうですかよ」
「行っちゃうんだね……」
「ゲッゲー」
彼女の行動に意見しようとも、反対しようとも、引き留めようともしなかった。
まぁ出発の日、当然のように戦艦の部屋に皆で居たのだが。
「え? なんで?」
出発してからジン達の乗艦を知り、仰天して部屋に駆け付けたヴァルキュリナは、目を丸くしてそう呟く事しかできなかった。
「よっす」
ベッドに寝そべってそう言うジンを見ながら。
それが昨日の事であり、今だにゴブオは勿体なく思っている。
「金も女も山ほど手に入るのに、マジで勿体ねっスよ……」
「女、か。ナイナイの周りに壁ができるほど居たな。本命の子はできたか?」
ジンが茶化すように訊くと、ナイナイはむっとむくれた。
「ジンはすぐそんな事言う……」
以前からナイナイだけは異形が表に出ていないのもあって、同じ歳ぐらいの少女達には好意的な子もいた。それも今回の手柄でさらに増え、ほとんどファンクラブのような集まりまでできたのだ。
以前から親しかったリディアとルシーナも当然のようにその中にいる。
ジン達がとりとめもない話をしていると、部屋の扉がノックも無しに開いた。
クロカである。
彼女は半ばひきつった顔で部屋の中のメンバーを見渡した。
「本当に全員いやがる……」
「そういや昨日は逢わなかったな。一応、格納庫には少しだけ行ったんだがよ。すれ違いでもしたか」
のほほんと言うジン。
クロカは強張った顔のまま口を開く。
「私が最終チェックした後に機体を積み込みやがっただろ! それすれ違いって言わねぇから! なんでお前らが全員ついてきてるんだよ!?」
「またその話か。ゴブオがずっと繰り返してるんだが」
ジンはそう言うと「よっこらせ」と身を起こし、ベッドに腰掛けた。
「あそこはなんか色々めんどうくせぇからだ」
「何その曖昧な理由!」
ジンの言い分はまるで納得できないクロカ。
「魔王軍の黄金級機を倒して、その神蒼玉を奪取した事で、こちらが黄金級機を造るのも夢ではなくなった。その操縦者候補の、筆頭がお前達三人なんだぞ!? 伝説の勇者だぞ、マジで!」
だがそう言われながら、ジンは窓の外を……流れてゆく景色に目をやる。
晴天の下、豊かな山の繋がりが途切れる事なく流れていた。
「またその話か。毎日必ず聞かされるな。多い日は二度も三度も」
「え……?」
一転、戸惑うクロカ。
ジンは淡々と話し続ける。
「ヴァルキュリナの仲介で知り合った、ある貴族の親父さんが、その後に日を改めてな。『鬼甲戦隊隊長の俺をおいて、他の騎士が黄金級機を賜るわけがない。私が力添えに尽力する。だからぜひ娘の婿になって家に来てくれ』と言ってくれてよ」
窓の外から視線をクロカへと移す。
「で、その話の時には娘さんもいた。えらく胸元の開いた格好で。『貴方の妻として、どんな言いつけでも聞きます』だと」
ジンの顔はどう見ても楽しそうではなかった。
「俺も性格悪いからな。右手で握手してもらった」
そう言って、少し笑う。
「目を逸らしてたし、あちらさんの手が震えてたんだわ」
笑っているのは口元だけだった。自嘲気味に。
「まぁ……貴族の娘が家の都合で結婚するのは当たり前の事だし……」
なんと言えばいいか、少し迷ってから。
クロカはそれだけをなんとか口にした。
ジンは肩を竦めた。
「らしいな。同じような話を持ち込んできた奴が毎日いたぞ」
「黄金級機の操縦者がいる一族……その看板が欲しいだけなら、別に俺である必要は無ぇ。そんな看板のために、こちらを内心嫌がってる女房と何十年も一緒にいる気はねぇ。いくら俺がモテなくてもそのぐらいの選り好みはさせてもらうからよ」
声には所々、溜息も混じっていた。
「名前しか知らない知人がずいぶん増えたが……半分以上忘れた。全部忘れるのももうじきだろうよ」
「というわけで、俺は俺の我儘勝手で動いている。他の奴がついてきたのが驚きだわ」
言って部屋の中を見渡すジン。
それを聞いたリリマナは宙へと羽ばたき、腰に手を当てて拗ねるように言った。
「ちょっとォ! なんか文句あるの?」
「そうだよ。僕は……一緒にいたいし」
おずおずと言うナイナイ。
「ゲッゲー」
いつも通りに鳴くダインスケン。
「俺はアニキの下にいないと人間の中で暮らせないっス……」
哀しみの声で呟くゴブオ。
それらの声を聞いてから、リリマナが鼻息も荒く言う。
「というわけよ。わかる? ついて来てあげた皆にジンは感謝すること!」
頷くジン。
「ああ、するしかねぇな! 全く、ケッサクだからよ」
笑顔で、そう応えた。
「はぁ……こいつらと来たら」
クロカはそうは言うものの、彼女の声もどこか晴れている。
苦笑混じりだが、もう悪い気はしていなさそうだった。
「どうせ戦う事が求められるのは変わらんし、『内密の話』が毎日繰り返される城よりは最前線の都市にいようじゃねぇか。小遣いは王都に、メシはヴァルキュリナの家に頼むとするか」
再びベッドに寝転がるジン。
リリマナが枕元に降り立った。
「じゃあやっぱりヴァルキュリナと結婚するの?」
「するのか? ナイナイ」
ジンがとぼけて訊くと、やっぱりナイナイはむくれる。
「なんで僕に言うの」
「美形ロイヤルカップルなんて物が成立すんのは、この中にナイナイぐらいしかいないだろ」
笑いながらジンが言うと、ダインスケンが「ゲッゲー」と鳴いた。
それを一人、廊下でこっそり聞いていた者がいる。
クロカの後に来たものの、入るタイミングが掴めずにいたヴァルキュリナだ。
彼女は小さく呟いた。
「成立しなくても、私は別に……」
ジンは母艦の部屋で、寝転びながら本を読んでいた。
向かいのベッドの上段で、ゴブオがあぐらをかいて唸っている。
「アニキ。なんで王都から離れちまうんスか? やっとアホな貴族どもが掌返してヘコヘコしてきやがったのに」
敵の将軍が黄金級機の操縦者だったこと。
それを撃破したこと。
黄金級機の設計図も見事に取り返したこと。
これらの報告を終えた日、ジン達を取り巻く世界は変わった。
「マジでケッサクでしたぜ。魔王軍の戦艦は丸ごと降伏して設計図を差し出しやがるし、持って帰ったら王様の奴、飛び上がって喜びやがって。何より、アニキ達に文句言った事のある奴らが全員顔色青くなってんの、今思い出してもクソワラwwwっスわ」
他人が己より下に見える時が、ゴブオにとって至福の時なのだ。
だが今回はリリマナも喜んでいた。ジンの頭の横に寝転がり、頬杖をついてニコニコ笑っている。
「黄金級機に勝っちゃうって事は、それに乗ってた過去の魔王達にも勝てるって事だもんね。歴史に名を残してる英雄達に負けてないよ、今のジン達は!」
「ま、逆に言えば黄金級機が倒された事だって昔から何度もあるわけだろ。我ながらよくやったとは思うが、あそこまで騒ぐもんかね……」
呟くジン。
脳裏にはここ数日で見た光景がいくつも浮かんでは消えていた。
今までは指揮官のヴァルキュリナが優秀で、ジン達はその部下と認識されていたのだが――王都に帰るとジン達の評価は一気に上がった。
黄金級機を撃破した事で。それと直接戦った者達という事で。
この世界では、それほど黄金級機の存在は大きかったのだ。
「ジン達が正しくわかってもらえて、私も嬉しいんだ」
報告した当人のヴァルキュリナはそう言っていた。
そして「ジン達に話がある」と言う者達を、毎日のように連れて来た。
彼女は良かれと思ってそうしたのだと、それはジンにもわかる。
(おかげで名前しか知らない知人がずいぶん増えたがな……)
その名前もジンは半分以上忘れた。
そんな毎日だったが、ある日、ヴァルキュリナが王都を離れると知った。
彼女は今度の手柄で将軍の座を与えられる事になった……筈だったのだが。
「魔王軍にも面子があるから、この国への攻撃は激しくなると思う。私はそれから故郷を守りたいんだ」
そう言って彼女の地元、国境を守る都市ホウツへ戻る事にしたのだ。
「今のジン達なら、地位も富も十分に得られる筈だ……私が差し出せる分なんかよりも。なんだかんだで私が一方的に世話になったようですまない」
彼女はジン達と別れるつもりでそう伝えて来た。
豪華な部屋のふかふかのベッドに腰掛けてヴァルキュリナの話を聞いていたジン達は……
「そうですかよ」
「行っちゃうんだね……」
「ゲッゲー」
彼女の行動に意見しようとも、反対しようとも、引き留めようともしなかった。
まぁ出発の日、当然のように戦艦の部屋に皆で居たのだが。
「え? なんで?」
出発してからジン達の乗艦を知り、仰天して部屋に駆け付けたヴァルキュリナは、目を丸くしてそう呟く事しかできなかった。
「よっす」
ベッドに寝そべってそう言うジンを見ながら。
それが昨日の事であり、今だにゴブオは勿体なく思っている。
「金も女も山ほど手に入るのに、マジで勿体ねっスよ……」
「女、か。ナイナイの周りに壁ができるほど居たな。本命の子はできたか?」
ジンが茶化すように訊くと、ナイナイはむっとむくれた。
「ジンはすぐそんな事言う……」
以前からナイナイだけは異形が表に出ていないのもあって、同じ歳ぐらいの少女達には好意的な子もいた。それも今回の手柄でさらに増え、ほとんどファンクラブのような集まりまでできたのだ。
以前から親しかったリディアとルシーナも当然のようにその中にいる。
ジン達がとりとめもない話をしていると、部屋の扉がノックも無しに開いた。
クロカである。
彼女は半ばひきつった顔で部屋の中のメンバーを見渡した。
「本当に全員いやがる……」
「そういや昨日は逢わなかったな。一応、格納庫には少しだけ行ったんだがよ。すれ違いでもしたか」
のほほんと言うジン。
クロカは強張った顔のまま口を開く。
「私が最終チェックした後に機体を積み込みやがっただろ! それすれ違いって言わねぇから! なんでお前らが全員ついてきてるんだよ!?」
「またその話か。ゴブオがずっと繰り返してるんだが」
ジンはそう言うと「よっこらせ」と身を起こし、ベッドに腰掛けた。
「あそこはなんか色々めんどうくせぇからだ」
「何その曖昧な理由!」
ジンの言い分はまるで納得できないクロカ。
「魔王軍の黄金級機を倒して、その神蒼玉を奪取した事で、こちらが黄金級機を造るのも夢ではなくなった。その操縦者候補の、筆頭がお前達三人なんだぞ!? 伝説の勇者だぞ、マジで!」
だがそう言われながら、ジンは窓の外を……流れてゆく景色に目をやる。
晴天の下、豊かな山の繋がりが途切れる事なく流れていた。
「またその話か。毎日必ず聞かされるな。多い日は二度も三度も」
「え……?」
一転、戸惑うクロカ。
ジンは淡々と話し続ける。
「ヴァルキュリナの仲介で知り合った、ある貴族の親父さんが、その後に日を改めてな。『鬼甲戦隊隊長の俺をおいて、他の騎士が黄金級機を賜るわけがない。私が力添えに尽力する。だからぜひ娘の婿になって家に来てくれ』と言ってくれてよ」
窓の外から視線をクロカへと移す。
「で、その話の時には娘さんもいた。えらく胸元の開いた格好で。『貴方の妻として、どんな言いつけでも聞きます』だと」
ジンの顔はどう見ても楽しそうではなかった。
「俺も性格悪いからな。右手で握手してもらった」
そう言って、少し笑う。
「目を逸らしてたし、あちらさんの手が震えてたんだわ」
笑っているのは口元だけだった。自嘲気味に。
「まぁ……貴族の娘が家の都合で結婚するのは当たり前の事だし……」
なんと言えばいいか、少し迷ってから。
クロカはそれだけをなんとか口にした。
ジンは肩を竦めた。
「らしいな。同じような話を持ち込んできた奴が毎日いたぞ」
「黄金級機の操縦者がいる一族……その看板が欲しいだけなら、別に俺である必要は無ぇ。そんな看板のために、こちらを内心嫌がってる女房と何十年も一緒にいる気はねぇ。いくら俺がモテなくてもそのぐらいの選り好みはさせてもらうからよ」
声には所々、溜息も混じっていた。
「名前しか知らない知人がずいぶん増えたが……半分以上忘れた。全部忘れるのももうじきだろうよ」
「というわけで、俺は俺の我儘勝手で動いている。他の奴がついてきたのが驚きだわ」
言って部屋の中を見渡すジン。
それを聞いたリリマナは宙へと羽ばたき、腰に手を当てて拗ねるように言った。
「ちょっとォ! なんか文句あるの?」
「そうだよ。僕は……一緒にいたいし」
おずおずと言うナイナイ。
「ゲッゲー」
いつも通りに鳴くダインスケン。
「俺はアニキの下にいないと人間の中で暮らせないっス……」
哀しみの声で呟くゴブオ。
それらの声を聞いてから、リリマナが鼻息も荒く言う。
「というわけよ。わかる? ついて来てあげた皆にジンは感謝すること!」
頷くジン。
「ああ、するしかねぇな! 全く、ケッサクだからよ」
笑顔で、そう応えた。
「はぁ……こいつらと来たら」
クロカはそうは言うものの、彼女の声もどこか晴れている。
苦笑混じりだが、もう悪い気はしていなさそうだった。
「どうせ戦う事が求められるのは変わらんし、『内密の話』が毎日繰り返される城よりは最前線の都市にいようじゃねぇか。小遣いは王都に、メシはヴァルキュリナの家に頼むとするか」
再びベッドに寝転がるジン。
リリマナが枕元に降り立った。
「じゃあやっぱりヴァルキュリナと結婚するの?」
「するのか? ナイナイ」
ジンがとぼけて訊くと、やっぱりナイナイはむくれる。
「なんで僕に言うの」
「美形ロイヤルカップルなんて物が成立すんのは、この中にナイナイぐらいしかいないだろ」
笑いながらジンが言うと、ダインスケンが「ゲッゲー」と鳴いた。
それを一人、廊下でこっそり聞いていた者がいる。
クロカの後に来たものの、入るタイミングが掴めずにいたヴァルキュリナだ。
彼女は小さく呟いた。
「成立しなくても、私は別に……」
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