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第一章:魔剣いっこ拾う

昔のリーダーと勝負する日

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「どうしましょう。なんとか止められないのでしょうか……」
 倉庫の陰で今まさに激突寸前のバルチェ達と王子の部隊を見ながら、ハルエットは切羽詰まった声を漏らした。その肩を抱きながら、騎士長は耳元で囁く。
「いっぱしの男なれば譲れない矜持があります。我々にできる事は見守る事だけです」
 そう言いながら、その目はエルフ未亡人の憂いを湛えた、懊悩が生む微かな色気に満ちた横顔を眺めていた。
 王子の方は別に見ても守ってもなかった。そもそも彼にどうこうできる相手ではない。
 あと空いてる手で娘のルルを守っていたので、王子の方まで文字通り手が回らない。回す気は始めから無いが。
 騎士長は彼なりに頑張っているのだ。麗しの未亡人と好い仲になりたくて。
 まこと愛はこの世の心理である。

 一方、バルチェは目の前の脅威に慄いていた。かつてのリーダー・ザーゴルの持つ剣が帯びる魔力の輝きが見る間に強くなっていく。それがザーゴルの得意手であり必殺技である事をバルチェは知っていた。

 ザーゴルは強化バフ系の魔法を得意としている。近接戦闘を行いながら呪文を使うスキル・マルチアクションと組み合わせ、次々と自分を強化する魔法を使うのが彼の戦闘スタイルだ。強化の度合いが高まった時、その戦闘力は同レベル帯の戦士達を大きく凌駕する。

 後ずさるバルチェの持つ剣・スターゲイザーからラザリアの声が響いた。
『怖がる事はないでしょ。この剣の力で、あんたは復活できるんだから』
「即死魔法からは守ってくれたけど、ケガして死んだら助かるかどうかわからないよ……」
 気弱に答えるバルチェ。もちろん試せばわかる事だが、命をかけて博打をうつ気にはなれない。パーティに蘇生魔法の使い手がいない以上、試してダメなら終わりも同然だ。

「知っているだろう、この剣を! 今日はお前が食らう番だ! 魔光断空剣まこうだんくうけん――!」
 魔力で切れ味を増幅させた剣を横一文字に薙ぎ、ザーゴルの放つ必殺剣がバルチェに炸裂した! 数々の高レベルモンスターを葬ってきた恐るべき一撃!
「きゃ、わわああ!」
 頭を抱えて悲鳴をあげるバルチェ。格好いい見てくれではないが、そうしながらも持ち前の敏捷性と多少は学んだ回避のスキルで攻撃を避けようと半ば無意識に足掻いた。

 よって攻撃は外れた。
 飛び退いたバルチェのいた空間で、一瞬遅れて虚しく空を斬る。

「……え?」
「……外れた、だと?」
 互いに目を丸くして、バルチェとザーゴルの視線が一瞬かちあった。
「……やるじゃねぇか。俺にも油断があったようだな。それならこれだ――【アクセルアーム】!」
 ザーゴルは新たな強化呪文を発動させた。彼の利き腕に魔力の気流が走る。攻撃速度を上げる強化呪文だ。
 速い敵には速度を、硬い敵には力を上げ、敵が特定属性に弱ければ剣に属性魔法を付与する。戦いの中であらゆる敵に臨機応変な対処ができる事がザーゴルの強みなのだ。
「今度こそ……魔光断空剣まこうだんくうけん――!」
 より速度を増した必殺剣が、再びバルチェを襲う!
「きゃ、わわああ!」
 頭を抱えて悲鳴をあげるバルチェ。格好いい見てくれではないが、そうしながらも持ち前の敏捷性と多少は学んだ回避のスキルで攻撃を避けようと半ば無意識に足掻いた。

 飛び退いたバルチェのいた空間で、一瞬遅れて剣が虚しく空を斬る。
 なんとまた外れてしまった。

「……二発までしのぐとはな。褒めてやるよ――【ファントムブレイド】!」
 さらなる強化呪文を発動させるザーゴル。刀身が不気味に揺らめく。幻術の一種であり、刀身を分身させる呪文。これにより防御の難易度は格段に跳ね上がる。
「これなら避ける事はできねえ! 魔光断空剣まこうだんくうけん――!」
 二重にも三重にも見える必殺剣が、再びバルチェを襲う!
「きゃ、わわああ!」
 頭を抱えて悲鳴をあげるバルチェ。どれが本物かわからないが、とにかく必死に攻撃を避けようと足掻いた。

 そして己へ迫る刃の全てを、完全に避けきってしまう。
 かすり傷どころか髪の毛一筋たりとて斬られてはいない。

「そんな……バカな……」
 愕然と呟くザーゴル。事ここに至り、ようやく彼は理解した。
 己の剣技とバルチェの身のこなしに、絶対的な速度差がある事を。
「な、なんで?」
 バルチェも同じ事を理解したが、なぜそんな事になっているのかは全くわからなかった。
「フフ……簡単な事ですよ。文字通り、レベルが違うからです」
 横からそう言ったのは、メガネを弄って笑うアーサー。首を傾げるバルチェ。
「レベルなら僕とザーゴルは同じぐらいだよ。それで戦闘スキルは雲泥の差だし……」

「いいえ。計測していないからわかっていないだけです。君は既に数百レベルに達していますよ」
 事もなげに言うアーサー。
「「『はああああ!?』」」
 一呼吸おいてから、バルチェとザーゴル、剣の中からラザリアも叫びをあげた。

 アーサーは微笑みを崩さず説明する。
「レベルの高い敵を倒せば相応の経験値が得られるでしょう。初めて会った日にレベル1023のダイコーンを倒しましたし、次の日には蘇って数倍にパワーアップしたメガダイコーンを倒しました。この港でも変な坊主と海蛇を倒しましたが、あいつらも似たようなレベルでしょう。おっと、森の街道で騎士団も倒しましたね……まぁあいつらはタカが知れているでしょうが」
『それ全部、倒したのはオウガよね!?』
 剣の内から叫ぶラザリア。だがアーサーは真顔で言った。
「我々と初めて会った時、バルチェは仲間になる事を承知しました。つまり同じパーティにいるということ。ならばパーティでいる時に倒した敵の経験値も当然入ります。よってレベル数千の敵を四匹ほど倒した経験値とザコ騎士団を蹴散らしたゴミ経験値、それらをバルチェも得てレベルアップするのが道理というもの」
 完全論破……! バルチェは世界最強の工芸士クラフツマンとして完成されていた――!

 ぽかんと口を開けたままのバルチェ。ラザリアが剣の内から呟く。
『いや、それ、ありなの?』
「職人が見習いを現場に連れて行って自分の作業を手伝わせるようなものですよ。ただの練習より実技の方が遥かに技能は向上しますからね。レベルの遅れた新人を迎えたパーティがあえてダンジョンに連れて行き、新人のレベリングをするのもさほど珍しい事ではありません」
 当然のように言うアーサー。ダンジョン中層で鍛えた新米は、浅層で足踏みしている低レベル冒険者の先輩を一夜にして追い抜くのだ――モンスターの呪文やブレスで焼け死ななければ。

 そんなバルチェ達を見て、シャイン王子が声をかけた。
「すばしこい事はよくわかった。それで? 攻撃はどうする? 聖魔剣の威力を見せてくれるのか」
 実のところ、伝説剣の威力を見たいと考えての言葉である。
 だが言われたバルチェは口籠る。なにせ剣技など全く知らない。盗賊系クラスの嗜みとして短剣類のスキルはゼロではないが、スターゲイザーは明らかに長剣である。
 だがアーサーは何かを取り出した。
「バルチェ、これを!」
 そう言って取り出したアイテムを投げる。バルチェはそれを受けとった――捻じくれた角だ。
「以前倒したモンスターがドロップした、攻撃魔法が発動する消耗品です。工芸士クラフツマンのスキルがあれば威力は大きく上がるはず」
「え? だ、大丈夫かな。危なくない?」
 アーサーから受け取った魔物の角を手に不安を感じるバルチェ。自分の力がいつの間にかはね上がっているうえ、未知のアイテムである。威力の予想がつかないが故の不安なのだが――ザーゴルはそう感じなかったようだ。
「俺を心配してくださってるとでも言うのか? ナメるな! かかってこい!」
 そう吠えるや、彼の体を青白い魔力の帳が包む。魔法のダメージを軽減する、マジックバリアの呪文だ。
 腹をくくって、バルチェはアイテムを掲げ、その魔力を引き出した――。

 角から『フェフェフェー!』と聞き覚えのある哄笑が響き、光線の大爆発が辺りを埋め尽くした。鉄の鎧さえ容易く貫く数千発の破壊光線が全方位へ放たれたのである。

 一瞬で全てが終わった。ザーゴルも騎士団も雇われ冒険者達も、シャイン王子の連れてきた者達は全員焼き払われて倒れ、煙をブスブスとあげて動かなくなっていた。
『なんなの、この威力……』
 ラザリアの呆然とした呟き声。バルチェは目を剥いたまま、ぎこちなくアーサーを見た。
 アーサーは無傷のまま涼しい顔で告げる。
「メガダイコーンがドロップしたアイテムでしたが、奴のメガランペイジブレイザーが放たれる消耗品だったようですね。レベル数千のモンスターの特殊攻撃が工芸士クラフツマンのスキルで増幅された結果がこれです」

 呆然と立ちすくむバルチェの手からスターゲイザーが離れた。地面に落ちるや、剣の姿がブレてラザリアへと変化する。
 彼女はきょろきょろと周囲を見渡した。
「アーサー、あんたが兵士達の相手をするとか言ってなかった?」
「ええ、バルチェにアイテムを渡すという連携スタイルで一掃しましたよ。団結の勝利ですね」
 いけしゃあしゃあと答えるアーサー。ラザリアは数秒ほど額を抑えてから、改めて聞き直す。
「まぁいいわ。で、あのシャイン王子って奴は?」
「あれでしょう」
 アーサーが海を指さす。
 波間をぷかぷか浮かぶ王子の姿がそこにあった。顔をしかめるラザリア。
「え……? あんだけ強キャラっぽく出てきて、巻き添えで一網打尽にされたわけ?」
「そのようですね。まぁ私は全く困りませんし」
 アーサーは頷いた。

 そんな二人は置いておいて、バルチェは一人、黙々と兵士達の手当てをしていた。工芸士クラフツマンのスキルを使い、回復薬一つで二、三人のケガを治していく。それでも結構な数が必要なので、一番安物の回復薬しか使えなかったが。王子にもロープをひっかけて陸に揚げ、同様の処置を施す。
「わざわざ治してやってるの?」
 ラザリアが呆れながら声をかけたが、バルチェは作業をやめずに頷く。
「うん、このままじゃ死んじゃう人がいそうだし」
 ザーゴルとザダランにも回復薬を使っておいた。
(一緒にやってきた時間が、二年間、あるわけだしね……)
 仲間扱いされていなかった事がわかってなお友情を感じ続ける事ができるかと言うと、流石にバルチェもそこまでお人好しではない。だが奇麗さっぱり薄情になれるかというと、そんな事もなかった。

「さて、そろそろ船出といくか」
 手当が一通り終わるのを待ち、オウガは焼け野原になった港を歩きだす。ラザリアは溜息をついた。
「リョーハ号とかいう船ならもう無いわよ」
 騎士長が勧めてくれた船も破壊光線を浴びて焦げた藻屑となっている。同様の目にあった船は多く、海は残骸で覆い尽くされんばかりだ。
 倉庫の陰から騎士長が出てくる。
「残っているのはボートやカヌー程度だ。ここから海を渡れなくなった以上、お前達はさっさと他の国へ行った方がいい。王子まで半殺しにしてしまったのだからこの国の港はもう使えないはずだ」
「ボートやカヌーで十分だ。四人で乗れる大きさの物はどこにある」
 オウガは動じる事なくそう言った。怪訝な顔をする騎士長。バルチェとラザリアもオウガの意図がわからずに顔を見合わせる。

「これなら希望に合うだろうが……日帰りの漁に使う漁船だぞ」
 騎士長は波止場の隅へ一行を案内し、船の一つを指さしてそう言った。並ぶ漁船の中の一つ、小さな屋根と網と釣り竿が備えられた手入れの行き届いた物である。船の持ち主らしい漁師が一行を怪訝な目で見ていた。
「これでいい。持って帰る事ができるかどうかはわからんから買う必要はあるな」
 オウガがそう言うので、騎士長は肩を竦めてから漁師と交渉し始めた。すぐに金貨を詰めた袋が渡され、漁師は愛想笑いして姿を消す。
「買い取ったから後はどうにでもすればいいが……こんな物でラストアイランドへ渡る事はできんぞ。海では魔王の手下・デプスリヴァイアサンが海中から船を攻撃してくるからな。お前らがいくら強くても船が安物では沈められるだけだ」
 騎士長はそう言うが、アーサーはメガネを弄りながら笑った。
「心配ご無用です。さあ、船出と行きましょうか」
 オウガは無言で船へ飛び移る。アーサーもそれに続いた。バルチェはラザリアと顔を見合わせたが、すぐに意を決し、心配そうに見守るハルエットとルルに微笑みかけた。
「じゃあ、行ってきます。貴女達は森に帰ってください。きっと魔王を倒してきますから」
「本当に大丈夫でしょうか?」
 不安そうなハルエット。ラザリアも漁船とオウガ達を見て溜息をつく。
「どうでしょうね……」
「大丈夫です。僕はそう信じています」
 バルチェだけははっきりとそう言った。
 オウガとアーサー。彼らと長い付き合いではない。しかし出会って数日、驚かされ――というか仰天させられながら、彼らが並大抵の人物でない事は嫌というほどわかった。そして彼らが自分を受け入れてくれている事も。

 彼らと一緒にもっと先へ行きたい。バルチェもそう思うようになっていたのだ。

「行こうよ、ラザリア」
 そう言ってバルチェは船に跳び乗った。肩を竦めてラザリアも続く。
「では行くか。ハルエット殿、さらばだ。ここから離れてくれ」
「え? あ、はい……」
 オウガに促され、ハルエットは小首を傾げながらも波止場から出る。ルルが一行に手を振っていた。騎士長がオウガに声をかける。
「私も去るぞ。君らがラストアイランドへ行けるとは思えんが、まぁ武運は祈っておく」
 言われたオウガは黙って頷いた。

 そして腰を落として身構える。
「オウガさん?」
 なぜ彼が構えているのかわからず声をかけるバルチェ。
 だが次の瞬間、オウガは船上から波止場へ渾身の拳を放った。

乱凰飛翔拳らんおうひしょうけん――!!」
 DOGOOOOOOOOOOOOOON!
「うわらばあぁ!?」
 波止場が粉々に吹き飛び、騎士長も吹き飛んだ。真上に天高く舞い、頭から水没! 哀れにも波間にぷかぷかと浮かぶ。
 そして――漁船は拳の反動で沖へと向かって飛ぶように走った。

 風を激しく切りながら真っすぐに水上を走る漁船。風圧に嬲られながらバルチェは叫んだ。
「もしかして、こうやってラストアイランドへ行くの!?」
「フッ……今さら『違う』と言っても船は止まらんぞ」
 風の中で腕組みしながら笑うオウガ。ラザリアが船縁を掴んで叫んだ。
「いくらなんでも、じきに勢い無くして止まると思うけど! その時はどうするの? そこから手で漕ぐの?」
「ご安心を。網も竿もあります。これで適当な魚なり海棲モンスターなりを捕まえ、船尾に吊るすのです。それをまたオウガが撃てば、釣り果が粉微塵になる代わりに衝撃でまた船は進みますよ。二、三回も繰り返せば目的地到着です」
 そう言って釣り竿を片手にアーサーがメガネを弄る。

 古来より水上交通の速度は文明における重要事項であり、戦乱の折にはしばしば勝敗を分ける要因であった。時のカラテカ達がこの問題に着手したのは当然と言える。
 古代マスタータツジンの一人・スイシンは戦いの中で画期的な解決手段を試みた。手頃な大きさの魚を釣り、船尾にて加撃する事で、威力の反動を運動エネルギーに転換したのである。これにより敵の予想を覆す移動速度が発揮され、スイシンは多大な戦果をあげた。
 彼の偉大な名は「推進すいしん力」の語の中に今も残り続けている――
古代網躁賢者学院こだいもうそうけんじゃがくいん刊行「泳げカラテカ訓」より)

 目眩に必死で耐えながらなおも叫ぶラザリア。
「あのね! でもね! デプスリヴァイアサンとかいう魔物が海面下から襲ってくるそうだけど!」
「あれならもう倒したでしょう? 君の顔馴染みの魔神神官デビルプリーストが連れていた奴です」
 事も無げにアーサーはそう言った。

「えええぇ!?」
 一瞬間を置き、バルチェとラザリアが驚愕する。
 そう、もはや障害は無かったのだ。
 波と風を突き破りながら飛ぶように進む船の中、ラザリアは天を仰いだ。
「ホントにこのまま、最終決戦に行っちゃうわけ!?」
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