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第一章:魔剣いっこ拾う

傷つき倒れる日

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「ヘヘヘ……これが聖魔剣士か。まぁ……伝説ほどじゃねぇな!」
 魔王が笑った。デスアイランド、魔王城の最奥……荘厳な神殿のごとき王座の間で。

 王とは言うが、およそ王様らしくはなかった。身の丈2メートルを超える巨漢であり、全身に盛り上がった筋肉で纏う鎧がはちきれんばかりだ。厳つく狂暴な貌に禿げ頭が光っている。身に纏う革鎧は胴丸のようなジャケット型の物であり、革製とはいえ大きな肩当てもある、明らかに格闘戦用の装備である。
 その口調も含めてどう見ても野蛮で屈強な闘士であり、高貴な身分が窺える点など無かった。
 それが魔王ヨウサイの、目にした者のあまりに少ない姿だった。

 魔王ヨウサイは尻尾をくいと持ち上げた。腕の長さ程度の尻尾がある事だけが、魔王と人間の外見上の差異である。その尻尾で「指さした」先には……バルチェの姿があった。
「次はお前だろ? へへへ、せいぜい楽しませてくれよ」
 品性など全く無いヨウサイの嘲笑と言葉に、バルチェはただ震えるだけだ。
(ど、どうしたらいいの?)
 バルチェのすがるような視線の先、魔王の足元には――オウガが血まみれで倒れていた。

 半日前。
「ここが魔王城……」
 バルチェは黒い影のような城を見上げ、石ころだらけの海岸で呟いていた。空に立ちこめる暗雲は不気味な鳴動を続けている。
 途中で船が失速し、釣ったガンギエイをブッ叩いて前進。再度の失速では釣ったアカマンボウをブッ叩いて前進。カラテ推進力により到着したのは、寒風吹きすさぶ荒涼とした石だらけの海岸であった。

 なお二度とも釣ったのはバルチェである。
 オウガもアーサーも釣りのスキルは無かったのだ。
「じゃあなんでこの手段で海を渡ろうと思ったのよ!?」
 怒るラザリアに背を向け、オウガとアーサーはバルチェを賞賛した。
「流石だバルチェ。お前はたいしたものだ。お前はたいしたものだ」
「君はたいしたものです。君はたいしたものです」
「え、あ、うん……」
 複雑な顔でバルチェは船尾に魚を吊るした。

 そうして上陸した海岸で……捻じれた灌木だらけの崖を見上げ、城を睨んでオウガが言う。
「行くぞ。最後の戦いにな」
 皆で頷きあい、一行は島の頂にある城へと向かった。

 だが当然、数々の難関が待ち受ける!

「フェフェフェ! 聖魔剣士ども、今度こそ貴様らは終わりだ。俺は魔王様の強大な魔力により、さらなる力を得て蘇った。今のオレは魔王軍・超魔神大隊最強の戦士、クリスタルダイコーン!」
 城への山道、無数の魔物を従えて途中で立ち塞がる魔王軍の幹部。身の丈2mを超える屈強な大男。それを覆うは肌に密着した闘衣。不敵な笑みを浮かべる力強い顔に、獣を象った兜。そこから生える巨大な二本の捻くれた角は装飾などではない……紛う事なき本物の、この男から生えた角だ。その体各部に、不気味な結晶が輝く。
 二度絶命した筈の敵が不敵な笑みを浮かべてそこにいた。
「俺の力は前回の数倍に増した! 終わりだ、聖魔剣士ども!」

乱凰飛翔拳らんおうひしょうけん――!!」
 DOGOOOOOOOOOOOOOON!
「フェフェーッ!」

 蘇った敵と魔物の群れを蹴散らし、ついに門へ辿り着いた一行。そこを守るさらなる敵の群れを蹴散らして城内へ突入!
「フェフェフェ! 聖魔剣士ども、今度こそ貴様らは終わりだ。俺は数倍の力を得た!」
 奥に進むバルチェ達の前に蘇ったサタンダイコーンが立ち塞がった。

乱凰飛翔拳らんおうひしょうけん――!!」
 DOGOOOOOOOOOOOOOON!
「フェフェーッ!」

 敵を倒して階段へ登る一行を襲う魔物の群れ。それを蹴散らして上階へと進む一行。
「フェフェフェ! 聖魔剣士ども、今度こそ貴様らは終わりだ。俺は数倍の力を得た!」
 最上階を目指すバルチェ達の横手から、蘇ったマンモスダイコーンが待ったをかけた。

「ねぇ……まさかずっとコイツと戦う羽目になるんじゃ……?」
 げんなりするラザリア。だがアーサーが一歩前に進み出る。
「ならばここは私に任せて先へ進んでください。私が食い止めていればリポップする事はできないでしょう」
「一人で? 大丈夫なの?」
 心配して声をかけたバルチェだが、オウガはその肩に手をかけた。
「アーサーならば心配はいらん。俺達は大将首を獲るぞ」
 螺旋階段が各階を貫通している構造なので、階段に乗り込もうとする敵を阻む者がいれば、他のメンバーはそのまま上を目指す事が可能だ。
「う、うん。わかった、気をつけてねアーサーさん」
 仲間の背に声をかけ、バルチェも階段を登る。ラザリアもその後に続いた。

 光線の爆発する音を背に、三人はさらに上へ登り――雑魚が何度か現れたもののことごとく蹴散らして――ついに最上階へ辿り着いた。

 そして、魔王の間。豪華な王座にいる、全く相応しく無い荒ぶる巨漢がいたのだ。
「俺が地上に来て二十年になるか。こっちから敵へ挨拶しに行ってやった事は何度かあるが、敵からここに来たのは今日が初めてだぜ」
 そう言って余裕の笑みを浮かべ、魔王ヨウサイは王座から立ち上がった。

 オウガが床に倒れる五分ほど前の事だ。
 そう……聖魔剣の鎧を纏い、魔王へ打ちかかってから、その僅かな時間でオウガは倒されたのである。

 オウガの拳を、魔王は防ぎもせずに食らった。
 だがその拳を胸板に受けながら、ヨウサイは微動だにしなかった。
 せせら笑いながら拳を打ち返す魔王。そう、拳である――武器でも魔法でもなく。
 その拳は両腕を交差させて防いだはずのオウガを吹き飛ばし、近くの柱へめり込ませた。この世ならざる材質の柱は、衝撃に耐えきれず一度でヘシ折れた。
「ぐ……がはっ!」
 吐血し膝をつくオウガ。聖魔剣で生み出された鎧は一撃でひび割れていた。
「しっかりしろよ。そんなんじゃあすぐに終わっちまうぜ?」
 見下しながら笑い、魔王は指を上にクンッと上げた。途端に大爆発が起こり、オウガの体をさらに吹き飛ばす!
「呪文……なの!?」
 爆風に嬲られ必死に踏ん張りながら悲鳴のような声をあげるラザリア。魔法の呪文ではなく、同様の爆発を生来の魔力で起こしているだけなのだが、どちらにしろ人間には致命的な攻撃である事に変わりは無い。

 それから数度、打ち合いが交錯し――
 繰り出す攻撃の全てが通じず、繰り出される全ての攻撃に翻弄され、オウガは為す術もなく倒れた。

「そんな、オウガさんが! そんな事って……」
「あいつ、レベル950000じゃなかったの!? それが全く通じないなんて!」
 呆然と呟くバルチェ、信じられずに首をふるラザリア。魔王は馬鹿にするように笑った。
「だったら俺のレベルを見ればどうだ。まだ現実がわかっていないようだからな……」
 ヨウサイに言われ、ラザリアはたじろぎながらも【スキャニング】の呪文を唱えた。宙に浮かんだ魔法陣を透かして魔王を覗くと――

「……! レベル……いっせんまん……」
 10000000レベル。ラザリアは信じがたい数値を呆然と呟く。魔王は声高に笑った。
「貴様ら聖魔剣士もせいぜい100万に満たねぇ! アリがどんなに歯向かおうと、荒れ狂う猛牛相手に勝ち目があるか?」
 ひとしきり笑ってから、ヨウサイはバルチェとラザリアの前で拳を握った。そこに強烈な魔力が収束されていく。膨大なエネルギー量に、床が焼け焦げ、煮え始めた……!
「少し風通しを良くするか! 直す部下どもには悪いがな!」

 収束した魔力を無慈悲にも解放するヨウサイ。魔王を中心に巨大な爆発が起こった。異常な熱と光により、壁が消えて天井が塵と化す――!

 そして、風が吹いた。もうそこは魔王の「間」ではない。そこは屋上になっていた。天井と壁が消え、縁に瓦礫が転がるだけの。
 その中心で魔王は大声で笑っていた。眼前には誰もいない。倒れていた聖魔剣士も、その仲間達も。勝利に酔い、敗者どもを嘲り、自分の力に優越感を味わいながら。勝者の肌を寒風が力なく撫でていく……。

 だが魔王は笑うのを唐突にやめた。
 物音が聞こえたのだ。自分以外の何かが動く音が。
 その「何か」を見て、魔王は初めて驚愕に目を見開いた。

 横たわったオウガを庇うように、バルチェが聖魔剣スターゲイザーを握っていたのである。だがその場所は爆発が起こる前と大きく違っていた。
 つまり……バルチェが運んだのだ。爆発が起こってから、爆風が全てを飲み込むよりも速く。

「テメェ……いや、そんな筈はねぇ!」
 歯軋りする魔王ヨウサイ。己の攻撃より速く、己が見切れない動きで、己の攻撃を凌がれた。それは彼にとってあってはならない事である。
『バルチェ! あんたこんな事できたの!?』
 剣の内で驚愕するラザリア。
「あ、うん。そうみたい……」
 答えるバルチェ本人も戸惑っていた。咄嗟の事であり無我夢中だったので、自分でも半ば信じられないのだ。

「フフ……また一段とレベルが上がったようですね、バルチェ」
 おかしそうに声がかかる。それは――全身傷つき、鎧のあちこちが破れ、所々から出血しているものの、己の足でしっかりと階段を登るアーサーだった。

「アーサーさん! 大丈夫?」
「ええ。手こずりはしましたがね」
 顔を輝かせてバルチェが声をかけるとアーサーはそう答えて微笑み、メガネを弄った。魔王ヨウサイがギリリと歯軋りする。
「ムシケラがゾロゾロと……どうせ何もできねぇ分際で!」
「そうでしょうか? 少なくともバルチェには仲間を助ける事ができましたよ」
 負傷を気にもせずに言うアーサー。
「まぁ彼の成長速度には予想外の所もありますが。体格にも筋力にも恵まれているとは言い難いバルチェですが、今のレベルなら――『非力』でも人間一人ぐらいは運べる。そして『優れた敏捷性』ならば爆風より速く動く事ができる。おそらくレベルは数千に達しているのでしょうね」

「え? なんか港にいた時の十倍ぐらい見積もってない? あれから半日ぐらいだよね」
 首を傾げるバルチェに、アーサーは平然と言う。
「その半日で中ボス戦2回やりましたし」
『2回でレベル10倍になったの!?』
 驚愕するラザリア。涼しい顔でさらに付け加えるアーサー。
「ザコ戦もいっぱいやりましたし」
『オウガがワンパンしてただけのあいつらにそんな経験値あったの!?』
 驚愕するラザリア。涼しい顔でさらに付け加えるアーサー。
「盗賊系職はレベルアップに必要な経験値も少ないですし」
『それ今考えついてない!?』
 叫ぶラザリア。涼しい顔でさらに付け加えるアーサー。
「魔王ヨウサイ。貴方は確かに強い。だが必要の無い能力は伸びないもの。相手の力を正確に見抜く力は培っていなかったようだ」
 言われた魔王の顔が怒りに歪む。
「ああ、確かにオレほど強い魔神が相手の能力なんぞ細かく気にする必要はねぇからな。それで? チビが思ったよりすばしこいから何だ? 部下に手こずってきた雑魚がどうした? 次にオレに負けてブッ倒れるのはどっちか、あるいは二人いっぺんか! さっさと選べ!」

 アーサーは微笑みを崩さずバルチェを見た。
「次に負けるのは、ですか。それでは選べませんよね?」
「あ……うん。そう訊かれたら、選べませんだね」
『ちょっと? あんたら戦わない気?」
 剣の内からラザリアが叫ぶ。魔王も大股で一歩踏み出した。
「ふざけやがって……選べないというなら俺が選んで叩きのめしてやる!」

「勘違いをするな。次を選ぶ必要などない、それだけだ」
 魔王を押しとどめる、その声は。
「強いて言うなら――次に倒れるのは、魔王ヨウサイ。貴様だ」
 そう言いながら立ち上がった。バルチェの後ろで、満身創痍ながらも不敵な笑みを浮かべるオウガが。
「貴様! まだ立てるのか!」
「俺は不死鳥フェニックス。貴様がいかに強かろうと、俺は何度でも立ち上がる。貴様のような悪党を倒すまで、何度でも!」
 目を見開く魔王に答えるオウガ。バルチェも希望に満ちた顔で続ける。
「魔王ヨウサイ、やっぱり貴方は僕達の力を見ぬけていない。僕達は負けない!」

 そんなバルチェの手にある剣の内で、一人ラザリアは溜息をつく。
『バルチェまで完全に染まっちゃって……私だけ外野だわ』
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