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1話 手首はどこへ消えた?
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冬場にもかかわらず冷房のきいた部屋の奥、男性の遺体は横たえられていた。
傍らに膝をつき合掌してから、掛け布団を捲りあげる。閉じこめられていたドライアイスの冷気と微かな死臭が湯気のように立ちのぼった。
警察絡みで解剖に回されたからには死後数日経過しているのだろうが、寒い季節が幸いしてか、棺に納めず安置できるくらいには綺麗な状態を保った遺体である。平坂の処置技術が優れているおかげもあるのだろう。ただし話に聞いたとおり、浴衣の左袖からは覗くべきものが覗いていなかった。
敷き布団の下に指を潜らせても畳の目を数えられるだけ。掛け布団を振っても切れた繊維が舞うばかり。調度品の少ない安置室に死角があるわけでもなく、早くも手の打ちようがなくなってしまった。
部屋の四隅を眺め渡し、枕机の位置を意味もなくずらしつづけた末、白い面布を外してみることにする。
「お……」
激痛とともに亡くなったはずの男性は、意外にもすべての苦しみから解放されたように穏やかな表情を浮かべていた。
これも平坂の腕の賜物である。とりわけ死化粧に関しては、叩き上げの飛鳥や晴澄より専門学校で優秀な成績を収めた彼のほうが頼りになるのだ。本人がいくら差し出したがろうと、その手首を犠牲にするわけにはいかない。元よりこの文明社会でそんな解決方法は取れないのだが──と布団を元に戻す直前、太腿に沿って指先を揃えている遺体の右腕に意識を吸い寄せられた。
平坂のように、故人も唯一無二の技術を持っていたとしたら。
その手には格別な意味が宿ることにならないだろうか。
がっしりとした大きな手だった。上背がある晴澄の手とさほど変わらなさそうだ。しかし使いこんで傷だらけのこちらとは違い、その肌はきめ細やかで、ささくれひとつない。長い指からは神経質で繊細な印象を受けた。
釈迦も荼毘に付されたのち、遺骨の分配を巡って争いが起きたという。人々に尊ばれた者であればあるほど、たとえ法に反してでもその体の一部を手に入れようとする動きは生じうるだろう。
「……盗まれた、とか……?」
「お疲れさん。どうだ、あったか?」
遺体を見つめたまま独りごちているところに飛鳥が現れた。
首を横に振って返すと、彼は苦笑に引き攣る頬を掻いて、遺体の足元に座りこむ。
「こっちも全然だめだ。平坂くんが一旦全部の車を外に出してるが、望み薄だわな……あー、こうなったら花屋のウイローに頼むっきゃねえか」
「コーギーですよ、ウイロー……警察犬の真似事ができるとでも」
「無理は承知だが、猫の手ならぬ犬の手も借りたい状況だろ。あ、じゃなきゃ晴澄、お前さんとこの──」
その名を出すな、と反射的に反発しそうになった。
だが空気が本能に訴えかける。もう遅い、と嘲弄する。
恐ろしいことに気配でわかってしまうのだ。
次の瞬間、扉を“開く”のは平坂ではない。同じ人間ですらない。生者とも死者とも呼べぬ、人心を手玉に取って飢えを満たす怪物だ。
ヒールブーツの軽やかな足音。白金の髪に散らされる光が、これ見よがしに視界へ躍りだす。
「──ヴェスナ」
「通夜みたいな顔をするな、ハル。取って食ってやりたくなる」
同居人兼不法侵入者は、春の花畑でも背負っているかのように華々しい笑顔で入口の柱に凭れかかってみせた。
「あっ!? え、うそ、ちょうど呼ぼうとしてたんだぜヴェスナくん! なになに、晴澄の帰りが遅いから心配して来てくれたとか?」
厄介だ。舌打ちしたい衝動を必死に抑える。
こともあろうに、飛鳥はこの男と晴澄の関係を誤解していた──同居中の、恋人同士なのだと。それゆえどこからどう見ても胡散くさい彼に心を許してしまい、抱くべきでない信頼を寄せてさえいる。この信頼が芽吹いた経緯については一概に誤解とも言いきれないのが、また晴澄を不愉快な気分にさせていた。
ヴェスナが舞台に上がった途端、あらゆる奇妙な出来事に片がつくのは事実なのだ。そう、まるで道が“開く”かのように。
一方で、変異は変異を呼ぶ。そもそも彼が現れたせいで怪事件が頻発するようになった節もあり、晴澄には彼を信用する気が更々なかった。同じ屋根の下で暮らし、幾夜となく体を重ねていても、それとこれとは別問題なのである。
「何の用だ。帰れ」
「答える前に帰れとか言うのひどくないか、アスカ」
「晴澄が理不尽なこと言うの貴重だから正直おもしれえ……ってのは置いといて。照れ隠しも行きすぎると愛想尽かされるぜ、晴澄?」
「……」
飛鳥の前でこの男の異常性を仔細に並べたてるわけにはいかず、恋人という前提を下手に否定できないのが非常にやりづらい。
晴澄が諦めの溜息をつくと、ヴェスナはもっともらしい態度で飛鳥に問いを投げた。
「それで? 今夜はどんな壁にぶち当たっている?」
「あ、平坂くんに聞かなかった? いやな、恥ずかしい話なんだが実は……」
聞かずともわかっているくせに、という晴澄の胡乱な眼差しを歯牙にもかけず詳しい説明を受け、彼は底意地の悪い微笑を唇の端に浮かべる。
「いくら手を尽くしても見つからん失せ物、か。しかしこの建物もそう広くはない。そろそろほかの可能性に目を向ける頃合なのではないか?」
「うちを探しても無駄ってこと? だからってさすがに警察にゃ……」
「……盗まれたんじゃないかと、考えていたんです。故人の手に何か──特別な意味があって」
「ええ?」
飛鳥が瞠目して片膝を立てる。視線の先には乱れた布団と、哀愁漂う隻腕の遺体。
「盗んでどうするよ、んなもん」
「ご利益を期待したり……何らかの儀式に入用だったり……?」
「うはは馬鹿な……って笑い飛ばしたいとこだが、色んな形があるのが信仰だもんな……どう思う、ヴェスナくん」
「発想は悪くない。続けろ?」
話を促すように掌を広げる仕種が無性に腹立たしいが、ここは堪えておくとしよう。
「故人がどんな方だったか、ご葬家から聞きましたか?」
「あー、全然。自死のご葬儀なのもあって、そういう雰囲気じゃなくてなあ。詳しい打ち合わせは明日だし、今は死因以外だと俗名と享年と宗派しか……そっか、名前ググりゃいいのかね」
お迎えに立ちあっていない晴澄は彼の氏名さえ知らずにいたことに気付く。スーツのポケットからスマホを取り出す飛鳥の後ろに移動し、画面を覗きこんだ。
「すずとみ、もりなり……っと、ヒットしたぜ」
やはり著名人だったらしく、検索結果のトップに彼のプロフィールが表示された。
鈴富杜成。
1977年生まれ、作曲家、ピアニスト。
「『左弾きのメサイア』の異名で知られ……?」
ふたり揃って見えざる左手に目を遣る。
救済者とはまた仰々しい。しかし故・鈴富氏は、そう呼ばれるほどの偉業を成し遂げた人物だということだ。
だとしても、わからないことがひとつあった。
「ピアノって両手で弾くもんじゃねえの?」
「……左手だけで技術を競うコンクールとかがあるのでは……?」
「あるかねえ……」
顎に指を添え一頻り唸ってから、飛鳥はまあいいかと膝を打つ。
「晴澄の言ったとおりだわ。故人の左手には大変重要な意味がある。つまり──」
固く握りしめられた拳。その瞳は近年稀に見る真剣さを湛えていた。
「見つけねえと洒落にならんレベルでやばい」
「はい」
本当に盗まれたのだとしたら、いつ誰によって持ち去られたのかを明らかにし、現在の在り処を突きとめなければならない。視野を広げる必要こそあれど、ゴールは変わらぬままである。
まずは平坂を呼んで搬送時の状況をきちんと整理しておくべきか。あるいは、と首を擡げれば、ヴェスナの双眸がこちらに向けられていた。
嫌な目だ。果てなき宇宙を思わせる紫紺の奥で、金色の星が好奇を乗せて廻っている。
「よかろう。理解が追いついたところで、おれからの救済だ」
彼は柱から背中を剥がし、開きっぱなしだった扉の外を指し示した。
──先程とは異なる、遠慮がちなヒールの音が、磨きあげられた廊下をカツンと鳴らす。
現れたのは黒いコート姿の女性だった。年は30代半ばだろうか、左手の薬指には銀の指輪がはめられている。
「紹介する。こちら、極寒の夜更けに葬儀会社の周りを徘徊していた不審な女だ」
「言い方……」
憔悴した蒼白い細面に見覚えはない。ただそれは数分前まで故人の名すら把握していなかった晴澄からすればであり、飛鳥からすれば、そうではなかったようだ。
「鈴富さま……!?」
では、彼女が鈴富杜成氏の奥方か。
とんだ救済だ。平坂の話が確かなら、彼女が最後に見た故人は手首が2本揃った状態だったはず。夫の大事な左手がまたも失われたことなど知りたくはないだろうに、よくもこんな場所に引き入れてくれたものである。だからこの男は信用ならないというのだ。
「……いや……もしかして……?」
今夜は無人に近いとはいえ、葬儀社はそれなりにセキュリティにも気を遣っている。普通の人間が誰にも気付かれず社内に忍びこむことは容易ではない。扉も鍵も無視して、指先ひとつですべてを“開く”我が同居人のようにはいかないのだ。
つまり、手首を盗む機会があったとすれば──
『ストレッチャーを車に載せる前、奥さんが故人の手を握ってたんです……』
「申し訳ありません!」
震える両手が差し出したスカーフには、色のない手首がくるまれていた。
傍らに膝をつき合掌してから、掛け布団を捲りあげる。閉じこめられていたドライアイスの冷気と微かな死臭が湯気のように立ちのぼった。
警察絡みで解剖に回されたからには死後数日経過しているのだろうが、寒い季節が幸いしてか、棺に納めず安置できるくらいには綺麗な状態を保った遺体である。平坂の処置技術が優れているおかげもあるのだろう。ただし話に聞いたとおり、浴衣の左袖からは覗くべきものが覗いていなかった。
敷き布団の下に指を潜らせても畳の目を数えられるだけ。掛け布団を振っても切れた繊維が舞うばかり。調度品の少ない安置室に死角があるわけでもなく、早くも手の打ちようがなくなってしまった。
部屋の四隅を眺め渡し、枕机の位置を意味もなくずらしつづけた末、白い面布を外してみることにする。
「お……」
激痛とともに亡くなったはずの男性は、意外にもすべての苦しみから解放されたように穏やかな表情を浮かべていた。
これも平坂の腕の賜物である。とりわけ死化粧に関しては、叩き上げの飛鳥や晴澄より専門学校で優秀な成績を収めた彼のほうが頼りになるのだ。本人がいくら差し出したがろうと、その手首を犠牲にするわけにはいかない。元よりこの文明社会でそんな解決方法は取れないのだが──と布団を元に戻す直前、太腿に沿って指先を揃えている遺体の右腕に意識を吸い寄せられた。
平坂のように、故人も唯一無二の技術を持っていたとしたら。
その手には格別な意味が宿ることにならないだろうか。
がっしりとした大きな手だった。上背がある晴澄の手とさほど変わらなさそうだ。しかし使いこんで傷だらけのこちらとは違い、その肌はきめ細やかで、ささくれひとつない。長い指からは神経質で繊細な印象を受けた。
釈迦も荼毘に付されたのち、遺骨の分配を巡って争いが起きたという。人々に尊ばれた者であればあるほど、たとえ法に反してでもその体の一部を手に入れようとする動きは生じうるだろう。
「……盗まれた、とか……?」
「お疲れさん。どうだ、あったか?」
遺体を見つめたまま独りごちているところに飛鳥が現れた。
首を横に振って返すと、彼は苦笑に引き攣る頬を掻いて、遺体の足元に座りこむ。
「こっちも全然だめだ。平坂くんが一旦全部の車を外に出してるが、望み薄だわな……あー、こうなったら花屋のウイローに頼むっきゃねえか」
「コーギーですよ、ウイロー……警察犬の真似事ができるとでも」
「無理は承知だが、猫の手ならぬ犬の手も借りたい状況だろ。あ、じゃなきゃ晴澄、お前さんとこの──」
その名を出すな、と反射的に反発しそうになった。
だが空気が本能に訴えかける。もう遅い、と嘲弄する。
恐ろしいことに気配でわかってしまうのだ。
次の瞬間、扉を“開く”のは平坂ではない。同じ人間ですらない。生者とも死者とも呼べぬ、人心を手玉に取って飢えを満たす怪物だ。
ヒールブーツの軽やかな足音。白金の髪に散らされる光が、これ見よがしに視界へ躍りだす。
「──ヴェスナ」
「通夜みたいな顔をするな、ハル。取って食ってやりたくなる」
同居人兼不法侵入者は、春の花畑でも背負っているかのように華々しい笑顔で入口の柱に凭れかかってみせた。
「あっ!? え、うそ、ちょうど呼ぼうとしてたんだぜヴェスナくん! なになに、晴澄の帰りが遅いから心配して来てくれたとか?」
厄介だ。舌打ちしたい衝動を必死に抑える。
こともあろうに、飛鳥はこの男と晴澄の関係を誤解していた──同居中の、恋人同士なのだと。それゆえどこからどう見ても胡散くさい彼に心を許してしまい、抱くべきでない信頼を寄せてさえいる。この信頼が芽吹いた経緯については一概に誤解とも言いきれないのが、また晴澄を不愉快な気分にさせていた。
ヴェスナが舞台に上がった途端、あらゆる奇妙な出来事に片がつくのは事実なのだ。そう、まるで道が“開く”かのように。
一方で、変異は変異を呼ぶ。そもそも彼が現れたせいで怪事件が頻発するようになった節もあり、晴澄には彼を信用する気が更々なかった。同じ屋根の下で暮らし、幾夜となく体を重ねていても、それとこれとは別問題なのである。
「何の用だ。帰れ」
「答える前に帰れとか言うのひどくないか、アスカ」
「晴澄が理不尽なこと言うの貴重だから正直おもしれえ……ってのは置いといて。照れ隠しも行きすぎると愛想尽かされるぜ、晴澄?」
「……」
飛鳥の前でこの男の異常性を仔細に並べたてるわけにはいかず、恋人という前提を下手に否定できないのが非常にやりづらい。
晴澄が諦めの溜息をつくと、ヴェスナはもっともらしい態度で飛鳥に問いを投げた。
「それで? 今夜はどんな壁にぶち当たっている?」
「あ、平坂くんに聞かなかった? いやな、恥ずかしい話なんだが実は……」
聞かずともわかっているくせに、という晴澄の胡乱な眼差しを歯牙にもかけず詳しい説明を受け、彼は底意地の悪い微笑を唇の端に浮かべる。
「いくら手を尽くしても見つからん失せ物、か。しかしこの建物もそう広くはない。そろそろほかの可能性に目を向ける頃合なのではないか?」
「うちを探しても無駄ってこと? だからってさすがに警察にゃ……」
「……盗まれたんじゃないかと、考えていたんです。故人の手に何か──特別な意味があって」
「ええ?」
飛鳥が瞠目して片膝を立てる。視線の先には乱れた布団と、哀愁漂う隻腕の遺体。
「盗んでどうするよ、んなもん」
「ご利益を期待したり……何らかの儀式に入用だったり……?」
「うはは馬鹿な……って笑い飛ばしたいとこだが、色んな形があるのが信仰だもんな……どう思う、ヴェスナくん」
「発想は悪くない。続けろ?」
話を促すように掌を広げる仕種が無性に腹立たしいが、ここは堪えておくとしよう。
「故人がどんな方だったか、ご葬家から聞きましたか?」
「あー、全然。自死のご葬儀なのもあって、そういう雰囲気じゃなくてなあ。詳しい打ち合わせは明日だし、今は死因以外だと俗名と享年と宗派しか……そっか、名前ググりゃいいのかね」
お迎えに立ちあっていない晴澄は彼の氏名さえ知らずにいたことに気付く。スーツのポケットからスマホを取り出す飛鳥の後ろに移動し、画面を覗きこんだ。
「すずとみ、もりなり……っと、ヒットしたぜ」
やはり著名人だったらしく、検索結果のトップに彼のプロフィールが表示された。
鈴富杜成。
1977年生まれ、作曲家、ピアニスト。
「『左弾きのメサイア』の異名で知られ……?」
ふたり揃って見えざる左手に目を遣る。
救済者とはまた仰々しい。しかし故・鈴富氏は、そう呼ばれるほどの偉業を成し遂げた人物だということだ。
だとしても、わからないことがひとつあった。
「ピアノって両手で弾くもんじゃねえの?」
「……左手だけで技術を競うコンクールとかがあるのでは……?」
「あるかねえ……」
顎に指を添え一頻り唸ってから、飛鳥はまあいいかと膝を打つ。
「晴澄の言ったとおりだわ。故人の左手には大変重要な意味がある。つまり──」
固く握りしめられた拳。その瞳は近年稀に見る真剣さを湛えていた。
「見つけねえと洒落にならんレベルでやばい」
「はい」
本当に盗まれたのだとしたら、いつ誰によって持ち去られたのかを明らかにし、現在の在り処を突きとめなければならない。視野を広げる必要こそあれど、ゴールは変わらぬままである。
まずは平坂を呼んで搬送時の状況をきちんと整理しておくべきか。あるいは、と首を擡げれば、ヴェスナの双眸がこちらに向けられていた。
嫌な目だ。果てなき宇宙を思わせる紫紺の奥で、金色の星が好奇を乗せて廻っている。
「よかろう。理解が追いついたところで、おれからの救済だ」
彼は柱から背中を剥がし、開きっぱなしだった扉の外を指し示した。
──先程とは異なる、遠慮がちなヒールの音が、磨きあげられた廊下をカツンと鳴らす。
現れたのは黒いコート姿の女性だった。年は30代半ばだろうか、左手の薬指には銀の指輪がはめられている。
「紹介する。こちら、極寒の夜更けに葬儀会社の周りを徘徊していた不審な女だ」
「言い方……」
憔悴した蒼白い細面に見覚えはない。ただそれは数分前まで故人の名すら把握していなかった晴澄からすればであり、飛鳥からすれば、そうではなかったようだ。
「鈴富さま……!?」
では、彼女が鈴富杜成氏の奥方か。
とんだ救済だ。平坂の話が確かなら、彼女が最後に見た故人は手首が2本揃った状態だったはず。夫の大事な左手がまたも失われたことなど知りたくはないだろうに、よくもこんな場所に引き入れてくれたものである。だからこの男は信用ならないというのだ。
「……いや……もしかして……?」
今夜は無人に近いとはいえ、葬儀社はそれなりにセキュリティにも気を遣っている。普通の人間が誰にも気付かれず社内に忍びこむことは容易ではない。扉も鍵も無視して、指先ひとつですべてを“開く”我が同居人のようにはいかないのだ。
つまり、手首を盗む機会があったとすれば──
『ストレッチャーを車に載せる前、奥さんが故人の手を握ってたんです……』
「申し訳ありません!」
震える両手が差し出したスカーフには、色のない手首がくるまれていた。
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